小説『天使がラブソングの』 第一章

 うーむ、恋愛ものって手こずる。 
 バトルなしに物語を解決とかめんどくさいでする。
 うーん、登場キャラ増やした方がいいかなぁ。
 むーん。
 悩みつつ、とりあえず公開。


『天使がラブソングの』

第一章

 いつも通りの朝です。
 朝のお祈りを済ませ、お父様と共に食事をとり、家を出て電車に乗る。
 いつも通りの登校風景です。
 途中の駅で栗栖ちゃんがやってきたので挨拶をし、栗栖ちゃんの新しい彼氏の話を聞く。
 本当に、いつも通りです。
 二学期が始まったとはいえ、季節は変わるものの、基本的な学校生活のサイクルそのものが変わる訳ではありません。
 と、栗栖ちゃんの話を聞いていると、突然電子音が聞こえてきました。振り返ると、強面の高校生がイヤホンもせず、音量を全開にして携帯ゲーム機を遊んでいます。
 制服が違うので他校の生徒のようです。私は栗栖ちゃんに断りを入れてその騒音をかき鳴らしている強面の他校生の元へ向かいます。
「ちょっと、そこのあなた?」
「ああん? なんだ、今いいところなのに……」
 ゲーム機から顔をあげ、声を荒げる他校生。ですが、思いの外背が高い私に気後れしたのか尻すぼみになります。こういう時、私の身長はありがたいものです。
 私は毅然とした態度で相手を睨みます。
「あなたのゲームの音は周りに迷惑です。音を消すか、イヤホンを用いてください」
「……なんだよ、お前等もぴーちくぱーちくうるさく喋ってたじゃねぇか」
「それは申し訳ありませんでした。では、私達も話し声を小さくします。ですので、あなたも自重してください」
 私が一歩前へ踏み込みます。私には実感がわきませんが、彫りの深い白人顔の私に迫られると、かなり怖いそうです。なのでいつものようにこうして相手に顔を近づけると――。
「へっ、分かったよ。音を消せばいいんだろ。静かにするからあっちいけよ」
 彼は何かをごまかすように早口でまくし立ててきます。
 ――私はそんなに怖い顔しているのかしら。
 いつもの事ながら、軽く傷つきつつも、私は相手ににこりと笑いかけます。
「ありがとうございます。助かりますわ」
「ふんっ」
 すると、相手はばつの悪い顔をして視線を逸らしました。私はそのまま踵を返し、栗栖ちゃんの元へ向かいます。
「新学期でも相変わらずだね」
「私は当然のことをしただけです」
 何故かやれやれとため息をつく栗栖ちゃんに私は反論します。正しいことをしたのに、変な人を見るような目で人を見るのはやめて欲しいものです。
「まあでも、祈鈴ちゃんは美人だからね。お得だよ」
「……だといいのですけれど」
 相手に抗議した後、意見を受け入れてくれた相手に笑いかけるようにアドバイスしてくれたのは栗栖ちゃんです。「カワイイ女の子の特権だよ」、とのこと。確かに、最後に笑ってありがとうございます、と言うだけで相手の気分がややほぐれるのは私も分かります。こういう女の武器の使い方に関しては彼女に一日の長があります。
 まあ、私などの笑顔で相手の気分がよくなるのであればそれに越したことはありません。
 ――結局、私の顔は怖いのでしょうか。それとも、美人なのでしょうか。気になるところです。
「まあ、祈鈴ちゃんが風紀委員もどきしてくれるから、この電車の車両は大分居心地よくなったね。痴漢もいなくなったし」
 痴漢など行儀の悪い客は見つけたら私が片っ端から告発していくので、いつも通学に使うこの時間のこの車両は痴漢が撲滅された、と言うのが栗栖ちゃんの意見です。
「そうかしら。確かに痴漢は見ないけど、今みたいな不届き者が減ってないでしょ。一学期でも」
「ああ、それは美人の祈鈴ちゃんに説教されたい人達が時々来てただけだよ。あの人達、帰り際には『ありがとうございますっ!』とか言ってたじゃない?」
 さも当然と言った栗栖ちゃんの言葉に私は首を傾げます。自分から好んで叱られるという心境が理解出来ません。
