短編 「げぇむ・げーむ」

 とりあえず、ここ数週間書いてた短編をやっと晒す。
 ひっぱった割には平凡な話。
 お題は「地球最後の日×サイコロ×宅急便」
 脳内挿絵はヒラコー先生で(笑)



「ゲームをしよう」
 開口一番、ミラン・ガートランドは妖艶な笑みを浮かべて椅子に座った。
「はあ?」
 ミランがそんな調子だから、友人であるこの俺――粟井友重は間抜けな声をあげざるを得なかった。
 ミラン・ガートランドはともかく妖艶で、怪しいヤツだった。白磁のような肌。つややかな黒髪で前髪は綺麗に切りそろえられ、後ろ髪は腰まで伸びている。いわゆるお姫様カットというヤツだ。日本人形のような見た目だが、着ているのは白いスーツである。
 出会った誰もが息をのむ美しさだ。長年の友人である俺ですら、会う度に息を飲んでしまう。ちょうど今のように。
 だが、この小柄な友人の性別に関しては未だにはっきりしていない。なのでこのどぎまぎが正しいかどうかは未だもって謎のままである。
「ゲームだよ、ゲーム。暇つぶしさ。ぼくの暇つぶしに付き合って欲しい」
 ミランは聞き分けのない子供のようにだだをこねる。
 俺は何も言えず、呆然と立ち尽くす。
「トモシゲはノリが悪いな。それだから独り身なんだよ」
「……うるせいやい」
 俺はやっと言い返し、ミランにお茶を差し出し、対面の席に腰を落ち着けた。
「何だってまた……わざわざこんな山奥まで来てゲームなんかを?」
 俺は陶芸家だ。年に数回仕事に集中するために一ヶ月ほど山ごもりする。
 ミランが訊ねてきたのはその山ごもり用の別荘だ。
 来客なんか想定してないので俺の格好も土で汚れた作務衣姿でミランの白いスーツ姿と比べると酷くみすぼらしい。
 ここはただ仕事するためだけに作られた別荘で、正直、来客など仕事の邪魔でしかない。
 そんなせいか、どうも口調が皮肉っぽくなる。――まあ、俺が皮肉っぽいのは今に始まったことでもないが。
「ここには、良質の土と、機嫌のいい竈と、女みたいにわがままな大自然しかねえよ」
「それと、キミの業物の陶器があるじゃないか」
 ミランの言葉に、ありがとよ、と俺は肩をすくめる。
「相変わらず素直じゃないね」
「俺はまだまだだよ。いつになったら師匠に追いつけるか分からない。ゲームなんてしてる暇はない」
 俺の言葉にミランはふうん、と背もたれに体を預ける。
「なるほど。しかし、残念ながら、キミが師匠に追いつく時間はない」
 手を叩き、大げさに肩をすくめるミラン
「どういうことだ?」
 俺の問いに、ミランはこれでもかというくらい、実に意地の悪い、歪んだ笑みを浮かべる。
「今日が人類最後の日だからだよ」
 …………。
「ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーー」
 思わずだらしがない声をあげる俺。
「おや、なんだいその反応は?」
「たりめーだろ。いきなりそんなこと言われて信じられるか」
 俺の言葉にミランは蕩々と語る。
「時間にしておよそ四時間。それが僕達に残された最後の時間さ。
 山ごもりしていたキミは知らないだろうけれど、下界は大変な騒ぎさ。
 せめて最期くらい静かに迎えようと思ってここに来た訳さ」
「おい、おい、だから話を聞けって。そんな与太話誰が信じるかって――」
 と文句を言う俺の唇を立ち上がったミランの指先が塞ぐ。白手袋の感触が俺の唇を支配し、何も言えなくなる。
「――たった四時間。できることは少ない。でも、ただ待つには長すぎる」
 ミランはただただ告げてくる。
 有無を言わさぬ大きな瞳が俺を縛る。
 ミランは空いた左手でスーツのポケットから何かを取り出し、テーブルの上に転がした。
 それは六面ダイス――サイコロだ。赤色と青色がそれぞれ二つずつある。
「さあて、ゲームをしよう。
 それがいい。きっとそれがいいに違いない。
 最後の、人生で最後で最期の暇つぶしだ。
 馬鹿馬鹿しい最期こそが僕らには相応しい。
 だから――」
 友人の瞳が妖しく輝く。それはまるでこの世のものではない、別のもっと恐ろしい何かのようにも見える。
「ゲームをしよう」
 いつもそうである。
 俺がこの友人の頼み事を断れるはずがなかった。


げぇむ・げーむ

「さて、ルールは簡単だ。
 互いにダイスを振る。赤と青のダイスの合計を競う。
 基本は赤いダイス目。これに、青いダイスの数をプラスにしてもいいし、マイナスにしてもいい」
 ミランの説明に俺はダイスをコロコロと転がしながら聞く。
「なんでまたマイナスにしたりするんだ? プラスにした方がいいに決まってるじゃねーか」
「落ち着きなよ、トモシゲ。ダイス目が高い方がいいとは限らない」
 そう言って更にダイスを取り出すミラン。それは二つの黄色いダイスだった。
 こいつは何個ダイスを持ち歩いてるのかと思ったが、面倒なので聞かないことにする。
「互いにダイス目を決定した後、最後に黄色のダイスを互いに一回ずつ振る」
「それで?」
「合計が偶数なら、ダイスが低い方が勝ち。奇数なら高い方が勝ち、てことになる」
