今書いてる話のサンプル

 うーん、導入部がどうにも地味でどうしようかと悩むけど、とりあえず軽く晒してみる。
 話は前に出した『飛行船でテロリスト倒す話』の四年前の、まだ主人公が高校生でういういしい頃の話。



序章

「私と一緒に逃げてくれる?」
 ある日の夜、名も知らない彼女は新城法助にそう呟いた。
 いや、正確には彼女の言葉を法助はそう受け取った。
 まだ高校に入ったばかりの夏。
 満天の月が見下ろす中、いつもの展望台で彼女は言ったのだ。
 もし、好きな人にそんなこと言われたらどうする? と。
 法助は迷うことなく答えた。
「そんなことできない」
「言うと思った」
 何気ない会話。
 月明かりの下、照らされた彼女の顔には大きな傷があった。昨日にはなかった真新しい傷だ。
 法助は毎夜ジョギングをし、ゴール地点としてこの展望台に来ている。いつも同じ時間に彼が来ると、彼女はいつも展望台のベンチに座っていた。年の頃は同じくらいで、いつも着の身着のままのサンダル姿だ。きっと自宅が近いに違いない。
 いくら治安がいいと言われても、中高生の少女が出歩くのは危険な時間だ。
 少し考えれば分かる。
 彼女の家庭環境は最悪だったのだろう。少なくとも――家出を考えるくらいには。
 だが、法助には叶えたい夢がある。
 この空の遙か向こう――星の海への旅立ち。
 宇宙飛行士を本気で目指すのならば――高校生の身分で少女と駆け落ちなど出来るはずもない。
「月が綺麗だね」
 彼女の言葉に法助は静かに頷いた。
「でも、俺は星空の方が好きだけどな」
 少女は思わず苦笑いする。
「キミらしいね」
 そして二人はまたいつも通りくだらない話をして過ごした。
 それが、彼女と過ごした最後の夜だった。
 数日後、法助は彼女が母親に虐待されて死んだことをニュースで知る。
 果たして法助は、自分が彼女に恋していたかは分からない。
 けれど、自分には恋をする資格はない。
 そんなことを新城法助は思った。




僕らの生まれてくる ずっとずっと前にはもう
アポロ十一号は月に行ったって言うのに
僕らはこの街がまだジャングルだった頃から
変わらない愛のかたちを探してる
――ポルノグラフティ『アポロ』


第一章

『悪いね、初詣ならもう彼女と行ったよ』
 なるほど、もはや会話の価値もない。
 そう、新城法助は理解した。
 友人は病に落ちたのだ。人類の多くがかかるとされる病――恋と言うヤツに。
 彼は――友はいいヤツだった。多少ひねたところもあった。しかし、去年までは口を開けば「リア充死ね」「クリスマスなんてない」などと呪文のごとく吐き捨てる非常に善良な人間だった。しかし、去年のクリスマス。予備校の帰りに後輩の女の子が待ち伏せしていて告白をされたらしい。
 一月三日。
 高校生最後のお正月。受験勉強の疲れを癒すべく初詣に友人を誘おうと思えばこの回答である。電話をかけたらこちらの用件も聞かずに『実は彼女が出来たんだ』とクリスマス告白事件の顛末を語り、後は湯水のごとく後から後から惚気話を聞かされた。そして、三十分が経った今、思い出したように相手は聞いてきたのだ。『そう言えば何か用? これから彼女とデートなんだけど? お前と電話してる暇ないんだけど? マジで』と。
 法助はため息をついた。自分を落ち着かせるために。
「……電話でよかったな。目の前にいたら五メートルはぶっ飛ばしている所だ」
『オー怖い怖い。お前が言うと冗談に聞こえないぞ。やめてくれよ。彼女が悲しむ』
 ぶっ飛ばすなら十メートルだな、と法助は脳内の目標を修正した。人間をぶっ飛ばすのは難しいし、非常に労力の居ることだが、まあ細かいことは考えず、とりあえずぶん殴ればいい。距離に関してはあくまで努力目標だ。でも、今なら本気で十メートルくらいは友人をぶっ飛ばせる――そんな気分である。
『新城も彼女作れよ。受験勉強の励みになるぜ?』
「うるせーよ。恋人なんて逆に勉強の邪魔になるだけだろ」
 そもそも、法助も友人も高校三年生で、数週間後には受験戦争の本番がある。そう、受験という戦争に赴く戦士なのだ。色恋に惑っている暇はない。
 法助は百万のために歌われたラブソングなんかに簡単に心を預けたりしないし、恋せよと責めるこの町の基本構造には抗うタイプの人間だ。まあ、そんな歌詞の歌を聴いているだけだが。五十年以上前の歌らしいが、法助はとても気に入っている。まあ、お金が無くて新しい新曲を買う金が無いだけともいう。
