冒頭

 んー、とりあえず批評してもらいたいので冒頭、と言うか第一章の半分ぐらい晒してみる。
 ガチ戦闘に入る前までです。
 9ページ分ぐらいある。ナゲェ。
 何か反応、及び批評をくれるとyakiiwakiは非常に喜びます。
 

放課後に一人で北校舎三階の廊下を歩くのは止めた方が良いらしい。
そこには一つの“怪談”があるからだ。
怪談の内容はこういったものである。
――昔二人の仲の良い少女がいた。
彼女たち二人はとても仲が良く、二人でお揃いの物を揃えることも多かった。
そんな趣味の似通った二人だったせいで、その悲劇は起きたという。
二人とも同じ男を好きになってしまったのだ。
そして言い合いになった二人は、片方をその窓から付と落としてしまった。
それ以降夕方から夜にかけての時間、その廊下を一人で歩いていると少女の泣き声が聞こえてくるという。
その声が聞こえたら振り返ってはいけない。
振り返れば死んでしまった少女に見つかってしまい、彼女を突き落とした女と間違えられてしまうから。
そして向こうの世界に連れて行かれて、彼女の変わりに殺されてしまうから。
だから、放課後に一人で北校舎三階の廊下を歩くのは止めるべきだ――――

矢谷遥は冬峰高校に通う高校二年生の少年だ。
黒の髪に、茶と言うよりは赤に近い瞳を持った、冬服の学ランを着込んだ中肉中背の少年だ。
どちらかといえば整った顔立ちをしているが、身だしなみを気にする方ではないのだろう。加えてあまりぱっとしない感じであり、生気と言うものがほとんど感じられない。死んだ魚のような目、といえば解るだろうか。
所属している委員会は広報委員会と言う、校内放送の運営と学内掲示用のプリントを学校中に張ったりする部活であり、間違っても大量の資料を図書室に運んだりするのは仕事に入っていない。
それは図書委員の仕事だ。
にも拘らず、遥は今両手に大量の資料を抱えて、やや赤みを帯びた陽光の指す北校舎の三階の廊下をクラスメイトの少女と一緒に歩いていた。
ややウェーブのかかった長い黒髪に、黒い瞳の少しおっとりした雰囲気のある学校指定のセーラー服に身を包んだ少女である。
彼女の名前は時雨由宇、こちらはちゃんとした図書委員である。
各クラス図書委員は二人いるのだが、図書室に向かうのは遥と由宇の二人だけである。
「御免ね、矢谷君。手伝わせちゃって……」
「良いよ、気にしてないから」
遥が薄く微笑んでそう言うと、由宇はもう一度謝った。
「全く春人の奴何も言わずにふけるなんて、何考えてるんだか」
「まぁ、彼らしいと言えば彼らしいけどね」
春人と言うのは、遥のクラスにいるもう一人の図書委員である。
放課後に資料運びを頼まれていた彼等だったが、当の春人はそのことを忘れ去って帰ってしまったのだ。
そこで偶然その場に居合わせた遥が由宇の手伝いをすることになったのである。
図書室は北校舎の三階の東の端にあり、北校舎の二階の西の端にある職員室から行くには徒歩で片道五分ぐらいかかってしまう。
また資料の量もかなりあり、二人で運んで三往復、遥が少し多めに持っていることを鑑みると、由宇一人では七往復ぐらいかかってしまうかもしれない。
そんなことを考えていると、不意に窓の外――南校舎との間にある中庭に数人の生徒がたむろしているのが見えた。
特に集まっている理由はないのだろう。
暇だから、することがないから楽しみたいから。
仲間で集まって話をしている。
生を謳歌している。
それが遥にはとても――――
「――気持ち悪い」
小声で、ゴキブリでも見るような不快な表情を浮かべて遥は呟いた。
「え? 何か言った?」
「いや、何も言ってないよ?」
首を傾げる由宇に、遥は笑みを浮かべてそう答える。
その表情は既に普通のそれで、さっきまでにじみ出ていた嫌悪感と言うものは掻き消えている。
「でも、何かさっき聞こえたと思うんだけど……」
「気のせいじゃない? それより急ごうよ、これが終わったら分類わけしてしまわないといけないんだろう?」
「う、うん」
どこか納得のいかない顔で由宇は頷くと、遥に促されて図書館に向かった。

“ジャンル分けは矢谷君解らないでしょう? 後は私がやっておくから先に帰って良いよ”
