【小説】がれがれん 第三章

 話が進むかと思ったら全然進まなかった。

※ラストを少しだけ改稿。

 あと設定少し変えました。震災一ヶ月後じゃなくて震災二ヶ月後にしました。

がれがれん

第三章

 蒸し暑さとうるさい蝉の声に目が覚めた。
 時刻は午前六時。朝起きるにはやや早い時間。
 ぼやけた頭で体を起こそうとするが、重い。うまく体が動かない。
 布団をまくってみると、何故か下着姿の女の子が俺の背に抱きついたまま寝ていた。
「…………」
 予想外の出来事に俺の頭が急速な覚醒を促してくる。
 ――一体何があった。
 俺は周囲を見回し、ここが寮ではないことを思い出す。だが、長年寝起きしていた自室でもない。
 どこか歪んだ窓枠の形を見てようやく思い出してくる。
「……そうか、地震があったんだったな」
 そう、久方ぶりに故郷に帰ったら街は壊れてるし、両親もいない。そして、いきずりの女の子の母親を何故か捜すはめになったのだ。なんだか見えない力によって虐められてる気がしなくもない。まあいいか。そこは今更考えても仕方ない。
 俺はとりあえず、自分に抱きついている少女――真緒を見ながらどうするか考える。
 ご丁寧に、腕だけでなく、足まで使って俺の体に抱きついている。
 ――わざわざカニバサミまでしなくても。
 なんというか、コアラの親子のようだ。いや、どちらかというとニホンザルの小猿が親猿の背に抱きついているのに近いかもしれない。
 ――なんにしても動けん。
 おまけに、俺も真緒も汗びっしょりだ。最悪なことに今寝ている和室のクーラーは地震の影響か壊れているのだ。腹が立つことに掃除してない俺の部屋の冷房は動いたので、本の海に突っ込んで寝ることも提案したが、真緒に却下された。
 その結果、和室で一緒に寝ていた訳だが――そうか、真夜中に地震があったのだ。
 昼間ほどじゃない。確か震度三だったか。それにすっかり怯えた真緒が俺の布団に入ってきてそのまま抱きついてきて、離れなかったので、仕方なくしりとりしているうちに寝てこの有様、という訳だ。
 ――まったく俺はなにやってんだか。
 しかし、真緒も真緒である。二次性徴中の娘がシャツ一枚とパンツ一枚で男の布団に入ってくるなど、不用心にも程がある。そう言うのは恋人とでもやればいい。
「……そもそも恋人気取りだったか」
 ――俺を相手役に選ぶとはセンスがないな。
 いや、ロリコンではない俺を選ぶ辺り、身の安全を考慮すれば逆に人を見る目はあるかもしれない。
「………………」
 なんにしても、こりゃ朝からもう一度銭湯に行くはめになりそうだ。汗臭くて仕方ない。さすがに、あんな壊れた浴室でシャワーを浴びる気にはならない。
 とりあえず俺は自分の脇腹の下を通る、真緒の腕をゆるめようとする。が、これがまた意外としっかりと抱きついている。これならば、コアラのように木の上で寝てても親の体から落ちることはなさそうだ。この子は生まれ変わったらコアラになればいい。
 ――なんにしてもほどけん。
 仕方ないので真緒の足の裏をくすぐってやる。手応えはすぐに来て、彼女の足がややゆるんだ。何度かこちょこちょと動かして、手足の拘束をゆるませる。その隙に俺はなんとか体を起こし、彼女の抱っこから逃れ――。
 むにゅ
 ……肘にやや柔らかい感覚が。いや、柔らかいと言ってもしこりというか、かたさのようなものが感じられる。この曖昧な不思議な感触。
 ――これが成長途中の乳というものか。
 幼児体型だと言い続けていたが、服の上からではなかなか気付かなかったものの、それでも彼女は中学生らしく、日々成長しているらしい。
 ――と、いかんいかん。何を冷静に分析してるんだ。
 俺は頭から邪念を振り払い、ゆっくりと真緒の胸に当たっている肘を引き抜き布団から抜け出る。振り向くと抱く物がなくなって不安なのか真緒の手がもぞもぞと何かを掴もうと動く。枕を二つ、彼女の胸と腰に差し出すと、彼女はそのまま枕を抱きしめた。
「……忍法変わり身の術完成、なーんてな」
 誰もツッコミが入らないのがやや寂しい。まあいいか。
 それはともかく、俺は真緒の首から下に布団を載せ、退室した。
 ぎしぎしと階段の軋む音がする。震災前からこの階段は軋む音を出していたが、さらに酷くなっている。まあこれはこれで不法侵入できなくてとても便利なのだけれど。
 階段を下りながら考えるのはやはり真緒のことだった。俺に依存せざるを得ないとしても、あんなに抱きついてくるなんて度を超しているような気がする。そう言えば大人になっても抱き枕を離せないのは子供の頃に親の愛情を充分に受けられなかったことによる反動だ――という説を心理学者から聞いたという教育者の演説を子供の頃に聞いてとても印象に残ってるとインタビューに答えていたミュージシャンを思い出す。又聞きの又聞きの又聞きなので情報ソースとして頼りないことこの上ないが、真緒の家庭環境を考えればあながち間違いではないと言えるかもしれない。
