小説『天使がラブソングの』 第一章 改訂版

 第二章書き上がらず。
 仕方ないので、改訂版の第一章をあげときます。
 そんなに変わってません。


『天使がラブソングの』

第一章

 いつも通りの朝です。
 朝のお祈りを済ませ、お父様と共に食事をとり、家を出て電車に乗る。
 いつも通りの登校風景です。
 途中の駅で栗栖ちゃんがやってきたので挨拶をし、栗栖ちゃんの新しい彼氏の話を聞く。
 本当に、いつも通りです。
 二学期が始まったとはいえ、季節は変わるものの、基本的な学校生活のサイクルそのものが変わる訳ではありません。
 と、栗栖ちゃんの話を聞いていると、突然大声が聞こえてきました。
「だからその件は俺は知らねぇ、つってんだろうが。ボケが。人の話きけやぁっ!
 それよりも金貸せよ、金。今月きついんだわ!」
 振り返ると、強面の中年男性が大声で携帯電話をかけています。
 大柄な体を高そうな白いスーツに包み、いかにもカタギではないオーラを周囲に放ち、威圧しています。見た目通り、恐らくはその筋の方なのでしょう。周囲から明らかに批難の視線が伸びているのですが、そのヤクザさんが睨むと周囲の方々はすぐさま目を逸らします。
「ちょっと待ってて」
 私は栗栖ちゃんに断りを入れるとそのまま大声をあげ続けるヤクザさんの元へ向かいます。
「あぁん? なんだネェちゃん? 俺に用か?」
 ヤクザさんは目の前に立った私を見とがめ、電話を離し、少し眉をひそめます。初対面の方の多くが見せる「うわ、ガイジンサンだ」という顔です。白人顔だからといって怯えられるのは軽く傷つくのですが、ヤクザさんでもそういう反応をするのは結構傷つきます。
 確かに私はアイスブルーの瞳をしていますし、髪の毛もダークブラウンの巻き毛です。けれど、心は立派な大和撫子だと思っています。
 ――だから、ひるみません。
「お忙しいところ申し訳ありません。電車の中で携帯電話を使うのは辞めていただけないでしょうか。周りに迷惑です」
 私が日本語を話したことにすこし驚きながらもヤクザさんはすぐさま表情を引き締め、怒鳴ります。
「んだよ! 俺は忙しいんだ。少しぐらいいいじゃねぇかよっ!」
 並の少女ならばこの時点で震え上がり、涙を流すことでしょう。
 確かに目の前のヤクザさんは恐ろしいです。ですが、そんなことよりも、この迷惑行為を見逃すことの方が私にとっては苦痛です。神の教えに従う者として、毅然とした態度で私は相手を見据えます。
「少しもよくありません。周りの迷惑です。
 神は言ってます。”立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなた方は力を得る。”と。
 そんな頭に血が上った状態で物事を行っても何もいいことはありませんよ」
 聖書を紐解きつつ、あくまで冷静に私は述べます。
「はぁんっ! 迷惑も何も俺も今金がなくて困ってるんだ。ここで邪魔される俺の方が迷惑だわ。うるさいなら耳ふさぐかどっか別の車両に乗れよっ!」
 なんともまぁ、自分勝手な物言いでしょうか。これ以上会話をしても進展は望めそうにありません。ならば、実力行使しかないでしょう。
「失礼します」
 私は一歩踏み込むと有無を言わさずヤクザさんの手から携帯電話を抜き取り、そのまま電源を切りました。
「…………なっ!」
 相手が唖然としている間に私は携帯電話を相手の手元にお返しします。
「では、気を静め、電車を降りてから続きをどうぞ」
 素知らぬ顔で私は言い放ち、相手に背を向け、歩き出します。来た時と同じように人垣の山が左右に分かれていきます。恐れ多くも、まるで『出エジプト記』の一シーンのようです。
「おいちょっと待てよ!」
 ようやく正気を取り戻したのか、ヤクザさんが声をかけてきます。私は足を止め、振り返りました。
「何か?」
 既に話は終わっています。これ以上議論することなどありません。
 私のお母様譲りのアイスブルーの瞳に睨まれ、ヤクザさんは言葉を失います。ここが分岐点です。あくまで口論ですませるのか、暴力に発展させるのか。
 もし、これでもう一度ヤクザさんが喧嘩をふっかけてくるのなら、私も神の使徒として応戦せざるをえません。けれど、向こうとしても軽々に暴力をふるい、余計な騒ぎを起こしたくはないはずです。もちろん、そこまで考えつかない相手の可能性もありますが、ここで言い淀んだのなら相手にはそれだけの理性が遺っているということです。
「……すまなかったな」
 悩んだ挙げ句に出てきたのは謝罪の言葉でした。戦闘態勢に入ってた私の肩から力が抜け、話の行方を見守っていた乗客の方々もほっと胸をなで下ろす気配がします。
