『サイキック・スペース』 第二話「ロスト・クライスト」

 第二話書きました−。
 前回はゆるめだったんで、今回は濃いめー?



第二話 『クライス・ロスト』

 うだるような暑さの七月初旬。浪人生にとっては、もう夏本番で今までだらけていたけど、もうそろそろ本気出さないとまずいと焦り始める時期である。もっとも、この時期になってやっと重い腰をあげるような人間が偏差値の高い大学に向かうのは難しい。四月から早三ヶ月。三ヶ月間まともに勉強した・しなかったは大きな差を生む。
 蝉たちの鳴き声がうるさい中、とある田舎の駅のホームで新城法助は手にした用紙を見て固まっていた。
 そこにはC判定と書いていた。よくもなく、悪くもなく。だが、受かるか受からないかで言うと、受からないだろう、の部類に入る判定だ。肯定的に言い直すと「受かるかもしれません」というテスト結果。
「……おいおい、七月になってもこの判定かよ。くっそ、結局浪人生になってからも仕事というかララちゃんに振り回されて全然勉強にならなかったし! あの女分かってて邪魔してないか? くそっ! 今月はこれ以上絶対に仕事の依頼受けないからな」
 正社員ではなくバイト扱いの法助が無理に上からの辞令を聞く必要はない。むしろ、正規のエージェント達は皆一癖もふた癖もある人物ばかりで、なかなか上司の言うことを聞かない。結局、法助がそのワリを食って、仕事を回される羽目になるのである。
「いやでも、買い物の手伝いとか荷物持ちとかで呼ばれるのは絶対間違ってる。くそう……もう絶対に騙されないからな」
 なんのかんので押しには弱い法助であった。
「……ともかく、今日の仕事を終えたらさっさと帰ってやる」
 決意を口にして法助は駅のホームから出る。法助は周囲に視線を巡らせ、位置を確認。
 どこを見ても、山、山、山。緑以外の何もない。
「んだよ、ど田舎過ぎるだろ。一体この村に何があるってんだ。出迎えもいねーし」
 上司の話では現地で別のエージェントが待機しているとのことだったが。
「しかし、エージェントって誰だ? 俺の知ってる奴だろうか。西日本支部でも知らない奴大勢いるからな。ていうか、なんで俺がこんなフォッサマグナくんだりまで来ないといけないんだよ。関西に帰りてぇ」
「いきなりホームシックとは、意外とこらえ性がないですね、先輩」
 突然の声に法助は背筋を伸ばす。どうやら既にエージェントは着ていたらしい。幾らバイトとはいえ、修羅場をくぐり抜けてきた法助から気配を消すなどただ者ではない。心してかからねば。そう思い、声の主へと振り向く。
「…………覗き見とは趣味が悪……あぁぁっ!」
 声の主を見た途端、法助は素っ頓狂な声をあげる。
「ん? 先輩? 僕の顔に何かついてます?」
「いやいやいやいやいやいやいやそーじゃなくって!」
 そこに居たのはスーツをきっちりと着こなす、いかにも神経質そうな男が立っていた。むかつくことに結構イケメンだ。
 ――だが、そんなことはどうでもいい。
「てめぇ、キリキリじゃねぇかっ! なんでお前平然とここにいんだよっ!」
 そう、そこに立っていたのは二ヶ月前に力を暴走させて暴れまくった挙げ句に、法助が捕まえたキリキリこと霧野桐弥であった。
「何か問題がありますか? 先輩」
「不思議そうな顔すんなよっ! ていうか、おかしいだろ。あんだけぐにゃんぐにゃんに顔が変形してたのにこんなフツーにイケメンに戻りやがって、お前は人体の不思議の体現者かっ!
 つーか、もしもしっ! どーせ見てるんだろ! ララちゃんっ! もしもーしっ!」
 会話の途中でもどかしくなり、法助は上司に電話をかける。
『はぁい、あなたのラブリーな上司、ララちゃんよ♪』
 相変わらず脳天気な声に法助は色々と血管がぶち切れそうになるのを必死で我慢する。
「……どういうことだよ。説明しろよ」
『んー、説明しろって言われても……うちは常に人材不足だからねっ!