「……結局、私ってみんなから怖い人扱いなの? それとも美人扱いなの?」
「怖い美人さんだよ! まあ、綺麗な人ってそれだけで威圧感あるしね」
 栗栖ちゃんの言うことはいつもよく分かりません。
「人間誰もが心が汚れてるからね。本当に綺麗な人を前にしたら、気後れもするよ」
「私とてただの人間よ。いつも過ちの日々だわ」
「そう言う台詞をキャラ作りじゃなく、本気で言える辺りが、祈鈴ちゃんらしいよ」
 ――よく分かりません。
 なんにしても、私はいつも通りにしているだけです。
 やがて、目的の駅について、私達は電車を降り、改札口で待っていた象子と合流します。
「おはよう、二人とも」
「おはよう、象子」「おはよう、象子ちゃん」
 三人ともクラスが違うので互いの情報を交換し合います。これは二年生になってからの習慣です。一年生の時は三人とも一緒だったのですが、二年への進級で私は理系、象子は文系、栗栖ちゃんは普通科のクラスに分かれました。でも、クラスが違ったとしても、私達の友情は変わりません。
 そう、新学期が始まっても私達の日常は変わりません。
 だからこうしていつも通りの通学路を――。
がさっ
 と、突如頭上から聞こえた音に私は思わず体を硬直させます。
「ん、どうした? 祈鈴」
 怪訝な顔をする象子に何かを言おうとする前にばさっ、と頭上にあった街路樹の枝から逆さになった少女の顔が私の鼻先に出現しました。
 え、ちょっと、その、顔が近すぎです。
「やあ、おはよう!」
 忍者の如く上下逆さまのまま挨拶をしてくる少女――いいえ、女装少年こと天戸游真くん。まるで漫画みたいな光景です。意味が分かりません。こ、こんなこと今までありませんでした。
「え、あ、えっと、その……おはようございます」
 私は何故か顔を真っ赤にして言葉に詰まりながらも、なんとか挨拶を返します。どうしたことでしょうか。街の不良を前にしても、たとえ相手がヤクザであっても一歩も退かないこの私が、――全校生徒の前でも堂々と演説もうてる生徒会長たるこの私が、何故か彼を前にして緊張し、動悸が収まりません。
 私は無意識のうちに後ろに下がります。よくよく見たらこの子ったら逆さまでパンツ丸見えです。
「いやーキミは背が高いねー、遠くから見ても一発で分かったよ」
「えっと、あっと、その、き、木の上から話しかけるのはひ、非常識といいいいますか、はしたな……」
「ん? 何って? 声が小さくて聞こえないよ?」
「ですから、その……えっと、スカートがめくれ、いや、えぇぇっと……その……。
 先に学校に行ってます! 失礼しますっ! また後で!」
 私は呆然としている象子や栗栖ちゃん達をおいて、逃げるようにその場から走り去りました。
 ああ、なんということでしょう。私はどうかしてしまったのでしょうか。
 彼の前に立つと平然ではいられません。心乱れ、まともに会話すら出来ません。
 こんなことをしても、数分後には同じ教室で鉢合わせするというのに。これはただのその場しのぎでしかないのに。
 こうして、私の日常は――。いつも通りの朝は――。彼――謎の転校生天戸游真の登場によって完全に狂ってしまったのです。



「恋をしないなら、死ぬしかない。
 ラブ・オア・ダイ。
 それが乙女に課せられた運命なのよ」
 拳を振り上げ語るのは勿論、自称恋の伝道師こと栗栖ちゃんです。
 昼休み。私たちはいつも通り、生徒会室で食事中です。
 会議もできる広い部屋なのですが、栗栖ちゃんの声はよく通ります。廊下まで聞こえているのではないでしょうか。
 呼応するように外では寒蝉(ツクツクボウシ)達が外から聞こえてきます。繁殖相手を求める彼らとしても、栗栖ちゃんの主張は同意できる点が多いのかもれません。
 対する私は弱々しく返事をします。
「……そうね」
「でもね、女の子が恋をするためには、相手が必要なのよ。
 つまり、女の子が恋をしたいと思う分だけ、世界の半分たる男達も恋をしないといけないのよっ!」
「……そうね」
「ところがよっ!