 暴力沙汰が避けられ、弛緩した空気が車内に充満する中、私はヤクザさんににこりと微笑みます。
「いえいえ。分かっていただけて、とても嬉しいですわ」
 私の笑みにヤクザさんはふんっ、と目線を逸らします。でも、その顔はやや赤面してるように思われました。
「ではごきげんよう
 私は一礼と共に栗栖ちゃんの元へと戻りました。
「新学期でも相変わらずだね」
「私は当然のことをしただけです」
「いやー、普通じゃあんなことできないよ」
 何故かやれやれとため息をつく栗栖ちゃんに私は反論します。正しいことをしたのに、変な人を見るような目で人を見るのはやめて欲しいものです。
「”後ろのものを忘れ、ひたむきに前に向かって進め。”よ。正しいことをするのにためらう必要なんてないわ」
「でも、相手はヤクザだよ? 祈鈴ちゃんの正しさが通じないかもしれないじゃない?」
「”体を殺すことができても、魂を殺すことのできない者どもを恐れてはいけない”と聖書にあるわ。ただの暴力に屈する訳にはいかないのよ」
 私の意見にそういうことじゃないんだけどなぁ、と苦笑する栗栖ちゃん。どういうことなのでしょうか。
「まあでも、祈鈴ちゃんは美人だからね。お得だよ」
 栗栖ちゃんの価値観であれば、男性であればハンサムであれば大概許されるし、女性は美人ならだいたいは許される、そうです。色々と偏りすぎです。本当に、私と栗栖ちゃんは思想的にそりが合いません。
 まあでも、奥ゆかしい平均的な日本人と違い、面と向かって私のことを美人だと褒めてくれる栗栖ちゃんを嫌うことはなかなかできません。
「……だといいのですけれど」
 相手に抗議した後、意見を受け入れてくれた相手に笑いかけるようにアドバイスしてくれたのは栗栖ちゃんです。「カワイイ女の子の特権だよ」、とのこと。確かに、最後に笑ってありがとうございます、と言うだけで相手の気分がややほぐれるのは私も分かります。こういう女の武器の使い方に関しては彼女に一日の長があります。
 まあ、私などの笑顔で相手の気分がよくなるのであればそれに越したことはありません。
 ――結局、私の顔は怖いのでしょうか。それとも、美人なのでしょうか。気になるところです。
 初対面では私の白人顔にぎょっとする癖に笑いかけたらデレデレするのですから、男性というものは本当に都合のいい生き物なのだな、と呆れることしきりです。
「まあ、祈鈴ちゃんが風紀委員もどきしてくれるから、この電車の車両は大分居心地よくなったね。痴漢もいなくなったし」
 痴漢など行儀の悪い客は見つけたら私が片っ端から告発していくので、いつも通学に使うこの時間のこの車両は痴漢が撲滅された、と言うのが栗栖ちゃんの意見です。
「そうかしら。確かに痴漢は見ないけど、一学期も今みたいな不届き者が時々来てた気がするのだけれど」
「ああ、それは美人の祈鈴ちゃんに説教されたい人達が時々来てただけだよ。あの人達、帰り際には『ありがとうございますっ!』とか言ってたじゃない?」
 さも当然と言った栗栖ちゃんの言葉に私は首を傾げます。自分から好んで叱られるという心境が理解出来ません。
「……結局、私ってみんなから怖い人扱いなの? それとも美人扱いなの?」
「怖い美人さんだよ! まあ、綺麗な人ってそれだけで威圧感あるしね」
 栗栖ちゃんの言うことはいつもよく分かりません。
「人間誰もが心が汚れてるからね。本当に綺麗な人を前にしたら、気後れもするよ」
「私とてただの人間よ。いつも過ちの日々だわ」
「そう言う台詞をキャラ作りじゃなく、本気で言える辺りが、祈鈴ちゃんらしいよ」
 ――よく分かりません。
 なんにしても、私はいつも通りにしているだけです。
 やがて、目的の駅について、私達は電車を降り、改札口で待っていた象子と合流します。
「おはよう、二人とも」
「おはよう、象子」「おはよう、象子ちゃん」
 三人ともクラスが違うので互いの情報を交換し合います。これは二年生になってからの習慣です。一年生の時は三人とも一緒だったのですが、二年への進級で私は理系、象子は文系、栗栖ちゃんは普通科のクラスに分かれました。でも、クラスが違ったとしても、私達の友情は変わりません。
 そう、新学期が始まっても私達の日常は変わりません。
 だからこうしていつも通りの通学路を――。
がさっ
 と、突如頭上から聞こえた音に私は思わず体を硬直させます。
「ん、どうした? 祈鈴」
 怪訝な顔をする象子に何かを言おうとする前にばさっ、と頭上にあった街路樹の枝から逆さになった少女の顔が私の鼻先に出現しました。
 え、ちょっと、その、顔が近すぎです。
「やあ、おはよう!」
 忍者の如く上下逆さまのまま挨拶をしてくる少女――いいえ、女装少年こと天戸游真くん。まるで漫画みたいな光景です。意味が分かりません。こ、こんなこと今までありませんでした。