 労働意欲のある超能力者は大歓迎なのよっ!』
 覚醒して治療の終わった超能力者を体よく手込めにしたのか。ていうか、よくあの状態から治療できたな。噂の『ドクター』のおかげか。いや問題はそんなところじゃない。
「こいつ前科者じゃねーかっ! なにあっさり通してんだよ!」
『筆記テストは全国トップだったし、面接も実に礼儀正しく実直な人柄がおじさま達に受けたみたい』
「……日本の雇用システムは狂ってやがるっ! 書類審査で落とせよ」
『んもう、ホーちゃんは頭カタいんだから。前科者のエージェントなんて今に始まった事じゃないしっ! むしろスネに傷のないエージェントはほぼ皆無じゃない』
「……ああそうかい」
 通りで。エージェントの奴らが変人ばかりな理由が分かって色々とがっかりだ。
「新城先輩」
 色々と社会の仕組みに絶望する法助へキリキリが声をかけてくる。
「僕は確かに罪を犯した。それは逃れられない事実だ。だが、粛々と裁きを受けるだけでは僕が自分で自分を許せない。僕は、この身を社会に対して奉仕し、出来うる限りの還元を行おうと思うっ!」
 眩しいくらいにまっすぐな目でキリキリがこちらを見てくる。おいおい、こいつ確か二十五歳だろ。なんで小学生みたいな曇りない眼してるんだ。
 ――気持ち悪いヤツ。
 こういう純な優等生タイプは苦手だ。希少種なので出会うことは滅多にないのだが、まさかこんなところで出くわして、しかも仕事のパートナーに選ばれるとか。
『こらこら、どんな仲間とも上手くやっていくのが宇宙飛行士の資質でしょ?』
「普段は宇宙飛行士諦めろって言ってる癖に、こんな時ばっかそういう説教しやがって」
『You copy?』
「……はいはい、I copy!」
 ケータイをしまい、法助はため息をつく。ここのところため息ばかりついている。
「えっと、キリキリ……じゃなかった、霧野さん?」
「どちらでもかまいませんよ、新城先輩」
 小気味よく応えるキリキリに法助は軽くイラッとする。
「……別に俺の方が年下なんだからそんな気を遣わなくても」
「いや、幾ら僕が年齢も学歴も上だからと言っても、ここでは新米です! 先輩には敬意を払わないといけませんっ!」
「お前本当に俺に敬意を払ってるのか?」
「勿論っ! 同じ超能力者として尊敬してます!」
「…………別に俺は超能力者じゃねーよ」
「またまたご冗談をっ!」
 キリッと見つめてくるキリキリに法助は頭が痛くなる。まあいい。とっととこのミッション終わらせてこいつとはおさらばしよう。
「んで、今回の仕事の内容は?」
「ここで幽霊を見たと言う目撃談が多発して、その調査を」
 タブレット端末を出して報告するキリキリ。年上の後輩キャラとかやりづらい。
「んだよ、バカくせぇ。どうせガセ情報だろ」
「先月の目撃数、約百件」
 思わずずるっとこけかける。単純計算にして一日に三件以上目撃されている計算だ。
「なんだよそれ。行政が介入するレベルじゃねーか」
「だから、我々が介入してるじゃないですか」
「……そっか。俺たち行政側の人間だった」
 上司が上司なのでついつい忘れてしまうが、法助達は政府公認の秘密結社という意味不明な期間に所属している。法律的には公務員に属するのだ。まあ法助はバイトだけど。
「んで、市役所じゃなくて俺たちが出て来る理由も勿論あるんだよな?」
「その幽霊は目が緑色に光ってるとか」
 なるほど。その説明で大体合点がいった。
「確かに、超能力者の可能性が高いな」
 目から緑光が放たれるのは超能力者に共通する特徴だ。超能力を使う際に、必ず彼らは目から緑の光を発する。これはサイキック・ティアーと呼ばれ、普通の人間と超能力者を見分ける目印の一つとされている。
「まあいい、じゃあとっとと探しに――」
「……あれ? なんか超能力の気配が」
 ぴくん、とキリキリが反応する。超能力者が超能力を使った際、常人には感知できない波動が発せられるという。このサイキック・ノイズは超能力者であれば誰でも感知できる。故に、超能力者達は身近で誰かが能力を使えばすぐに感知してしまう。
「ほう、早速か。俺には全く分からんが」
 肩をすくめる法助をキリキリは何故かまじまじと見つめる。
「ん? なんだよ?」
「新城先輩は本当に超能力者ではないのですか」
 なるほど。上司もさすがに法助の個人情報を渡してないらしい。
「だからそう言ってんだろ」
 エージェントは皆スネに傷を持つ――その法則は法助も例外ではない。
「ともかく行くぞ、キリキリ。反応のする方を追ってくれ」
「はい、新城先輩!」
 そうして二人は木々の生い茂る山道を登っていく。この事件の、その意味を知らぬままに。



 森はどこまでも深かった。そこは森のようであり、海のようであり、闇の中のようであった。どこまでも深くどこまでも薄暗く。終わりのない悪夢のごとく、ただひたすらに、深い静寂と、不動なる闇がそこにあった。
「おかしい」
 先導するキリキリを呼び止め、法助は考える。
「……やっぱりおかしいですか」
 キリキリも不安を隠さずに周囲をキョロキョロと見る。サイキック・ノイズを頼りに山道を外れ、草木をかき分け、獣道すらない樹海をただ進んできた。地図の上では森としか書かれていない緑の空白。人の手の入らぬ野生に近い場所。なのに。
「音がしない。虫の声も、鳥の声も」
 そして、図ったかのようにあれだけ照っていた太陽が厚い雲に覆われ、真っ昼間だというのに夜のように暗い。山の天気は変わりやすいものだが――。
「……なにか恣意的なものを感じる」
「それは、経験からくるものですか?」
「わからねぇよ。俺も所詮青二才だからな。でも、何か、嫌な感じがする」
 そう感じるのは超能力者と戦ってきたという戦士としての勘なのか。それとも、この身を流れる魔女の血か。だが、少なくとも不気味なことだけはキリキリも感じているらしく、不安そうにちらちらとこちらを見ている。
「サイキック・ノイズはまだ感じるか?」
「ええ、ずっと。まるで――僕らを見ているかのような」
 ――見ている、か。
 法助はケータイを取り出し、上司に指示を仰ごうとする。少なくとも、彼女は今も自分たちを『視ている』はずだ。
「……繋がらん」
