『サイキック・スペース』 第一話「リヴァース・ホリック」

 とりあえず、第一章書き上げたよ!
 よかったら感想待ってます!



サイキック・スペース

第一話 『リヴァース・ホリック』

「また超能力者か」
 ファミレスにあるテレビディスプレイに映るニュースを見て少年が呟く。そこでは原因不明の爆発によって街が破壊されたという映像が流れている。どこかのテロリストの犯行かもしれないとか依然調査中とかとどのつまり、よく分かってませんという内容が延々と時間をかけて流れている。報道する側としてもこれ以上言うことはないのだが、「爆発が起きました。詳しいことは何も分かりません」とだけ報道すれば無責任だと言われてしまうのでともかく時間を稼いですごく調べたけどやっぱり分かりませんでしたと言う体裁を取らなければならないのだ。
「ほっとけほっとけ。んなの噂だけだろ」
 呟いた少年と同席している目つきの悪い少年が画面を見ず、手元に開いたノートとにらみ合いながら言う。土曜日の十四時。昼食時間も過ぎ、店内の客もまばら。閑散とした雰囲気の中、店の隅で四人の少年がノートを開いて試験勉強をしている。一人はふつーで、一人は目つきが悪く、一人はのっぽで、一人はややぽっちゃり。そんな四人組。
「でも、俺の知り合いも見たらしいぜ、超能力者」
 と、のっぽの少年が言う。
 近年、犯罪の増加に伴って、一つの噂がまことしやかに流れるようになった。曰く、超能力者が暴れるのを見た、と。実際ここ最近の報道はおかしい。最近報道される事件の多くにおいて、未解決事件や犯人が捕まっても犯行方法が不明とされている。そして、それに付随して事件現場の周囲に超能力者の目撃談が多発。口コミやインターネットを通じてその噂は広まり、今や原因不明の事件と言えば超能力者が犯人かもしれない、と言う図式が人々の間で暗黙の了解として成り立っていた。
 無論、政府や警察など公的機関は一切それを否定してるし、大手マスメディアではそんなことは全く報道されない。けれど、だからこそ、人々の間には信憑性の高い噂として認識されている。
 とはいえ。
「んなもの、所詮噂だろ。馬鹿馬鹿しい」
 と、目つきの悪い少年が皮肉げに言う。噂は広まれど、超能力者なんて眉唾な存在をそう簡単に信じられる訳もなく、あくまで噂は噂として多くの人には認識されている。
「でも、どうせなら、超能力者が犯人の方が色々面白いじゃん」
「なんでさ」
「だってさ。もしかしたら俺たちも超能力なんてスゲーもんに目覚めるかもしれないし」
 とふつーっぽい少年がぽっちゃりな子に力説する。ぽっちゃりな子もそれはいいかも、と楽しげに笑う。捕まった犯人の多くは今までごく普通の生活を送っていた普通の人間であることが多く、自分も超能力者になれるかも、という変な噂が若者達の間ではやっているのだ
「だーかーらーさぁ? お前ら今の状況分かってる? 俺たちの状況分かってんの?」
 と皮肉げな少年が言う。
「俺らは浪人生で、明日、模試なの」
 そして、浪人してるからには志望校に学力が足りてないのである。だから、こうして集まって勉強会を開いている訳である。しかし、悲しいかな。今はまだ五月。三月に受験失敗し、四月に受験勉強を再開したものの、試験本番が来年と言うこともあって勉強に身の入らない時期である。真面目に勉強しようという浪人生はごく僅かだ。
「どうせならカンニングが楽に出来る超能力が欲しいなぁ」
「だから現実逃避やめろよ」
 と、目つきの悪い少年が雑談を阻害する。
「んだよ、ノリが悪いな。ホースケ」
「たりめぇだ! 俺はお前らと違って目標があるんだよ、目標がっ!」
 目つきの悪い少年――ホースケこと新城(しんじよう)法助(ほうすけ)は怒鳴る。
「はいはい、宇宙飛行士だろ。もう聞き飽きたって」
 と、のっぽの少年がため息をつく。
「おうよ。俺はこんなところで立ち止まってる訳にはいかねぇ! いつか絶対宇宙に行くんだ! だから明日の模試くらい軽くA判定取るくらいじゃねーと駄目なんだよ!」
「だったら浪人なんかすんなよ」
「うるせえ、バイトが忙しかったんだよ! これでも俺は苦学生なんだっ!」
「……まあ、お前はしゃーないよな」
 とフツーの子が肩をすくめる。法助は高校時代に両親を亡くし、以後色々と苦労している。そこは友人として突っ込みづらいところだ。
「それに、そんなもんはいずれ廃れるもんだよ、歴史が証明してるだろ」
「ん? たとえば?」
 法助の言葉に他の少年達が目をぱちくりさせる。
魔女狩り、とかな。魔法使いにしても、超能力者にしても、出る杭は打たれる。人より先に行きすぎた奴らは淘汰される運命にあるんだよ」
 話はそれまで、と言った感じで法助は再びノートに目を落とす。だが、他の少年達は一斉に首を振る。
「いやいや、魔法使いとか。ねーよ」「非科学的だし」「科学全盛のこの時代に魔法とか」「超能力と一緒にするのがおかしーし」
「……超能力者はよくて魔法使いは駄目かよ。てめーらの感覚はわかんねえな」
 法助はため息をつき、コーヒーに手を伸ばす。と、会話が途切れたのを待っていたかのようにテーブルの隅に置いてあった携帯電話(ケータイ)が振動する。
「おい、ホースケ。着信来てるぞ」
「んー? ほっとけ」
「そう言う訳にもいかないだろ」
 と、ふつーの少年が言う。