 つまり、赤と青のダイスで得点を決めた後、黄色のダイスでルールを決めると言うことらしい。
「そして、特別ルールとして、ゾロ目の時は合計は足し算ではなく、かけ算だ」
「それは赤と青だけ?」
「黄色もだ」
 …………。
 ややこしい。
「何が簡単なルールだ。充分めんどくさいじゃねーか」
「おやおや、この程度で愚痴られても困るな。君の好きなサッカーや野球よりよっぽど単純じゃないか」
 友人の言葉に俺はため息をつく。そら確かにサイコロを三つ振るだけで、ルールも三つくらいしかない。単純と言えば単純だ。
「けど、このゲームの何が楽しいんだ?」
「賭けをしよう」
 ひゅばっ、とミランは右手を挙げて言う。
「勝った方は相手に自分の知りたいことを一つ質問する。
 負けた方はそれに必ず答えること。
 もちろん、嘘は禁止だ。
 そうでないとゲームが成り立たない」
 友人の言葉に俺は呻く。
「質問……ねぇ」
「キミも、何も知らないまま地球最後の瞬間を迎えたくはないだろう」
 ミランの言葉に俺は肩をすくめる。
 ここは山奥のコテージで、他の人家があるところまで車で二時間はかかる。
 電気はあるが、テレビもないし、新聞も取ってない。ラジオも聞こえない。
 電話はあるが、何故か数日前から不通だ。山奥なので台風や土砂降りなどで電話が通らなくなるのはよくある話だ。
 つまり、俺は今、外の情報を知る術は何もなく、こいつの話を嘘かどうか確かめる術もない。
「……つまり、
 『世界が滅びるのがホントかどうか、ゲームで聞け』
 てことなんだろーけど、お前嘘つきじゃねーか」
「失敬な。僕ほど誠実な人間はなかなか居ないよ」
 いけしゃあしゃあと言い放つミラン。残念ながら、友人の言葉に俺は同意することなど全くできそうにない。
 これまでの経験がこのうさんくさい友人のことを信用するのを拒否させるのである。
 気まぐれで、いい加減で、ワガママで、あーもーなんで俺はこいつの友人なんだ。
 だがどのみち、ゲームをすると言ったのだし、こんな息抜きもたまにはいいだろう。
 何のかんのでわざわざこんな山奥まで来てくれた友人のささやかな願いくらい叶えてやってもいい――そう思うくらいには俺も甘ちゃんだからだ。
「ちなみにドローの場合は?」
「振り直しだけど、……面倒だから振り直しの場合は黄色のダイスは振り直さないことにしよう」
「ふむ、分かった」
 後はやりながら覚えていけばいいだろう。
 正直、俺は頭で考えるより体で覚える方なのだ。やってみないと分からん。
 とはいえ、このゲームには一つの懸念がある。
「相手が嘘をついてない、てどうやって判別する?」
 そう。このゲームは相手に質問する訳だが、相手の回答が嘘でないという保証はない。
 それこそ、延々不毛な質問をしあって終わる可能性もある。
「おおっと、忘れてたよ。それはこれを使おう」
 と、またポケットから道具を取り出すミラン。なんだこいつ。未来から来たロボットか何かか。
「なんだこりゃ?」
 出てきたのはこぶし大の立方体にコードで繋がれた吸盤。
「ケータイ用嘘発見器
「うわー。それこそ嘘くせえ」
「何を言う、僕が作ったんだぞ。間違いないよ」
「ますます駄目だろ、それ」
 そう言えばこいつも科学者の端くれだったか。
 一応聞いてみる。
「使い方は?」
「手首に、吸盤をつけてごらん」
「こうか?」
 俺は手首にぺたりと謎の吸盤を貼り付けた。謎の立方体が手首にぶら下がる。
「ちなみに、キミは学生時代に大学の前の本屋に勤めてる女の子に惚れてたと評判だったけど」
「別にそんなんじゃね――」
 と言った瞬間手首に言いしれぬ激痛が走った。
「いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
 のたうち回る俺を尻目にミランがケラケラと笑う。
「うん、どうやら装置は正常に機能しているらしい」
「てめぇ! 嘘ついたら電流流れるって最初に言えよっ!」
 俺は手首を押さえながらぎりぎりと相手を睨む。
「おっと、そう言えば今のは嘘だったと認めるんだね」
「別にあのことは何も……いてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
 俺はたまらず吸盤を引きはがす。
「…………とりあえず、これをつけてれば嘘をつけないことは分かった」
「だろ?」
 俺の言葉ににやにやとミランは笑う。くそう、けったくそ悪い。
「とりあえず、俺が使った方をお前がつけろ。動作確認してる方と交換だ」
「ああ、フェアに行こう」
 俺の提案にミランはあっさりと同意して携帯用嘘発見器を装着する。
 しかしこれはどういう仕組みなのだろう。まさか脈拍だけで分かる訳でもなし。まあ、専門外のことを気にしても仕方ない。
「じゃあ、キミもこちらをつけな」
「分かったよ」
 とりあえず、嘘はつかない。それだけは肝に銘じておくことにした。
「準備はいいかい?」
 ミランの言葉に俺は軽く頷く。
「オーケイ。