「まあ、こんな山の中ですし、電波が届かないのも」
「バカ言え。これは秘密結社ネクスト謹製の特殊ツールだぞ。見た目は市販のケータイでも、中身は全然違う。トラックにはねられても壊れないし、アルプスの頂上だろうと砂漠のど真ん中だろうと衛星経由で繋がるはずだ」
 それが、繋がらない。これはただ事ではない。深海や地下ならいざ知らず、ここは地上で、近くには電車すら走っている。だというのに、これはおかしい。
「……これは、これ以上進むべきじゃない」
 法助はエージェントとしての行動規範に照らし合わせて判断する。上司の『眼』が届かないはずはないとは思うが、外部と孤立無援になるのはまずい。以前それで大きな失敗をしている。
「しかし、この先に超能力者がいるかもしれないんですよね。政府の管理外の」
「ああ、そうだな」
 法助の答えに、キリキリは不服そうな顔をする。
「今ここで引けば逃げられるかもしれません」
「だが、この件に関しては目撃例のみで、被害は何も出てない。そうだろう?」
「だとしても、目の前の不正を見逃す訳にはいけません」
 キリキリは――いや、霧野桐弥はそう言って反対を表明してきた。こいつ、本当に年上だろうか。職場で疎まれるのもよく分かる。というか前にそれで失敗してるだろ。
「あんたは、年上だが、先輩は俺だ。判断は俺が下す。あんたは決まりを守るんだろ」
「上司の命令だろうと、守れない者はあります」
 ――うざってえ。
「先輩は引き返してもかまいません。僕は一人でもこの先へ行きます。僕も関主任に会ったことで関主任の能力のマーキング対象になってます。僕が先へ進めば、それだけ事件の真相に近づくことが出来ます」
「分かってるのか。このケータイの電波を妨害できると言うことは、ウチ以上の技術を持つ何者かが、あるいは政府の別の秘密機関が関わっている可能性がある。その意味が分からないのか」
「だとしたら、なおさら見過ごす訳にはいきません」
 二人の視線が絡み合う。
 ――この男、こんな調子でよく警視になれたな。よほどペーパーテストに強かったのだろうか。少なくとも、組織人としてはあまり賢い部類の人間ではない。
 不意に、二つの緑の光が闇の中に浮かび上がるのを視線の端に捉えた。自然、そちらへ法助の視線が向く。つられて霧野の視線もそちらに向いて、法助は失策を自覚した。法助が制止するよりも早く霧野は駆けだしてしまった。
 緑の光を追って、さらに奥へ。
「馬鹿野郎がっ!」
 仕方なく、法助も追う。追わざるを得ない。
 闇がまた、濃度を増した。



 どれだけ走っただろうか。同じ道をずっと走り続けたので分からない。途中何度か歩いたり立ち止まったりした。それでも、まるで俺たちを先導するように緑の光はつかず離れず俺たちの先を浮遊していた。
 気付けば時計は夕方を指していた。
 森を抜けた先にあったのは――村だった。いや、正確には抜けてない。森の中にくりぬかれたように小さな村がそこにあった。霧野は唖然として、法助は顔を険しくした。緑色の光は見失った。後は薄暗い天気の中、陰気な村がそこにあるだけだ。幾人かの老人と婦人達が小さな村を歩いている。
「……こんなところに村があったんですね」
 霧野の暢気な言葉に法助はケータイを取り出して確認する。データベースにある地図には載ってない。明らかな異常事態。今じゃ、地球上のあらゆる場所は衛星写真によって丸裸にされ、国交を断絶した独裁国家の軍事基地の位置すら衛星写真でばれる時代だ。隠れ里など存在しえるはずがない。あるとすれば、よほど強力な力が――あるいは権力が動いているはずだ。
「おにいちゃんたち、どっからきたの?」
 ひょっこりと現れた子供が聞いてくる。五歳くらいのこの村の雰囲気にはそぐわない明るい少年だ。外から来た法助達を珍しげに見ている。
 黙っている法助の代わりに霧野がしゃがみ込み、質問に答える。
「関西からだよ。この村はなんて言う名前?」
「さあ? しらない。ムラはムラだよ」
 馬鹿馬鹿しい会話だ。
「サイキック・ノイズは?」
「……途絶えてます。能力を使うのをやめたみたいですね」
 さて、どうしたものか。この場所は明らかにおかしい。そして、超能力者がいる。村の位置は特定できた。ここで引き返してもかまわない。
 だが、そんな法助の思考を無視して霧野が子供に尋ねる。
「僕の名前は霧野桐弥。君の名前は?」
「ユージ!」
「この村のことを詳しく知ってる人は?」
「くわしく? シンプサマならなんでもシってるよ!」
「よし、ユージ。そのシンプサマの所へ案内してくれないかな」
「分かった! こっちだよ!」
 ユージに手を引かれて霧野が村の中へと入っていく。法助は制止すべきだとは思ったが、諦めた。仕方なく、黙ってついていく。この頑固者を説得するのは無理だ。理屈が通じない。
 ――俺が警戒するしかない。
 部下を持つとはやっかいなことだ。いつもは正規のエージェントと組んで、法助が先輩である彼らの言うことを聞かないのだが、今になって先輩達の苦労を法助が知る羽目になってしまった。言うことを聞かない部下のやっかいさは想像以上にストレスになる。
 やがて、辿り着いたのは小さな診療所だった。どう見ても、神父ではなく、医者が居るとしか思えない。なのに、その診療所には申し訳程度に屋根の上に十字架が飾ってあり、看板に『聖教会』とだけ書かれている。実にふざけた建物だった。
 医者と教会なんて似て非なるものだと思うのだが。
「……嫌な建物だ」
「どうしたんです?」
「うちは先祖代々、教会は苦手でね」
 魔女だけに、と言う言葉は胸の中にしまっておく。
「先祖代々? 何か呪われてるんですか?」
「……否定はしない」
「? 意味が分かりません」
 分からなくてもいい、と肩をすくめる。その間にユージが子供らしい無遠慮さで扉を開いた。
「シンプサマ! おきゃくさんだよ!」
 中に入ると、いかにも診療所らしい薬品の匂いが鼻を刺激した。電気はつけられておらず、室内は外より更に暗い。だがそれでも、かろうじて、そこに待合室があり、ソファーとテーブルがあるのが分かった。
 目が暗さに慣れていく間に、受付の奥から黒い神父服に白衣を着た老人が出て来る。
「おお、ユージくんか。お客さんは誰だい?