 寝つけない間に色々と聞いたのだが、彼女は母親の顔すら知らないそうだ。家にも写真はなく、乳幼児の時に連れてこられたので当然記憶もないらしい。
 俺は、どちらかといえば甘やかされて育ったという自覚がある。好きな本を好きなだけ読ませて貰い、行きたい学校にも行かせて貰えた。親に非常に助けて貰っているという自覚がある。
 真緒も親に甘やかされているという点では同じだろう。子供にあんな大金を持たせているのだ。しかも電子マネーで、だ。でも、果たして彼女の親に愛情があるのかどうか。お金を渡すことが果たして愛情と言えるのか。
「……まあ、俺の考えることじゃない、か」
 俺はトイレで用を足し、ため息をつく。考えても仕方ない。
 しかし、トイレはなかなか綺麗に掃除してある。教えた甲斐があった。真緒には今日も掃除を教えるか。
 ――と、そうじゃない。掃除は後回しだ。
 今日からはいよいよ彼女の母親を捜さなければならない。果たして俺に出来るのか。
 こんな、崩壊した街で。たかだか中学生と高校生の二人で何ができるというのか。
 俺はなんとなく、外の光景を見たくなり、おもむろに家の外に出た。門扉を開け、家の前に立つ。俺は大きく体を伸ばして周囲を見渡した。
 半壊した一軒家が幾つも並び、その向こうには斜めに傾いたマンションなどが見える。自分の街がこんな姿になるなど予想したこともなかった。
 ――しかも、三日後には台風だ。
 弱り目に祟り目と言うか、台風がこちらに近づいてるらしい。昨日、銭湯で真緒を待ってる時に見たニュースで見た。確かにテレビは必要かもしれない、とその時は思った。俗世で生きて行くには情報が必要だ。
 ――お山にいる時はそんなこと考えなくてよかったんだがな。
 全く俗世は生きにくい場所だ――そう思いつつ、体を伸ばすためにストレッチを開始する俺。と、そこで俺は一人の人間がこちらに向かって歩いてくるのに気づいた。
 朝靄の向こうから、小柄な一人の女性が確かな足取りでこちらに近づいてくる。
 俺は思わず目を見張った。
 何も言えず、その女性が近づくのを見続ける。こちらの視線をさすがにおかしいと思った相手が眉をひそめつつも、静かにこちらに話しかけてきた。
「おはようございます」
「……おはようございます」
 俺は唾を飲み込みつつ、なんとか言葉を返す。
「私の顔に何かついているのかしら?」
 彼女の言葉に俺はどう返すか一瞬迷う。なんと言うべきなのか。どう答えるべきなのか。想定外の事態に頭が真っ白だ。
 瞬間、俺の頭の中に一人の少女の姿が思い浮かぶ。こんな崩壊した街で、ただ一人、俺のことを信じ、頼る少女の姿が。
 だから、すぐに思い直し、言った。
「失礼ですが。藤田美咲さんですよね?」
 やたらめったら、蝉の声がうるさく聞こえた。



 言い放った俺の言葉に、しかし彼女は顔をしかめた。
「人違いじゃないかしら。そんな人知らないわ」
 その顔は何を言ってるんだこの人は、と言う感じでとても嘘をついているようには見えない。とても自然な反応。初対面の人にいきなり自分とは違う名前を言われたらたいていの人はこんな反応するだろう、と思える反応だ。普通の人ならこんな反応をされれば、ああ人違いなんだな、と思うだろう。
「いいえ、あなたは藤田美咲さんだ。隣に住んでた俺が言うんだから間違いない」
 勿論嘘だ。俺が今の山に――全寮制の学校に行く前、社交的でなかった俺はお隣さんの顔どころか名前すら覚えてなかった。
 そんな俺がこうして確信を持って話せるのは――あまりにも彼女が真緒に似ていたからだ。艶のある長い黒髪、猫のような愛嬌のあるつり目、整った顔立ち、女性としても小柄な体つき――ありとあらゆる点で真緒に似ている。姉妹だと言っても通じるくらいによく似ている。二人を決定的に違うのは――年齢。そしてそれに伴う成長。
 目の前にいる藤田美咲は疑いようのない美女だった。ロリコンではない俺には美少女の見分けはなかなか付かないが、妙齢の美女の美しさなら分かる。
 聞いた話では年の頃なら二十代後半のはずだが、見た目だけで言えば二十代前半と言っても通じるだろう。どこか幼さを残した柔らかな顔つきに、経産婦とはとても思えないすらりとしたスレンダーの体つき、そして全身から発せられるオーラ。
 真緒がかわいらしい猫だとすれば、母親である彼女はまさに雌豹と言った感じだ。
「……ああ、藤日さんの息子さんね。そう言えば昔何度かすれ違った気もするけど、あんなに小さかった子がこんなに大きくなるなんてね」
 彼女は嘘を認め、俺の後ろにある藤日の表札を見つつ、納得したように言う。
「そりゃ、俺は中学からこの街を離れましたからね。あなたと会うのは四年ぶりだ」
「ふふふ、なかなかいい男になったんじゃない」
 何気ない美咲さんの言葉と微笑みに俺は我知らずどきりとする。美人ていうのはずるいな。少しの挙動でこんなにも男の心をかき乱す。山籠もりしていた俺には危険な存在だ。
