Prologue

 とりあえずプロローグが書けたので晒してみる。
 うん、前のEx-worldを読んだ人は結構デジャヴっぽい感じに襲われるかもしれない。
 とりあえず言い訳をしておくと、前に晒したEx-worldは没にして冒頭部分は書き直して全く別物にしたので、そのまま再利用……と言うか、気付いたらまたこんなんになってたんですよ。
 と言うか、自分こんなヒロインばっかだなー。クーデレっぽいのが好きなのか? まぁ、何でもいいや。
 後批判してくれるとYakiiwakiは多分喜びます。
 ウヒヒ。




 戦え、戦え、戦え。
 逃げたところで何も手に入れることはできない。
 何かを手に入れたいと思うなら、戦え。
 負ければすべて失うとしても、どうしても手に入れたいと思うものがあるのなら、戦え。
 そうする以外に我等が前に進む方法はない。
 負ければ失う。
 だが引いても失う。
 だから戦え。
 故に戦え。
 勝つために戦え。
 より先を求めるなら、高みを求めるなら、何かを欲するなら、守りたいと望むなら。
 戦え、戦え、戦え。
 否。
 戦うしかない――――
 
 
 
 *
 
 物事には何事にも前兆がある。
 動物たちもそれを感じることで地震などの災害から逃げる事ができるのだ。
 だがその前兆と、前兆を招きよせた現象にある時間的感覚が短かったら。
 刹那の間もないほどに前兆と減少が密接していたら。
 それは前兆がないのと何も変わらない。
 