 田中さんがまた風邪引いたのかい? それとも、お母さんがまたお父さんと喧嘩してるのかい?」
 こんなに暗いのに誰も電気をつけず、ユージもそれに疑問を持たずにずかずかと中に入っていく。
「知らない人っ!」
 ユージの言葉に老神父はぴたりと足を止めた。暗がりで、相手の顔は見えない。法助と霧野は電灯のスイッチを探したが、不思議なことにどこにも見あたらない。暗がりの中、ユージは快活に動き回り、どこにもぶつかることなく、老神父と話している。
「そうかい。外から来た……人が外から来た。そういうことなんだね」
「うんっ!」
 薄ぼんやりとしか見えないが、老神父はユージの頭を撫でているようだった。そして、老神父はアメを渡すと、ユージに外へ行くように言い含めた。ユージはお菓子を貰ってご機嫌になり、すぐに出て行った。
「……ここに来たって言うことはキミ達は超能力者かい?」
 しわがれた声が耳朶を打つ。法助は目をこらしつつ、答えた。
「俺は超能力者じゃない。でも、超能力者を探しに来た」
 目つきの悪い顔が、更に目つきが悪くなっているに違いない。そう自覚しつつも、険しい顔をやめられない。この村に入ってからずっと強く感じていた嫌な気配がこれでもかというくらいに膨れあがっている。
「そうかい。お客さん達の名前は?」
「僕は……」
 馬鹿正直に名乗ろうとする霧野を手で制止する。
ジーサン。名前は聞く方から名乗るもんだぜ。少なくとも、俺は母にそう教えられた」
 俺の言葉に老神父は……笑った気がした。暗くて、顔がよく見えないので気のせいかも知れないが。
「そうかい。礼儀に厳しいお母さんだったんだねぇ」
「……別に。ただの母親だった」
 法助は何故か失敗したと思った。誰から教わったなど言う必要もないのに。何故か、母にすがってしまった。そんな気がした。
「そうかい。儂の名は森屋惣太。見ての通り、神父で、医者をしている」
 どっちが本業なのか、とどうでもいい疑問が浮かぶ。しかし、その思索を老神父――森屋神父が破る。
「さて、あんたらの名前を教えてくれもいいんじゃないかな」
 法助は迷った。どう答えるべきか。何故か躊躇いが生まれる。
 そんな法助をよそに、霧野が名乗る。
「僕は霧野桐弥と言います。近くの村役場から、幽霊が出ると言われて調査に来ました」
「お前さんは?」
 森屋神父は霧野の言葉を半ば無視して聞いてくる。何故か口が重たくなるのを感じた。
 『分からないと言うことは怖いことだ』と言ったのは父だったか。今になって突然その意味を知った気がする。ただその父は、あの訳の分からない母親とずっといた。なのに、幸せそうだったことが法助には分からず、別にそれを怖いと思うこともない。
「聞いとるのかい?」
 老人の言葉に法助の脳が現実に引き戻される。
「新城……新城法助だ」
 また、老人が笑った気がした。
「そうかい。いい名前だ」
 老人はそう言うと、くるりと背を向けた。
「ここに来るまで疲れただろう。立ち話も辛いに違いない。そこに座って待っていてくれないかな。今お茶を入れるから」
 老人はやはり暗闇の中、平然と歩く。そして、告げる。
「ついででいいのだが、一つ頼み事があるのだけど、老い先短いこの老人の頼みを聞いてくれんかね?」
 法助は待合室の椅子に座らないまま、聞く。
「何を?」
 知らず、声が硬くなる。
「なあに、簡単なことだよ。
 儂の、懺悔を聞いて欲しい。
 ただそれだけのことだよ」
 薄暗闇の中、森屋神父の目がぼわりと緑の光を灯した。



「儂は化け物になってしまった」
 森屋神父はそう、告白した。暗く狭い診療所の待合室で、テーブルを挟んで森屋神父と霧野がソファーに座っている。法助は霧野の後ろで腕を組んで壁に背もたれ、話に耳を傾ける。
 結局明かりは見つからず、部屋は暗いままだった。いや、テーブルの上に燭台が一つ置かれ、そこに申し訳程度の光を蝋燭が放っている。これではまるで懺悔と言うよりも怪談を聞いているようだ。
「化け物……とは?」
 霧野が訊ねる。刑事をやっていた経験が生きているのか、人の話を聞くのは苦手ではないらしい。
「決まっている。超能力者だよ」
 しわがれた声に深い悲しみが染み込んでくる。聞いてるだけで気が滅入る。
「別に、超能力者だからと言って化け物という訳では――」
「化け物だよ。どう考えても、化け物だ」
 霧野の否定を森屋神父は大きく打ち払う。
「君は、超能力者の細胞がどうなっているか知っているかね?」
「……いえ」