 ――くっそ、色欲に惑わされるのは修行が足りないからなんて先生は言ってたが、こりゃ無理だろ。少しでも気を抜いたら顔がにやけてなんにも考えられなくなりそうだ。
「そんなことないですよ。それより朝帰りですか? こんな時間に帰宅なんて」
 俺は話題を逸らし、訊ねる。
「ふふふ、今は訳あって知り合いの家に避難してるの。今日は荷物を取りに来ただけ」
 彼女の言葉や仕草の一つ一つにどこか色気があり、彼女の言葉を信じたくなる。だが、それをぐっとこらえてなんとか冷静な思考を保つ。
「こんな時間にですか? まるで人目をはばかるように。それに最初に俺が聞いた時、なんで名前をとぼけたんですか?」
 そして、息を吸い込み、勇気を込めて、聞く。
「――何か、後ろ暗いことでもあるんですか?」
 俺の言葉に彼女は笑顔のまま軽く首を傾ける。
「どうしてそう言うことを聞くの? 別にいいじゃないそんなこと。キミには関係ないでしょ?」
 聞く者を魅惑する甘い声。こんな美人にこんなことを言われればデレデレして「ですよねー」、とうやむやにしてしまいそうになる。つくづく男は美人に弱い生き物として作られてるんだな、と自覚する。
 でも、そうじゃない。彼女の言ってることは明らかにおかしい。
「関係なくはないんですよ。昨日警察が来て、詳しくは教えてくれませんでしたが、あなたを捜してる、どこに行ったか知らないか、と訊かれました」
「ふぅん、何故かしら? しばらく家を空けてたから安否確認に来てたのかしらね?」
 彼女のあくまで自然で嘘をついているようには見えなかった。だが、嘘をつくのに慣れた人間はいちいち演技をしない。息を吸うように嘘をつく。嘘発見器は嘘をついた時に変化する心拍数を読み取るが、嘘に慣れた人間は心拍数が変わらず、嘘をついてるかどうか分からない。
 ――女って生き物は自然に嘘をつく生き物だから騙されるな、てのは先生の言葉だったか。あの人は女性不審すぎると思ってたけど、嘘じゃないかもな。
 心の中で肩をすくめつつ、俺は言葉を探す。
「そう言うのは市役所の仕事じゃないですか? 警察が来るなんて、おかしいと思いますよ」
「そうかもね。でも、心当たりがないものは仕方ないわ」
 そう言って彼女は肩をすくめる。確かに普通ならその通りだが、最初に名前を聞かれて嘘をついた理由は分からないままだし、こんな時間に人目を忍んでやってくる理由も謎のままだ。
「でも……」
「まあまあ、いいじゃない。警察には後で私が確認しておくから、キミは気にしないで」
 引き下がりそうにない俺の様子を見て、彼女は強引に話を押し切ろうとする。端から見れば、後ろ暗いことがあるから、というより急いでるから話を切り上げてるように見えるだろう。
 ――どうしたものか。
 俺の先入観かもしれないが、この人は絶対に怪しい。何か、大変な事態に巻き込まれているとしか思えない。こんな状態で、果たして真緒のことを話すべきか。そして、真緒を会わせてやるべきなのか。
 昨日、あのスーツの女性が来た後の真緒の不安そうな顔が頭に思い浮かぶ。母親の安否もさることながら、もしかしたら何か事件に巻き込まれてるかもしれないという不安。下手をすれば犯罪者になってるかもしれない。そんな悪い想像が真緒に不安を抱かせ、眠れない夜が彼女に襲いかかる。そんな状態で真夜中に余震が来たのだ。彼女の精神的疲労はいかほどだったか。
 ――そんな状態で、不用意に真緒をこの母親に会わせる訳にはいかない。
「話はそれだけ? それなら私はそろそろ荷物を持って避難先に戻らないと」
「……連絡先、教えてもらえませんか?」
 俺が絞り出せた言葉はそれだけだった。迷った末の譲歩。問題の先の先延ばし。
 どうせ、今から真緒をたたき起こしても昨夜の疲労でなかなか起きることはできないだろうし、なにより、今から真緒をつれに家に戻っている間にこの人はさっさと雲隠れする可能性が高い。だから、俺ができるのはここまで、だろう。
「何、それ? ナンパのつもりかしら?」
 と、慣れた口調で言う美咲さん。実際慣れているのだろう。これだけの美人なのだ。数多くの男に声をかけられてきたに違いない。
「そ、そうです。こんな美人と知り合ったんだから、その、メルアドくらい知りたいです、し、ね」
 我知らず言葉がどもる。そんなしどろもどろの俺に美咲さんは吹き出し、笑う。俺は顔が真っ赤になるのを自覚した。くそう、慣れない真似はするもんじゃないな。
「でも、お姉さんに挑戦するにはキミはまだちょっと若すぎるかな」
 と、彼女は困ったように言う。
「年上が、その、好みなんですか?」
 俺の質問に美咲さんは俺に一歩近づき、こちらを見上げてくる。
 いい匂いがした。
 ――か、顔が近い。
 凄い圧力だ。向こうがただこちらを見ているだけなのに、なんだか凄くドキドキしてしまう。思考が空転する。何故か先ほどから聞こえていたセミの鳴き声がやたら耳の中で反響する。
「可愛い。キミは、私の初恋の人にちょっと似てるわ」
「は、はぁ……」