「え、あ、えっと、その……おはようございます」
 私は何故か顔を真っ赤にして言葉に詰まりながらも、なんとか挨拶を返します。どうしたことでしょうか。街の不良を前にしても、たとえ相手がヤクザであっても一歩も退かないこの私が、――全校生徒の前でも堂々と演説もうてる生徒会長たるこの私が、何故か彼を前にして緊張し、動悸が収まりません。
 私は無意識のうちに後ろに下がります。よくよく見たらこの子ったら逆さまでパンツ丸見えです。
「いやーキミは背が高いねー、遠くから見ても一発で分かったよ」
「えっと、あっと、その、き、木の上から話しかけるのはひ、非常識といいいいますか、はしたな……」
「ん? 何って? 声が小さくて聞こえないよ?」
「ですから、その……えっと、スカートがめくれ、いや、えぇぇっと……その……。
 先に学校に行ってます! 失礼しますっ! また後で!」
 私は呆然としている象子や栗栖ちゃん達をおいて、逃げるようにその場から走り去りました。
 ああ、なんということでしょう。私はどうかしてしまったのでしょうか。
 彼の前に立つと平然ではいられません。心乱れ、まともに会話すら出来ません。
 こんなことをしても、数分後には同じ教室で鉢合わせするというのに。これはただのその場しのぎでしかないのに。
 こうして、私の日常は――。いつも通りの朝は――。彼――謎の転校生天戸游真の登場によって完全に狂ってしまったのです。



「やぁ、諸君。一ヶ月の間寂しい想いをさせてすまんかったな!
 生物の貴公子、戸川羊司(ようじ)様のお通りだぞ!」
 自意識過剰な台詞と共に現れたのは三十を過ぎてなお二十代のような若々しい風貌の生物教師戸川羊司(ようじ)先生です。先生の言葉に私以外の女子達から嬌声があがるのですから、彼の自分の人気に対する自信はあながち間違いでもないようです。ただ、クラスの男子達からは幾分舌打ちが聞こえてきたようですが。普段ならはしたない、と叱責するところですが、残念ながら授業中の注意は教師の裁量に任せる、と誓約署を書かされているので私も見逃さざるをえません。
「オーケイ、ボーイズ・エン・ガールズ。夏休みはエンジョイしてきたか? 一夏の思い出は作ってきたか?」
 話題の振り方が栗栖ちゃんと被っています。しかし、戸川先生は栗栖ちゃんと違い、男の色気を全開に話しかけてくるので鬱陶しいことこの上ないです。これで担任の佐久間先生と同い年だと言うのですから、世の中分かりません。
「二学期の最初の授業が戸川先生とは最悪です」
 頭に手を当ててため息をつく私に戸川先生は敏感に反応します。
「おいおい、相変わらずツンデレだなぁ、祈鈴ちゃんは」
「なれなれしく下の名前で呼ばないでくれます? 戸川セ・ン・セ・イ」
 嫌悪感もあらわな私の発言に戸川先生はますます笑みを深めます。
「夏が終わっても、お前は相変わらずだなぁ。けど、俺はそんなお前を嫌いじゃないぜ」
「女なら誰でもいい癖に何言ってるんですか?」
「当ったり前じゃないか。先生はいい男だからな。世の中の女の子はみーんな愛してるんだぜ。なあみんなっ!」
「はいはい、分かりましたからさっさと授業に入ってください」
 先生の声に女子生徒は嬌声で返します。ああもう、この人は教員免許剥奪されてどこともしれぬ女性のお尻でも追いかけていればいいのに。
 しかし、この戸川先生、こんなにも軽薄ですが女生徒との不祥事は今まで一度も起こしていません。先生は既婚で、少なくとも奥さん以外の女性には決して手をつけないと誓っているそうです。でも、だからこそ絶対に安全な年上の恋愛対象として女生徒達から絶大な人気を誇り、また恋愛相談の相手としては男女問わずに人気が高いです。先生のおかげで成立したカップルも多いのだとか。
 まあ、私はこんな軽薄な人は生理的に嫌いなのですが。
「じゃあ、まずは夏休みの宿題を集め――おっ? おいおい、新しいかわい子ちゃんが増えてるじゃないか?」
 先生はめざとく天戸くんを見つけます。いや、先生にしては見つけるのが遅いと言うべきでしょうか。あるいは先生のことだから効果的に話しかけるタイミングを計っていただけかもしれません。
「やぁ、キミが噂の転校生かい? 初めまして。生物の戸川羊司だ。よろしく」
 と、微笑みかける先生。並の女子ならばそれだけで恋に落ちるかもしれません。ですが、相手は天戸くんです。女子ではありません。
「よろしくね」
 と、朗らかに汚れのない天使のような笑みを返します。純粋無垢を体現したかのような彼の笑みにさすがの戸川先生もたじろぎます。天使のような彼の見た目や立ち振る舞いに転校初日から数多くの女子と何人かの男子が心を奪われ、密かにファンクラブができているそうです。無理もないでしょう、あのような笑みを見せられては。