 老神父はそこで大きく息を吸い込む。会話に間が空く。いやがおうにも次の言葉に耳が引きつけられる。
「同じだよ」
 老神父はとてもとても悲しげに言う。
「普通の人間と、何もかもが同じだ」
 うつむき、老神父は語る。
「細胞も、遺伝子も、ホメオスタシスも、食べるものも、バイオリズムも……何もかも普通の人間と同じなんだよ」
 老神父の言葉に霧野は戸惑う。
「なら、超能力者も普通の人間じゃないですか」
 さも当然と言った霧野の言葉。老神父の顔に目に見えて失望が広がっていくのを法助は見た。
「分からないのかい。だから、化け物なんだ」
 老神父の声が震える。
「儂は恐ろしい。恐ろしいんだよ」
 老神父はただ語る。怯えるように。逃げるように。黙っていれば狂ってしまうとでも言うように。いや、あるいは――もう狂っているのかもしれない。
「君は、どうやったら超能力者が出来るか知ってるいかね?」
 老人の言葉に霧野は息を飲んだようだ。
「是非、教えて欲し――」
「そんなこと分かるはずがないっ!」
 霧野の言葉を遮り、老人は叫ぶ。
「分からないんだよ! 人間が、ただの人間がある日突然、化け物になる。そのうち四割は耐えきれずに暴走し、さらに半分が狂ったまま、戻ってこれなくなる!
 そして、彼らは特異な力を手に入れ、眼から緑の光を発するようになる!
 ありえない! 細胞の組成も遺伝子も、物理的には何も変わらないままに、奴らは眼から緑の光を発し、あり得ない力を行使する。
 化け物じゃないか! これが化け物じゃなくてなんだというのかね!」
 老神父は激昂し、やがて肉体の方が耐えきれなくなり、咳を繰り返した。テーブルにおいておいたお茶を飲み、ガラガラになった喉を無理矢理に癒す。法助と霧野は出されたお茶に手をつけてない。その指示を断るほど霧野も純粋ではなかった。
「――儂は、かつて名の知れた医者だった。古い新聞を掘り返せば儂の名前を探すのは難しくないと思う。儂は仕事人間で、研究に没頭しつづけていた。色んな功績をたたえられていた。
 だが、ある日――突然に眼が見えなくなった」
 老神父の言葉に、法助も霧野も何も言えない。
「それでも、儂は神を呪わなかった。
 ただ、祈ったよ。儂にもう一度研究をさせて欲しいと。どうか、眼を見えるようにして欲しいと。
 研究が続けられるのなら、なんでもすると」
 そこでまた老人は咳をした。お茶をすすり、喉を整える。
「そして、ある日、また眼が見えるようになった。暗闇でも、見えるように。
 鏡を見て気づいたよ。緑の光が眼から出ているのに。
 そう、――儂は化け物になってしまったのだ」
 そして、視力のない老神父の目からぼろぼろと涙があふれ出した。
「あんまりだ。こんな仕打ちがあるだろうか。
 これが神のすることか。
 いいや、神などいなかった。つまりはそういうことなのだ。
 そういう、ことなのだ」
 老神父はただただ涙を流し、嗚咽する。
「でも、べつに目が見えるだけなんて、化け物でも何でもないですよ」
 霧野が必死に取り繕う。端から見ても悲しいくらいに気休めの言葉。
「視神経が死に絶えてるのに、色んな物が見える。どんな暗闇も見渡せる。
 これが化け物でなくてなんだというんだい?」
 霧野が縋るような目でこちらを見つめてきた。舌打ちしたくなるのを必死で押さえ、壁から背を離す。
 どう答えるべきか。うちの上司ならばこう言うだろう。「便利になってよかったじゃない」、とか。今まで色んな超能力者に出会ってきた。
 ある者はその能力に振り回され、理性を失っていた。ある者は、その力を誇りに思い、ある者はその力故に増長していた。だが、ここまで自らの力を否定的に捉える人物を法助は知らない。
 老神父の言うとおり、超能力は遺伝しない。ある日突然、覚醒する。超能力者の子供が超能力者とは限らない。同じ遺伝子を持つ、一卵性双生児ですら、片方だけ覚醒したり、同じように覚醒しても二人とも全然別々の能力が発現する例がほとんどだ。
 科学的には、超能力者達の事は何も解明されてない。医師であり、そして老いた身である森屋神父にとって、そんな得体の知れないものに自分自身がなってしまうことは神に見放されたような衝撃を受けても当然かも知れない。
 蝋燭の光の中、老神父の胸元にある十字架が輝くのが見えた。
 ――それでも、このジーサンは神に祈り続けたのか。
 神はいないと知ってなお祈り続けた老人の心中など法助のような青二才が図り知ることなど出来ない。