「じゃ、代わりに出てくれ。どうせバイト先からだ。明日テストだから無理だって言ってんだ。このタイミングでヘルプとかありえない」
 ふつーの少年は顔をしかめながらも振動するケータイを手に取り、着信を開く。
「もしも……」
 瞬間、艶っぽい女性の甘えた声がケータイから洪水のように溢れ出てくる。
『はぁい、ホーちゃん。元気してた? あなたのプリティ・エンジェルことララちゃんよーん。試験勉強がんばってる? あのねあのね。忙しいのは分かってるんだけど、ララ、どうしても困ってることがあってぇ――』
 ふつーの少年は突然の事態にびっくりして顔を赤面し、しどろもどろに答える。
「あ、あ、あの、その、俺、ホースケの友人で、その?」
『え?』
 少年と電話の女性の間で奇妙な沈黙が流れる。ケータイのボリュームが大きかったせいで周りの少年達も突然の事態に唖然とするしかない。少年は気まずい空気に言葉を発せず、やがて女性の方から慌てた声が聞こえてくる。
『ご、ごめんなさーい! 間違い電話でしたー!』
 ガチャッと切れる。ふつーの少年は呆然とする。
「……おい、今の」
「ん? バイト先の上司からに決まってるだろ」
「ちょ、テメー! もしかしてこないだ車で迎えに来てたあの美人の人か!」「マジで! あの小柄でめっちゃかわいい人から電話来てたのか!」「あの美人で貧乳の、いかにも出来る女、て感じのお姉さんからっ!」「おいおいいつもあんな感じなのかよ!」
 友人達の糾弾に法助は三白眼をとがらせて舌打ちをする。
「だぁぁ、うっせぇ! 試験勉強しろ! お前ら模試ヤバいんじゃなかったのかよ!」
「いいいんだよ、そんなことはどうでも!」「ちょ、あの美人があんな声で甘えられるとかどういうことだよ!」「けしからんっ! 実にけしからんぞぉぉぉ!」
 と、そこで再び着信。今度は素早く法助が出た。
「はい、俺だけど?」
『バカバカバカバカ! ひっどーい! なんで自分で電話に出ないのっ! せっかく周りにはクールなお姉さんキャラで通してたのに! ホーちゃんの人でなしっ!』
 と、ケータイの向こうから上司のヒステリーが聞こえてきて、法助はため息をつく。それを見て周りの友人達が嫉妬に狂った視線を向けてくる。忌々しい限りだ。法助としてはただ試験勉強がしたいだけだというのに。
「……そう思うならララちゃんもいい加減その子供っぽいところ直せよ。もしくは隠すのやめたら? どうせロリ体型なんだし」
『あーん、ホーちゃんこそその毒舌直しなさいよ! そんなんじゃ女の子に嫌われ――』
「切るぞ」
 ぶつり、と電話を切って法助はケータイを置く。友人達が無言でこちらを睨んできた。
「……んだよ、言いたいことあるなら言えよ」
 法助の言葉にのっぽの男が友人代表として述べる。
「お前な。俺たち非モテの浪人生仲間なのにそんな美味しい状況にいるとかうらやまけしからんじゃないか」
「うらやましいのか、けしからんのかどっちだよ」
「両方に決まってるだろっ! ええっ! おいっ! 何が宇宙飛行士になるだ! てめーだけあの美人と」
「ちげーよ、ララちゃんとは別にそんな関係じゃねーよ」
「つーか、ララちゃんて? 年上の社会人にその呼び名はおかしいだろ! 明らかに関係持ってるだろ! 関係を! その、肉体的な……」
「……喋りながら赤面するな。男に口ごもられてもキモいわい」
 法助は立ち上がる。
「大体お前らはだな――」
 と説教を始めようとした時、暗い影が法助達のテーブルを覆った。
「ん?」
 法助が振り向くと、宙を舞うパトカーが窓の外を通り過ぎるのが見えた。あまりの事態に友人達は呆然とする。だが、法助の反応は早かった。
「伏せろっ!」
 そのままパトカーは窓の外を滑空し、数メートル先に逆さになって墜落を果たした。数秒遅れて爆発が起き、ついで爆風によってファミレスの窓ガラスが割れる。
 悲鳴と怒号が一斉に巻き起こる。窓ガラスの破片を払いながら、法助は体を起こした。
「みんな無事かっ?!」
「……なんとか」「一応」「ぎりぎりな」
 友人達の声に法助は安堵しつつ、周囲に視線をやる。そして、目的の人物を見つけた。
 パトカーの飛んできた方向と反対側。そこにスーツを着た一人の男性が居た。おぼつかない足取りで、手をぶらぶらとぶら下げながら、ぐにゃんぐにゃんにゆがんだ顔でよだれを垂らしながらひっくり返ったパトカーを見ている。
「ひぃぃっくりかえすぅぅ、ひっくりひっくりーひっくりかえすぅぅぅぅ」
 奇妙な鼻唄を歌いながら、千鳥足でその男はばんばんとぶら下げていた両手を叩く。
「酔っぱらいか? いや――それよりも」
 法助はどうしたものか、と体を緊張させるが、向こうは法助に気づかないまま、ぐっ、と膝を曲げた。次の瞬間、瞳が緑色に光る。そして、そのままカエルのように跳び上がった。その体は重力の影響を無視したかのように数十メートルも飛び上がり、近くのビルの屋上へと着地する。そのまま謎の酔っぱらいはビルとビルの合間を跳ねながら去っていった。
 そして、テーブルの上でケータイが振動する。法助は迷わずにそれを手に取る。
「わりぃ、俺は用事出来たっ! 荷物頼むわっ!」
 ケータイ片手に法助は店を飛び出た。友人達から制止の声が飛ぶが、今は無視するしかない。ともかく、ケータイの着信に出る。
『ほーちゃん。今そっちに――』
 法助は先ほどの酔っぱらいの目が緑色に光ったことを思い返す。
「ああ、来たよ。間違いない。
 ――超能力者(サイキック)だ」