『はっはっはっ、そうひがむなって、今度いい女紹介してやろうか?』
 友人の病気はかなり進行しているようだ。そのまま死んでしまえばいいのに、と法助は本気で考えた。しかし、彼は病人といえどこの街に引っ越してから初めて出来た友人であり、恩義もある。なにより、友人がこうなってしまったのは法助にも責任がある。
 とりあえず、今できることはとっととこの不毛な会話を終わらせることだけだ。
「受験勉強ちゃんとしろよ。浪人生になったら振られるかもしれん」
『おいおい、正月早々嫌なこと言うな。でもそっか、俺がんばるよ。明日から』
 単純なのは友人の数少ない美徳の一つである。
「ああ、がんばれ。じゃ、さやかによろしくな」
『おいちょっと待て! なんでお前が小西さんの名前知って――』
 法助は問答無用で電話を切った。
 すぐさま電話がけたたましい音を部屋に響かせるが、電源を切って黙らせる。そもそも小西さやかがクリスマスに待ち伏せするようにアドバイスしたのは法助である。何故か彼女は友人に告白するにはどうしたらいいのか、と法助に相談してきたのだ。貧乏な法助は友人と違って予備校や塾に行く金が無く、いつも学校の図書室で勉強していた。そこへ、図書委員である彼女が接触してきたのだ。
「ま、これからデートらしいし、後は本人が質問するだろ」
 法助は一度背伸びをし、ため息をつくと周囲を見回した。だだっ広いリビングに参考書と問題集の積み上げられたコタツ。新年なのに二〇五六年一二月のままめくられてないカレンダー。インスタント食品の容器の詰まったゴミ袋。だらしがない一人暮らしそのものだ。
 実際は叔父と二人暮らしなのだが、その叔父は仕事で去年から出張中。おかげで5LDKと言うただでさえ広い家がやたら寂しく感じる。
「……彼女ね」
 部屋の片隅にある鏡に目がいく。家系的に代々背が低いせいもあり、高校三年になったにも関わらず未だ身長百六十センチを超える気配はない。そして生まれつきの三白眼はここ数年でいよいよ鋭さを増し、目つきの悪さは言い訳できないモノになっている。こんな背が低くて顔つきの悪い少年に彼女が出来るなどまず考えられないことだ。
「…………ふんっ」
 法助はため息と共にジャケットを羽織り、家を出た。イヤホンで音楽を聴きながら、街を歩く。当たり前の事だが人通りは多く、街は正月ムードに賑わっている。
 家族連れやカップルが楽しそうに談笑をしているのを尻目に法助は一人神社を目指す。正月独特の和風な音楽や、恋愛賛歌な流行歌がそこかしこで流れ、様々な形で街そのものが新年を祝っている。こんなにも人に溢れた街だというのに、法助は世界に自分一人しかいないような気分になった。
 約二週間後にはセンター試験があり、そのさらに数週間後には二次試験があり、そこで法助の人生の筋道がおおよそ決まる。いや、そもそも何年も前から法助の進むべき未来は決めている。
 宇宙飛行士になるのだ。
 日本で宇宙飛行士を目指すなら、最低限、理系の大学を出て、英語を話せるのが条件になる。なのでまずは大学に入る。そして、交換留学生のプログラムで海外へ行き、語学力を身につける。これが法助の人生設計だった。
 だから、今年の受験に失敗する訳にはいかない。法助は両親が死んで叔父の家に居候している身だ。留学する金なんてない。国からの支援金を貰って留学するしかない。
 なので、彼女なんて作ってる余裕なんてないのだ。
 ――そんなこと、二年前から分かっている。
 展望台で、あの少女と決別したあの日から、もはや法助には宇宙へ行くしか道は残されていないのだ。
『百万人の為に歌われたラブソングなんかに
 僕は簡単に心を預けたりはしない』
 お気に入りの歌をオーディオプレイヤーで聴きながら、法助は一人黙々と道を行く。この街に来てから一年が経つ。神社への道も勝手知ったる道だが、どうやら交通規制がかかってるらしくいつもの道は通行止めになっていた。
 仕方ないので法助は別ルートを辿ることにする。近くの公園を突っ切って反対側の通りへ向かう。
 不意に、イヤホンから流れる音楽を突き破り、強烈な子供の泣き声が聞こえてきた。
 あまりの大声に視線をやると、公園にある地図看板の前で幼稚園くらいの童女がオーバーコートを着た高校生くらいの少女の裾を掴んで泣いている。そのオーバーコートの少女を見た瞬間――法助はどきりとした。
 美しい少女だった。この世のものとは思えないほどに。
 ――幽霊か?