 では、ゲームスタートと行こうか」



「そう言えば、ダイスの確認は大丈夫かい? 僕がイカサマをしているかもしれないよ」
「知るか」
 こんな馬鹿げたゲームに真剣になる理由がない。
「そうかい。じゃあ、行くよ」
 俺とミランは同時にダイスを振る。
「赤4、青3だ」
「僕は赤2、青5だね」
 互いのダイス目を見て嘆息する。合計はともに7。期待値だ。
「では、僕は青をマイナス5にするよ」
「……俺はそのままだ」
 これで、俺は《7》、ミランは《−3》だ。
「じゃあ黄色いダイスを振ろう」
 互いに黄色のダイスを投げ、机の上でぶつかり、4と2の数字が出る。
「偶数。低い方が勝ちだね」
 ふふん、とミランが嬉しそうに笑う。
「ああ、まずはお前の勝ちだよ」
 ため息を放つ俺に、ミランは指を一つ立てて、楽しげに言う。
「では、第一の質問。都和子とはどうなったのかな?」
 ミランの言葉に俺は飲んでいたお茶を吹き出した。
「うわ、汚い」
「てめー、なんて質問しやがる!」
 俺は怒鳴りながら、席を立ち、台拭きを取りに行く。
 ミランはけらけらと笑いながら、勝者の特権だよ、と言う。
「隠しごとはなし。本当のことを言う。それがこのゲームのルール」
 俺は汚れたテーブルとダイスを拭きながら顔をしかめる。
 ちらりと右手に繋がれた携帯用嘘発見器を見る。
 このままいつもの調子で「別にいつも通りだ」とか答えたらまた電流が走るに違いない。
 俺はマゾじゃない。あんな、気絶するほどじゃないにしろ僅かな間右手の感覚がなくなるような電流を浴びるのはご免被りたい。
 かといって、口に出すのもはばかられる。
「……それにしたって、言いたくないこともあるだろ。黙秘権を要求する」
「それじゃゲームにならないよ」
 にやにやとミランは笑う。こいつ、楽しんでやがる。
「別の質問にしろ。他の質問なら何でも答えてやる」
 俺の言葉にミランは目を大きく見開く。
「へぇ、何でも? いいのかい、そんなこと言って」
「男に二言はねえよ」
「日本男児だねえ」
 ミランは何故かうんうんと大きく頷く。こいつ、確実に俺をバカにしているな。
「じゃあ、ルールを付け加えよう」
 再び芝居がかった調子でミランは指を一本突き立てる。
「答えたくない質問があれば一度だけパスが可能。
 その代わり、質問者は別の質問が出来る。
 敗者は二回目の質問には必ず答えなければならない。
 後、同じ質問は禁止。
 それでいいかい?」
「ああ、それでいい」
 台拭きをテーブルの隅に置きつつ、俺は頷く。
 いかんな。いい加減、主導権をこっちにも寄せないととんでもないことになりそうだ。
「さあ、じゃあ代わりの質問してこいよ。どんなもんでも答えてやる」
 と、俺は相手を挑発する。すると、ミランはふふん、と笑みを浮かべつつ、聞いてくる。
「で、都和子に振られた理由に心当たりはあるかい?」
 がたーん、と俺はテーブルに突っ伏した。
 そんな俺を見てミランはまたけらけらと意地の悪い笑みを浮かべる。
「てめー、知ってたんじゃねーか!」
「さあて、何のことやら。
 そもそも黙秘権を行使した時点で答えは出たようなもんじゃないか」
 ミランの言葉に俺は言葉を詰まらせる。
「うるせいやい。分かってても口にしたくないことくらい誰にでもある」
「キミは素直だね。そう言うところは好きだよ」
 ミランの言葉にふんっ、と荒い息を吐く。
「俺はお前のそう言うところは嫌いだね」
「そりゃ残念。気をつけることにするよ」
 とアテにならない約束をするミラン
「さて、質問に答えて貰おうか、我が愛しの日本男児くん」
「あいつを放置して土ばっかこねくってたからだよ。言わせんな恥ずかしい」
 と、約束は守る俺は言う。
 仕事人間の俺はついつい仕事に没頭して下手をすれば山にこもって一ヶ月音信不通になったりする。
 かといって、こんな山ごもりに付き添ってくれるような奇特な女性が居る訳もなく、俺は未だに独り身だ。
 ああ、俺は振られましたよ。
 …………そういうことにしておいてくれ。
「いやー、都和子はなかなかいい子だったんだけどね」
「うるせえ。クソ。絶対テメーには負けん」
 怒りを露わにする俺にミランは楽しげに笑う。
「そうこなくっちゃ。これでキミも本気でゲームに付き合ってくれそうだね」
 そしてゲームは進む。



 コロコロコロ……。
 ミラン、赤4、青2。
 俺、赤6、青2。
 黄色、2、5。奇数。高い方の勝ち。
「で、地球最後の日って本当なのか」
「ホントだよ」
「どんな理由で?」
「おっと、質問は一勝につき一つだけだよ」
 コロコロコロ……。
 ミラン、赤3、青3。
 俺、赤1、青−5。
 黄色、6、1。奇数。高い方の勝ち。
「都和子の為に作った『ミヤコノヤワラ』はどうするの?」
「……おいておくよ」
 コロコロコロ……。
 ミラン、赤6、青4。
 俺、赤3、青1。
 黄色、4、6。偶数。低い方の勝ち。
「で、なんで地球が滅びるんだ?」
「意味がなくなるからさ」
「意味が?」