 事故現場を尻目に法助は駅へと走る。
「畜生、なにやってんだよララちゃん。超能力者の管理はあんたらの仕事だろ」
『だから、ホーちゃんにフォロー頼もうと思ったのに』
「俺は非番だってつってんだろ。ていうか俺はバイトじゃねーか。正規メンバーはなにしてんだよ!」
『テレビでやってる事件の捜査に行ってて、今動ける超能力者はホーちゃんしかいないの。お願い、悪いとは思うけど――』
「だぁぁ、あんたらそれでも政府機関かよ。こんな大事件をバイトに頼るとか、税金の無駄遣いもいいところだなっ! あと俺は超能力者じゃねーっていつも言ってるだろ!」
『もう、仕方ないじゃない。政府機関と言っても、秘密結社だもの。予算かつかつなのよ。それに、超能力者達はみんな言うこと聞いてくれないし、お姉ちゃん泣いちゃうわ』
 拗ねた声に法助はさらにイラッとするが彼女を責めてもどうしようもない。
「くっそ。だから俺は超能力者じゃねーって。
 ……ああもう、ヤツのデータと予測行動地点はっ?!」
『? 行ってくれるの? ありがとう! 愛してるわ、ホーちゃん』
「うっせぇぇ! いいからデータ送れよ!」
 電話越しにでも分かる上司の百面相に辟易しながら法助は叫ぶ。いつの間にか法助はJRの駅に辿り着いていた。
『了解。人類進化研(ネクスト)エージェントB01へ非常事態特別権限(エージェントパス)レベル4を発行。データ転送します』
 ケータイの液晶画面にエージェントパスの認可とデータの転送開始が表示される。それを確認して法助は改札口にケータイを押し当てる。すると、フリーパスの表示が出て改札が開き、そのまま法助は駅のホームへと走った。