 ――い、いや、別に私は彼に心を奪われている訳ではないのですが。
 結局、朝に彼の前から逃げてから天戸くんとは会話してません。彼が教室に入ったらそれだけで周囲の女子達が彼を取り囲んだので彼とは会話せずに済みました。気安く彼に話しかけられる女の子グループに助かったと思いつつも、同時に羨ましくもあり――。
 ――いいや、そんなことはありません。私はただ彼と上手く会話できないし、目の前にいたらあがってしまうだけで、彼とどうこうしたい訳ではないのです。そう、絶対に。
 頭を左右に振り、脳内に浮かんだ考えを私は必死で打ち消します。
「おや、キミは男なのか。ははっ、まさかこの俺が見間違えるとはね」
 私が自分の心を整理している間に先生達の会話は進んでいました。
「なるほど。男子にしておくには勿体ない可愛さだ。いや、むしろ男だからこそいいのか。キミのせいで道を間違えるヤツが沢山いそうだな、ははっ!」
 と、先生はあっさりと天戸くんの存在を受け入れます。
 ――いやいや、笑い事ではありません。道を間違える人が増えたら大問題じゃないですか。
 私は注意しようと思いつつも、天戸くんが側にいるせいで、話しかけるのが怖くて躊躇してしまいます。ああ、私としたことが、これだけのことに恐怖を覚えるなんて。
「んー。しかし、キミの顔はどっかでみたことがあるな」
 突然漏れ出た先生の言葉に私は思わず耳を潜めます。
「あ、そうか。
 ――当ててみよう。
 キミの母親の名前は遊穂(ゆうほ)だ」
「うん、らしいね。そうだと聞いてるよ」
 天戸くんの発現に私は違和感を覚えます。実の母親に対して、そうだと聞いている、なんて人ごとのような発言。普通ならあり得ません。
 けれど、先生はそんなことを気にせず、すべて納得がいったと言わんばかりに頷きます。
「なるほど。佐久間のヤツが知り合いの子供を引き取った、て言ってたけど、そういうことか。あのバカも昔のことを引きずって――」
「先生っ! それはどういう意味ですか?」
 発言と共に、教室中の視線が集中し、私は我に返ります。
「あっ、えっと、その……」
 私は赤面し、閉口します。自分でも、何故問いただそうとしたのか分かりません。
「おっと、気になるのかい? 祈鈴ちゃん」
「……高山です。
 そんな思わせぶりな言い方をされて気にならない方がおかしいです」
 天戸くんが佐久間先生に引き取られ、佐久間先生の家で暮らしていると言う話は昨日のホームルームで聞かされています。友人の子を預かる、と言うだけならまだ分かるのですが、戸川先生の目はどこか遠い過去を懐かしむような目をしていました。
 ――何かある。そのはずです。
 何故彼が忍者のような行動をするのか。その生い立ちは気にならない方がおかしいです。
「……残念ながら、いくらかわいい祈鈴ちゃんの頼みでも、生徒の家庭事情を漏らす真似はできないなぁ」
 人の悪い笑みを浮かべる戸川先生。ああもう、だからこの人は嫌いなのです。いちいち行動がカンにさわります。
「聞きたかったら本人にでも聞くことだ」
 そう切り上げて先生は授業を再開しました。
「…………」
 結局、次の休み時間に何人かの女子が天戸くんに聞きに行きましたが、誰も教えてもらえなかったそうです。なお、生物の授業は宿題を回収した後、戸川先生の夏休みの思い出を終始聞かされるだけで終了しました。けれど、天戸くんは何がよかったのか、戸川先生を大層気に入り、二人はとても仲良くなったようです。
 ――まあ、私には関係のないことですが。
 しかし、関係ないはずなのに、何故か私はこの後も彼のことが気になり続け、授業に集中できないままに午前中を終えるのでした。



「恋をしないなら、死ぬしかない。
 ラブ・オア・ダイ。
 それが乙女に課せられた運命なのよ」
 拳を振り上げ語るのは勿論、自称恋の伝道師こと栗栖ちゃんです。
 昼休み。私たちはいつも通り、生徒会室で食事中です。
 会議もできる広い部屋なのですが、栗栖ちゃんの声はよく通ります。廊下まで聞こえているのではないでしょうか。
 呼応するように外では寒蝉(ツクツクボウシ)達が外から聞こえてきます。繁殖相手を求める彼らとしても、栗栖ちゃんの主張は同意できる点が多いのかもれません。
 対する私は弱々しく返事をします。
「……そうね」
「でもね、女の子が恋をするためには、相手が必要なのよ。
 つまり、女の子が恋をしたいと思う分だけ、世界の半分たる男達も恋をしないといけないのよっ!」
「……そうね」
「ところがよっ!
 この学校の男子共ときたら、
 『今はインターハイに集中したいから』とかっ!