雄飛取り残す、と言うのも気が引けたが、元々貸し出し当番で図書室にいた図書委員も分類わけを手伝ってくれるとの事だったので、遥は言葉に甘えて帰ることにしたのだ。
時刻は四時半過ぎ。
誰もいなくなった北校舎三階の廊下を、遥は一人で歩いていた。
そう言えばここは冬峰高校七不思議の一つの舞台となる場所だったか、と不意に遥は思い出す。
詳細は忘れたが、笑い声だか泣き声だかが聞こえて振り返ると、殺されるとか言う話だったはずだ。
全く持って下らない、と遥は思う。
大体怪談のすべてについて思うことだが、始めから殺すだけの力があるのなら、まどろっこしい事をせずに最初から殺しにかかれば良いのだ。
何故幽霊と言うのは毎回まどろっこしい事をするのだろう、と遥はどうでもいい事を考えながら廊下を歩く。
そもそも遥は怪談と言うものを信じていなかった。
何故皆がそんな非科学的なものを信じられるのかが解らないほどである。
だから始めそれが聞こえてきた時、遥は特に何も感じなかった。
――うっ……ヒック――――
少女の泣き声らしき音。
いつもなら聞こえないフリをしてそそくさとその場を離れる遥だったが、その声が知人――由宇のそれに似ている気がしたのである。
「時雨?」
だから遥は思わず振り返ってしまい――――

――次の瞬間、世界が塗り変わった。

赤かった光景が、青みがかった黒に置き換わる。
廊下の横から差す明かりは陽光から月明かりに変わっていた。
思わず張るかが空を見上げると、そこには見たことのないような月が見えた。
天蓋に浮かぶのは巨大な赤い下弦の月
しかも満月と言うわけでもないのに、光が強いわけでもないのに、他の星は全く見えない。
見ようによっては空に笑みを象った口だけが浮かんでいるようにも見える不気味な空だった。
「ああ、来てくれたのね」
不意に聞こえてきた声に振り返れば、そこには見たことのない少女が立っていた。
誘導用学校指定のセーラー服に身を包んだ黒いセミロングの髪を持った少女だ。
「君は誰? と言うか今何が起きたんだ? さっきまで夕方だったんじゃ――――」
何が起きたのか和からない遥は、その答えを目の前の少女に求めるが、少女は何も答えない。
「……………………」
「君?」
まるで固まって何も言おうとしない彼女に、遥は触れようと腕を伸ばしかけ――不意にその手を止めた。
何故なら少女の浮かべている笑みが、まるで空に浮かぶつきのように不気味な笑みだったからだ。
「……また、私を突き落とすの?」
「え?」
遥は何を言われたのか解らずに、固まったまま戸惑いの声を上げる。
そこで腕を引けばまだ結果は違ったかもしれない。
だが遥は腕を引くことをせず、結果それが少女を刺激する結果となってしまった。
少女が顔を上げ、遥と目が合う。
瞬間、遥の背中に嫌な汗が噴出した。
少女の瞳はあまりに不気味だった。悲哀、憎悪、憤怒。様々な負の感情がない交ぜとなった、小児起床しできないような瞳である。
「また、私を殺す気なら――――」
蛇に睨まれた蛙のように、遥は口を挟むこともできず少女の言葉を聞き入れる。
「その前に私が貴方を殺す」
「――ヒ」
小さく悲鳴を上げて、遥は少女から逃げ出すように走り出す。
一体先の少女が何者なのかは解らない。
いや、“それ”を本当に少女と呼んで良いのか――人間と呼んで良いのか、後ろを振り返った遥は解らくなった。
少女はずっとその場に立っていた。
そして遥は走り続けている。
それにも拘らず少女との距離は一向に広がらない。
景色は動いているのに、少女は動いていないのに、広がらない。
追いかけてくる方は止まっているのに、振り切れないという矛盾。
物理法則を無視した理解を超えた怪現象。
恐怖に駆られたはるかは更に走る速度を上げる。
後のことなど考えない。
直ぐにばてるかも、などと思っている余裕はない。
ただ全力で、追いかけてくる怪異から逃げていく。
その段になって遥はようやくもう一つの異変に気付く。
これほど走っているのにも拘らず、廊下の橋が見えてこないのだ。
冬峰高校は小さくもないが大きくもない、実に普通サイズの校舎だ。
例え廊下の端にいたとしても、端が見渡せないほどではない。
走れば二分もしない内に端につけるような距離だ。
にも拘らず端に着かない。