 二十一世紀。人類はめざましい科学の発展を遂げていた。が、発展していたのは科学技術だけではなかった。人類の肉体にも革新が起きていた。
 それまで人類の肉体は生存の為に必要なように拡張されていった。だが、科学技術の進歩した今、生活の多くは機械に頼ることとなり、必然人類の肉体はその能力を余らせることとなる。使わないとなれば退化していくのが進化の常。
 だが、しかし、何を思ったか、時折その余剰した力が人の限界を突破し、超能力として発現するもの達が現れた。超能力者の出現である。その出自故、超能力者は豊かな先進国に多く発生した。
 各国政府は混乱を押さえるため、超能力者の存在を隠し、秘密裏に管理することにした。そして、ここ日本において、超能力者を管理し、超能力事件に対処すべく作られたのが人類進化研であり、新城法助はそのエージェントである。
『これは超能力事件を解決すべく日夜駆け回るエージェント新城法助とその美人上司ララ・関による愛と青春の物語である。きゃっ♪』
「おい、人がデータ閲覧してる間に勝手なナレーションすんな」
 電車に乗りながら法助はツッコミを入れる。通話をワイヤレスヘッドセットに切り替えてるので周りの人間には聞こえてないはずだが、この上司はもっと守秘義務について考えるべきだろう。まあ、本来は電車で電話するのもよくないのだがこの際仕方ない。
 データを見る限り、ターゲットは現在高速で東へ移動中。車の免許がない法助は電車で三駅先の予測されるターゲットの目的地へ先回りするしかない。無論、エージェントパスでタクシーも乗り放題だが、おそらくこの事件によって渋滞が起きてるだろうからバイクでもない限り先回りは不可能だろう。
「元警察官か。経歴見たら東大卒のエリートじゃねーか。
 なんでまた超能力者なんかに覚醒しちまったかね。『覚醒暴走』でキャリアもおじゃん。お先真っ暗だ」
 機関から送られてきたターゲットのデータを見る限り、相手は品行方正、清廉潔白で生真面目を絵に描いたような人間だったらしい。
 強力な超能力に覚醒した際、新しい力に脳がついて行けず、過負荷がかかり、暴走することがある。精神が幼児退行し、理性がなくなり、欲望のままに能力を解放する化け物となってしまう。無論、放置していてもしばらくすればオーバーヒートしてぶっ倒れるが、その間に起きる被害は甚大である。暴走から醒めても理性が戻ってくるとは限らず、『覚醒暴走』した超能力者の半数は廃人としてその余生を送る可能性が高い。
『まあ、別に順調な人生でもなかったみたい。
 霧野桐弥(きりのとうや)――通称「キリキリ」二十五歳。元警視』
「……その愛称のデータは必要ねーだろ」
『彼はそれはそれは清廉潔白で清廉潔白すぎてダメ人間だったみたい。どんな細かい不正も許せない、いわゆる「正義の人」だったらしいわ。だから周りとの不和が生じて依願退職という形に追い込まれたそうよ』
「無視か。まあいい……なるほど、組織でやっていけないタイプの人間だな」
 政府の公的機関だろうが、民間の会社だろうが、人間が作った組織だ。完全なものはなく、制度の不備や、そこにいる人間関係の軋轢というものは必ず生じる。そこを柔軟にやりくりしていくのが組織人としての生き方だが、ターゲットはそこまでの甲斐性はなかったらしい。正しくあることの幻想に縛られ、現実を見ることが出来なかったオチこぼれという訳だ。
『まあ、それでもホーちゃんより何倍もキャリアは上だけどね』
「うるせぇ、宇宙飛行士に必要なのはライトスタッフだ!」
『んー、どうかしら。日本で宇宙飛行士になるならやっぱり、学歴よ。ねえ、もう浪人しちゃったんだし諦めてうちに就職しなよ。ホーちゃんならいつでも歓迎よ』
「公務員の癖に職権乱用するな」
『大丈夫大丈夫。うちは政府公認の秘密結社だもの』
 それのどこが大丈夫なのか、と思ったが、いつものことなので突っ込むのをやめた。
「それより、ターゲット……キリキリの能力は?」
 めんどくさいのでキリキリで通すことにする。
『うちのスーパーコンピューター〈てらら〉ちゃんの予測によればおそらく重力操作系の可能性が八十パーセント。現在観測してる事例からすれば、触れたものの重さを軽くしてるみたい』
「なるほど。だからあんなに身軽に跳び回ってるのか」
 百メートル近くの高さを軽々跳び回るキリキリの姿を思い出す。
「いい気なもんだ」
 窓の外の空を見上げる。今日はいい天気だった。空を飛ぶと気持ちよさそうだ。
『うらやましい?』
「別に」
 法助は視線を空から地上へと降ろす。電車によって街が右から左へと流され行くのが見える。残念ながら、法助はこのちっぽけな地上で生きている。
「俺の先祖は飛び跳ねるんじゃなくて正真正銘空を飛んでたんだ。あんな中途半端なジャンプに興味ねえよ」
 法助の独白に、イヤホンの向こうから『……ふぅん』、と何か知ったような返事が聞こえてきた。彼女に自分の何が分かるのか。法助は軽く癪に障り、何か言おうとするが、機先を制すようにララが口を開く。
『普通の人間は空を飛ばないわ』
「……分かってる」
 言われなくても。
「でも、飛びてぇんだよ」
 視線は自然と空へ。広い空を自由に。そして、いつか空の彼方――宇宙へ。この想いだけは何があろうと捨てることは出来ない。
『そう。
 でも、宇宙に行く前に、まずはさっさと事件を解決して試験勉強しないとね』
「あんたが言うな」
 くすり、と年上の上司は笑う。
『さて、キリキリは〈てらら〉ちゃんの予測通り某政治家のドラ息子がよく行くたまり場へと向かってるわ。サポーターも駅で武装を用意して待機中。あとはいつもどおりよろしく。You Copy?(わかつた?)』
「I Copy(わかつたよ)」
 そして法助の乗っていた電車が目的の駅へ到着する。
「さて、とっとと終わらせるか」