 この学校の男子共ときたら、
 『今はインターハイに集中したいから』とかっ!
 『俺は甲子園に行くこと以外興味ないんだ』とかっ!
 『バスケが恋人だから』とかっ!
 どいつもこいつもふざけたことばかり言っちゃってもぉぉぉぉっ!
 なんなの? なんで恋をしようとしないの? 死ぬの? 死ねばいいんじゃないの?
 女の子がこんだけ恋に飢えてるんだから、男もテンションあげてけよもぉぉぉ!
 ていうかカレシ欲しいオーラを発してたら自発的に男の方から声かけてくるべきよ!
 世の男子のほとんどはどいつもこいつも怠慢野郎ばっかりよ!
 ていうか、昨日はオッケーしてたのに、やっぱり部活が忙しいから断る、とか酷すぎるわ。だったら最初から断っておけばよかったのよ!」
「……そうね」
 熱弁をふるう栗栖ちゃんですが、私はひたすら上の空です。寒蝉達の鳴き声と共に彼女の声も私の耳を右から左です。
「おい、祈鈴。大丈夫か?」
「……そうね」
 私の答えに象子はため息をつきます。
「ちょっと、そこ! 私の話聞いてるの?」
「……明らかに一名聞こえてないんだけど……まあいいや。結論として、誰と付き合うことにしたんだ?」
「軽音部の伊々田先輩よ」
 ――もう新しい恋人が出来たのですか。手が早すぎです。
「アーティストの卵だけあってなかなか服のセンスとかよくて格好いいのよっ! 今朝登校したら廊下でばったり会ってね、私が落とした鞄を拾ってくれて、イケメンボイスで『大丈夫かい?』て囁かれたのよ。その声にきゅぅぅぅ、となってね。これはきたっ! て気がして、私はお礼と一緒に聞いたのよ。今お付き合いしてる人いるんですか、て」
 楽しげに語る栗栖ちゃんに対し、象子はとても渋い顔。よくよく考えると時系列が不思議です。今朝、別の新しい彼氏について嬉々として話してたのに、今の話だと伊々田先輩に朝のうちに手をつけています。前の新しい彼氏とはどの時点で別れたのでしょう。いや、実は昨日のうちに別れを告げられていたのに栗栖ちゃんは虚勢を張って新しい彼氏自慢をしていたのかもしれません。ただ、それだと何故伊々田先輩の私服のセンスがいいのを知っているのか。栗栖ちゃんの話には謎が多いです。
「……恋の伝道師というか、ただ単に惚れっぽいだけじゃないのか?」
「バカねっ! すぐに人を好きになれるって事は、すぐに相手のいいところを見つけられるって事なのよ! 褒められることはあっても、文句を言われる筋合いはないわっ!」
「……ほんと、栗栖はポジティヴだな」
 象子の呆れた声に何故か栗栖ちゃんは日本人離れした大きな胸を張ります。
「何てったって、私は恋の伝道師(マエストロ)だし!」
「……女性の場合はマエストラよ」
「そこは突っ込むのな」
 思わず訂正する私に象子が何とも言えない顔をします。
「というか、どうしたんだよ、祈鈴。昨日から様子が変だぞ。今朝になって元に戻ったと思ってたのに」
「それは…………」
 象子の心配そうな声に私は言葉に詰まります。自分でもよく分からないのですから説明のしようがありません。
 今日は二学期二日目と言うことで授業はほとんど内容のないものでしたが、教室に彼がいると思うだけでどうにもそわそわして授業に手がつけられませんでした。おかげでかなり神経がすり減り、また倒れてしまいそうです。
 自分のことは自分のことがよく分かる、と言いますが、私自身がこの有様ですから、他の人にもきっと分からないでしょう。答えを知っているとしたら、それは神様くらいに違いありません。
 ――ああ、神様教えてください。私は一体どうしてしまったのでしょうか。
「ん? 祈鈴ちゃんがおかしい理由なんて簡単じゃない?」
「え?」「なん……ですって」
 栗栖ちゃんの言葉に象子と私は驚きの声をあげます。
「そんな、神様くらいしか分かりそうにない私のことを分かるなんて……まさか、栗栖ちゃんは神っ?!」