それどころか端すら見えない。
夜闇の暗がりが廊下の先を隠してしまい、端を見えなくしてしまっているのだ。
いつまで経っても端に着かない現実が、遥の心にストレスを与える。
まるで出口のない迷路にでも放り込まれたような感覚に、遥は不安を覚える。
理解が足らない。
理解に至らない。
理解できない。
自分の頭はどうにかなってしまったのか、それとも本当に世界の方がどうにかなってしまったのか。
どちらにせよ救いはない。
それにも拘らずどうして自分は逃げているのだろう、と遥は思う。
別に生きている意味なんてない、死んだって良いと思っていたのではないか。
なのに、と先を考えようとした遥の思考は、しかし次の瞬間、完膚なきなまでに破壊される。
ヒュン、バガン
いきなり遥の横で机が弾けた。
いや、その表現は正しくない。
後ろから投げられた机が廊下にぶつかった時に、その衝撃に耐えられず爆散したのである。
反射的に後ろを振り返ると、今までのそれに輪をかけて、奇怪な光景が遥の瞳に映し出された。
机、椅子、ペン、定規、窓ガラス――その他もろもろの物品が張るかを追いかける“それ”の周りを舞っているのだ。
まるで意思でも持っているかのように、それぞれが独立した動きで“それ”の周りをぐるぐる止まっている。そして、
ヒュン。
遥めがけて椅子が放り投げられた。
あまりの光景に立ち止まりかけていた遥だったが、自身に迫る危機に思わず加速する。
遥の背後で椅子が弾ける音が響く。
その破壊力はとてつもない。
もしも逃げるのがもう少し遅ければ、遥の体も椅子と同じ運命を辿っていただろう。
そしてそれを皮切りに、“それ”の周りを舞っていた様々なものが遥に襲い掛かってきた。
――向こうの世界に連れて行かれて、彼女の変わりに殺されてしまうから。
不意に頭をよぎった記憶に、しかし寒気を感じる暇もない。
差し迫る危機に意識するよりも早く、本能が生存を優先させて体を突き動かしたからだ。
狙いが定めにくくなるように、ジグザグに全力疾走し、そんな遥の後を追うように机やらガラスやらが爆散する。
そして物が一つ弾ける度に遥の精神に大きなストレスを与える。
少しでも速度を落とせば、次の瞬間遥の体が弾ける事になるのだ。
そうなれば全てが終わる。
命は失われ、生物からただの物に成り下がる。
――思い出されるのは、少し前まで生物だった大量の物。そしてそれに成りたくないと凶相を浮かべて這いずり回る彼等。
記憶が入り乱れて、実感のない現実とリアルな思考の区別がつかなくなる。
ただ生物としての本能が、生存本能だけが遥の体を動かし――進行方向に放たれたペン束に、思わず足を止めてしまった。
一向に当たってくれない遥に業を煮やした“それ”が、確実に遥に当てるために足止めにかかったのだ。
そして遥は見る。
“それ”の周りを待っていた物品全てが動きを止めたのを。
それはまるでスナイパーが標的を撃つ前に、狙いを定めるようで――――
何が起きようとしているのか理解するより早く、背筋に走った一際強い死の予感に、遥はその身を横に飛ばした。
遥が教室の窓を破るのと、“それ”がガトリングガンのようにあらゆる物を撃ち出すのは同時だった。
だが遥を狙って撃ち出されたそれらは、遥が逃げたために虚しく廊下にぶつかるだけ。
そして遥の方はといえば、背中から教室の中に落ち、並べられていた机に盛大にぶつかった。
机が倒れ、遥は床に叩きつけられる。
「あぐ!?」
痛みに思わず顔をしかめてしまう遥。
だが痛がっている暇はない。
ひとまず命の危機から脱したとは言え、まだ根本的な危機からは脱していないのだ。
逃げなければ、そう思って周りを見渡したところで、再び遥は動きを止めてしまう。
理由は簡単だ。
廊下の時同様、その教室にも果てが見えなかったからだ。
見えるものは果ての見えない黒板に、果ての見えないロッカー。
そして果ての見えない整然と並べられた机の郡。
先の廊下よりも分が悪い。
廊下ならその気になれば教室か、外に逃げ込む事ができた。
だが、この教室はただ奥に行く事しかできない。
言ってみれば、袋小路と同じ。
ただ果てがないというだけで、遥は既に詰んでしまっているのだ。
なら、どうしたら良いというのか?