 それはあまりにも唐突で、あまりにも突拍子がなかった。
 だから最初、何が起きたのか彼には解らなかった。
「なんだ、これ?」
 故に彼は、それを見てそう呟いた。
 赤の強い刎ね気味の茶髪に、鋭い黒の瞳。筋肉の引き締まった肉体をダメージジーンズと 黒のインナーに白のTシャツで覆った、十代の半ばほどらしい少年――瀬倉(せくら)智貴(ともき)の顔に浮かぶ表情は、強い戸惑いのそれである。
 だがその表情も当然である。
 彼の見ている光景を目にすれば誰でも戸惑い、そして驚愕するだろう。
 空は夕暮れよりも赤く染まり、血のように赤い。目に見える物体――アスファルトの地面や、家を覆う壁、電柱からは色が落ち、味気のないモノクロのオブジェのようになり変わり、ノイズのような黒い模様がその表面に浮かび、蠢いていた。
 ついさっきまで横を歩いていた学生や主婦からも色が落ち、その表面にも黒の模様が蠢いている。
 しかもその全てが完全に動きを停止させており、本物の彫像のように固まっていた。
 ついさっきまで普通の住宅街の一角でしなかったその場所は、今ではすっかりと不気味な異世界へと変貌していた。
「お、おい?」
 思わず声をかけながら、智貴は主婦に手を伸ばす。
 蠢く黒の模様がゴキブリのようでかすかに気持ち悪かったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
 智貴は主婦に、正確には彼女の着ている服に触れて、思わず顔をしかめた。
 その本来なら柔らかいはずの布地が、本物の彫像のように硬いのだ。
 肌に触れてみれば、やはりその肌も石のように固い。
 近くにいた学生に触れてみても同様だ。
 何が起きたのか解らない。
 自分がどんな現象に巻き込まれているのか解らず、故にどう行動すればいいのか解らず、智貴は戸惑って足を止める。
 だが直ぐに立ち止まっていても仕方がないと思い直す。
 智貴にはやらなければならないことがあるのだ。
 ここで足を止めている場合ではない。
 とにかくこの状況を打開するための何かを探しに行こうと思い立つ。
 その何かが何なのかは全く解らないが、ここでただ突っ立っているよりは遥に良い。
 しかし智貴が歩き出す事はなかった。
 理由は簡単だ。
 目の前に新たな異変を見つけたからだ。
 それは始め線の様に見えた。
 空中に浮かぶ、複数の繋がった黒い線。
 だが直ぐに、それがただの線ではないと理解する。
 それは、亀裂。
 空間と空間の間に生じた、ヒビ。
 それが何を意味するのか考えるよりも早く、ヒビは大きく広がり、そして智貴の前で砕け、傷口を広げるように空と同じ血色の穴が広がった。
 そしてその中から這い出るように、黒い巨大な右腕が飛び出してくる。
 ゴア、と目の前に突き出された指にはまるで鎌のような鍵爪がついており、その見たことのないような大きさと相まって、あまりに現実感のない光景だった。
 右腕は空中をしばらく彷徨った後、穴の中に引っ込み、その穴のふちにその指をかける。
 更に穴の反対のふちにもう一本の腕がかかり、穴を押し広げた。
 そして広げられたその穴から“それ”がこちらの世界に侵食してくる。
「な……!」
 その侵食してきた物を見て、智貴は思わず言葉を失った。
 それはまさしく化物だった。
 黒々とした肉体は智貴の三倍ほどある巨体で、人型こそしているが、そのでん部からは太く長い尻尾が、額には歪な一本角が生えていた。加えて赤い目が三つ角の下に三角形を描くような形で配置されている。
 腕などは智貴の胴回りほどの太さがあり、殴られればそれだけでミンチに成り得るだろう。
 あまりに圧倒的過ぎる異形。
 暴力の具現とも言える存在を目の前にして、智貴は息をするのも忘れ――故に放たれた拳を避けられたのはただの偶然だった。