 『俺は甲子園に行くこと以外興味ないんだ』とかっ!
 『バスケが恋人だから』とかっ!
 どいつもこいつもふざけたことばかり言っちゃってもぉぉぉぉっ!
 なんなの? なんで恋をしようとしないの? 死ぬの? 死ねばいいんじゃないの?
 女の子がこんだけ恋に飢えてるんだから、男もテンションあげてけよもぉぉぉ!
 ていうかカレシ欲しいオーラを発してたら自発的に男の方から声かけてくるべきよ!
 世の男子のほとんどはどいつもこいつも怠慢野郎ばっかりよ!
 ていうか、昨日はオッケーしてたのに、やっぱり部活が忙しいから断る、とか酷すぎるわ。だったら最初から断っておけばよかったのよ!」
「……そうね」
 熱弁をふるう栗栖ちゃんですが、私はひたすら上の空です。寒蝉達の鳴き声と共に彼女の声も私の耳を右から左です。
「おい、祈鈴。大丈夫か?」
「……そうね」
 私の答えに象子はため息をつきます。
「ちょっと、そこ! 私の話聞いてるの?」
「……明らかに一名聞こえてないんだけど……まあいいや。結論として、誰と付き合うことにしたんだ?」
「軽音部の伊々田先輩よ」
 ――もう新しい恋人が出来たのですか。手が早すぎです。
「アーティストの卵だけあってなかなか服のセンスとかよくて格好いいのよっ! 今朝登校したら廊下でばったり会ってね、私が落とした鞄を拾ってくれて、イケメンボイスで『大丈夫かい?』て囁かれたのよ。その声にきゅぅぅぅ、となってね。これはきたっ! て気がして、私はお礼と一緒に聞いたのよ。今お付き合いしてる人いるんですか、て」
 楽しげに語る栗栖ちゃんに対し、象子はとても渋い顔。よくよく考えると時系列が不思議です。今朝、別の新しい彼氏について嬉々として話してたのに、今の話だと伊々田先輩に朝のうちに手をつけています。前の新しい彼氏とはどの時点で別れたのでしょう。いや、実は昨日のうちに別れを告げられていたのに栗栖ちゃんは虚勢を張って新しい彼氏自慢をしていたのかもしれません。ただ、それだと何故伊々田先輩の私服のセンスがいいのを知っているのか。栗栖ちゃんの話には謎が多いです。
「……恋の伝道師というか、ただ単に惚れっぽいだけじゃないのか?」
「バカねっ! すぐに人を好きになれるって事は、すぐに相手のいいところを見つけられるって事なのよ! 褒められることはあっても、文句を言われる筋合いはないわっ!」
「……ほんと、栗栖はポジティヴだな」
 象子の呆れた声に何故か栗栖ちゃんは日本人離れした大きな胸を張ります。
「何てったって、私は恋の伝道師(マエストロ)だし!」
「……女性の場合はマエストラよ」
「そこは突っ込むのな」
 思わず訂正する私に象子が何とも言えない顔をします。
「というか、どうしたんだよ、祈鈴。昨日から様子が変だぞ。今朝になって元に戻ったと思ってたのに」
「それは…………」
 象子の心配そうな声に私は言葉に詰まります。自分でもよく分からないのですから説明のしようがありません。
 今日は二学期二日目と言うことで授業はほとんど内容のないものでしたが、教室に彼がいると思うだけでどうにもそわそわして授業に手がつけられませんでした。おかげでかなり神経がすり減り、また倒れてしまいそうです。
 自分のことは自分のことがよく分かる、と言いますが、私自身がこの有様ですから、他の人にもきっと分からないでしょう。答えを知っているとしたら、それは神様くらいに違いありません。
 ――ああ、神様教えてください。私は一体どうしてしまったのでしょうか。
「ん? 祈鈴ちゃんがおかしい理由なんて簡単じゃない?」
「え?」「なん……ですって」
 栗栖ちゃんの言葉に象子と私は驚きの声をあげます。
「そんな、神様くらいしか分かりそうにない私のことを分かるなんて……まさか、栗栖ちゃんは神っ?!」
「いやいや、それはないだろ。落ち着け、祈鈴。本当におかしいぞ」
「ええ、ごめんなさい。……私、どうかしてるわ」
「ふふん、私のことをロマンスの神様って呼んでもいいのよ」
 頭を押さえる私の前で栗栖ちゃんは何故か自信満々です。そして、ネタが微妙に古い。確か、お父様が昔好んで聞いてた曲にそんなタイトルがあったはずです。
「で、祈鈴がおかしい理由はなんだよ」
「もちろん恋煩いに決まってるじゃないっ! 当然よっ!」
 栗栖ちゃんの言葉に私は耳を疑います。
「恋煩い……私が?」
 あまりにも予想外の答え。冗談にしては脈絡がなさすぎです。
「あーもー、何その顔。他人から見たら一目瞭然よ。
 祈鈴ちゃんもついに恋を覚えたのね。親友として私も嬉しいわ」
 と栗栖ちゃんはうんうんと頷きながら私の肩を叩きます。無駄に偉そうです。
「いやいや、ちょっと待ってくれよ。恋をしてるって? 祈鈴が? 誰に?」
 象子が全く訳が分からないと反論します。私も同じ気持ちです。私が誰に恋をしたというのでしょうか。
「もちろん、あの転校生よ。
 噂は聞いてたけど、すっごいカワイイ男の娘(おとこのこ)だったわね! ちょっと変なところあるけどそこも魅力的だわっ! きゃはっ!」
 何故か楽しそうに笑う栗栖ちゃん。
 けれど、私はそれどころではありません。
 私が?