 一瞬そんな錯覚を覚えるほどに少女は儚いイメージを漂わせていた。雪のように白い肌に長い黒髪を纏う、長身痩躯。その病的な痩身を見ていると触れれば折れてしまいそうな印象を受ける。もし、泣いている童女が彼女の裾を掴んでいなければ幽霊と区別がつかなかったかもしれない。そんな病的な印象があれば普通、美しさよりも同情や憐れみを感じてしまうものだが、彼女の場合はその儚さがより一層現実離れした神秘的な雰囲気を感じさせていた。
 そんな幽霊少女は泣き叫ぶ童女を前にして途方に暮れていた。あまりにも似ていないし、仮に姉妹だとしても妹の扱いに慣れていなさすぎる。迷子に掴まったと言うところだろうか。近寄りがたい神秘的な美しさも泣いている子供には勝てないらしい。
 視線に気づいたのか、幽霊少女が助けを求めるように法助に視線をやる。
 美しい瞳だと思った。吸い込まれそうな黒い瞳に助けを求められ、法助は困惑する。法助は見も知らぬ少女に助けを求められ、それに応えられるほど強気の人間ではない。むしろ、人見知りするシャイな性格だ。こういう場面に関わる事なんてまっぴらご免である。
 法助はそれを一瞬無視しようとしたが、結局、少女の視線に耐えきれず、後頭部を乱暴にかき上げ、二人の少女の元へ歩いて行った。
――『先輩っていつも悪ぶってますけど、すごくお人好しですよね』――
 脳裏で後輩の声が響く。そう言えば今頃彼女も友人とデート中のはずだ。だからどうということはないのだが。
「どーしたんすか?」
 イヤホンを外し、法助は背の高い少女を見上げつつ、訊ねる。
 すると、彼女は白い息と共に言葉を吐いた。
「迷子なんだけど――風船がなくなってね。弱り目に祟り目だ」
「風船?」
 病弱そうな外見に似合わぬ男っぽい喋り方に内心驚きつつ、法助は首を傾げる。すると少女は視線を上にあげ、つられて法助も頭上を見る。そこには木の枝に引っかかった風船があった。高さ三メートルくらいだろうか。病弱そうな彼女じゃなくてもその風船を取るのは無理だろう。
「……迷子に掴まった挙げ句、風船をなくして、とうとう泣き出したってところか」
「話が早くてありがたい。人をモノで釣ろうとするのはよくないね。逆効果だった」
 風船は迷子をあやすために彼女が買い与えたものらしい。幻想的な雰囲気を醸し出しているのに即物的な対応である。
「新しい風船を買ってやったら?」
 法助がそう言った途端に童女が泣き声をさらに大きくしながら首をぶんぶんと横に振る。
「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、あの風船がいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
 法助と少女は大声に思わず耳をふさぎ、図らずして同じポーズをとった互いを見て苦笑した。なるほど、これは困った話だ。
 法助は地面をとんとん、と足踏みしながら周囲を見渡す。公園には他の家族連れがいたり、屋台があったりするが、皆厄介ごとに関わるのが嫌なのかこちらから目線を逸らしている。
 ――仕方ないか。
 法助は適当に公園の外を指さして言う。
「もしかして、あれがこの子の両親じゃないか?」