「質問は一つ……と言いたいところだけど、さすがにこれだけじゃ可哀想だから補足しよう。
 意味の消失。存在する理由と意味がなくなればこの世にいることは出来ない。ただそれだけのことさ」
「訳わかんねえ」
「はい、次のターン」
 コロコロコロ……。
 ミラン、赤5、青2。
 俺、赤4、青−1。
 黄色、4、2。偶数。低い方の勝ち。
「意味の消失って結局なんだよ?」
アカシック・レコードは知ってるかい?」
「また無茶なガジェットが出て来たな。俺も漫画好きだから読んだことある。世界の過去未来現在すべてが記録された情報だろ」
「さすがトモシゲは博識だね」
「なんだ? もしかしてそれが見つかったってことか?」
「…………」
「おい、なんとか言えよ」
アカシックレコードには、地球の未来はなかった。今日より後のものはね。ただそれだけさ」
 コロコロコロ……。
 ミラン、赤3、青1。
 俺、赤5、青4。
 黄色、1、3。偶数。低い方の勝ち。
「で、話は変わるけど君にあげたマフラーはどうなった?」
「あぁ? あのバカ高いマフラーなら冬場に重宝させてもらってるよ」
「ありがと」
「例を言うのは俺の方だろ」
「いいじゃないか、言いたくなったんだよ」
 コロコロコロ……。
 ミラン、赤2、青−4。
 俺、赤6、青2。
 黄色、6、4。偶数。低い方の勝ち。
「フミノリの結婚式にはなんで来なかったんだい?」
「え? あいつ結婚したの?」
「二ヶ月前にね」
「あいつ親友の俺に招待状を送らないとかどういうことだよ」
「そんなこともあるさ」
 コロコロコロ……。
「そう言えば留学した時にキミは図書館で何度も借りていた本があったと思うけど、何に使ってたんだい?」
 コロコロコロ……。
「あの本、最近借りに行ったらなくなってたけどキミが盗んだんじゃないのかい? カリパチとか言うんだっけ?」
 コロコロコロ……。



「また僕の勝ちだね。それじゃ……」
「ちょっと待てやぁぁぁ!」
 思わず俺は大声で相手の質問を止める。
「どうしたんだい? いきなり大きな声を出して」
「おかしいだろ。さっきからお前ばっか勝ってるじゃねーか! ぜってぇぇイカサマしてるだろ!」
 俺の言葉にミランは苦笑する。
「まさか。僕は神に誓ってイカサマはしてないよ。ただダイス目が僕に有利に働いただけさ」
「…………ホントか?」
「もちろんさ」
 にやぁ、という友人の笑顔を見るにつけ、ますます信じられなくなる。
 相手の言うとおり、ダイスに細工がないか調べておくべきだった。
 とはいえ、どういう細工をしているか見破れる自信もない。
 ならば、ルールの方を変えるしかない。
 アカシック・レコードも気になるが、それ以上に負けっ放しは大っきらいなのだ。
 この勝負、絶対に負けてやるものか。
 なんとしてでもこいつの調子に乗った鼻っ柱をへし折ってやる。
「じゃあ、一つルールの改定を提案したい」
「またかい? キミもわがままだね」
「うるせい。さっきはお前提案の修正だったから今度は俺提案の修正を受け入れろ」
 俺の言葉にミランは苦笑する。
「……ダイスを一つ振ってごらん。奇数なら受け入れよう」
 相手の言葉と共に俺は赤いダイスを放り投げた。
 赤いダイスは数度テーブルの上を跳ね、やがて3の数字で止まる。
「受け入れろ、俺の提案を」
 俺は静かに睨む。
 ミランは一瞬きょとんとした後、何故かとても楽しそうに笑みを浮かべる。
「やっと本気になってきたようだね。
 変更の内容は?」
「今のままだと全部サイコロの運任せだ。なんの駆け引き要素もない。こんなクソゲーはつまらん」
「酷いな。プラスマイナスを自分で選べるじゃないか」
「そんなもん、黄色のサイコロ次第で変わっちまう。
 だからこうしよう。
 勝利者は次のゲーム、自分の黄色のダイスを相手に隠して振ることが出来る。
 隠すのは……そうだな、黄色のダイスはこの湯飲みに入れることにしよう」
 使用済みの湯飲みを使うのは嫌なので近くに飾っていた湯飲みを俺はテーブルに置く。
「そして、前ゲームの勝利者が青いダイスのプラマイナを決めた後、前ゲーム敗者が自分の青ダイスのプラマイナを決める。
 ちなみに、決めた後のダイス変更は禁止な。
 それから湯飲みの中のダイスをチェックして勝利判定だ」
 俺の言葉をミランはふんふん、と口の中で反芻する。
「なるほど。面白い。確かに前のゲームより面白くなった気がするね」
「かまわんか?」
「オーケイ、フレンド。ゲームを続けよう。まずはこのゲームの終了処理だ。
 僕からの質問。
 僕に勝つつもり?」
「もちろんだ」
 そう言って互いにダイスを振る。
「僕は赤4、青3だね」
「俺は赤2、青6だ」
「じゃあ黄色を振ろう」
 相手は湯飲みに黄ダイスを投げ入れ、俺はテーブルに黄ダイスを転がす。
 俺の出目は3。
「じゃあ僕は青をマイナスにして、赤4、青−3だ」
「俺はプラスのままでいい」
「へぇ、このままだと僕の勝ちだと思うけど?」
「このままでいい。湯飲みの中を見せろ」
 相手の黄ダイスは6だった。3+6で合計9。奇数。