 化物が殴ろうと地面を踏みしめた振動で、呆然とした智貴は踏みとどまれずに尻餅を付いたのだ。
 それが結果的に、智貴の頭を狙って放たれた拳を避ける形になったのである。
 豪風が智貴の頭上を駆け抜けた。
 まるで爆弾でも爆発したかのような轟音と衝撃が智貴の背後で響き、それが智貴を正気に戻す。
 殺される。
 動かなければ殺される。
 殺される理由など解らない。
 ひょっとしたら殺すのに理由などないのかもしれないが、そんなことはどうでも良い。
 生き残りたいと思うなら、動かなければならない。
 その抗いようのない事実だけ解っていれば、それだけで十分だった。
「く……!」
 智貴は化物の腕が引かれるよりも早く立ち上がると、横方向へと移動しながら考える。
 動くとしてもどう動けばいいのか解らない。
 だがとりあえず止まる事はできない。
 止まれば――――
 ドカン、とさっきまで智貴のいた地面が化物に殴られて爆ぜる。
 近くにあった主婦の彫像が粉々になって吹き飛ぶのを見て、智貴はぞっとした。
 止まればあの彫像のように自分の体が粉々になってしまう。
 それ以上のことは考えない。
 あの彫像が元はなんだったのか、そんなことを考えれば足が止まってしまうから。
 だから今は、自分が生き残るための方法だけを考える。
 本当に生き残りたいなら、それ以上のことを考えてはいけない。
 考えろ、考えろ、考えろ。
 どうすればこの場を生き残ることが出来る?
 このまま攻撃を避け続ける?
 却下だ。
 どう見ても向こうの方がスタミナはあるだろう。
 動きが鈍いからこそ、今のところ避けられているが、それは今のうちだけ。
 こちらのスタミナが切れて足が止まれば、一撃を貰って即ミンチ化して人生投了だ。
 ならこの場から逃げ出す?
 それも却下だ。
 このあたりは今日始めてきた場所だ。地理が解らないし、何より逃げ切れるという保証がない。
 下手に行き止まりにでも逃げ込んでしまえば、そこで追い詰められるという可能性もあるのだ。
 ならば他にどんな選択肢があるというのか。
 決まっている。
 後残る選択肢はただ一つ。
 それは――――
「ぐぁ!?」
 だがその最期の選択肢を取るよりも早く、化物の背に生えていた尻尾が死角から襲い掛かり、智貴の頭を殴る。
 一瞬意識が遠のき、意識が戻った時には、智貴の視界いっぱいに化物の拳が迫っていた。
 とっさに両腕を交差させて防御姿勢を取り、同時に後ろへ跳ぶ。直後に化物の拳が智貴の体に着弾する。
 自ら後ろに跳ぶ事で拳の衝撃を吸収するが、所詮それだけだ。
 背後にあった壁に智貴の体が叩きつけられる。
 衝撃に肺からの空気が漏れ出て、酸素が足りなくなったせいで視界が暗くなった。
 どこが痛いのか解らない。
 全身の感覚がない。
 まるで体中の神経が抜かれたかのよう。
 ひょっとしたら気付いていないだけで、もう体は原形を留めていないのかもしれない。
もう既に死んでしまっているのかもしれない。
 解らない。
 何もかもが解らない。
 いや、一つだけ解っていることがある。
 それは。
 ――私と一緒に来なさい――――
 彼には守らなければならない約束があるということだ。
 そしてそのためには、こんなところで死ぬことなど出来ない。
 無理やり息を吸って酸素を取り込み、脳を、視界を回復させる。
 だが視界に映し出される光景に希望はない。
 そこにあったのは拳を振り上げた化物の姿と言う絶望のみ。
 それが振り下ろされれば智貴は殺される。
 全てが終わる。
 約束が、破られる。
 だから智貴は約束を守るために全身に力を込めるが、智貴の体はまるで全身が鉛になったかのように動かない。
 それでも動かそうとする智貴の健闘も虚しく、化物の拳は振り下ろされ――――
 