 あの天戸くんに恋を?
 いやいやいや、絶対にありえません。
「……ありえないわっ!」
 私はお父様のような立派なお髭の似合う大人の男性が好みなのです。あんな、男なのに女性の格好をするような少年を好きになるはずがありません。第一、行動の全てがおかしいです。木の上を跳び回ったり、スカートなのに平気で逆さになったり、昼休みは女の子に囲まれて楽しそうにきゃっきゃっ話してたり、何故か男子達から女子扱いされて「どんな彼氏が欲しい」て聞かれてたり……ともかく、ともかく、と・も・か・くあの子はおかしいです。
 そんな子を私が好きになるなんて、信じられません。天地がひっくり返ったってあり得ないことです。
「そんな、私が、あんな格好の子を好きなるなんて。そんなことありえない……」
 言いながら、私は首を振り、否定します。
「ばっかねぇ……恋は突然よ。自分の好み(タイプ)の人間を好きになるとは限らないわ。
 まあ、あんなカワイイ子なら、一目惚れしてもおかしくない。うんうん」
 何故か栗栖ちゃんは全て納得ずくみたいな顔して頷きます。
「お、おかしいでしょ! だって、女の子の格好してるのよ! 見た目もほとんど女の子なのよ! でも、私は別に同性愛者でもないし、特殊な趣味も持ってないし……」
「さあ? 好きになった理由までは分からないわよ。でも、一度好きになってしまえば、他のマイナス要素なんて関係ないわ。それに、自分では知らなかっただけで案外祈鈴ちゃんもショタコンだったかもしれないし」
「私は弟もいますが、断じてそんな趣味はありません!」
 立ちあがって必死で否定する私と何故か余裕顔の栗栖ちゃん。そんな私たちの間に象子が割って入ります。
「まあまあ。落ち着けって、祈鈴。まだそうと決まった訳じゃないし。えーっとあれだ、ほら、栗栖が言ってるだけだし。別に栗栖が正しいとは限らないし」
 仲裁に入る象子を見て栗栖ちゃんが怪訝な顔をします。
「……なんであんたが慌ててるのよ?」
「いぁ、それは……あたしは別に……」
 私の熱気にあてられたのか、象子もしどろもどろです。
 三人の間に微妙な空気が流れます。
「あんたもしかして……」
「ん、なんだよ、栗栖? そんな怖い顔して?」
 栗栖ちゃんが口を開こうとした時――生徒会室の扉が開かれました。
 突然の出来事に全員が驚き、視線が扉へ向かいます。
「んーいい匂い」
 くんくん、と犬のように鼻をひくつかせながら入ってきたのは件(くだん)の転校生――天戸游真くんでした。
 ――ああもう、扉にはノックしてから入るようにと書いてあるのに!
 普段の私なら、私はノックしてないことを叱責し、部屋に入るところからやり直させていたことでしょう。それは相手が校長先生であろうと同じです。
 事実、私は扉が開かれた時は心の中で相手を叱る準備を既に終えていました。それで、この栗栖ちゃんによる恋愛話をうやむやにするつもりだったのです。
 ですが、入ってきたのが天戸くんであると分かった途端――私は頭が真っ白になり、パニック状態に陥ってしまいました。
「おお! 『噂をすれば影』だね」
 動転する私をよそに栗栖ちゃんは率先して天戸くんへ声をかけます。
「噂? あ! 匂いの元はこれか。美味しそうな料理だね!」
 花より団子、と言うことでしょうか。天戸くんは私達には目もくれず、テーブルに並べている私達の弁当へ鼻を近づけます。実にはしたないことです。
 彼の不作法がすごく気になるのですが、しかし頭の中は相変わらず真っ白でそれをどう伝えたものか分かりません。私に分かるのは、先ほどから自分の心臓が驚くほど早く脈打っていることだけです。
――『それは恋煩いだよ』――
 頭の中で栗栖ちゃんの言葉が響きます。
 彼に恋をしている? 私が? そんなはずは……。でも、確かに私は胸が高鳴ってて……。でも、何故彼を? どうして? 本当に? 私の気持ちは……どこに?
「美味しそうでしょ。それは祈鈴ちゃんが作ったんだよ。
 欲しかったら食べてみなよ」
 物欲しそうに私の弁当に顔を近づける天戸くんへ楽しそうに言う栗栖ちゃん。
 ――ちょっと! 何言ってるのよ!