「中学の時にね、教育実習生の人が来たの。いかにもお坊ちゃんで大人しそうで、真面目で……なにより優しかったわ。ビビビッ、と来たのよ。
 私ったら子供だったのね。もう、それはそれは猛アタックして……ね」
 彼女の発言に俺はびくりとした。おそらくその初恋の人というのは真緒の父親のことだろう。
 ――猛アタックですか。
 思わず俺は視線を逸らす。この母親にしてこの娘あり、と言うことか。真緒が俺に積極的なのは血筋だったのか。もしかして俺の貞操はやばいのかもしれない。
「そうですか。でも、その、俺はその人じゃない、ですし」
「そうねだから――」
 次の瞬間、柔らかな何かが俺の唇を突き抜け、口の中を侵略した。そのまま美咲さんに抱きしめられてしまう。突然の展開に俺は目を白黒させ、頭が真っ白だ。その間にも、美咲さんの舌は俺の口の中を縦横無尽に動き、むしゃぶりつくし……気がつけば彼女の唇が俺から離れていた。唾液が二人の間に透明な架け橋をつくり、それを彼女はぺろりと舐めとった。
「唾つけておくわ。いい男になったらまた会いましょう」
 くるりと背を向けて彼女は来た道を去っていった。
 まるで風のような人だった。
 俺はただ立ち尽くし、空回りする頭を必死に動かして現状を把握しようとするが、パニック状態でなにも分からない。
 呆然と立ち尽くす俺をあざ笑うかのように蝉の鳴き声が嫌と言うほど周囲に反響する。
 ――今、何故俺はディープキスされたんだ? 唾つけておくってなんだ? 嘘をついてた話はどうなった? 結局連絡先聞けてないぞ? 温かかった。柔らかかった。気持ちよかった。いい匂いがした。美人だった。唇を奪われた。何故。何故。何故。何故。
 頭の中に魔性の女という言葉が浮かぶ。
 ――いいや、きっと考えすぎだ。あんなのは魔性の女とかじゃなくて、きっと何か悪巧みしている悪党かなんかに違いない。そうに決まってる。いや、でもそういうのを魔性の女って言うんじゃないのか。
「駄目だ。全然頭が動かない」
 俺は額に手を当て、ため息をついた。
 藤田美咲。
 果たして彼女は何者なのだろう。
 確かなことは、雅亮院真緒の母親であること。
 そして、何かの事情で追われ者の身であること。ただそれだけだ。それ以上は――。
 口の中を先ほどの感触がよみがえる。
 頬が赤く染まるのを自覚する。まとまりかけていた思考が再び乱れていく。
 ――修行が足りないな。
 常に理性を持って自らを律すること。正しき視野を持って物事を把握すること。
 そう教わってきたが、どうにも上手く行かない。
「ああ、畜生、俺はなにやってんだ」
 真緒の母親は見つけた。会話もした。だが、色香に惑わされて結局何も分からないままに逃げられてしまった。間抜けにも程がある。
 ――真緒になんて言えばいい。
 素直にこのことを言うべきか。だが、自分の母親がやはり何か怪しいと言われて平常で居られる娘がいるだろうか。しかも、昨夜も余震に怯えて寝付けなかったような、疲弊している状況で、だ。
 俺は何のかんので地震に慣れてきた。山でそういう修行もしていた。だが、真緒はどうだ。これ以上この街に滞在させるのはいいこととは思えない。かといって、真緒が母親に会わないままで帰る訳がない。俺が追い返したところで、どうにかしてまたやってくるに違いない。
 もちろん、真緒の母親がなんら悪いことはしてない、という可能性もある。なんらかの事件に巻き込まれて、周囲の人間を巻き込まないように雲隠れしている可能性もある。あるいは、俺が考えすぎなだけで、彼女の言うとおり荒れ果てた家では生活が難しいから安全な友人の家に行ってるだけかもしれない。
 ――しかし、それでは辻褄が合わないことがある。
 俺は自分の唇に手をやり、拭う。指先が薄紅色に汚れる。
「…………」
 俺はその口紅の跡を複雑な面持ちで拭い、家の中に戻った。洗面所で顔を洗い、痕跡を消す。まるで浮気をごまかすような自分の行動に俺はなんだか自分がとても馬鹿なことをしてる気がしてきたが、必死でその考えを振り払う。
 俺はタオルで顔と手を綺麗にすると、昨日掃除した居間へと向かった。
 扉を開けると、そこにはソファーでだらしがなく寝そべる女性が居て――。
「…………」
 そこで俺は絶句する。そこに寝転んでいるのは昨日、警察手帳を俺に見せつけたスーツ姿だった女性だ。しかし今はソファーの上で、タオルケットをはだけ、下着姿でだらしがなく寝そべっている。いや、下着姿というか、パンツ一丁、というやつだ。上半身は本当に裸で――そのたわわに実った豊かな胸を晒し、呼吸と共にわずかに上下させている。
 よく見たらソファーの周りに脱ぎ散らかしたスーツやブラ、鞄などが落ちている。
 ――えっと。
 頭が再び真っ白になった。俺は何をしようとしていたのか。
 行方不明だった真緒の母親にディープキスされて呆然としている間に雲隠れされて、顔洗って頭冷やして――居間でおっぱいを凝視している。
 ――凝視してどうする!