「いやいや、それはないだろ。落ち着け、祈鈴。本当におかしいぞ」
「ええ、ごめんなさい。……私、どうかしてるわ」
「ふふん、私のことをロマンスの神様って呼んでもいいのよ」
 頭を押さえる私の前で栗栖ちゃんは何故か自信満々です。そして、ネタが微妙に古い。確か、お父様が昔好んで聞いてた曲にそんなタイトルがあったはずです。
「で、祈鈴がおかしい理由はなんだよ」
「もちろん恋煩いに決まってるじゃないっ! 当然よっ!」
 栗栖ちゃんの言葉に私は耳を疑います。
「恋煩い……私が?」
 あまりにも予想外の答え。冗談にしては脈絡がなさすぎです。
「あーもー、何その顔。他人から見たら一目瞭然よ。
 祈鈴ちゃんもついに恋を覚えたのね。親友として私も嬉しいわ」
 と栗栖ちゃんはうんうんと頷きながら私の肩を叩きます。無駄に偉そうです。
「いやいや、ちょっと待ってくれよ。恋をしてるって? 祈鈴が? 誰に?」
 象子が全く訳が分からないと反論します。私も同じ気持ちです。私が誰に恋をしたというのでしょうか。
「もちろん、あの転校生よ。
 噂は聞いてたけど、すっごいカワイイ男の娘(おとこのこ)だったわね! ちょっと変なところあるけどそこも魅力的だわっ! きゃはっ!」
 何故か楽しそうに笑う栗栖ちゃん。
 けれど、私はそれどころではありません。
 私が?
 あの天戸くんに恋を?
 いやいやいや、絶対にありえません。
「……ありえないわっ!」
 私はお父様のような立派なお髭の似合う大人の男性が好みなのです。あんな、男なのに女性の格好をするような少年を好きになるはずがありません。第一、行動の全てがおかしいです。木の上を跳び回ったり、スカートなのに平気で逆さになったり、昼休みは女の子に囲まれて楽しそうにきゃっきゃっ話してたり、何故か男子達から女子扱いされて「どんな彼氏が欲しい」て聞かれてたり……ともかく、ともかく、と・も・か・くあの子はおかしいです。
 そんな子を私が好きになるなんて、信じられません。天地がひっくり返ったってあり得ないことです。
「そんな、私が、あんな格好の子を好きなるなんて。そんなことありえない……」
 言いながら、私は首を振り、否定します。
「ばっかねぇ……恋は突然よ。自分の好み(タイプ)の人間を好きになるとは限らないわ。
 まあ、あんなカワイイ子なら、一目惚れしてもおかしくない。うんうん」
 何故か栗栖ちゃんは全て納得ずくみたいな顔して頷きます。
「お、おかしいでしょ! だって、女の子の格好してるのよ! 見た目もほとんど女の子なのよ! でも、私は別に同性愛者でもないし、特殊な趣味も持ってないし……」
「さあ? 好きになった理由までは分からないわよ。でも、一度好きになってしまえば、他のマイナス要素なんて関係ないわ。それに、自分では知らなかっただけで案外祈鈴ちゃんもショタコンだったかもしれないし」
「私は弟もいますが、断じてそんな趣味はありません!」
 立ちあがって必死で否定する私と何故か余裕顔の栗栖ちゃん。そんな私たちの間に象子が割って入ります。
「まあまあ。落ち着けって、祈鈴。まだそうと決まった訳じゃないし。えーっとあれだ、ほら、栗栖が言ってるだけだし。別に栗栖が正しいとは限らないし」
 仲裁に入る象子を見て栗栖ちゃんが怪訝な顔をします。
「……なんであんたが慌ててるのよ?」
「いぁ、それは……あたしは別に……」
 私の熱気にあてられたのか、象子もしどろもどろです。
 三人の間に微妙な空気が流れます。
「あんたもしかして……」
「ん、なんだよ、栗栖? そんな怖い顔して?」
 栗栖ちゃんが口を開こうとした時――生徒会室の扉が開かれました。
 突然の出来事に全員が驚き、視線が扉へ向かいます。
「んーいい匂い」
 くんくん、と犬のように鼻をひくつかせながら入ってきたのは件(くだん)の転校生――天戸游真くんでした。
 ――ああもう、扉にはノックしてから入るようにと書いてあるのに!