 結局、法助に言えたのは事務的なことだった。
「それで、なんでまたこの村に? この村はなんなんだ?」
 老人はしばらく答えなかった。しばらく彼の泣きすする音が聞こえ、法助が空腹を自覚する頃になってようやく老人は顔をあげた。
「ここへは知り合いのつてを頼ってきた」
 老神父は心底どうでも良さそうに言う。
「この村は世間で迫害されたような、それでいて政府が表向きに庇えないような人間達を匿っている。重犯罪者の家族や、重大事件の関係者の家族など。
 儂も含めて、この村の人間は全員事故か何かで死んだことになっている。
 だから、この村は――死者の街だよ」
 そして、ぽつりと付け足す。
「儂のような化け物には相応しい、村だ」
 この老人よりも恐ろしい力を持つ者は幾らでもいる。ここにいる霧野もそうだし、超能力者ではないが、法助もその一人だ。
 だが、法助は一度も自分を化け物と思ったことはない。霧野はどうだろうか。彼は何も言えず、言葉を探していた。もしかしたら、共感する点があるのかもしれない。
 空転する思考を必死で回転させる。老人の絶望に共感することが法助の仕事ではない。考えるべき事は他にある。
 この村はやはり、大きな力が絡んでいた。恐らくは法助の所属する組織と同じく、政府非公式な非合法組織が管理している。前にも上司は言っていた。公務員は縦割り社会で、横の連携は薄い、と。なので、人類進化研(ネクスト)がこの村のことを知るはずがなかった。
 問題は、この村の機密度だ。この村のことを知ったことにより、下手をすれば法助と霧野は口封じのために殺される可能性がある。あるいは、この村の住人として一生飼い殺しにされる可能性もある。
 法助はケータイを確認する。電波は届かない。いや、確実にどこかから妨害電波が出ているに違いない。だが、上司の能力を妨害するほどではないだろう。おそらく、彼女は今法助達が見聞きしたことを自らの能力によってモニタリングしているに違いない。ああ見えて彼女は立ち回りが上手い。面倒な政治取引は任せていいと思う。
 だが、現場の人間である法助達二人はどうすべきか。
 ――くそう、ララちゃんの声がこんなに聞きたくなるなんてな。
 脳裏に、『ん? なになに? 惚れた? マジで私に惚れちゃった? きゃーうれぴー!』とのたまう上司の声が再生されたので無理矢理打ち消した。それだけはありえない、と断言できる。
「……ところで、君は銃を使ったことはあるかい?」
 不意に、森屋神父が言葉を放つ。迷いながらも、法助は答える。
「ある」
 森屋神父はその回答に満足したようだった。
「そうかい」
 そして懐から何かを取り出した。見たことのないタイプだったが、この蝋燭の下でもはっきりと一目で分かる。銃だ。
 戦前のものかもしれない。大分年季が入ったリボルバー銃だ。
「こっちに来てくれないか、新城くん」
 森屋神父の言葉に何故か法助は吸い寄せられるように彼の前へ進み出る。森屋神父は取り出した銃を赤子でも扱うかのように丁寧に取り出し、撃鉄を上げ、するりと法助の手に握らせた。法助は何故か抵抗できなかった。老人の手の乾いた感触に法助は我に返る。気付けば老人の眉間へと銃口を突きつける形にさせられていた。
 そして、老神父の目が緑色に光る。
「撃ちたまえ」
 今度の言葉には従わなかった。
「なんでだ?」
「こんな化け物に生きている価値などない」
 老人の言葉はとても落ち着いたものだった。
「死にたいなら、自分で死ねばいい」
「何言ってるんですか先輩!」
 思い出したかのように霧野が立ち上がる。
「神によって自ら命を断つことは禁じられている」
 緑の光が――超能力者の涙(サイキツク・ティアー)が老人の目から迸る。視力なき目が、あり得ないはずの視力を持って法助を捉える。老人は化け物としてそこに立っている。
「……どうせ死ぬなら、人として、じゃないのか?」
 法助の言葉に老人は力なく首を振った。
「儂のような化け物が、今更、人であろうとするなどおこがましい。それこそ、神に対する冒涜だ」
 なんとも神聖な茶番があったものだ。全てが等しく馬鹿馬鹿しく、神聖だ。この老人は狂っているのか。いや、狂っていたとしても――。
 法助は、手にした銃を引き下げた。
「あんたを殺すのは俺の仕事じゃない」
 どの道狂っていたとしても、自分にはこの老人を殺せない。それが法助の結論だ。
 銃を握ったまま、法助は老人に背を向ける。
「行くぞ、キリキリ」
「え、でも……」