 軽い。何もかもが軽かった。
 あれだけ重かったからだが、あれだけ重たいと思っていた全てが軽薄に見え、今ならばなんでもひっくり返せそうな気がした。
 キリキリ――霧野桐弥(きりのとうや)と呼ばれたその存在は、まるで夢の中を漂うような心持ちだった。全てが曖昧で、それでいてなんでも出来そうな全能感。
 彼はずっと我慢していた。これでも譲歩したつもりだった。自分の手柄を他者に取られても、部下の日誌のつけ忘れや、トレイの備品の入れ替え忘れ、同僚の字の汚さなど、色んな些事に目をつむり、その代わりに正義のために従事してきたつもりである。
 どんな犯罪も見過ごさなかった。どんな権力者とも対峙しようとした。
 だが、その結果に待っていたのは何だったのだろうか。
 大物政治家の息子が麻薬の売人であることを突き止め、逮捕まで持って行った。これでこの地域に根を張っていた麻薬の流通ルートに大打撃が与えられるはずだった。
 しかし、上司から告げられたのは証拠不十分による釈放。全ての証拠を揃え、言い逃れが出来ない状況にまで持って行ったというのに、上司は「上からの指令だ」と壊れた人形のように繰り返すばかり。
 あの少年を捕まえるとお前の首もまずいという。そんなことを言うのならばと自分のクビをかけて起訴にまで持って行った。そして、信頼できる仲間達に後を任せて自分は退職した。
 しかし、待っていたのは「不起訴処分」というありえない通告。なんのことはない、某大物政治家の手は警察だけでなく、司法にも回っていたと言うだけの話だった。
 自分が信じていたものはなんだったのだろう。
 こんなくだらない世の中は――ひっくり還ってしまえばいい。
 何もかもがひっくり返ればいい。正義も悪もない。
 だが、あの少年を放置する訳にはいかない。あの少年だけは――。あの少年だけは。
 ビルとビルの合間を跳び回りながら――いつの間にか周りにはよく見た光景が広がっていた。
 ああそうだ。あの少年を逮捕したのもこの場所だった。
 今みたいにパトカーに囲まれて――。パトランプの光がそこかしこから出て――。この場末のゲームセンターへ突入したのだ。
「聞いているのかっ! 霧野! 両手を挙げてその場に跪け! 無駄な抵抗はやめろ!」
 ちらりと目を向けると、そこにはバーコード頭の刑事が拡声器でこちらに向けて呼びかけている。誰だったか。思い出せない。だが、どこかで見たことがある。
 ――ああ、この課長のことは俺、嫌いだった。
 そう思った瞬間、キリキリは近くに路上駐車されてるセンスの悪い改造バイクに触れた。瞬間、瞳から緑色の光が発せられる。そのままキリキリはバイクを片手で持ち上げ、軽々とぶん投げた。課長の方に。
「ひゃぁぁああっ」
 蜘蛛の子を散らしたように警察官達が一斉に逃げる。遅れてバイクが地上に激突し、火柱が昇った。刑事課長も無事逃げられたようだった。残念だ。
「ふしゅるるるぅぅ、ふしゅるぅぅぅぅぅ。ひっくり返すぅぅぅぅ、ひっくり返すぅぅぅぅぅぅひっくりひっくりひっくりくりくりくりくりくりくりくりくりひっくりっく」
 手と涎をぶらぶらと垂らしながら、キリキリはぐりんぐりんと首を回し、辺りを見回す。ああ、ここには何をしに来ていたのか。なにをなにをしにきたのだろうか。だれかだれかだれかだれかだれかなにかなにかなかにかにかにかにかにかにかにかにちゃららん。おかおかおかしい。大事な大事な。
「化けモンだぁぁぁぁっ」
 包囲網の外であがった声にびくんっとキリキリは反応する。
 鋭敏になった感覚がすぐに人混みの中から声の主を見つける。
 五月なのに青い防護服と透明なシールドで身を固めた警官隊に革ジャンの少年が守られている。
「馬鹿、声をあげるんじゃない」
「だってありえないありえない。まじありえないって、なにあれ? おかしいだろ」
 慌てふためく革ジャン少年の姿に……キリキリは笑った。
「ひっくりくりくりみぃつけた」
 キリキリの歪んだ顔がさらにぐんにゃりと奇形へと変わっていく。そのあり得ない姿に革ジャン少年は恐れおののき、余計に悲鳴をあげる。だが、その悲鳴が上がるたびにキリキリの顔は人外のそれへと変化していく。
 怖気のする奇怪な光景に普段は凶悪な犯罪者達とも渡り合う武装警察官達も表情を凍り付かせ、ただ呆然とキリキリが笑う様を見つめ続ける。ただ哄笑が響く中、一つの声が割ってはいる。
「やめてください、霧野警視っ!」
 謎の哄笑を続けるキリキリの前に一人の女刑事が割ってはいる。
「こんなやり方、あなたが一番嫌った、強引で下品なやり方じゃないですか! 法に従って、ルールに従って、それでも最大限の努力を持って理不尽を突き崩すのがあなたのやり方だったじゃないですか。何故こんなことをっ!」
 年若い女刑事の言葉に、しかしキリキリは首を傾げる。この女は何を言っているのか。この女は誰だったか。見たことがあるあるあるのだろうか? おれおれはしっててててしってているるるるんるんる?
 キリキリのあまた働かなくなった脳は必死で情報を探すが思い出せない。そもそも、なんで今自分はここにいるのか分からない。何をしに来たのだろうか。
「お願いです! 霧野警視っ!」
 必死で呼びかける女刑事に禿頭の課長が、もうその男は警視じゃないとか、人間じゃないとか拡声器で色々言ってくる。よく分からないが、とりあえず条件反射として課長にはもう一台そこらに路上駐車中の改造バイクをぶん投げてやった。