 普段の私なら、私はノックしてないことを叱責し、部屋に入るところからやり直させていたことでしょう。それは相手が校長先生であろうと同じです。
 事実、私は扉が開かれた時は心の中で相手を叱る準備を既に終えていました。それで、この栗栖ちゃんによる恋愛話をうやむやにするつもりだったのです。
 ですが、入ってきたのが天戸くんであると分かった途端――私は頭が真っ白になり、パニック状態に陥ってしまいました。
「おお! 『噂をすれば影』だね」
 動転する私をよそに栗栖ちゃんは率先して天戸くんへ声をかけます。
「噂? あ! 匂いの元はこれか。美味しそうな料理だね!」
 花より団子、と言うことでしょうか。天戸くんは私達には目もくれず、テーブルに並べている私達の弁当へ鼻を近づけます。実にはしたないことです。
 彼の不作法がすごく気になるのですが、しかし頭の中は相変わらず真っ白でそれをどう伝えたものか分かりません。私に分かるのは、先ほどから自分の心臓が驚くほど早く脈打っていることだけです。
――『それは恋煩いだよ』――
 頭の中で栗栖ちゃんの言葉が響きます。
 彼に恋をしている? 私が? そんなはずは……。でも、確かに私は胸が高鳴ってて……。でも、何故彼を? どうして? 本当に? 私の気持ちは……どこに?
「美味しそうでしょ。それは祈鈴ちゃんが作ったんだよ。
 欲しかったら食べてみなよ」
 物欲しそうに私の弁当に顔を近づける天戸くんへ楽しそうに言う栗栖ちゃん。
 ――ちょっと! 何言ってるのよ!
 口をぱくぱくとさせ、声にならない悲鳴をあげて栗栖ちゃんへと抗議する私。視線に力一杯の抗議を込めますが、栗栖ちゃんは何故かウインクを返してきます。その得意満面な顔からは「どう、私のアシストは?」と言う心の声がにじみ出てます。ああもう、余計なことを!
 どどどと、どうしろって言うのでしょうか。そんなこと言って彼の口に合わなかったら彼女は責任を取ってくれるのでしょうか? もし、それで私が彼に嫌われたら栗栖ちゃんはどうしてくれるのでしょうか。
「ほんと? 食べていいの?」
 顔を輝かせて喜ぶ彼の表情は純真そのもの。あまりのまぶしさに私は耐えきれず、象子の背後に隠れました。身長は私の方が高いので中腰です。よく考えればすごく格好悪いのですが、彼を前にして立っているのが何故か非常に気恥ずかしかったのです。仕方のないことです。神もきっと許してくれるはずです。許して欲しいです。
「ちょっ、ちょっと! 祈鈴!」
「ん? 何してるの? かくれんぼ?」
 不思議そうな目で象子の後ろにいる私を覗いてくる天戸くん。私は無駄と分かっているはずなのに必死に立ち位置をずらして彼の視線から逃れようとします。
「な、なんでもいいですから、食べたければどうぞ、ご自由に!」
 口早に述べ、食事を促す私。こうなればさっさと食べて貰って出て行っていただくことにしましょう。早く食べて、早くこの教室から出て行って貰う。それが今の私の望みです。
「ああそう……うん、このからあげ美味しいね」
「本当ですかっ!」