 戸惑う霧野の言葉を無視して法助は銃をポケットに突っ込み、外に出た。慌てて霧野も後を追ってくる。遅れて老人の慟哭が聞こえてきたが――聞こえないふりをした。
「くそ、だから教会は嫌いだ」
 法助の呟きに、
「……僕も嫌いになりましたよ」
 と、年上の後輩が同意する。
「うるせえ」
 そう言って法助は足早に歩く。
「どこへ?」
「知るか」
 少なくとも、あの教会から離れることができればどこでもよかった。



 空腹が腹を痛めさせる。こんなに胸くそが悪くても腹が減るのだから、人間とは不思議なものだ、と法助は思った。
「さて、どうしたもんか」
 村は小さい。今日は一日中山を登り歩いたので全身くたくただ。休息が必要だ。だが、こんな村には一秒でも長居したくない。しかし、こんな夜遅くに山を下りるのは危険だろう。たとえ、暗闇でも目が見えるとしても、だ。
「……?」
 何かを見落としている気がする。が、それが何か分からない。
「先輩、一つ聞いていいですか?」
 霧野の言葉に思考が霧散する。
「なんだよ?」
 やや険のある声を出したが、霧野は動じなかった。
「先輩は超能力者を化け物だと思いますか?」
 法助は静かに顔を横に振った。
「感覚が麻痺してるんだろう。俺の周りには沢山の超能力者がいるからな」
 そして、確認する。
「お前は覚醒する前はどうだったんだ?」
 霧野もまた、首を横に振った。
「本当に超能力者が居るなんて考えたこともなかったので」
 生真面目な彼らしい答えだった。自分が覚醒しなければ超能力者のことなど世間の噂異常に考えないし、おそらくお化けも宇宙人も信じないのだろう。
「じゃあ今は? 自分のことを化け物だと思うのか?」
「……分かりません」
 弱々しく彼は首を振る。
「いつの間にか超能力者になって、でもまだ実感がなくて……今でも僕は人間のつもりです」
「なら、それでいいじゃねーか」
 それ以上考えるのは法助達の仕事ではない。では誰の仕事なのか。それは、あるいは神の仕事かもしれない。本当に、神が居たならば、だが。
「なんにしても、任務はこれで全て完了だ。この山にいた超能力者も見つけた。能力も知った。素性も明らかになった。居場所も、居場所の意味も分かった。これ以上やることはない。後は、今日の寝床を考えるだけでいい」
 投げやりな言葉に霧野は顔をしかめる。
「そう言えば疑問が一つあるのですが」
「んだよ?」
「この幽霊騒動――一日に三件以上目撃されているはずですが、あの老人がわざわざ麓まで毎日頻繁に降りているとは思えません。別に超能力者がいるのでは?」
 霧野の言葉に法助は違和感の正体に気づいた。
「そう、それだっ!」
 あの老人は盲目なのに目が見えるというだけの超能力者だ。他に身体能力が高まる訳じゃない。無論、あの老人の申告が正しければ、だが。しかし、あの老人がそんな嘘をつく必要はないし、もしそんな能力があれば懺悔の時にそのことも一緒にわめいていたはずだ。――つまり、まだ事件は終わっていない。
「あ、お兄ちゃん達だ!」
 聞き慣れた言葉に法助は振り向く。そには昼間会った少年――ユージがいた。
 日も沈み、周りの家から光も漏れてこないので本当に真っ暗闇だ。しかし、ユージは歩きながら、地面に落ちている大きめの石を平然と避けながら近づいてくる。
「こんな暗い時間に外を歩いちゃダメだぞ。お母さんに怒られるから早く帰り――」
「暗くないよ! 全然っ!」
 霧野の言葉を遮るユージの言葉。そして、ユージは神父から貰ったアメを取り出し、口に入れた。少年の目がぼわりと緑色に光った。
 ――まさか。
「ここってずっとクライの。でも、シンプサマにみてもらったら、みんなみえるようになったんだ! このムラのミンナがっ!」
 快活なユージの言葉に霧野の顔が強ばる。法助は無意識に周りを見渡した。村のそこかしこから緑の目が法助達をみていた。おそらく、村人全員が目を光らせられるに違いない。
「……そんな」
 法助は聞こうとした。この子は超能力者なのか、と。だが、その必要はなかった。
「何も感じない。……この子は超能力者じゃないっ!」
 そもそも、夕方に森屋神父の家を訪ねた時から全ておかしかった。この子は目を光らせずに暗闇が見えていた。そして、サイキック・ノイズもなしにサイキック・ティアーのようなものを発している。
 気がつけば法助は走り出していた。
「どこへっ?!」
 後ろから霧野。
 ――決まっている。あのクソジジイのいる場所に!