 つまり、合計の数の多い方が勝ちだ。
「やるね」
「お前がおおざっぱなだけだ」
 几帳面で計算高い日本人なめんな。
「普段はトモシゲの方がおおざっぱな癖に」
「俺はめんどくさがりなだけだ」
 なにはともあれ、そろそろ本題と行こう。
アカシック・レコードをどうやって知った?」
 世界の過去未来現在、その全てが記録されているというアカシック・レコード。SFではよく使われる題材だが、実際に存在するかは不明であり、空想上のものでしかないはずだ。
「とある頭のおかしい科学者が発明したんだよ」
 ひゅばっ、とミランは指を立てる。
「?」
「クライアント・システムをね。作ったんだよ」
「分かるように言えよ」
「つまりはパソコンさ。
 アカシック・レコードにアクセスできる超ウルトラミラクルなスパコンをどっかの馬鹿が作ったって訳さ。
 それが三週間前のこと。キミがちょうど山ごもりした3日後だね」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
 あまりの荒唐無稽さに俺はうめき声を上げる。
「嘘くせえ」
「出来たもんは仕方ないじゃないか」
「そこに、地球の滅亡が載っていたのか?」
 俺の質問にミランは答えず、ダイスを持ち上げる。
「さて、次のゲームだよ、トモシゲ」
「……ふん」
 このクソガキめ。
 俺は赤5と青4。
 ミランは赤5と青5。
 黄色は、俺が4。ミランが2。偶数で、合計が低い方が勝ち。
 俺がマイナスを選べば5−4で1。
 だが、ミランもマイナスを選べば5−5で0。俺が負ける。
 しかし、相手は俺の黄ダイスが4だということを知らない。
「……プラスだ」
「じゃあ、僕もプラスで」
 俺は湯飲みで隠れていた自分の黄ダイスをミランに見せる。
 俺9とミラン10で俺の勝ちだ。
 ミランはため息をついた。
アカシック・レコードに地球滅亡について書いてあったのか?」
「そんなものは書いてなかったよ。
 ……でもそうだね。おまけで教えて上げよう。
 過去と現在・未来についてなんでも分かるスパコンを手に入れた僕らはとても喜んだのだけれど、不思議なことがあったんだ」
 相変わらず指を一本立てて自慢げにミランは言う。
 なんのかんので喋りたかったのだろう。こいつは知識をひけらかすのが好きなタイプだからな。
「今日の16時12分より先の地球の未来のデータが全くなかった」
 ミランは楽しげに言う。気をつけなければこいつの魔性の笑みに飲み込まれてしまいそうだ。
「…………」
 俺は、自分が今どんな顔をしているか分からなかった。
「それまでの未来や過去なら幾らでも参照できた。
 地球以外の未来のデータも参照できた。
 でも、地球には、明日から先のデータがなかったんだよ。
 だから、終わりなのさ。
 後3時間足らずでこの惑星は終わる。つまりはそういうことなんだ」
 大げさに両手を広げ、ミランは語る。それはまるで手品の種を明かすマジシャンのようにどこか誇らしげだ。
 畜生、こいつなんだてそんなことをわざわざ俺に言いに来やがったんだ。
 しかも、よりによってこんな日に。
 せめて数日前なら色々と心の整理が出来たというのに。
 ――とはいえ。
「簡単に信じられる話じゃないな」
 俺はあくまで冷静に答える。
「他の意見・情報がないとただの与太話にしかならん」
「うーん、酷いなあ。キミは友人の僕が信用できないのかい?」
「一般論の話をしている」
「日本人はこれだから頭がかたいって言われるんだよ」
 と、憤慨されるが、ミランが信用できる友人であろうとそうでなかろうと、結論は同じだ。
 この話には客観性が足りてない。
 こいつがまた思いつきで俺をからかっているという可能性を否定できない。
「でも、嘘発見器は反応してないよ」
「確かにな」
 でも、嘘発見器てのは大抵一つの大きな抜け道がある。
 『嘘をつくのが平気な人間には通用しない』という原則だ。
 この機械が神経パルスか脈拍か何を基準に判断しているかは分からない。
 ただ、嘘をついてる時に出る不自然さを測定しているはずで、嘘をついても平気なヤツにはまるで意味がないはずだ。つまり、こいつが嘘をついても平然としてるようなヤツならこのせっかくの携帯用嘘発見器もただの飾りでしかない。
 そしてもう一つ。
「……お前が思い込みの激しい狂人の可能性がある」
 自分が嘘をついてると自覚がなければ意味がない。こいつが世界が滅びると信じ切った狂気にとらわれた人間の可能性も否定できない。
「まあ、キミがテレビも新聞もない山奥にいるからこそこうしてこんなゲームで時間つぶし出来てるんだけど……。
 こうして信じてくれないのならちょっと悲しいなぁ」
「ならどうする。ゲームをやめにするか?」
 別に俺はそれでも構わない。
 また土をこねくり回すだけだ。
 このところいい作品が焼けてない。まあ、いい気分転換にはなったが。
「そりゃ……」

ぴんぽーん

 突然の音に俺とミランはきょとんとする。
 誰だろうか。こんな山奥に。こんな時間に。