 ――グチャリ、と肉を潰すような音が響いた。
 
「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?」
 絶叫がほとばしったのは智貴の喉からではなく、化物の喉からだった。
 何が起きたのか、智貴にはよく解らない。
 ただ彼の視界の中で、動く物が一つから二つに増えていた。
 一つは智貴を殺そうとしていた化物。
 そしてもう一つは、
「はぁっ!」
 気合の入った掛け声と共にそのもう一つである少女は、化物の目に付き刺していた刀を引き抜いた。
 化物の頭に取り付いていたその少女に、化物は振り上げていた拳を開いて押しつぶそうと叩きつける。
 だが少女はそれを上空に跳躍してそれを回避すると、落ちる勢いを利用して化物に斬りかかった。
 体重に落下の威力を加えた斬撃が化物の体に傷をつける。
 だがそれだけだ。化物はよほど頑丈なのか、仕留めるまでには至らない。
 そして斬り終えて隙だらけになった少女に、化物が報復の拳を放った。
 とっさに少女はそれを刀で受けるが、過剰ともいえるその拳の威力を殺しきることは出来ず、後方へと大きく吹き飛ばされる。
 だがそれでも少女は吹き飛ばされながらも体を回転させ、壁に激突する際足から着地して、ひざのばねを中心に全身でその衝撃を殺しきった。
 そして壁から足を離し、更に空中で身を捻って智貴の横に着地する。
 女性にはあまり興味のない智貴だったが、そんな彼から見ても、その少女はきれいと言えるほどの美少女だった。
 黒い艶やかな長い髪。
 深いアメジスト色をした瞳に、まるで雪のように白い肌。
 肉つきは特別良い訳ではなかったが、均衡の取れたプロポーションをしており、むしろ無駄のない美しさがそこにはあった。
 そんな彼女が着ているのはどこかの学校の制服のようで、紺色の上着に、同系色のチェック模様のスカートというどこか涼やかな色合いの服である。彼女自身の涼やかな雰囲気と相まって、それがひどく似合って見えた。
「く……! 予想以上に外皮が硬い。私の剣じゃ致命傷を与えるのは難しいか……」
 苦々しく呟いて、少女は右手に握っていた刀を構える。
 だがそれは果たして刀と呼んでいい代物なのか、智貴は判断に困った。
 刀は鉄と黒鉛を中心とする鉱物で構成されるため、黒に近い鋼色、もしくは銀に近い色をしているのが普通だ。
 だがその少女の扱っている刀は蒼白の色をしており、あまつさえ鍔がなく、代わりに青に輝きながら回転する不思議な球体が埋め込まれている。
 連続する不可解な事態に混乱する智貴だったが、そんな彼の戸惑いを無視して事態は進行する。
「そこの貴方、大丈夫?」
「あ? あ、ああ」
 答えながら立ち上がろうと腕に力を込める智貴。
「なら私があの悪魔の動きを止めているうちに、貴方はここから逃げなさい」
 一方的にそう告げると、再び化物へ突っ込んでいく少女。
「……逃げる?」
 少女が継げた言葉を反芻して、智貴は立ち上がるために地面についていた腕の動きを止めた。
 確かに自分ではあの化物には叶わない。
 それどころか、何が起きているのかすら解らないのが現状だ。
 だがあの少女は違う。このよく解らない状況の中でしかし何が起きているのかを理解していて、そしてどうやら解決するための力も持っているらしい。
 この場を納めるのは智貴のような何も知らない脇役ではなく、彼女のような事態を解決させられる主役。
 だから智貴はこの場に必要ない。
 むしろこの場にいれば、少女と化け物の常軌を逸した戦闘に巻き込まれて死にかねない。
当然ながら死にたくなどない。
 智貴には成し遂げるべき約束がある。
 だから死にたくはない。
 ならば彼女の言うとおり、逃げるのが上策なのは言うまでもない事。
 だが。
「ふざけんな……!」
 怒りにも似た表情を浮かべて智貴はそう呟くと、いつの間にか俯いていた顔を上げた。
 