「え? どこだい?」
 少女が目を逸らした瞬間、法助は一旦軽く地面を蹴った後、だんっ、と地面を両足で蹴り、跳び上がった。法助の体はあっという間に三メートルに届き、枝に掛かった風船をつかみ取る。そして、音にびっくりして少女が振り向いた頃には再び法助は地面に着地していた。
「ほらよ」
 法助はしゃがんで童女に目線を合わせ、風船を渡した。
 童女は何が起きたか理解できず、びっくりした顔で法助と風船、そしてさっきまで風船のあった頭上の枝を見比べる。
「すごぉいっ!」
「……別に、たいしたことねぇよ」
 風船を渡し、法助は立ちあがる。
 ちらりと病弱少女を見ると彼女はぽかんとした顔でこちらを見下ろしていた。
 彼女が何か言おうとする前に風船を手にした童女が大声を上げる。
「あーっ! おかーさんっ!」
 それは法助が指さした方向と真逆だった。公園の外、反対側の大通りから二人の夫婦がこちらへ歩いてくるのが見えた。何かを言う前に童女は駆け出し、両親の元に辿り着く。
 母親は手にした風船を見て、買って貰ったの? と聞き、童女は元気よくうんっ、と答える。父親らしき人がすいません、と頭を下げてくるので法助はぱたぱたと手を振って気にしないでください、とゼスチャーを返した。
「ありがとーっ! おにーちゃん! おねーちゃん!」
 母親に言われ、童女は大声で両手を振りながら礼を言う。法助が手を振り返すと母親が改めて一礼し、三人の親子は人混みに消えた。
「……あっちにはいなかったみたいだけど?」
 病弱少女がむすっとした顔で責めるように訊いてくる。こうしてみると、雰囲気は幻想的でも、彼女はなんというか――普通の少女に思えた。
 そう言えば、喋り方が最初の時より心なしか女っぽくなっている気がする。
「悪い、気のせいだった」
 悪びれずに両手を広げて肩をすくめると病弱少女は吹き出した。
「なにそれ? アメリカ人のつもり? 漫画みたい」
 コロコロと笑う彼女に釣られて法助も苦笑する。あまりにも笑うのでそんなにおかしな動作だっただろうかと法助は軽く傷つく。それを察したのか彼女は笑みをおさめた。
「ごめん。そんな仕草する人初めて見たから」
「へーへー、俺は変人ですよ」
「そんなこと言ってないでしょ」
 はいはい、と法助はため息をついた。
 白い吐息が二人の間をふわりと漂い、消える。
「……で、どうやって風船を取ったの?」
「さぁ? なんか手を伸ばしたら届いた」
 彼女の追求を法助は視線を逸らしつつ適当にはぐらかす。
「そんな訳ないでしょ? あの高さの風船を普通は取れない」
 病弱少女のまっすぐな視線がとても痛い。シャイな法助としてはとても辛い状況だ。
「もしかして、キミは超能力者?」
「超能力者? 最近巷で有名な?」
「そう、巷で有名な、目が緑色に光るヤツ」
 法助は苦笑した。ここ数年、街で超能力を使う人間を見た、と目撃例が増えてる。その超能力者はみんな例外なく目が緑色に光る――とも。
 馬鹿馬鹿しい話だ。そんな奴らと一緒にされるなんて不愉快な話だ。
「――俺は宇宙飛行士を目指してるんでね。体を鍛えてるのさ」
 口をついた言葉に彼女は目を丸くする。