 俺は視線を泳がせ、どうするか考えるがどうにも落ち着かず、体温だけが上昇していく。耳元を鬱陶しいセミの鳴き声が反響する。
 結局、俺が取った行動はタオルケットを正して、彼女の上半身を隠すことだった。お腹を出して寝ていると風邪を引くし、これが正しい選択に違いない。
 ――いや、そうじゃなくて。
「すいません、起きてください、もしもし、もしもしっ!」
 俺が体を揺すぶると女性はうーん、とうなり声をあげる。
 ――どうしたものか。
 しかし、この人、なんて体つきをしているんだ。タオルケットを上から掛けても分かるほどの、いや、タオルケットを掛けたからこそ余計に体の凹凸が強調され、その豊満な体つきが分かる。モデル体型というのだろうか。真緒や美咲さんにない、女性らしい凹凸に富んだ丸みを帯びた体つき。こうして体を揺さぶっても、指先には驚くほど柔らかい肌の感触が伝わり、俺の心臓を揺さぶる。
 ――なんでまたこんなに柔らかい肌してるんだよ。
 山籠もりしていた人間にはあまりにも刺激の強すぎる感触だ。
「偽子さん、起きてください、偽子さんっ!」
「うぅん……後五分んん……」
 俺のかけ声にあくまで彼女は逆らう。
「怒りますよっ!」
「……じゃあ、おはようのキスをちょうだーい。それがないと私起きれないのぉ……」
 何故かやたらめったら甘ったるい声で俺を誘惑してくる偽子さん。
「そんなのそこら辺の犬とでもしてください」
「ひっどぉーい! フーガ君てばいけずぅ」
 俺の言葉に彼女は抗議の声を挙げ、体を起こす。それとともに体にかけていたタオルケットがぺろーん、とめくれて再び彼女の豊満ボディが現れる。
 思わず視線を逸らす俺。
「……なんで裸なんですか! 服を来てください!」
「んふ……顔を真っ赤にしてカワイイねぇ」
 彼女は慌てふためく俺を笑い、そのままわざわざ胸を強調するかのように大きく背伸びをして、体をのけぞらせる。それとともに大きな胸がぷるん、と揺れる。俺は顔を逸らしているのに、どうしてもその様子を横目で追ってしまう。
「ちょ、もっと慎みを持ってくださいよ」
「んふっ、おねーさんのこの胸元が気になるのかな? 思春期だもんねー、触ってみる?」
「怒りますよっ! 本気で!」
 俺は目をつぶり、大声を上げる。
「なによ、とっくに怒ってるじゃない」
 俺はそのまま腕を組んで、大きくため息をつく。
「不法侵入者が何を言ってるんですか。えらそうにしないでください。警察呼びますよ」
「警察ならここにいるじゃない」
「またそうやって嘘をつく。あなたは警察じゃないでしょ」
 そうやってちらっと俺は片目を開く。彼女は相変わらず上半身裸のままで口をとがらせてこちらを見ている。
 ――自制しろ。耐えろ、耐えるんだ俺。これ以上色香に負けるな。
「そもそもどうやって入ったんです?」
「え? 鍵空いてたじゃない。不用心ねぇ。泥棒が入ったらどうするの?」
「泥棒が偉そうなこと言うな!」
「鍵開けてたくせに」
「……くっ」
 俺は思い出す。そう言えば昨日の夜に余震があった後、俺と真緒は慌てて家の外に避難して、それからその後五分くらい何も起きないのを確認してから家に戻ったんだった。その時、家の鍵を閉め忘れたかもしれない。あの時はなんのかんので俺も気が動転していた。
「でも、それとこれとは別だ。あんたが俺の家にいていい理由にはならない」
 俺は昨夜のことを思い出す。



「私はこういうものなのだけれど、坊や達はここに住んでいた藤田美咲さんの行方を知らないかしら?」
 彼女の取り出した手帳は――警察手帳だった。
 が、それを見て俺は思わずため息をついた。
「あなたはどこの署の、どこの所属なんですか?」
「え? そ、それはこの手帳に書いてある通り」
 俺の質問にスーツ姿の女性は驚いたように言ってくる。
「……最近の警察はそんな手帳使ってませんよ」
「え? ホントにぃ? ちゃんと刑事ドラマを見て作ったのにぃ」
 俺の指摘にそれまでのきびきびしたしゃべり方が崩れてやや舌っ足らずな話し方になる。おそらくそちらが彼女の素なのだろう。
「刑事ドラマを見て作ったって?」
 真緒の言葉にスーツ姿の女性ははっとする。
「いや、その、違うのよ。えーと今のは、ジョーダンよ、ジョーダン」
「警察手帳の偽造は犯罪というか、どのみち詐欺罪ですよ、そう言うのは」
 俺は警戒しつつ、言う。
「その手帳は旧式です。あなたが見た刑事ドラマは古いやつの再放送だったんでしょうね」
「ううぅ、お姉さん騙されちゃった! 悲しいわぁ……じゃ、そう言うことで」
 と、彼女はきびすを返そうとするが、それを呼び止める。
「待ってください。なんで美咲さんを探してるんですか?」
 俺の言葉に彼女はぴたりと足を止める。
「んー、それは……ヒ・ミ・ツ!」
「可愛く言っても駄目です」
 俺が睨むと彼女は口をとがらせ睨んでくる。
「いけずぅ。いいじゃない。キミには関係ないでしょ」
 その言葉に俺はちらりと真緒を見て、ため息をつく。
「関係なく、はないですよ」
「……フーガ」
 真緒が俺の服の裾をぎゅっと掴んでくる。
「フーガ? 変わった名前ね。あだ名?」
「俺の名前のことは関係ないでしょ。あんたは何者だ? 警察の振りをして何が目的だ?」