途方にくれる遥に、“それ”の放つ机や椅子といった銃弾が襲い掛かる。
周りにあった机にペンや定規が突き刺さり、なぎ倒された。
遥は恐怖にすくみかけるが、無理やり鼓舞して体を動かす。
とっさに近くにあった机を盾にしてその攻撃を防ごうとするが、盾ごと撃ち抜かれて床に叩きつけられてしまう。
二、三度床の上をバウンドし、床の上を転がる。そして並んでいる机を幾つか薙ぎ倒したところで、ようやく停止した。
遥は動かない。
否、動けないのだ。
全身が痛い。
体が重い。
思うように動かない。
まるで体が自分のものでないような感覚。
まるで既に体が死んでいるような錯覚。
いや、それは錯覚でもなんでもない。
それは間もなく訪れるのだ。
数分もしない内に、目の前の少女の形をしたものによって――殺される。
殺される。
痛みで頭がボーッとする。
まともな思考すら適わない。
だがそのおかげで恐怖と言うものは感じなくなっていた。
遥は先の攻撃で千切れ落ちた机の脚を手に取り、痛む体を押して立ち上がる。
難しいことは考えられない。
だが逃げ道はなく、相手が見逃してくれない事は既に理解しているのだ。
ならば、残る選択肢は一つしかない。
すなわち目の前にいる少女の姿をした“それ”を打ち倒す――それが唯一の助かる方法。
「フフ…………」
そんな遥の思考を読んだかのように、“それ”が笑い声を上げる。
馬鹿にしたような嘲笑を。
そして“それ”の周りを回っていた机や椅子が、嘲笑に呼応する様に速度を増しだした。
まともにやっては勝ち目がない。
故に遥は虚勢を張って、笑みを浮かべる。そして掛かって来いとばかりに手招きする――挑発だ。
挑発に反応して、“それ”の表情が不愉快そうに歪む。
そしてその頭ごと笑みを消そうと、顔めがけて机が放たれた。
遥はそれをくぐるように回避して前に出る。
狙いの解らない攻撃では回避のしようがないが、馬鹿にした顔を浮かべられればその顔面に一撃入れたくなるものだ。
相手の思考がそこまで至るか、そもそも化物じみた相手の存在に挑発が通じるのか怪しい所だったが、そんな懸念を抱くような余裕は遥にはなく、結果それが遥を迷いなく前に出させたのである。
全身のダメージが酷い、加えて先の追いかけっこでスタミナもほとんど底を突いている。
おそらくまともに攻撃を繰り出せるのは一撃が限界だ。
故に次の攻撃など考える事をせず、遥は一気に懐にもぐりこみ、“それ”めがけて逆袈裟に机の足を振るい――そんな彼の体に教壇が横から直撃した。
あまりの痛みに体の骨が粉々に折れた気がした。
もはやどこが痛いのかすら解らない。
自分が何処にいるのかすら解らない。
気づいた時には大きくへこんだロッカーの下に自分の体が転がっており、そこでようやく自分の体がロッカーにぶつけられたのだと理解できた。
意識が明滅して目に見える光景がコマ送りに見える。
もはや本当に生きているのか死んでいるのかすら解らない。
実は自分が気付いていないだけで、肉体はとっくに粉々の肉塊に成り果てているのかもしれない。
何せ教壇がぶつかってきたのだ。
今迄で一番巨大なサイズの銃弾。
あんなものを高速でぶつけられて無事で済む人間など聞いた事がない。
だから自分に残された命がもはや最後の灯し火程度で、今考えている事が最後になるのかもしれない、と思ったところで遥はすんなり受け入れることができた。
別に辛いとは思わなかった。
もとよりこんな下らない世界で生きるなど願い下げなのだ。
人間などと言う生き汚い生物の住まう世界など――――
――おねえちゃんが助けてあげるから、死ぬなんて言わないの!
一瞬走ったノイズに、意識のブレが激しくなる。
だが意識がぶれたところで何かが変わるわけではない。
自分が殺されるという現実は変わらない。
それを回避できないという現実は変わらない。
変えることが、できない。
何もできることがないのなら、全て諦めてしまった方が良い。
変に足掻いても、ただ自分の中の絶望を大きくするだけなのだ。
だったら何もせずに死の運命を受け入れるべきだ。
「さぁ、死んで……!」
“それ”が机を遥に向かって発射する。
何もせず、これを受け入れれば全てが終わる。
だからはるかはそれを受け入れるために目を瞑ろうとして――瞬間、光弾が机を撃ち抜いた。
更に幾つもの光弾が降り注ぎ、“それ”の周りに展開した様々なものを撃ち抜いていく。
武器を奪われて、“それ”が驚愕の表情で後ろに引くのと同時に、天井から先に放たれた光弾と同色の光の柱が穿たれ、“それ”がそこまでいた空間を撃ち抜いた。
あまりの光景に“それ”同様、驚愕の表情を浮かべる遥。
何が起きているのかが彼には全く解らなかった。
光の正体がなんなのか、どうして遥を守るように光が降り注いだのか。
だがそんな疑問は直ぐにどうでも良くなった。
理由は簡単だ。
光の柱によって空いた天井の穴から、一人の少女が現れたからだ。
少女は、再び机などを纏いだした“それ”と、次に遥の姿を確認してから、右手に抱える巨大な機械に向かって告げる。
「LFEIE(ルフィー)への侵入に成功。敵性エクステンデッド、及び保護対象の生存を確認」
続いてその機械――巨大な銃の銃口を“それ”に向け、
「LFEIE解除のため、原因と思われるエクステンデッドの排斥行動に入ります」
銃口から光弾が吐き出された。