 口をぱくぱくとさせ、声にならない悲鳴をあげて栗栖ちゃんへと抗議する私。視線に力一杯の抗議を込めますが、栗栖ちゃんは何故かウインクを返してきます。その得意満面な顔からは「どう、私のアシストは?」と言う心の声がにじみ出てます。ああもう、余計なことを!
 どどどと、どうしろって言うのでしょうか。そんなこと言って彼の口に合わなかったら彼女は責任を取ってくれるのでしょうか? もし、それで私が彼に嫌われたら栗栖ちゃんはどうしてくれるのでしょうか。
「ほんと? 食べていいの?」
 顔を輝かせて喜ぶ彼の表情は純真そのもの。あまりのまぶしさに私は耐えきれず、象子の背後に隠れました。身長は私の方が高いので中腰です。よく考えればすごく格好悪いのですが、彼を前にして立っているのが何故か非常に気恥ずかしかったのです。仕方のないことです。神もきっと許してくれるはずです。許して欲しいです。
「ちょっ、ちょっと! 祈鈴!」
「ん? 何してるの? かくれんぼ?」
 不思議そうな目で象子の後ろにいる私を覗いてくる天戸くん。私は無駄と分かっているはずなのに必死に立ち位置をずらして彼の視線から逃れようとします。
「な、なんでもいいですから、食べたければどうぞ、ご自由に!」
 口早に述べ、食事を促す私。こうなればさっさと食べて貰って出て行っていただくことにしましょう。早く食べて、早くこの教室から出て行って貰う。それが今の私の望みです。
「ああそう……うん、このからあげ美味しいね」
「本当ですかっ!」
 思わず顔を上げ、嬌声をあげます。
 ――よかった。本当によかった。
 この際、彼が箸も使わず手づかみで食べたことはどうでもいいとしましょう。とてもとても気になりますが、それでも、彼が美味しいと言ってくれたことはとても喜ばしいことです。思わず、胸の奥が熱くなり、顔も上気します。
「もう一つ食べていい?」
 彼が目線を合わせて来るので思わず私はまた象子の背中に隠れます。
「……なにしてるの?」
「いえ、その、えっと……」
 私は返答に窮します。ど、どうしましょう。なんとか返答しないと。このままでは私は変な子だと思われてしまいます。それだけは避けたいです。いや、もしかしたら、あまり考えたくないことですが、もう既に変な子だと思われている可能性があります。
「ちょっと、その、こっちを見ないでください! お願いします!」
 顔を真っ赤にしてなんとか応えますが、聞いてくれません。
「えーなんで?」
 と聞き返してくるばかり。
「それは――」
 ――恥ずかしくてあなたの顔が見れません、なんて言える訳ないじゃないですか!
 悩んでいるうちにまた彼は象子の背後にいる私の顔を覗こうとします。私は同じく顔を逸らし、退避。すると、それを追いかけてまた彼は立ち位置を変えてきます。私が象子の体を盾にしてさらに逃げると、面白くなったのか、またまた追いかけてきます。
 こうして、いつのまにやら私と天戸くんは象子の体を中心にしてぐるぐると追いかけあうことに。ああ、どうしてこうなったのでしょうか。いや、逃げる私が悪いの確かなのですけれど。このままぐるぐると回っていては埒があきません。回りすぎてバターになってしまっては困ります。
「いい加減にしないか」
 そこへ割って入ったのが象子でした。ああ、ありがたいことです。さすがは親友。私の危機に応じてすかさずフォローを入れてくれます。
 片手を差し出し、彼の進行方向を防ぐ象子の姿は騎士そのものです。宝塚系と言われるだけあって非常にさまになっています。
「どうみても祈鈴は嫌がっているだろう」
 後ろでこくこくと無言で頷く私。どうにもさまにならない姿ですが仕方ありません。背に腹は代えられない、と言うことです。
「そうなの?」
 きょとんとする天戸くん。まあ、彼自体悪意はないのでしょう。なんといいますか、ここ数日を見る限り、彼は驚くほどピュアで、精神年齢が非常に低い感じがします。本当にどういう環境で育ったのでしょうか。
「ああ、だから気づきなよ。祈鈴はキミのこと嫌いなんだよ」
 ――え?
 突然の言葉に私は目を丸くします。私はそんなこと一言も言ってないのに。
「……どうなの?」
 象子の背中越しに彼が聞いてきます。
「えっと、その私は……」
 ――嫌いではない。それは確かです。では、彼のことを私はどう思っているのでしょうか。
 私にとって彼はなんなのでしょうか。
 ――あるいは、栗栖ちゃんの言うように私は――。
「……そっか。言いにくいことは言わなくていいよ」
 私がまごついているうちに彼はくるりと踵を返します。
 なんという切り返しの早さ。即断即決です。
 ――じゃなくてっ!