 俺の言葉に彼女はえーと、と視線を右上に泳がせながら考える。
 ――たぶん、今嘘の言い訳考えてるな、この人。
 もとより偽の警察手帳を出してくるような人間だ。まともな答えがもらえるはずがない。とはいえ、だからといってこのまま真緒の母親の手がかりを逃す訳にもいかない。
「真緒、ケータイ出せ。いつでも110番できるようにな」
「分かった」
 俺の言葉に素直にケータイを出す真緒。
 それを見て偽女刑事は眉をぴくりと動かす。それでも表情は平静を保ちつつ、偽女刑事言う。
「おっと、ケーサツはやめた方がいいわよ」
 右手をだし、待て、のジェスチャーをとる偽女刑事。
「どういう意味だ?」
「藤田美咲が警察に追われているのは事実。ここで事を荒げるとあなたたちも関係者として事情聴取とか色々受けてあらぬ疑いを受けるかもしれないわよ」
 彼女の言葉に俺は眉をひそめる。彼女の言うことは本当だろうか。
 いや、かなりの確率で嘘だろう。それどころか、別に美咲さんが本当に警察に追われていたとしても俺は別に問題ない。調べられても痛くもかゆくもない。
 ――だが、真緒はどうだろうか。今警察に身元確認をされるとまずいかもしれない。
 俺は判断に迷う。
 そこへ、パシャリ、とフラッシュが偽刑事に向かって放たれた。
「とりあえず、怪しいので偽子の顔写真ゲットよ」
 と、真緒が得意げな顔をして言う。なるほど、機転が利く。しかし、偽女刑事だから偽子とはそのまま過ぎるあだ名だな。
「その写メは誰でもいいから複数の友人に送っとけ。ケータイを盗まれてもいいようにな」
 俺の言葉にそれまで不敵な表情を見せていた偽女刑事の目が細くなった。
 ――まずい空気だ。
 偽女刑事は黙りこみ、こちらを値踏みするかのように見ている。まるで刃物をつきつけられたような張り詰めた空気が俺を包み込む。
「……まあ、いいでしょ」
 ぱっ、と顔を弛めると女刑事は踵を返した。
「その写真、好きに使えばいいわ。
 ……でも、下手な使い方をすれば……どうなるかは保証しないわよ」
 そう言って偽女刑事は去っていった。少し遅れるように懐中電灯を持った二人組の男達がやってくる。その腕には自警団と書かれた腕輪が巻かれている。
「おや、君たち。こんな時間にどうして外へ? 早く家に入りなさい」
 自警団の一人が俺に話しかけてくる。
「ああ、ちょうど今から家に入るところです」
 そう言って俺と真緒は家の中に逃げるようにして入った。
 遅れてどっ、と汗が噴き出るのを自覚する。
 ――危なかった。もし、彼らが来るのが遅ければ、殺されていたかもしれない。
 考え過ぎかもしれないけれど、確かにあの時、彼女からはそれだけのプレッシャーを感じた。その直感には間違いないと自信を持てる。
「ねぇ、フーガ……あの人」
「さあな。何者かは分からない。でも、お前の母さんについて何か知ってるのは確からしい」
 どうやら、真緒の母親を捜すのは、一筋縄ではいかないようだ。
 俺が難しい顔をしていると、真緒が不安そうな顔でこちらを見上げている。当たり前だ。彼女には俺しか頼る人がいない。俺がこんな弱気な顔をしていてはいけないのだ。
 だから――。
「安心しろ。俺が絶対お前の母さんを見つけてやるよ」
 そう言って真緒の頭に手を置いてやる。果たして上手く強がれただろうか。自信はない。
 だが、真緒はそんな俺の言葉に――。
「うん、信じてる」
 と、力強く頷いた。 
 俺はますます彼女の母親を見つけない訳にはいかなくなった。



 ――ということがあったというのに何故この人が俺の家に不法侵入し、トップレスで居座っているんだ。
「いやー、実は徹夜で隣の家を監視してたんだけど、余震もあったし、屋根のある場所で休憩しようと思ったら、ちょうど隣に侵入しやすそうな家があったから……ねぇ?」
 何堂々と犯罪宣言してんだこの人。
 ――いや、待てよ。この人がもし美咲さんの家を監視し続けていたら、今朝美咲さんとバッティングしていた可能性が高い。そう考えると俺の家に不法侵入した挙げ句、寝てしまっていた方がありがたかった……と言えるのか。結果論だけど。
「まあ、キミは気づいているみたいだからぶっちゃけるけど、私はカタギの人間じゃないの。そんな私を前に犯罪がどうこう言っても無駄よ」
 ――ふざけたことを言う。
 俺は彼女を睨みたいが、しかし向こうは乙女の柔肌を全開に晒しており、山籠もりしていた俺には完全に目の毒だ。直視できない。そして、向こうはそれを自覚して言いたい放題だ。むしろ、見せつけてくる。
「ま、ここは隣を監視するのにちょうどいいし、しばらく居座らせて貰うわぁ」
 こちらがまともに相手を見られないことをいいことに、好き勝手言ってくる。
「いや、さすがにそれはない。っていうか、なにタバコ取り出してんだ。ここは禁煙だ」
 俺が彼女のタバコを取り上げようと手を伸ばす。が、どういう手品か伸ばした右手が絡め取られ、あれよあれよという間にアームロックをかけられた。次の瞬間、激痛が俺の右腕を襲う。
「ぐっ…………」
 悲鳴を上げては相手の思うつぼと思い、踏みとどまる。
 ――しかも、アームロックとともに俺の背中に柔らかいものが当たっている!