 どぉぉぉん、と火柱が上がり、警官達が右往左往する。キリキリはそれをみてまた満足げに笑う。
「霧野警視、こんなやり方間違ってますよっ!」
 ……と、そこで初めてキリキリの笑いが止まった。
「マチガッ?」
 ぐりん、と首を回して唾を四方にまき散らしながらキリキリは女刑事を見る。
「おれおれがまちまちまちまちがっとるるるるぅとぅ?」
 キリキリの言葉に喜悦以外の何かが。触れるにはあまりにも危険な激情が混ざり込む。「間違っています」
 キリキリの発する気配に圧されながらも、それでも下がることなく女刑事が言う。
「だから――」
「ひっくりかえらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
 キリキリの叫び声がびりびりと大気を震わせ、あまりの大声にその場にいた全員が耳をふさぐ。そして、キリキリの目が緑に光り、その体が跳び上がる。
 その動作に革ジャン少年や女刑事達もその場から走る。キリキリはカエルのように上へ高く跳ぶのでこのくらいの距離ならば純粋に横に移動する人間の方が早い。
 しかし、激情の余り目測が外れたのかキリキリは逃げ惑う彼らを軽々と飛び越え、包囲網を突破して武装警官達の装甲車の前に着地する。
「しまったっ!」
 警官達の誰かが言う。キリキリはどんなものだろうと軽くして投げ飛ばすことが出来る。つまり――。
「ひっくりぃぃぃぃ、ひっくりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ」
 目を緑色に光らせ、キリキリが装甲車を二台革ジャン少年や女刑事の方へと投げる。
「早く逃げてっ!」
「駄目だよぉ、腰が抜けて……」
 女刑事が革ジャン少年を走らせようとするが、革ジャン少年はその場に座り込み動かない。そして、逃げ遅れた彼と、彼を取り巻く武装警官達、そして女刑事の上に数トンの重さを誇る装甲車が落下してくる。惨劇が幕を開ける――その前に。
たぁん
 激突の寸前、軽快な打撃音が反響。
 その音共に、二台の装甲車は――浮いていた。まるで、それが当然と言わんばかりにオブジェのごとく空中に縫い付けられて――あるいは、浮いていた。
「あーもあーもー、なんなんだよ。せっかくのエージェントパスも警察の縄張り意識に邪魔されるとか最悪だな。先回りの意味ねー」
 気怠げな声と共に人混みをかき分けて一人の少年が前に進み出る。その少年は目つきが悪く、両手をポケットに突っ込んだまま無造作にキリキリへと近づいていく。
「だが助かったぜ。包囲網から出てくれたおかげで俺の射程に入った」
 と少年――法助はにやりと笑う。
『ごめんねー。公務員てとても縦割り組織で横のつながりが悪いの。上からの申請も通って、権限も認可されてるけど、……元警官が暴れたなんて身内の不祥事を他に漏らしたくなかったみたい』
 ヘッドセットから漏れる上司の声。
「全く、これだから官僚は嫌いだ。前の事件の時もくだらねー縄張り争いで後手に回ったし」
 突然現れてぶつくさ呟く少年に、周囲の人間は唖然とし、言葉を失う。彼は一体何なのか。そして、何故装甲車は空中に浮いているのか。
「おっと、あんたらいつまでそこにいるんだ? そろそろそれ、落ちるぜ?」
 言われて女刑事達は慌てて装甲車の下から革ジャン少年を引っ張って退避する。遅れて二台の装甲車は落下し、爆発した。破片が飛び散り、警官達が悲鳴をあげるが、法助は動じない。
「おうおう、派手に燃えるなぁ」
「? ひっくり? ひくりくりくりり?」
 へらへらと笑う法助にキリキリは戸惑いの色を見せる。何をしたのか。何が起きたのか。分からない。
「よう、また会ったなルーキー・サイキック。こっちは模試の前日で忙しいってのに好き放題暴れやがってよ」
 法助の言葉に攻撃性を感じ、キリキリは警戒し、反射的に目から緑の光を発する。
「――っと、させねぇよ」
 法助が足を振り上げ、たぁん、と地面を踏み鳴らす。その足音に反応し、キリキリの体はふわりと浮き上がり、地上から二メートルの地点で静止した。
「ひっくり? くりくりく? ひぃぃぃぃっ! くりぃぃぃぃぃぃぃっ!」
 いつの間にか空中に縫い付けられたキリキリはパニックを起こして手足をじたばたとさせてもがくが、何も出来ない。ただただ、空気という名の海で溺れるのみ。
「よう、あんた。宇宙遊泳、て見たことがあるか。
 宇宙ってのは空気がなくてよ、どんなにもがいたって自分の位置はかわんねぇんだよ。
 移動するにはどっかの壁を蹴るか、自分についてる命綱を引っ張るかしかねぇ。
 じゃあ、命綱も推進剤もなしに宇宙遊泳したら――どんな気分だろうなぁ。
 そんなこと想像したことがあるか? ないよなぁ?」
 語る法助の言葉など聞いてられず、ただひたすらにキリキリはもがく。もがく。もがく。だが、それでもいくら空気を押し出そうとしても密度の低い大気をかいだとしても、動くはずもなく、壊れたおもちゃのように手足を振り回すのみ。
「き、君は一体?」
 女刑事が呟く。
「ああん? あんたこの腕章知らねーの? モグリか?」
 と、法助は現場に入る前につけておいた腕章を見せる。そこにあるマークを見た途端、警官達が驚きの声を挙げる。
「……政府特務のマーク!」「政府公認のエージェント!」「本当に存在していたのかっ!」「あんな少年がっ!」「うそだろっ!」
「じゃあ、あなたも……超能力者?」
 女刑事の問いに、少年はひらひらと手を振る。
「バカ言え、あんなやつらと一緒にするな」