 
 
 *
 
 駆けて来る少女に呼応するように化物が雄たけびを上げ、少女が間合いに入るより早く拳を振り下ろした。
 だが少女は再び上へ跳躍して拳を回避すると、地面に叩きつけられた腕の上に飛び乗り、すかさず刀を横に振る。
「蒼蛇の剣(ダブルブルー)!」
 少女の叫びに反応して刀身が青く輝き、目の前の悪魔に文字通り襲い掛かった(・・・・・・)。
 刀身が連結刃となって分裂し、獲物を見つけた蛇のようにその切っ先が化物に向かっていったのである。
 化物が防御する間もなく剣先が化物の体に突き刺さるが、切っ先が数センチ突き刺さるだけで、それ以上の進行を止めてしまう。
「やはり硬い、か」
 苦々しく少女が呟き、その体がいきなり上に跳ぶ。
 化物が少女を乗せたまま腕を大きく振り上げたのだ。
 吹き飛ぶ勢いにつられて、化物の体に突き刺さった切っ先も抜けてしまう。
 だが少女は慌てることなく空中で姿勢を整え、新たに連結刃をけしかけた。
 鋭い切っ先が再び化物に向かうが、しかし化物も連続して攻撃を受けるほど馬鹿ではない。
 腕を振るって連結刃を打ち払い、そして落ちてくる少女を殴ろうと拳を引いて迎撃体勢を取る。
 その化物の様子に、しかし少女は笑みを浮かべ、弾かれた連結刃を更に操った。
 連結刃は化物の周りで何重もの円を描いてその周りを取り囲むが、しかし化物の目には少女しか映っておらず、連結人の存在には気付いてもいない。
 それを隙として、少女は化け物より早く行動を起こす。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!」
 少女の気合のこもった声を放ち、呼応した連結刃が悪魔の体を縛り上げる。
 化物が気付いた時には既に遅い。
 とっさに右腕で連結刃を払いのけようとするがそうして伸ばした右腕以外を縛られて、化物はその場に貼り付けにされたように動けなくなった。
「今の内に早く逃げなさい!」
 地面に着地した少女が、智貴に叫ぶ。
 この場で戦うなら、化物の体を縛り上げる事などそう必要ではない。
 少女は智貴を安全に逃がすために、この化物を縛り上げたのだ。
 そして少女の言葉を受けて、智貴はまだダメージの残る体で走り出す。
 だが化物に背を向けて、ではない。化物に向かって走り出したのだ。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 自分を鼓舞するように叫びながら、智貴は駆けた。
 驚愕に少女の表情が歪む。
 当たり前だ、どんな馬鹿でも目の前の化物と、ただの人間に間にある戦力差は象とアリのサイズほどに違うのだ。
 そんな自殺行為をいきなり見せ付けられれば誰だって驚くものだ。
 だが智貴はそんな少女の様子などお構いなしに、足と共に右拳に力を込める。
 化物もそんな智貴の様子に気が付いて、唯一自由な右腕を振り上げた。
 そして両者の攻撃が炸裂しようとした刹那、
「馬鹿!」
 しかし横合いから放たれた罵声付きの衝撃に、智貴の体が横に吹き飛ぶ。
 その時間は一秒にも満たない間であったが、しかし智貴は確かに見た。
 智貴を助けようと、少女が智貴に体当たりを仕掛け、そして智貴の代わりに化物の拳を受けて吹き飛ぶ様を。
「な――――」
 智貴の脇を、少女の体と共に化物の拳が駆け抜ける。
 背後で少女が壁に叩きつけられる音を聞いて、しかし智貴は止まらない。
 否、止まれない。
 智貴が意図した事ではないとは言え、智貴のせいで少女は戦線離脱してしまったのだ。
 彼女がまだ生きているのか、死んでいるのかは解らない。
 だがここで止まってしまえば、確実に彼女はやられ損である。
 故に智貴はバックステップで一旦間合いを調節すると、再び戦闘体勢を取った。
 十秒もしないうちに、化物は体勢を整えて、再度智貴に攻撃を加えてくるだろう。
 だからその十秒の内に、智貴は再び覚悟を決める。
 戦う覚悟を。
 死にたくはない。
 だが、だからと言って逃げるのも嫌だった。
 智貴はここに逃げるために来たのではない。
 智貴は得るためにここに来たのだ。
 逃げた先には何もない。
 逃げれば何も得られないだけではなく、失われてしまう。
 奪われてしまう。
 それが嫌なら、戦うしかない。
 奪われる前に奪え。
 戦って、奪い取れ。
 前に進もうと思うなら、全力で戦え。
 戦って奪い取れ。
 望む先があるのなら、その前に立ちはだかるあらゆる物を薙ぎ払え。
 逃げる事など言語道断。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 化物が拳を振り下ろすタイミングを計って、智貴は地面を蹴った。
 流石に三度目ともなれば、その攻撃のタイミングは覚えられる。
 だからそれに合わせて智貴は化物の拳が打ち出される直前で加速し、姿勢を低くする事で化物の拳を回避し、更に一歩前に出る。
 飛び込むようなステップインで化物の懐に飛び込むと同時に、智貴はそれまで溜めていた右拳を、化物の腹めがけて打ち放った。
 化物の拳を振り下ろす勢いを利用したカウンターである。
 相手は頑丈で、刀で切ってもまともなダメージを与えられない。
 ならば素手の智貴の攻撃もほとんど受け付けないだろう。
 故に相手の勢いを利用するカウンターを放ったのだが――――
「がぁっ!?」
 グォキリ、と鈍い手ごたえが智貴の腕に返って来て、智貴はうめき声を上げる。
 その手ごたえは間違いなく拳が砕けたものだ。
 あまりの堅牢さに、化物にダメージを与えるどころか、智貴の方がダメージを負ってしまったのである。
 だがもちろん、智貴がダメージを負ったからといって化物は手を緩めない。
 少女がやられて拘束が緩んだのか、自由に足を動かして、智貴の方へ向き直る。
 とっさに智貴は逃げようとするが、尻尾で足を払われて倒れてしまい、立ち上がった頃には既に化物は攻撃モーションに入ろうとしていた。
 さっきと同じことをすれば回避してまた攻撃できるだろう。
 だが何の攻撃をすればいい?
 攻撃したところで、智貴の打撃では効きもしない。
 それどころか智貴の拳が潰れる始末だ。
 プラスどころかマイナスの結果しかもたらさない。
 ドクン。
 ならばどうすれば良い。
 どうすれば良い。
 どうすれば良い?
 しかし答えを考えている暇はない。
 化物の拳が振り下ろされ、智貴はそれを間一髪で回避する。
 そして追撃で放たれた尻尾の足払いを、今度は跳躍して避けた。
 しかし回避できただけだ。
 この状況が続けば智貴の負けは見えている。
 ならば、生き残ろうとするならやはりこの場は逃げるしかないのか?
 そう思った矢先、智貴の視界の端にそれは映る。
 それは壁に寄りかかるようにして意識を失っている少女。
 それは智貴を庇って、代わりに化物に殴られた少女。
 壁に叩きつけられた時に打ち所が悪かったのか、その額は赤く濡らして少女はピクリとも動かない。
 ドクン。
 逃げれば智貴は助かるかもしれない。
 だが彼女はどうなる。
 智貴のせいで傷付いた彼女は。
 考えるまでもない。
 今の彼女なら、容易く殺すことが出来る。
 なら、彼女の命運など目に見えているも同然だ。
 ドクン。
 逃げる事はできない。
 逃げる事は許されない。
 逃げる事は許さない。
 回避のために上げていた踵を下ろす。
 相手が強い事など知らない。
 攻撃が通用しない事などどうでもいい。
 拳が砕けていることなど関係ない。
 