「宇宙飛行士? 未来志向だね」
「何でだよ? 宇宙開発は昔からやってるだろ?」
 宇宙開発なんて絵空事、みたいな言い草に法助はむっとする。そういう意見は大嫌いだ。現代において宇宙開発が進まないのはそういう認識があるからだと思うからだ。
「いや、私も、高校に上がるくらいには一般人が気軽に宇宙にいけると思ってたけど――。
 『想像していたよりもずっと未来は現実的』だったから」
 彼女の発言に法助は思わずはっ、とする。
「――『車もしばらく空を走る予定もなさそう』だから?」
 法助の返した言葉に彼女もはっとする。
 そして、二人は見つめ合い――笑った。
 彼女の言った台詞はさっきまで法助が聞いていた古い歌の歌詞そのものだった。
 『想像していたよりも ずっと未来は現実的だね
  車もしばらく 空を走る予定もなさそうだ』
 という『ポルノグラフティ』というバンドの歌があるのだ。
「『ポルグラ』好きなの?」
「母さんが好きだったの。あと、略すなら『ポルノ』、でしょ」
 しかし、バンドの名前が名前だ。セクハラと捉えられかねない。初対面の女の子相手に『ポルノ好きなの?』と言えるほどの度胸を法助は持ち合わせていなかった。ロックバンドは周りに舐められないためなのか反体制気質だからなのかこういうセクハラまがいの名前が多い。そして、少なくとも法助は『セックス・ピストルズ』と言うバンド名を人前で言うのを恥ずかしく思う程度にはシャイだった。
「……まあいいか。気になるけど、風船の件は不問にしてあげよう」
「別に俺は悪いことしてねぇだろ」
「女の子に隠し事をする男の子は悪い子だよ」
 さも当然と言い放つ少女に法助は苦笑するしかない。病弱な、幽霊みたいな女に出会ったと思ったが、どうやら相手は意外と食えないタイプらしい。
「はいはい、俺が悪者で結構。それじゃ、俺はこれで失礼するよ」
 少女に背を向け、法助はこの場から早々に立ち去ろうとする。同じ趣味を持つ女の子と知り合えたのは嬉しい。けれど。
 ――どうにもあいつの顔がちらつく。
 二年前に死別した展望台の少女。顔は似てもにつかないが、話しぶりは実にそっくりだ。そう思うとなんだか妙な気分になってくる。妙な感傷に浸る前に去るべきだろう。
 だが。
「待ちなよ、悪者くん」
 呼び止める少女の言葉。答える必要など何もない。むしろ、無視してとっとと去るべきだ。
「あん?」
 しかし、法助は抗えなかった。足を止め、彼女の方へ体を向け直す。
「初詣に行きたいけど、見ての通り独り身でね。
 周りはカップルと家族連ればかりで肩身が狭いんだ」
 持って回った言い方に法助は嫌な予感がする。いや、少し考えれば分かる話だ。それでも、法助は控えめに聞いた。
「それが? 俺には関係ない話だ」
 拒絶の言葉などどこ吹く風。分かってるでしょう、と言葉を返してくる。
「キミも一人じゃ寂しいでしょ?」
 彼女は無邪気に笑う。ともすれば消えてしまいそうな印象はいつの間にか吹き飛び、輝くような彼女の笑顔に法助は無意識に引き込まれそうになる。
「俺は見ての通りの目つきの悪い悪者だぜ?」
 混ぜっ返す法助に対し、彼女は笑い返す。
「優しい悪者は嫌いじゃないの」
 ――優しい? 俺が?