 ――かつて、科学とは異なる法を持って超常なる力を操る者達が居た。

「え、でも……だって」
 女刑事は浮かぶキリキリと法助を見比べて戸惑う。明らかにその力は普通ではない。

 ――彼らはその力ゆえ、人々より忌み嫌われ、歴史の闇に葬られることとなった。

「別に、世界で起きる不思議なことは全部超能力で説明できる訳でもなんでもねーよ」
 と法助はさも当然と肩をすくめる。

 ――魔なるその力を持つ彼らを人々はかつてこう呼んだ。

「じゃあ、君は一体何者なのっ?!」

 ――『魔法使い』、と。

「別に。何者でもいいだろ。俺はただの、時代遅れな夢追い人(アナクロ・ドリーマー)だ」
 そう言って法助はため息をついた。
「あと、ララちゃん。耳元で勝手なナレーションを入れるのやめてれない?」
 法助の言葉に『えぇぇぇぇぇ!』と耳元で悲鳴が上がる。
『いいじゃなぁぃ! 別にぃぃぃぃぃ! ホントのこと言ってるだけじゃないっ!』
「いや、仕事の邪魔だから」
『そんなこと言って私のこと除け者にするんだ。いつも現場に着いたらお話ししてくれないんだもの。……ぷぅ』
「いや、そんな拗ねられても」
 オペレーターがお喋り要求してどうするのか。モニタリングに専念しろよ。
「まあいい、ともかく俺はとっとと帰って模試の勉強するんだ。終わらせて貰うぜ」
 言って、法助は懐から拳銃を取り出す。駅についた際に、組織のサポーターから受け取っていたのだ。勿論、エージェントパスのレベル4は発砲許可も出てるので問題ない。
 法助は空中に静止したキリキリへ銃口を向け、狙いを定める。
「待ってくださいっ!」
 そこへ女刑事が飛びこんでくる。
「霧野警視をっ――センパイをどうするつもりですか?」
 女刑事は両手を広げ、法助とキリキリの間に割ってはいり、法助を睨む。
「おいおい、何のつもりだ? そいつはもう警視でもないし、あんたの上司でもないんだぜ?」
「だとしても、センパイは、私のセンパイですっ!」
 ……法助は眉をひそめる。ややこい。こいつはターゲットの恋人だったのだろうか。いや、違うとしても、この女刑事がキリキリに過剰に肩入れしているのは間違いない。
『まさに、愛ね。すばらしいっ!』
「……いや、全然よくないんですけど」
 何故か感動した声をあげる上司の声に法助はうんざりする。男と女は実に面倒だ。
「こんなのってあんまりじゃないですか。センパイは今まで、必死で、がんばって、やってきたのにっ! あの少年が無罪放免で、センパイだけがそんな結末なんてあんまりですっ!
 あの事件だって! せっかく、せっかく被害にあった女生徒が勇気を出して名乗りをあげてくれたのに……証言に立つ前日に彼女は……」
 女刑事の言葉に後ろに控えていた革ジャン少年が声を挙げる。
「おいおい勝手なこと言うなよ! あの女は勝手に自殺しただけだろ?」
 革ジャン少年を女刑事は睨む。
「彼女の死体には複数の男達に乱暴された跡があった! 罪もない少女を、よってたかって! せっかくセンパイと私で説得して証言に立ってくれるようになったのに!」
「んだよ。俺たちがやった証拠でもあるのか?」
 女刑事達の言い合いに法助はうんざりする。つまりは、このキリキリはそこの革ジャン野郎を諸々の容疑で逮捕しようと、証人を立てた。政治家の圧力がかかったものの、自分のクビをかけてキリキリは起訴へ。しかし、証人の女生徒は証言台に立つ前に何者かに乱暴されて、自殺。証拠不十分で革ジャンは無罪放免。
 なるほど、救いがないと言ったら確かにそうかもしれない。悲劇とも言える。
「だが、それはそれ。俺には関係ない。それこそ、俺たちの領分じゃない。あんたらがなんとかすることだ。どけよ、刑事」
「……できません」
 法助は仕方なく、足を振り上げ、たぁん、と地面を踏み鳴らした。足音が反響し、女刑事の体がふわりと浮かび上がる。
 キリキリと法助の間に邪魔する者はなくなり……そのまま法助は引き金を引いた。
「ひきぃっ!」
 キリキリはうめき声とともに意識を失い、ぐったりと動かなくなる。それを確認した後、キリキリと女刑事がどさどさっ、と地面に落ちた。
「センパイっ!」
 女刑事が慌ててキリキリへ駆け寄る。
「……麻酔銃だよ。命に別状はない」
 ――もっとも、理性が戻るかは運次第だが。
 後半の呟きは口にせず、法助は彼女らに背を向ける。
「ララちゃん?」
『あいよ、後は私らが処理しておくわ』
 上司の言葉とともに人混みから法助と同じ腕章をつけた黒服の男達が現れ、キリキリの元へ近づく。ついでに法助は手にした銃を黒服の一人に返した。銃の携帯許可はない。
「……センパイはどうなるんですか?」