 思わず顔を上げ、嬌声をあげます。
 ――よかった。本当によかった。
 この際、彼が箸も使わず手づかみで食べたことはどうでもいいとしましょう。とてもとても気になりますが、それでも、彼が美味しいと言ってくれたことはとても喜ばしいことです。思わず、胸の奥が熱くなり、顔も上気します。
「もう一つ食べていい?」
 彼が目線を合わせて来るので思わず私はまた象子の背中に隠れます。
「……なにしてるの?」
「いえ、その、えっと……」
 私は返答に窮します。ど、どうしましょう。なんとか返答しないと。このままでは私は変な子だと思われてしまいます。それだけは避けたいです。いや、もしかしたら、あまり考えたくないことですが、もう既に変な子だと思われている可能性があります。
 と、悩んでいるうちにまた彼は象子の背後にいる私の顔を覗こうとします。私は同じく顔を逸らし、退避。すると、それを追いかけてまた彼は立ち位置を変えてきます。私が象子の体を盾にしてさらに逃げると、面白くなったのか、またまた追いかけてきます。
 こうして、いつのまにやら私と天戸くんは象子の体を中心にしてぐるぐると追いかけあうことに。ああ、どうしてこうなったのでしょうか。いや、逃げる私が悪いの確かなのですけれど。このままぐるぐると回っていては埒があきません。回りすぎてバターになってしまっては困ります。
「いい加減にしないか」
 そこへ割って入ったのが象子でした。ああ、ありがたいことです。さすがは親友。私の危機に応じてすかさずフォローを入れてくれます。
 片手を差し出し、彼の進行方向を防ぐ象子の姿は騎士そのものです。宝塚系と言われるだけあって非常にさまになっています。
「どうみても祈鈴は嫌がっているだろう」
 後ろでこくこくと無言で頷く私。どうにもさまにならない姿ですが仕方ありません。背に腹は代えられない、と言うことです。
「そうなの?」
 きょとんとする天戸くん。まあ、彼自体悪意はないのでしょう。なんといいますか、ここ数日を見る限り、彼は驚くほどピュアで、精神年齢が非常に低い感じがします。本当にどういう環境で育ったのでしょうか。
「ああ、だから気づきなよ。祈鈴はキミのこと嫌いなんだよ」
 ――え?
 突然の言葉に私は目を丸くします。私はそんなこと一言も言ってないのに。
「……どうなの?」
 象子の背中越しに彼が聞いてきます。
「えっと、その私は……」
 ――嫌いではない。それは確かです。では、彼のことを私はどう思っているのでしょうか。
 私にとって彼はなんなのでしょうか。
 ――あるいは、栗栖ちゃんの言うように私は――。
「……そっか。言いにくいことは言わなくていいよ」
 私がまごついているうちに彼はくるりと踵を返します。
 なんという切り返しの早さ。即断即決です。
 ――じゃなくてっ!
 私は別に彼の事は嫌いではないのです。それを伝えなければ――。
「いや、その……」
「ほら、さっさと出て行きなよ」
 今度は私を遮るように象子が言います。
 え? ちょっと……これはどういう展開なのでしょうか?