 程なくして法助達は十字架のある診療所の前に辿り着いた。そこでは、杖を持ち、コートを着た森屋神父がカバンを持っていた。明らかな旅装束。
「クソジジイっ! どこに行くつもりだ!」
「どこだっていいだろう。もう、この村に用はない」
 老人の言葉は素っ気なかった。先ほどまで泣き叫んでいた人物と同じだとはとても思えない。法助を無視してどこかへ行こうとするので法助は地面を踏みならし、魔力を拡散する。音響魔術による浮遊。老人の体はあっけなく宙を舞った。
「……ほう?」
「おい、ジジイ。てめー、この村の人達に何をした?」
 森屋神父はため息をついた。
「実験だよ」
「実験?」
「儂は考えたよ。化け物になってしまった自分は、どうすれば人間に戻れるのかを」
 ぞっとするほど穏やかに彼は言う。
「だから、ここいる人間達を皆、人間じゃなくした。それから元に戻そうとしたのだが……残念ながら戻ることはなかった。ああ、残念だ。早く探さないと。戻る方法を」
 法助は我知らず絶叫していた。ポケットに無造作にしまい込んでいた銃をもたつきながらも無理矢理引き出し、老人に向けた。相手は宙に浮いて、動けない。外すような距離ではない。彼の魔術は絶対だ。この距離で外す訳が。
「……ああ、なんだこの稚拙な術は」
 老人は肩をすくめ、呟いた。
「『散れ』」
 瞬間、魔力が拡散するのを法助は感じた。法助の術が崩壊し、老人の体はふわりと地面に木の葉の如く着地する。
「……なっ!」
 呆然とする法助の元へ、ようやっと霧野がやってくる。
「先輩っ!」
「このクソジジイを捕まえろ!」
 咄嗟に部下へ指示を送る。が。
「『ひれふしなさい』、霧野桐弥くん」
 言葉と共に霧野が地面に叩き付けられ、その場から動けなくなる。必死で立ち上がろうともがくが、霧野は立ち上がれない。法助は反射的に引き金を引こうとするが。
「『動くなよ』、新城法助くん」
 老人の言葉に金縛りにあったかのようにぴくりとも体が反応しなくなる。
「……き……さ……ま……」
 硬直する体を、それでも無理矢理抗い口を動かすが、それだけだ。
「この程度の呪言すら解けないとは……悲しいね。それでも、君は魔術師なのかい?」
 老人の言葉に法助は必死で抗うが、やはり動けない。
 かつて、人々に忌み嫌われた力を使う者達が居た。
 超常の力を操る彼らのことを人は畏怖を込めてこう呼んだという。すなわち――。
「――魔法使いっ! 魔法使いだったのか貴様!」
 叫びと共になんとか拘束が一部剥がれるが、動けるようになったのは口だけだ。
「ふむ、どうやら君は言霊を操る力を失っているようだ。どおりで弱々しい力しか使えない訳だ。魔法とは――言葉に魂のかけらを載せることによって真価を発揮する。
 言葉なき音にしか魔力を込められない魔術師に価値はない」
 せせら笑う老人に最大級の怒りを込めて叫ぶ。相手に尋ねる時は、自分から名乗らなければならない。――それが魔女たる母の教えだ。
「……俺は……我は魔女シシルトが血統にして、末裔。探索の使命を持ちし者。
 現世に刻みしその名は新城・シシルト・法助!
 答えろ、クソジジイ。貴様は何者だっ?!」
 無視されるかと思いきや、老人は律儀に答える。
「我は魔人グライが血統にして、末裔。魂鳴の探求者なり。
 現世に刻みしその名は森屋・カラド・惣太なり。
 ……ふん、使命狂いのシシルトの血統か。まだ生きていたとはな」
 老神父の表した本性と、訳の分からない会話に霧野はついていけず、這いつくばったまま、ただうめき声をあげる。
「どういうことです森屋神父? あなたは最初から化け物だったんですか?」
 霧野の言葉に老人は首を振る。
「魔法使いと言っても、ただの人間だよ。魔の法に則り、理に沿って術を行使する。化け物とは、それらを無視して力を使う超能力者のような者達のことを言うのだよ」
 そして、老人は言う。
「掃除をしておかなくてはな。カグナ・ゼイ・アスト・デルセバニス・アイ・アク・ト・ララノ・テテセ・カイゾ・レッブ……」
 老人が呪文を唱えた途端、村のあちこちで悲鳴が上がった。何かの弾ける嫌な音が次々と響き渡る。
 そして、白いもやのようなものが幾つも幾つも現れて、法助や老人の間を漂い始めた。霧野は呆然とする。法助は、何故か一目で分かった。それは、魂だった。
 霧野の前を元気そうに小さな人魂が浮遊する。おそらく、あれはユージの魂なのだろう。魂を操りし、闇の住人。最も禁忌なる魔法使い――死霊使い(ネクロマンサー)。
「殺してやるっ! 俺の中に流れる血と名にかけて!」
 法助の叫びに、老人は首を振る。
「その機会は永遠に失われた。君はあの時儂を殺すべきだった」
「俺が、お前を殺す。絶対に、だっ!」
「……出来ないことを言うもんじゃない」
 そして、漂う霊魂達を率いながら、老人は闇の中を歩いていく。
「どこに逃げたって無駄だぞ! どんな手を使ってでも、絶対に貴様を探して殺してやるっ!」
 老人は法助のことなど気にも留めず、ただ遠ざかっていく。このままで、このままで終わらせてはいけない。
「一つ言っておく! てめーは人間だっ!」
 ぴたり、と老人の足が止まる。
「こんなおぞましく、こんなにも酷いことをするんだ! お前は人間だっ! 化け物なんかじゃねーよ! 化け物なんて言葉に逃げるな! だから――人間のお前を俺が殺す」
 その言葉に森屋神父は一度だけ振り向いて、静かに笑った。
「……嬉しいことを言ってくれる」
 そうして、老人の姿は闇に消えていった。
 これが、全ての始まりだった。
第二話 了



 というところでいかがだったでしょうか。
 本来なら、連載の4話目くらいで使うような……あるいは物語が打ち切りになりそうになった時に、「そろそろ本筋に戻るかー」的にやるものですね。
 ていうか、第二話ノリノリで書いてたら案の定枚数制限にひっかかってプロットで考えてた部分から重要なものだけ取り出してざっとまとめた感じになってしまった。
 うーん、難しい。第二話は前後編にすべきだった。
 さてさて、一話みたいに、こう、「超能力者の事件を魔法使いが解決するぜ、ヘヘイヘイ!」なノリと、二話の様な「この世界の超能力者とはなんぞや」的な物語の謎にせまる展開とどっちがいいのだろうねー?
 また感想待ってます!
 ではでは。