 よく分からない彼女の理論に法助は何も言い返せない。
「私の名前は中原舞楽。キミの名前は?」
 そう言って彼女――舞楽は見下ろしてくる。背の低い法助はどうしても彼女を見上げる形になる。覗き込んだ彼女の瞳からは、こちらを面白がる様子はあれどバカにするような気配は感じられない。
 法助に、舞楽の誘いに乗る理由はない。
「俺の名は新城法助だ」
 しかし、断る理由も同じくなかった。そしてなにより、名乗られたのならば、名乗り返すのが礼儀だと母に躾けられている。
「そう、いい名前ね。よろしく」
 かくして、法助はこの奇妙な少女と共に初詣に出向く事となった。



 神社への参道を歩きながら、法助は眉間にしわを寄せ仏頂面で歩く。
「そんなに私とデートが嫌?」
「デーっ……別にそんなんじゃねぇ。女連れで歩くのが初めてなだけだ」
 三白眼をとがらせ、法助はそっぽを向く。舞楽に押し切られてしまい、一緒に初詣することになったのはいいが、どうしていいのか分からないのである。おかげで黙々と二人並んで歩くだけだ。
 そんな法助とは対照的に、舞楽は何が面白いのかデキの悪い弟を見守る姉のような優しげな笑みを浮かべている。
「こんな美人といるのに何が不満なの?」
「堂々とそんなことを言うヤツにとっつかまった自分に不満タラタラだっつーの」
「難儀な性格。そんなんだから彼女が出来ないんでしょ」
 舞楽のたしなめるような言葉に法助はふんっ、と白い息を吐く。
「別に、彼女が出来ないとか言ってないだろ」
「でも、女連れは初めてなんでしょ? 一緒に道を歩くことが出来ない彼女なんて、居たとしてもそれはキミの頭の中だけじゃないかな」
「……まあ、いないのは確かだ。実際にも、脳内にもいたことはない」
 法助ははぁ、とため息を吐く。どうやら彼女に口で勝とうとするのは難しいらしい、と法助は嫌々ながら認める。
 それでも何か言い返そうと法助が頭をひねっていると、腹部からぐぅ、と思いの外大きな音が響く。人混みにもかかわらず周囲に聞こえるほど大きな音がして、隣にいた舞楽も思わず吹き出し、口に手を当てて笑う。
「…………悪いか。朝から何も食べてなかったんだ」
「ごめんごめん……こんなおっきなハラペコ音聞いたの初めてで」
 舞楽は笑みをこらえきれず、くすくすと笑いながら応える。法助は昨日は深夜まで勉強して、起きたのがついさっきの十三時頃。事実上、朝昼の食事抜きだ。
 法助は顔を赤らめながら目線を逸らし、広島風焼き鳥の屋台があるのを見つける。五十センチくらいの長い串に大きな鶏肉が何本も突き刺さっている豪快な焼き鳥だ。法助はこの手の焼き鳥が好きだった。
「よし、焼き鳥食おう。あんたもいるか? オゴってやるぞ?」
 叔父の家に居候生活をしていることもあり、法助はそれほどお金がある訳ではない。親しい友人にもオゴることなんてなかなかない。故にこれは法助からすればかなりの大盤振る舞いだったのだが、ようやく笑みをおさめた舞楽は首を横に振る。
「悪いね。ダイエット中なんだ」
「そんなに痩せててダイエットもクソもあるか。食べないと死ぬぞ」
 軽い気持ちで返した法助だが、舞楽は申し訳なさそうに申し出を断る。
「違うんだ――その、医師から食事制限を受けててね」
「………………すまん」
 どうやら地雷を踏んでしまったらしい。法助は気のきかない言動に自己嫌悪する。病弱そうな見た目からすれば食事制限を受けてるくらい察するべきだろう。
「いや、いいんだ。私は気にしてない。それより、キミは食べなよ。空腹で気が立ってる子を連れ歩くのはお姉さんとしては忍びない」
「お姉さんて、何歳だよ。そんな大して歳変わらんだろ」
 法助の言葉に舞楽はきょとんとする。
「私は十七だけど?」
「俺の方が年上じゃねぇかっ!」
 舞楽はええっ、と驚き法助を改めて見直す。
「ふん、背が低くて悪かったな。どうせ俺は中学生より背が低い」
「ごめん、て。別にそんなこと言ってないでしょ」
 図星だったのか舞楽は慌ててて謝る。
「まあいい。ともかく焼き鳥買うぞ。あんたはどうする? この際だからなにか買ってやる。食べ物じゃなくてもいい」
「じゃ、そこの自販機にある温かい飲み物を貰うよ」