 こんな状況下においても生乳が俺の背中に当たっている感触が気になって仕方ない男のサガに俺は業の深さを感じる。男とは悲しい生き物だ。
「……な、何をす、る……」
「へぇ、余裕あるのね」
「質問、に、答え、ろ」
 俺の言葉に彼女は腕の拘束を強めて応える。ぎしり、と腕が軋むのを感じた。
 ――やばい、生乳の感触にあたふたしてる場合じゃない。痛みの方がつらい。
「力の差を教えてあげよう、と思ってねぇ。私がその気になれば、いーつでもキミを死体にすることができるのよぉ」
 のんびりとした声で殺人予告を突きつけてくる偽子。あまりの激痛に生理反応として目から涙が出てきた。自分でも意外だった。自分では打たれ強い方だと思っていたのだが、涙が出てくるとは。いや、実は思った以上に体にダメージを受けているのかもしれない。
「こんな廃墟の街に、死体が一つ増えたところで誰も困らないわよねぇ」
「き、さま……」
 俺は相手を睨もうとするが、アームロックの激痛で相手の方に振り向くことができない。
「……強情ねぇ。いるのよねぇ、自分の痛みに関しては結構耐性がある人。
 でもねぇ、こういう場合どうすればいいかも私は教わってるの。
 なにせ、私は裏社会の人間だもの」
 俺の耳元で彼女はぼそり、と囁く。
「昨日一緒にいたあの女の子。妹かしら? 彼女がどうなってもいいのかしら?」
 彼女の言葉に俺は息を飲む。俺の反応に満足したのか、ほくそ笑む気配が背後から感じられる。残念ながら、今の状況だと彼女に逆らう術はなさそうだ。
「ひとつ、かく、にん、をし、たい」
 息も切れ切れに俺は訊ねる。さすがに話しにくいと思ったのか、彼女はアームロックを一段階弛めた。
「あんたの目的はなんだ? 美咲さんをどうするつもりだ?」
「そんなこと……私がキミに言う必要は……ないわよねぇ」
 のほほんと言ってくる彼女。
「勘違いしないで。これはお願いじゃなく命令よ。この家は私が占拠した逆らえばあの子の命はない、そういうことよ」
 腕を解放され、どさり、と床に落とされる。俺は激痛に苛まれながらも、これからどうするかを考える。真緒を守りつつ、この女を出し抜いて美咲さんを真緒と会わせないといけない。一気に俺のやるべきことのハードルがあがってしまった。
「……はぁ、タバコが美味いわぁ」
 床の上でノビてる俺をよそに彼女は美味しそうにたばこを吸う。
 ――畜生、どうしてこうなった。
 そこへ、ぎしぎしと階段の軋む音が聞こえてくる。
「もー、朝っぱらから何あばれてるのよー」
 二階から真緒が降りてきてるらしい。
「真緒、く、来るな!」
 と俺は叫ぶも「うるさい、静かにタバコ吸わせなさい」と背中を踏まれる。
 そして、半開きになっていた居間の扉を真緒が開く。
「…………」
 そして、真緒は見た。半裸で気持ちよさそうにタバコを吸う偽子とそれに組み敷かれて半泣きの俺の姿を。
朝チュンっ!」
 真緒は顔を真っ青にし、床に倒れている俺の上から偽子の足をどけ、言う。
「ぎゃぎゃぎゃ逆レ○プされたの? だ、大丈夫よ。フーガは未成年だからきっと、裁判でも勝てるはずよ」
 ――どこでそんな知識つけてくるんだこの女。
 意外と耳年増な真緒の反応に俺は軽く唖然とする。
 すると何故か偽子は楽しそうに言う。
「ふふふ、あんたはこのオニイチャンと寝たのかい? 残念ながら彼の純潔は私が頂いたわぁ!」
 ――ちょっと、この女何を言い出すんだ! お前は俺にアームロックしかしてないだろ。
「くっ……この泥棒猫っ!」
「ほーほほほほ、なんとでもいいなさい。早い者勝ちよ」
 何故か勝ち誇ったように高笑いを上げる偽子。
「絶対に許さない! 訴えてやるっ!」
「なによ。別にこの子はあんたのものじゃないでしょ」
「私のものなのっ! もう私が先にツバつけてたんだからっ!」
 俺が呆然としてる間に真緒と偽女刑事はよく分からない茶番を展開する。
 ――なんだこれ。
 いつの間にか訳の分からない展開になってやがる。
「フーガ、こうなったら私のお父様に頼んでいい弁護士を……あれ? 香水の匂い?」
 いきなり真緒が我に返り、くんくんと俺の服の匂いを嗅ぎはじめる。
「偽子のつけてる香水とも匂いが違う。
 ……フーガ、誰と会ってたの? まさか他にも女が……」
 ――こいつは浮気に敏感な奥さんか。変なところで鋭いな!