 私は別に彼の事は嫌いではないのです。それを伝えなければ――。
「いや、その……」
「ほら、さっさと出て行きなよ」
 今度は私を遮るように象子が言います。
 え? ちょっと……これはどういう展開なのでしょうか?
「あ、そうそう――」
 部屋を出る直前、彼は再びくるり、と振り返り、言います。
「からあげありがとう。おいしかったよ」
 その笑顔は本当に、天使そのもので――それを見た瞬間、私の胸は何かに撃ち抜かれたのような、鋭い衝撃を受けました。
 私は呆然と立ちすくみ、彼の去った後の扉を見つめます。
 ――ああそうか。
 ここにきて、私はようやく自分の気持ちに気づいたのでした。
 ――私は、恋をしている。
 何故こんな簡単なことに気づかなかったのでしょうか。
 理由など分かりません。
 けれど、彼の笑顔を見た瞬間、こんなにも心が満たされるのです。
 ――高山祈鈴は、天戸游真に恋をしている。
 そう、ついに私は恋というものに出会うことができたのです。が――。
「安心して。もう邪魔者は居なくなったよ」
 親友が扉を閉め、私に笑いかけてきます。
「いや、その、別に私は彼が嫌いと言う訳では――」
「隠さなくていいって。相変わらず祈鈴は見栄っ張りだな。
 祈鈴にも苦手な相手がいる、とは思わなかったけど、世の中いるもんだね」
「その、確かに私は彼が苦手ですがしかし――」
「いいっていいって。またあいつに絡まれたらあたしが追い返してやるよ」
 ――話が噛み合わない。
 どうしたことでしょう。彼女はとても重大な勘違いをしています。
 私の行動が完全に裏目に出て彼女を勘違いさせてしまったようです。
 象子の顔にはなんら悪気は感じられず、冗談の気配もありません。この子、本気です。
 いや、その、友情はありがたいのですけれど――なんだか私が何を言っても象子が信じてくれる気がしません。
「えっと、栗栖ちゃんっ!」
 私は救いを求めて傍らにいるもう一人の友人に語りかけます。
 栗栖ちゃんは――笑ってました。
 それはもう、悪魔のような邪悪な笑みです。珍しく戸惑う私が面白いのか、はたまた恋の伝道師として新しい恋の萌芽を喜んでいるのか。理由は分かりませんが、少なくとも彼女は全部分かった上で私を助ける気などさらさらないようでした。
「……ふふん、いやあ、祈鈴ちゃんも大変だねぇ」
 この子、素知らぬ顔でふざけたことを言い放ちます。彼女を見て、私は生まれて初めて『うざい』と言う言葉の意味を身をもって体験しました。これはうざいです。戸川先生もかなり鬱陶しいと何度も思っていましたが、今この時の栗栖ちゃんのうざさはかなりのものです。
「うんうん、あんな女装してる変人につきまとわれる祈鈴も大変だよ」
 そして、隣で勘違いしているも同意します。彼女はあくまで自分は正義の騎士だと言わんばかりです。象子は悪意がない分、うざいなどとは口が裂けても言えません。
 かといって、栗栖ちゃんに助けを求めても、助けてくれそうにないし、助けてくれるとしたらなんだか危険な気がします。
 彼女らはまさに私にとっての天使と悪魔。
「ええっと、その、象子?」
 ともかく私は誤解を解かねばなりません。意を決して彼女に説得を試みます。
「なんだい?」
 ――無理です。
 象子の笑みを見た瞬間、私の心は折れました。こんなにもいい友人に、あなたは間違っている、と突きつけることなどできるはずがありません。
 いや、本来ならば友人であるからこそ間違いを正すべきなのですが――。
 ――ああ、神よ。弱い私をお許しください。
 初めての恋を前にして、私は弱くなってしまったようです。以前のような鋭い言葉がどうしても出てきません。
「……なんでもないわ。ありがとう」
「遠慮しないでいいって。あたし達は親友だろ」
 肩を叩いてくる象子。その横で、「あーあ、知らない」と邪悪な笑みを浮かべる栗栖ちゃん。
「ま、何事も経験よ、祈鈴ちゃん」
 なんとも憎らしい笑みを浮かべてくれます。
 どうして、こうなってしまったのでしょうか。
 外から聞こえるセミの鳴き声が耳の中を木霊します。秋になり、寒蝉達(ツクツクボウシ)の鳴き声がより一層よく聞こえました。彼らの鳴き声は繁殖相手を呼ぶラブソングとも言えます。
 あんなにも大声で愛を歌うセミ達とひきかえ、この私の有様はなんなのでしょう。私の恋は果たしてどこへ向かおうというのでしょうか。
 私はどうすることもできず、セミたちのラブソングがやけに耳から離れませんでした。



 なんかもう、象子ちゃんのキャラを立たせるいい感じのエピソードが思いつかなくて死にたい。色々とネタはあるのに!切羽詰まっててそれどころではない!
 とりあえず、明日には二章があげれるように頑張る。