 法助はその提案を受け入れ、焼き鳥と飲み物を買い、参道の脇にあるよく分からない石碑の前で食べることにする。
「ベンチは埋まってるみたいだが」
「気を遣わなくていいよ。私は飲むだけだしね」
「そうか」
 ちびちびとゆずドリンクを飲む彼女の横で法助は串に刺さった焼き鳥を引きちぎりながら食べる。
「しかし、豪快な食べ方をするね」
「行儀悪くて悪かったな。これはこうやって食べるもんだ」
「そんなこと言ってない。男らしくていい、て言ってるんだよ。色々あって、生まれつき小食でね。正直、そんなに大食いできるのが羨ましい」
 目を細めて言う彼女に法助は返答に困る。
「……ふん、俺はあんたの身長の方が羨ましいよ」
「はは。出来れば分けてあげたいところだけどね。私もこんな大きな図体のせいでなかなかモテない」
「嘘つけ、美人の癖に」
「え?」
 思わず口をついて出た言葉に舞楽がきょとんとする。法助はしまったと思い、顔を逸らす。
「……さ、さっき自分でもいっててたじゃねぇか」
「ふふ、そうだね。ありがとう。でも、嬉しいよ。もう一度言ってくれないかな?」
「やなこった。んなもん一度きりのサービスに決まってんだろ」
「ふふ、照れるなって」
「うっせぇ。俺は今年受験で忙しいんだ。女にお世辞を言う余裕はない。今のはあれだ、気の迷いだ、もう俺は二度と女に褒め言葉は言わない、絶対に、たぶん、まあ、そんな感じで」
 法助は頬が真っ赤になるのを自覚しながら早口でまくし立てる。が、ついには自分が何を言ってるか分からなくなり、ガツガツと鶏肉を食べて誤魔化した。少なくとも、こうして食べてる間は返事をしなくていいので気が楽である。
「……そんなに照れなくても」
「フガフガフガ」
「……いや、いいよ返事しなくて」
 彼女は苦笑しつつ、ちびちびとゆずドリンクを飲んでいた。
「…………」
 見ている限り、彼女の飲み物を飲むペースは非情に遅い。まさかこちらに遠慮して、無理して飲んでいるのだろうか。あるいは、そんなスローペースでしか飲み物を摂取できないのか。
 法助は悩んだが、結局言及しないことにした。彼女が自分から言い出したことだ。おそらく、あれくらいなら飲める……だろう。たぶん。
「……キミはいいね」
 不意に、彼女は法助を見ながら呟いた。
「?」
 焼き鳥を指さし、首を傾げると彼女は首を横に振った。
「食べ物じゃないよ。なんていうか、夢があってさ」
 法助は肩をすくめ、最後の一口を喉の奥へ放り込む。
「どういうことだ?」
「将来の夢があるってこと」
 似たようなことは何度か言われた経験がある。だから、法助は苦笑した。
「あんたには夢がないのか? 別になくても、困る訳じゃない。そんな奴らは幾らでも居る。気にする事じゃない」
 そもそも、夢を持っているからと言ってそれが叶うとは限らない。夢はある種呪いのようなモノでもある。よくも悪くもその人の人生を左右する。故に、夢を持つのならば覚悟せよ、と言うのが亡き父の教えだ。
「小学校の時、四、五年生くらいの時だったか。先生がみんなに夢があるかって訊いた。そこで手を挙げたのは俺だけだったよ。他の奴らはみんな夢を持つなんて馬鹿馬鹿しいと思うか、恥ずかしい、て思うやつらばかりだった」
「……それはそれで嫌な小学校だね」
 法助の話に舞楽は苦笑し、ちびちびとゆずドリンクを飲んだ。彼女はまだ飲み終わらない。
「でも、失敗した時のことを考えたら、やっぱり夢を持つのは怖いよ。他の子達の気持ちは分からないでもない。
 だからこそ、それでも夢がある、て言えるキミはとても格好いいし羨ましいと思う」
「俺からしたら、たいしたことじゃないんだけどな。気づいたら、宇宙に行きたい、と憧れてただけなんだが」
 肩をすくめる法助。それを見て、また漫画みたいになってる、と舞楽は笑った。法助は憮然とするしかない。
「ごめんごめん、悪気はないんだ。
 ……でも、夢を持つきっかけはあったんだろ?」
 舞楽の質問に法助は思わず遠くを見るような目をしてしまう。
「まあなんていうか、それは親の影響というか、下手したら遺伝みたいなものだな」
「夢が遺伝するの?」