「やれやれ。この地球最後の日にキミに会いに来る物好きがまだいたなんてね」
 にやにやと楽しそうにミランが笑う。
「うるせえ」
 しかし、この場所に訪ねに来るような物好きなんて知り合いの中ではせいぜいミランくらいしか思いつかない。
「行きなよ。もしかしたら都和子かもしれない」
「それはねーよ」
 その時、左手首に激痛が走った。
「おや、もしかして期待していた?」
 俺の様子にミランが茶化す。
「別にそんなんじゃねーよ」
 今度は電流が走らなかった。
「キミは本当に純情だね」
「…………」
 俺は席を立ち、玄関へと向かった。



「ども、宅急便です」
 玄関で待っていたのは当然ながら一切面識のない宅配屋の青年だった。
 そらそうか。ここに来るのはせいぜい宅配屋か郵便屋くらいなもの。やはり知り合いなど来るはずがない。
 俺は印鑑を押し、荷物を受け取る。
 見たところとても普通だ。今日地球最後の日だなんて雰囲気はこれっぽっちもない。
 どうしたものか。もし聞いてみてミランのデマだったら恥ずかしい。
 いや、聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥。ここは手早く恥をかいてしまおう。
「なあ、今日世界終わるって本当なのか?」
 俺の言葉に宅配屋の青年は気怠げに俺を見る。
「はい?」
 明らかに何言ってんのこいつ、て顔である。
 よかった。やはりこの話はミランのデマだったのだ。そうに違いない。だが。
「何今更なこと言ってるんですか?」
 宅配屋の言葉に俺は耳を疑う。
「世界中今その話で持ちきりじゃないですか。
 後二時間かそこらで終わるかどうかの話題でみんな持ちきりですよ」
 ため息をつきながら、宅配屋。何でもいいけどこいつ客と話してるのにとても眠そうな顔してやがる。
 ふざけやがって、客商売なめてるのか。携帯用嘘発見器取り付けるぞコラ。
 ……いや、さすがに見知らぬ他人に嘘発見器をつけるなんて恥知らずの真似は俺には出来ないが。
「……すまないね。ここはテレビも新聞もないんでな」
「ラジオなら届くじゃないすか」
 そう言って彼は手元からケータイ音楽プレイヤーを取り出す。
『終了予定時刻まで残りあと二時間半となりました。
 みなさまどうお過ごしでしょうか。
 だが、みなさん諦めないでください。
 果たしてあのコンピュータ――JCN<じゃっくん>がアカシック・レコードより導き出した終わりが本当か分かりません。
 まだ、未来が確定してないというだけの話かもしれません。
 まだ、希望はあるのです。諦めないで――』
 ラジオから聞こえてくるアナウンサーの声は言葉の内容とは裏腹に凄く悲愴的だった。
 正直、このアナウンサーはもう諦めているのだろう。それでも、仕事だから明るい内容の言葉を並べてるに違いない。
 だが、このアナウンサーの声を聞けば聞くほど絶望感の方がより一層感じられた。
 ラジオ局が人類に希望を与えるためにこの放送を流しているというのなら、このアナウンサーは即刻首にすべきだろう。なんというか、趣味の悪い最終通牒を聞いてる気分だ。
 配達屋もそう思ったのか適当に電源を落とした。
「……なるほど。ありがとう。
 山中にいたのでこのことを知ったのはついさっきなんだ。
 ちなみに、……あんたはどっちだと思う?」
「なにがすか?」
「地球が終わるのか、そうでないのか」
 俺の言葉に青年はしばらく考えたが。
「分かんないですわ。でも、終わるなんて正直イメージできないんで、いつも通り仕事しますわ。
 どうもありがとうございましたー」
 そう言うと彼は帽子をひらひら振りながらトラックで去っていった。
 人里までは遠い。このまま行くと彼は世界の終わりを山中で終えることになるだろう。世界が終わるのならば、だが。
「…………」
 俺は受け取った小包を見る。
 それは注文していた道具だった。
 結局分かったのは、地球最後の日だと騒いでるのは確かだが、それが本当かどうかは誰にも分からない。
 つまりはそういうことなのだろう。
「…………」
 俺はガラガラと音を立てつつ、部屋の扉を閉めた。



「さて、ゲームの続きと行こうか」
 部屋に戻るとミランが変わらずの調子で言った。
「まだやんのかよ」
 いい加減飽きてきた。
「暇つぶしだからね」
「サイコロを転がすだけで後二時間半とか酷すぎる。そんなクソゲーはごめんだ」
 せめてトランプならもう少し遊びのバリエーションが増えただろうに。
「では、次でラストゲームとしよう」
 じゃらじゃらとサイコロを腕の中で転がすミラン
「ああ、これで最後だからな」
 そうしてダイスを投げる。
「じゃあ俺からだな。赤3、青−4」
 俺の言葉にミランは笑う。オープンの黄ダイスは5。
「では僕は赤2、青−6だ」
 もし、黄ダイスの合計が偶数なら数の低いミランの勝ちだ。が。
 俺は湯飲みに入った黄ダイスを公開する。
 ダイス目は5。ゾロ目だ。
「ゾロ目は――」
「かけ算、だね」
 つまり、両方とも合計は「-12」。引き分けだ。