「あ、そうそう――」
 部屋を出る直前、彼は再びくるり、と振り返り、言います。
「からあげありがとう。おいしかったよ」
 その笑顔は本当に、天使そのもので――それを見た瞬間、私の胸は何かに撃ち抜かれたのような、鋭い衝撃を受けました。
 私は呆然と立ちすくみ、彼の去った後の扉を見つめます。
 ――ああそうか。
 ここにきて、私はようやく自分の気持ちに気づいたのでした。
 ――私は、恋をしている。
 何故こんな簡単なことに気づかなかったのでしょうか。
 理由など分かりません。
 けれど、彼の笑顔を見た瞬間、こんなにも心が満たされるのです。
 ――高山祈鈴は、天戸游真に恋をしている。
 そう、ついに私は恋というものに出会うことができたのです。が――。
「安心して。もう邪魔者は居なくなったよ」
 親友が扉を閉め、私に笑いかけてきます。
「いや、その、別に私は彼が嫌いと言う訳では――」
「隠さなくていいって。相変わらず祈鈴は見栄っ張りだな。
 祈鈴にも苦手な相手がいる、とは思わなかったけど、世の中いるもんだね」
「その、確かに私は彼が苦手ですがしかし――」
「いいっていいって。またあいつに絡まれたらあたしが追い返してやるよ」
 ――話が噛み合わない。
 どうしたことでしょう。彼女はとても重大な勘違いをしています。
 私の行動が完全に裏目に出て彼女を勘違いさせてしまったようです。
 象子の顔にはなんら悪気は感じられず、冗談の気配もありません。この子、本気です。
 いや、その、友情はありがたいのですけれど――なんだか私が何を言っても象子が信じてくれる気がしません。
「えっと、栗栖ちゃんっ!」
 私は救いを求めて傍らにいるもう一人の友人に語りかけます。
 栗栖ちゃんは――笑ってました。
 それはもう、悪魔のような邪悪な笑みです。珍しく戸惑う私が面白いのか、はたまた恋の伝道師として新しい恋の萌芽を喜んでいるのか。理由は分かりませんが、少なくとも彼女は全部分かった上で私を助ける気などさらさらないようでした。
「……ふふん、いやあ、祈鈴ちゃんも大変だねぇ」
 この子、素知らぬ顔でふざけたことを言い放ちます。彼女を見て、私は生まれて初めて『うざい』と言う言葉の意味を身をもって体験しました。これはうざいです。
「うんうん、あんな女装してる変人につきまとわれる祈鈴も大変だよ」
 そして、隣で勘違いしているも同意します。彼女はあくまで自分は正義の騎士だと言わんばかりです。象子は悪意がない分、うざいなどとは口が裂けても言えません。
 かといって、栗栖ちゃんに助けを求めても、助けてくれそうにないし、助けてくれるとしたらなんだか危険な気がします。
 彼女らはまさに私にとっての天使と悪魔。
「ええっと、その、象子?」
 ともかく私は誤解を解かねばなりません。意を決して彼女に説得を試みます。
「なんだい?」
 ――無理です。
 象子の笑みを見た瞬間、私の心は折れました。こんなにもいい友人に、あなたは間違っている、と突きつけることなどできるはずがありません。
 いや、本来ならば友人であるからこそ間違いを正すべきなのですが――。
 ――ああ、神よ。弱い私をお許しください。
 初めての恋を前にして、私は弱くなってしまったようです。以前のような鋭い言葉がどうしても出てきません。
「……なんでもないわ。ありがとう」
「遠慮しないでいいって。あたし達は親友だろ」
 肩を叩いてくる象子。その横で、「あーあ、知らない」と邪悪な笑みを浮かべる栗栖ちゃん。
「ま、何事も経験よ、祈鈴ちゃん」
 なんとも憎らしい笑みを浮かべてくれます。
 どうして、こうなってしまったのでしょうか。
 外から聞こえるセミの鳴き声が耳の中を木霊します。秋になり、寒蝉達(ツクツクボウシ)の鳴き声がより一層よく聞こえました。彼らの鳴き声は繁殖相手を呼ぶラブソングとも言えます。
 あんなにも大声で愛を歌うセミ達とひきかえ、この私の有様はなんなのでしょう。私の恋は果たしてどこへ向かおうというのでしょうか。
 私はどうすることもできず、セミたちのラブソングがやけに耳から離れませんでした。



 もっと着替えシーンとかパイタッチとかサービスカット入れるべきですかねぇ。
 今のところ男性のパンチラしかないという脅威のサービス率。
 何か意見などあればどうぞー。
 あるいは、タイトルの横の星マーク押して「まあまあ面白かったよ」アピールでも結構です。(※まあ、このはてなスターのシステムがそんなに機能してるところみたことないですけど)




 ああもう、恋愛ものは難しいわぁぁ!!