 なんかやたら怖い顔で睨んでくる真緒。
「へぇ、お姉さんも知りたいわ。誰と密会してたのかしら」
 真緒に便乗して獲物を捕らえたように偽子も視線をぎらつかせる。
 ――色々とまずい展開になってきた。
 藤田美咲さんに出会ったことは真緒はともかく、偽子には知られる訳にはいかない。
「待て、まずはこの偽子の不法侵入をなんとかしないと」
「今はそう言う話をしてないでしょっ!」
 ばんっ、と床を叩いて威嚇する真緒。
「そうよそうよ」
「偽子も黙っててっ!」
「ひぃっ!」
 便乗して頷いてた偽子も真緒の剣幕に思わずびくりと肩を震わせる。
 ――弱いな、カタギじゃない人。警察手帳の偽造に失敗したり、それでも裏社会の人間か。
「ねえ、別に私は怒ってる訳じゃないの。ただ、何があったか正直に話して欲しいの」
 ――なにこのめんどくさい子。明らかに怒ってるじゃないか。
 俺は右腕の激痛に耐えつつ、なんとか体を起こす。果たしてどう言い訳したものか。
 と、そこで俺は異変に気付いた。
 偽子が真緒の顔を見て驚いた顔をしている。それも、並大抵の驚き方ではない。まるで幽霊にでも会ったかのような驚愕っぷりだ。
「おい、あんた……」
 俺の問いかけを偽子は遮り、真緒に向かって訊ねる。
「キミ、もしかして美咲の娘なの?」
 偽子の言葉に俺と真緒は耳を疑った。いや、よく考えれば当然か。俺は美咲さんを一目見て真緒の母親だと分かった。それほど二人はよく似ているのだ。美咲さんを知る人間が真緒を関係者だと思うのは当然だろう。だが。
 ――娘だと思うのはおかしい。
 真緒と美咲さんの年齢はあまりにも近すぎる。美咲さんの年齢を鑑みれば、真緒は娘と言うよりは妹や従姉妹と考えるのが通常だろう。なのに娘だと看破するからには、彼女は美咲さんについてかなり詳しく知っているようだ。
「おかしなことを言うな。美咲さんの年齢を考えればこんな大きな娘がいるはずないだろ」
 俺は内心の動揺を隠し、偽子を睨む。
「そそそそそそ、そうよ! わたっわたっ、私が美咲さんの、娘だなんて、そんな、そんな訳ないじゃない。あははははははははははは」
 ――駄目だこいつ。
 俺が幾ら落ち着いていても肝心の真緒がこれでは答えを言っているに等しい。
「…………仮定の話だが、もし、真緒がそうだとしたらどうなるんだ?」
 俺は諦めつつも、精一杯の強がりを持って偽子に訊く。
 すると彼女は厳かに告げるのだった。
「悪いことは言わないわ。彼女を追うのはやめなさい」
 それまでとは打って変わって真剣な顔。その表情に思わず俺はツバを飲み込む。
「私もこの家を出て行く。キミも、美咲のことなんか忘れて家に帰りなさい」
 掌を返したようにこちらを――正確には真緒を案じる言葉をかけてくる偽子。
 彼女の言葉に真緒は――。
「…………とりあえず、服を着て。話はそれから」
 そう言って俺の向こうずねを蹴り飛ばした。
「痛っ……何すんだ?」
「あの女の乳ばっか見てるからよ」
「……何を勝手なことを。俺の平常心をなめんな」
「嘘ばっかり! 第一今だって……あれ? いない」
 俺と真緒が我に返ると偽子はいつの間にかいなくなっていた。
「……あいつなんだったのよ、一体」
 真緒は首を傾げる。もっともな意見だろう。
 だが、俺はそれ以上に思った。
 果たして、藤田美咲とは何者なのか。
 こうして俺たちの二日目の朝が始まる。

                                        つづく



 朝何故か妙に目が冴えて起きてみたら行方不明の知り合いとばったり出会う……よくありますよね!!(普通の人はねーよ)
 意外と、現実ってそんなもの。でも、フィクションだとこういうよくあることがご都合主義と言われてしまうので難しいところ。




 それはともかくこれなんてエロゲ
 サービスシーンを挟みつつ、物語を進めようとしたらサービスシーンばかりになってしまいました。
 次回から再び地震で崩壊した街を歩き回る展開になるのだけれど……ここら辺のシーンは削ってしまうべきかしら。
 むむむ。