 しかし、引き分けの時は特別なルールがある。
 俺は渋い顔をした。
「5×5=25で奇数のまま。もう一度手持ちのダイスだけ振り直し」
「つまり、もう一度振って、高い方が勝ちだね」
 あーあ。こういう運の要素を出来るだけ排したかったから黄ダイスのルール変更を持ち出したのに。
「しゃーね。最後はダイス目の一発勝負か」
「泣いても笑ってもこれが本当の最後。恨みっこなしだよ」
 俺はサイコロを握る。向こうも同じように握った。
「そーれ!」
 ミランの言葉と共に同時にサイコロを転がす。
 赤と青のダイスがテーブルの上を転がり……。
「僕は4と6だね」
「……俺は5ゾロだわ」
 両方とも足せば10だが、この場合は前のルール、黄ダイスがゾロ目の時はダイス目はかけ算になる。
 つまり……。
「4×6=24で僕の勝ちだね。やったぁ」
 と心底嬉しそうに笑うミラン。おいおいこいつはどこのちびっ子だよ。こんな下らん遊びで本気になりやがって。
 ふんっ。
「あらら、トモシゲってばすねちゃって。キミは相変わらず大人げないね」
「うっせー。そんなんじゃねーよ……いってぇぇぇぇぇぇ」
 俺は頬杖をつきながらため息を吐こうとして、嘘発見器の電撃に左腕を上下に必死で振り回す。
「あはははははははは」
「畜生油断してたっ!!!」
 俺は手首を押さえて飛び跳ねる。くそう、忘れてた。この機械がついてたんだ。
 いてー。マジいてー。油断してる時に電撃が来るとか最悪だな。
「んで。何なんだよ。テメーの最後の質問は?」
 馬鹿馬鹿しい。こんなことはさっさと終わらせるに限る。
 注文してた道具も届いたことだし、そろそろ仕事も再開したい。
「ああそうだったね。忘れてた」
 ミランは椅子に座り直し、じろりとこちらを睨みつけてくる。
「……なんだよ」
「どうやって地球を終わらせるつもり?」
 ミランの言葉に俺はきょとんとする。
「何言ってんの?」
「とぼけないでくれよ」
 ミランはにたにたと笑いながら聞いてくる。
 だが、目は笑っていない。
「都和子が見つからないんだ」
「…………」
 俺は押し黙る。……俺にも、ミランにも電撃はこない。
「ちょうどキミが山ごもりする前後に彼女の姿はなくなっている。
 それを僕が知ったのは昨日のことだけどね。
 日本の警察は優秀だけど、半年も前に別れた元彼であるキミにはまだ疑惑の眼差しを向けてないようだ。
 ま、今事態が事態だからね」
「……さっき言ってたアカシック・レコードにアクセスできる機械はどうしたよ」
 世界の過去未来全ての歴史が記録されているところにアクセスできるなら、それくらいのことはすぐに分かりそうなものだ。
「知ってるだろ。僕はおおざっぱなんだ。大体のことが分かればそれで満足してしまう」
 ミランは両手を大げさに広げ、語る。
「そんな僕が作った機械だ。
 アカシック・レコードにアクセスできるって言っても細かいことは分からない。
 まあ、技術的にも、深いところまでアクセスするシステムを構築できなかったというのが実情なんだけど。
 なんにしても、時間と場所を指定したら、その場で起きることがおおざっぱに分かる、それこそ予言書もどきのシステムなのさ」
「……お前が作ったのかよ」
 そう言えば、こいつも科学者だったか。
 なるほど、確かに頭のおかしい科学者が作った機械と言う言葉に説得力が出たな。なんの得にもならないが。
「まあ、キミも知っての通り僕は天才だからね」
「はいはい……痛っ」
 電流が俺の手首を襲う。
「…………」
「…………」
 気まずい沈黙。
「キミが僕をどうみているのか何となく分かったよ。まあ、それは今はおいておこう。
 なんにしても、できの悪い『神のお告げ<オラクル>』を駆使して何とか僕は地球の最後を防ごうとしたんだ。
 検索に検索を繰り返し、怪しそうなものを探した挙げ句、浮かび上がったのが、トモシゲ、キミだ」
「…………そりゃ光栄なことだな」
 俺はただ力なく笑う。
「驚いたよ。まさか親友のキミがそんな大逸れたことに関わるなんてね。
 だが、キミがここで何をするかが分からない。
 キミはあと二時間足らずで致命的な何かを犯す。
 僕にはそれが分からない」
 ミランはがたり、と椅子を蹴って立ち上がる。
「別に、キミが都和子を殺していたとしても、構わない。
 まあ、あの子には悪いけど、僕はそれほど彼女と親しくなかったしね。
 ここにキミが彼女の死体を隠していても、別に通報する気はない」
 ミランに気圧されて俺も立ち上がる。
 だが、別に何をするでもない。正直どうするべきか分からない。
「けど、分からない。
 キミがこれから何をするのか。
 僕はそれさえ分かればキミの邪魔をするつもりもない。
 ただ、世界の終わりに親しい人とのんびり終わりを迎えるのも悪くない」
 ずずい、とミランは俺に近づく。
 背の低いミランは俺を見上げながら、言う。
「――さっきも聞いたね。キミは図書館からとある本をカリパチしていると。
 確かその本は――」
「ちょっと待て」