 戦え。
 
 そうする以外に、この場を切り抜ける方法はない。
 故に智貴は力を込める。
 砕けているせいで、拳に力が入っているのかすら良く解らない状態だったが、それでも智貴は右拳に力を込める。
 必要なのは強い踏み込み、腰の回転。肩を入れるタイミング。
 拳など、ただそうして得られた破壊力を相手へ伝え、撃ち出すための銃身のような物でしかない。
 銃身がなくとも、拳銃は弾を撃てる。
 他の部位さえ使えれば、まだ攻撃は出来るのだ。
 問題は威力だ。
 先の一撃では表皮をへこますことも出来なかった。
 目の前の化物を倒したいのなら、もっと威力が必要である。
 故に先の一撃の時よりも、智貴はもっと強く一歩を踏み出す。
 そして化物の拳を避けると同時にステップイン。更にそこで体を縮ませて、跳躍するように強く踏み、同時に腰を捻る。そして勢いに乗った上体から、更に肩を入れ全身で得られた運動エネルギーを拳に集約させ、渾身の一撃を化物の腹に打ち込む――――
 グォキベキバキボキ。拳どころか手首すら砕けるような感覚。
 間違いなく右腕は使い物にならなくなっただろう。
 だがそれだけの威力を発揮しておきながら、やはり化物にはダメージが入ったようには見えない。
 圧倒的に力が足りないのだ。
 だから智貴は足に力を込める。腰を捻る。腕に力込める。
 もっと力を。もっと威力を。
 もはや使えない右腕なら、それ以上の損壊を恐れる必要などない。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 だが化物は動かない、怯まない、退かない、倒れない。
 相変わらず何のダメージも感じられない表情で、再び智貴の頭を狙って尻尾を動かす。
 だが智貴は逃げない。
 見えていながら、解っていながら、その攻撃を避けようとしなかった。
 戦う、と決めたから。
 もう逃げない、と決めたから。
 この化物を倒す、と決めたから。
 故に尻尾が智貴に届くより早く、化物を倒そうと力を込める。
 だがいくら意思を強く持ったところで目の前の現実は変わらない。
 目の前の敵が倒れる事などない。
 だがしかし。
 強い意志こそが人間を突き動かす、原動力となりうるのだ。
 そして強い原動力は、そのうちに潜むまだ見ぬ必然すらも引き出しうる。
 ――故に次の瞬間に起きたことは偶然でも奇跡でもなく、ただの必然。
 いきなり閃光が迸り、伴う衝撃に化物の体を尻尾ごと吹き飛ばす。
 閃光を生み出したのは智貴の右腕。
 否、右腕だったものだ。
「ぐぁ!?」
 化物の体と同時に智貴の体が吹き飛んで、壁にぶつかる。
 だが思ったほどの痛みはなく、とにかく体を起こそうとしたところで智貴はその違和感に気が付いて、右腕を見下ろした。
「な……?」
 “それ”を見て、智貴は一瞬言葉を失う。
 そこにあったのはそれほどにおかしな物だった。
 イメージ的には鎧。
 肩口から指先までを覆う黒の装甲。
 指先や装甲の端々には赤いパーツが付いており、赤と黒コントラストが見るものに禍々しい印象を与える。
 そして手の甲の部分には少女の刀にも付いていたような球体が付いており、それが赤色に輝いて高速で回転していた。
 砕けたはずの拳や手首も復元されているのが、思い通りにその鎧の指が動く事から伺える。
 そのことから、どうやらその鎧は右腕と一体化しているらしいと智貴は判断する。
 自分の身に何が起こっているのか解らなかった。
 だが、一つだけ言えることがある。
 目の前には先の閃光の衝撃で尻餅を付いた化け物の姿。
 そしてその閃光はこの右腕が生み出した物。
 つまり、この右腕があれば智貴はあの化物と戦えるのだ。
「いける……!」
 右腕に溢れる力に、このおかしな状況下に陥って始めて、智貴は笑みを浮かべる。
 そして化物が完全に体勢を整えるよりも早く、化物に駆けて行き、渾身の右ストレートを叩き込んだ。
 それまでは感じられなかった肉を殴るような感触と共に、化物は完全に地面に倒れ伏す。
 智貴は倒れた化物の腹に追撃の打ち下ろしを加える。
 貫通した衝撃が地面を震わせ、その威力に気分をよくした智貴は再度拳を振り上げる。
 だが手にした物が強力であればあるほど、人間と言う物は傲慢になる生き物だ。