「少なくとも、千年前から俺のご先祖様は宇宙に行きたかった」
 突然の話の飛躍に舞楽は目をぱちくりとする。
「千年前?」
「先祖の日記がある。藤原氏の系列だったみたいだが、日記に『いつになったらかぐや姫に会えるのか』とぐだぐだと和歌を残してたりする。宇宙に行くために親子で陰陽寮に入ったり、当時の陰陽寮の長に月へ行く方法を本気で訊いてバカにされたり、その曾孫が栄西に同じ質問をして訳の分からない禅問答を返されたり、日蓮にバカにされたり、別の藤原家の日記にあの一族は代々狂ってると言われたり。
 戦国時代に宣教師から太陽暦を伝えられて『然に非ず』(その発想はなかつた)て書いてたり、次の日の日記で『よく考えたら昼に寝て夕方起きる私には太陽暦は必要なく太陰暦でいい』と負け惜しみを書いてたり……すまん、つまらない話だったな」
 ぽかんとする舞楽の視線に気づいて法助は黙り込んだ。
「ああいや、なんていうか意外すぎて。夢の話からそんな話が来るなんて……でも、いいんじゃないかな。先祖代々宇宙を目指すとか……それこそ夢のある話じゃない?」
 いきなり先祖代々宇宙を目指してる、なんて言われてもピンとくる人間なんてなかなか居る訳がない。法助はまたやってしまったと自己嫌悪する。夢の話になると熱くなるのは自分の悪い癖だ。
「別に。夢のある話でも何でもない。
 結局、誰も宇宙に行けなかったし、その子孫は自力での宇宙開発諦めて、なんとかJAXANASAに入り込む算段を探してる。色々とあきらめが悪いだけの話だ」
「あきらめが悪いことは嫌いじゃない。私だって凄くあきらめが悪いからここにいる」
 今度は法助が驚いた。彼女の穏やかそうな見た目からはとてもあきらめが悪そうに見えない。
「……ロマンチストなキミと違って、私はエゴイストなんだ。
 私に夢があるとすれば、それはともかく生き延びることだよ。少しでも長く、生きていたい」
 気楽な口調とは裏腹に舞楽の表情はどこか影がある――そう見えるのは果たして法助の気のせいか。
 見た目通り彼女の体が病弱とするならば、それこそ切実な願いなのだろう。法助の脳裏に事故死した両親の姿が浮かんだ。人はいつ死んでもおかしくないのだ。
「いいんじゃねぇか。人間いつ死ぬか分からない。それこそ、俺たちも一時間後には事故で死んでるかもしれん。長生きを願うのはいいことだろ」
「…………また肩をすくめてる」
「うるせぇ、茶化すな」
 法助が悪態をつくと彼女は笑いながら空になったペットボトルをゴミ箱に投げ捨てた。
「じゃ、行こうか。神様にお願いしに行こう。私はキミの大願成就を」
「なら、俺はあんたの諸病平癒、長寿祈願だな」
 いつの間にかそういうことになった。でも、たまにはそういうこともいいだろう、他人の幸せを祈るのも悪くない。
 法助自身は気づいてなかったが、いつの間にか仏頂面は消えていた。


つづく



 内容的には一章の半分まで。
 導入にキャッチーな要素が足りない。ヒロインと主人公それぞれにキャラの濃い主張が足りない。
 少なくとも、ラノベだったらこう、もっと「どうも、いつもニコニコあなたの側に這い寄る混沌です」て言い出すくらいのインパクトがあっていいはずである。
 それでなくとも、哲学さんの過去作みたいに、「はーい、じゃあ今から世界滅亡しまーす」て天使に告げられたりする超展開とかない。
 導入がごくごく普通にボーイミーツガールしちゃってる。
 出会った瞬間にパンチラもないし、おっぱいに顔を埋めてしまうラッキースケベもない。
 あと、2057年の正月なのに、未来描写がまったくない(笑)せいぜい超能力者が最近出るって噂があるよ程度。
 あーあと、3メートル上にある風船取ったり、ご先祖様は月に行くために陰陽師に弟子入りしたりしてたよとか微妙な伏線ももう少し強めな補強したいかなぁ。
 まあ、千年間、先祖代々宇宙目指してたよ!て口で説明するだけだとまだ足りない気もする。
 デートイベントはまだ少し続くけど。
 そろそろバトルパートに入るんだよね。
 うーむ。



 とりあえず、舞楽ちゃん、哲学さん的にはかわいいと思うのだが、みんなにこの魅力を伝えるにはどうしたものか。