 女刑事が黒服達ではなく、法助に聞いてくる。
「施設で治療だろうな。そこからどうなるかはこいつ次第だが……罪は罪、罰は罰、だ。無罪放免とはいかんだろうさ」
 女刑事は黙り込む。口には出さないが、いろいろな感情が彼女の中で渦巻いているようだった。
 法助は頭を乱暴に掻き上げる。面倒なことだ。
「もしかしたら、こいつはあんたのところに帰ってくるかも知れない。だったら、それまでにあんたがしておくべきことがあるんじゃないか」
 法助の言葉に女刑事ははっとこちらを見てくる。法助はぷいっ、と顔を逸らした。これ以上は自分の領分ではない。余計なおせっかいはしない主義なのだ。
 女刑事はそんな法助をしばらく見つめ……そして決意と共に立ち上がる。
「なら、私はセンパイが帰ってくるまでに必ず事件を――センパイの残した事件を解決してみせます」
「そうかい」
 だが、それは法助には相変わらず関係ないことだ。別に法助が礼を言われることじゃない。だというのに。
「――だから、ありがとうございました」
 女刑事が礼を言って、敬礼する。
「……よしてくれ」
 と法助が顔を背けるといつの間にか周りにいた警官達皆が法助に敬礼をしていた。百人以上の警官達が皆、法助に向けて敬礼する様は壮観だった。
 ――勘弁してくれ。
『あららん、ホーちゃん大人気じゃない』
「うっせ。このキリキリが意外と人望があっただけだろ」
 法助は彼らに背を向け、ポケットに手を突っ込む。
「俺は俺の仕事をしただけだ。じゃあな」
 法助は足早にその場から立ち去ろうとする。
『もう、ホーちゃんたら、素直じゃないんだからー。でも、そんなところもカッワイイー♪』
「うっせ、うっせ、うっせぇ!」
 そう言って法助はケータイの通話を切った。
 状況終了。事件解決――と言う訳ではないけれど、後は別の担当がすることだ。
 法助はただ帰って、試験に専念するだけでいい。
 だが。
「くっそ、二メートルが限界か」
 法助は先ほどの戦闘を振り返る。
 法助の中に流れる『魔女』の血。その力。かつては、空を飛んでいた魔女の力。だが、迫害され、血の薄まった現代においては空を飛ぶことも叶わず、せいぜいものを浮遊させる程度が限界だ。
「『魔女の宅急便』の主人公ですら空くらい飛べるのにな、くそ」
 だが、法助には夢がある。ご先祖ですら達成できなかった宇宙へと飛ぶという夢が。そのためにはまずは勉強を――。
ブブー
 と、エラー音に法助は現実に引き戻される。
 場所は駅の改札口。帰るべく電車に乗ろうと改札の切符の読み取り口にケータイを押し当てているのだが、ブブー、とエラーが鳴る。
「げ、もしかして?」
 法助は青ざめ、確認する。事件解決と共にエージェントパスが失効されていた。法助は定期券を持ってないし、苦学生ゆえに財布もすっらかんだ。今日も勉強に集中しないといけないのにわざわざ不真面目な友人達とファミレスに行ったのも、友人がオゴッてくれると言うから来てたのだ。電車代なんてあるはずがない。
「おぉぉい、もしもーし! ララちゃんっ! 帰りの電車代くらい支給してくれよ!」
 法助は慌てて上司に電話をかける。だが。
『現在、美人でかんわいいララちゃんはホーちゃんが優しくないので電話に出ることが出来ません。ピーとなったら……』
「こらこらこら、思いっきり自分で喋ってるし、ちょっとかわいいを噛んでるしっ! 拗ねるなっ!」
『別に拗ねてないもーん』
 超能力者が現れ、人類の進化は今までにない進化の過渡期へと入っていた。
 それらの事件を解決すべく、人類進化研(ネクスト)のエージェント達は日夜戦う。
『――この物語は人類進化研(ネクスト)のもと、現代に遺った魔法使い新城法助と美人上司ララ・関による愛と感動の物語である』
「こらこらこらぁぁぁっ! だから勝手なナレーションつけるなってっ! ララちゃんとはそんなにはならないからっ!
 あと、交通費だせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
第一話 『リヴァース・ホリック』了
第二話へつづく



 てな訳で新作ですよー。
 連載形式を意識した一話完結モード☆
 ヒロイン不在の第一話いかがだったでしょうか。
 うーん、主人公の個性が薄いかなぁ。
 というか、途中でいきなり主人公がいなくなってキリキリと女刑事のドラマが始まったのは一体どういう事なのだろうか(笑)
 ホントはキリキリ暴れる→女刑事さんピンチ!→法助くんが助ける!
 だけの簡単な流れだったのにいつの間にか女刑事が自己主張。
 あの下りは削るべきか否か。ふーむ。
 まあ、ともかくみんなの感想待ってまーす。