 俺はミランの言葉を遮り、聞く。
「お前は都和子がどんな仕事をしてたか知ってるのか?」
「もちろん……痛っ」
 それまで悠然と語っていたミランが慌てて手首を押さえる。つまり、嘘をついたと言うことだ。
「そうか、知らないのか」
「いたたたた……っと、それがどうしたって言うんだい? さっきも言った通り都和子とは親しくなかったし、居なくなったのを知ったのも昨日のことさ」
 手首を押さえながら、軽く涙目になっていうミラン。今のは本気で痛かったらしい。
 そう言えばこいつ、知ったかぶりするのが好きだっけ。自分に知らないことがあるのがとても嫌だとか。ここにきてその癖がわざわいしたな。
「さて、なにから話したものかな」
「なんだい、隠し事かい? 酷いな。僕とキミの仲じゃないか。
 もしかして都和子は――」
 ……饒舌な友人の口ではあったが、それは突然の銃声によって遮断された。
 ミランは驚愕と共に振り返る。ミラン白いスーツがじわりじわりと血によって染まっていくのが見えた。
「…………あ」
 それきり、ミランは何も言わず、床に倒れた。
 血が床を満たしていく。
 つんとした、血の臭いに俺は我に返った。口の中を気持ち悪い感触が満たされる。
 それをごまかすために俺は叫んだ。
「殺すことはないだろっ!」
 部屋の入り口をじっと見据え、そして倒れた友人の死体に眼を向ける。
「……こいつは、お前の追っ手じゃなかった。殺す必要なんかなかった」
 俺の言葉に応えたのは勿論ミランではなかった。
「いいじゃない。別に。似たようなものだったじゃない」
「でも……っ」
「あなたもいちいち細かいわね。
 そんなことだから女にモテないのよ」
「うっせ」
 声の主に俺は悪態をつく。
 声の主は部屋の入り口で構えていた銃を下ろし、微笑んだ。黒髪のおかっぱの、どこにでもいそうな普通の女。
 都和子だ。
 俺の元カノで、なんでか二週間前から俺の仕事場に転がり込んできている。いい迷惑だ
「それより、荷物が届いてたみたいだけど」
「ああ、そこのテーブルの上に置いてある」
 そう言うと都和子はテーブルの上の小包を手に取り、そのまま部屋から出て行った。相変わらずよく分からん奴だ。
 後に残されたのは呆然とする俺と、友人の死体。
「なんだよこりゃ……どういう状況だよ」
 友人の死体を前に俺は途方に暮れる。
 あんまりいい奴でもなかったけど、仲のいい奴だった。
 いきなり殺すなんて都和子も酷い奴だ。
 しばらくみないうちにあいつも変わってしまった。
 今、都和子は追われている身らしい。
 彼女曰く、とんでもないものを開発したのだとか。
 なんでもそれはどんなセキリティでも破ることの出来るハッキングツールだとか。
 あらゆるセキリティを無効化するツール。それがあれば核兵器のスイッチだって押し放題、とは都和子の弁。
 まあ確かにそんなものを作ってしまえば命を狙われるのもあり得ない話ではない。
 どいつもこいつも狂ってる。
 ミランアカシック・レコードへのアクセスに成功したと言うし、都和子はどんなセキリティもやぶるツールを作ったと言う。
 そして、地球は今日でなくなるとミランは言う。
 何もかもがおかしい。
 それとも、ミランは都和子が世界を滅ぼすとでも言いたいのか。  
 だが、そんなこと出来るはずがない。
 確かにどんなセキリティも解除できるツールを開発したとしても、ここはインターネットの繋がらない山奥だぞ。
 ――あいつに何が出来るって言うんだ。
 そして不意に、思い出す。
 先ほど届いた道具。小包には情報機器と書いてあったが果たしてどんな道具なのか。
 たとえばそれが、こんな山奥でも通信出来るようにする機器だとしたら。
「……いや、俺は都和子を信じている」
 左手に激痛が走った。
 俺は慌てて携帯用嘘発見器を取り外し、投げ捨てる。
 ごくり、と息を飲んだ。
 都和子は今もまた屋根裏部屋で機械を弄くっているのだろう。
 いつも通りのことだ。
 今日はいつも通りの日で、たまたま友人が珍しく訪ねてきただけ。
 ――ただそれだけのことだ。
 床に倒れている友人を見ていると何故か左手に激痛が走った気がした。
 とりあえず、いつも通りにするために俺は友人の死体をどこかに埋めるべく外に持って行くことにした。
 外に出ると見上げるのが怖くなるくらいにいい天気だった。
 世界が今日で終わりなんてとても信じられないくらいいい天気だった。
 ……なのに、左手に激痛が走った。


END



 と、言う訳で謎短編です。
 うーん、引っ張った割にはなんていうか、煮え切らないエンドだったかなぁ。
 いつもは派手な話ばっかり書いてたから今回は静かな話を書こうとしてみました。
 後、書き始めた時は翻訳小説っぽくやってやろうという気がどっかにしてましたけど、途中からそんなのどうでもよくなりました。うはは。
 けど、やっぱりこう、バトルなしで淡々と会話だけで進むのはどうにも気が進まないというか、慣れないものです。
 まあいいや、なにはともあれ、また感想お待ちしてます。