 それは智貴とて例外ではない。
 もっと砕けて言えば、智貴は油断していたのだ。
 攻撃される側から、する側になったと勘違いし、その勘違いが、敵も攻撃してくるという事実を忘れさせる。
 そしてその油断を突いて、死角から襲い掛かってきた尻尾が智貴の動きを止める。
 尻尾は意図的なのか偶然なのか、智貴の首を締め上げて彼の体を宙へと吊り上げた。
 首が絞まっているせいで、気管を締めつけられて息が出来ない。
 尻尾を解こうと右腕で掴むが、首を絞められているせいか力が入らず振り解けなかった。
 マズイ、と思った時には既に遅い。
 智貴の意識は闇に沈んでいき――――
 ザン、背後から放たれた斬撃が化物の尻尾を切り裂いた。
「ガァァァァァァァァァァァァァァ!?」
 起き上がろうといていた化物が絶叫を上げて再び倒れる。
 智貴は何が起きたのかと思い顔を上げ、直ぐ横に智貴を庇った少女が立っている事に気が付いた。
 その彼女の手に在るのは刀の柄。そしてその先端から生えている光の剣だ。
 どうもその光の剣で化物の尻尾を切って智貴を助けたらしい。
 そして少女は助けた智貴には目もくれず、再び連結刃を操って、緩んでいた化物の体を拘束すると、唯一縛れていない右腕――その肩口にある傷口に、その光の剣を突き刺した。
 体中に連結刃を巻いて暴れていたせいで、化物の体中に傷が出来ていたのである。
 両手で捻じ込むようにして右腕に剣を刺す少女。
 剣を刺した事で神経が傷付いたのか、化物の右腕は動かなくなり、これで今度こそ化物の動きは完全に封じられた。
 その後はひどく簡単だった。
 少女が化物の目や口内などの比較的柔らかい場所を光の剣で刺し貫く事で、止めを刺したのだ。
 それだけで化物は完全に行動を停止させ、直後に塵となって消失していく。
 あまりにあっけない最期。
 そして通常生物の死に方とはかけ離れた最期に、智貴は目を丸くするが、しかし異変はそれに留まらない。
 化物との戦闘で壊れた地面や壁、そして人間の彫像が、まるでビデオの巻き戻しでも見ているかの様に、元の形へ集まり復元していくのだ。
 そして復元が完全に終わったところで、空の色や、周りの物の表面に浮かんでいたノイズのような模様が消失し、同時に全ての物に色が戻る。
「――でさ、マジ笑えんだよ」
「まじかよー、ねーわ。それ」
「あ、そういえばネギを買うの忘れたわ……ま、良いわね」
 何事もなかったかのように、学生や主婦が動き出す。
 その行動は、智貴が先の変な現象に取り込まれる前の続きであるらしい。
「あ? 何がどうなってやがるんだ? って、何だ! 右腕も元に戻ってるぞ!?」
 自分の右腕はおろか、少女の持っていた刀も消えている事に気づく智貴。
 一瞬、さっきまで見えていたあれは夢だったのかと思うが、それはない。
 何故ならさっきまで戦っていた少女は、まだ目の前にいるのだ。
 それと智貴の体に走る痛みが、先の現象が夢でなかった事を如実に語っている。
「やっぱり。貴方、異界化(いかいか)は初めてなのね」
「あ? いかいか? それってなん……あれ」
 聞いた事のない言葉を聞き返そうとして、しかし不意に訪れた眩暈に智貴は膝をついた。
 直ぐに立ち上がろうとするが、体が思い通りに動かず、それどころか強い眠気が智貴の身を襲う。
「あ、クソ……なん、だよ、これ」
 そう呟きながら智貴は意識を失う。
 気を失う直前、やわらかい何かが彼の体を受け止めた気がした。



 prologue end...............

――――――――――――――――――――――

 とりあえず主人公がはた迷惑なまでに自分を通す奴だと解ればそれでよし。
 後もうちょいバトルが派手にならんかなー。
 っていうかヒロインが色々可哀相に見える気がする。
 そして相変わらず情景描写が苦手だぜ。
 とりあえず住宅街の一角の4時から5時の間ぐらいなんですが(時間にゃ触れてないけど)、その辺ちゃんと解るかなー?
 後ヒロインが主人公を助ける時、もうちょっとなんかあった方が良いですかね?
 ヒロインの思考を挟むとか、主人公が立ち向かった理由をその前に持ってきておくとか。
 なんかそこがちょっとスカスカしてる気もするんですが。