とりあえず、こんな感じの話を書いてる

 さらっと晒してみる。

序章

 比良井(ひらい)遊奈(ゆな)は軽率な少女である。
 どうやら彼女には過去や未来という概念がすっぽりと抜け落ちているらしい。
 後先のことなど考えず、常にその場のノリで即断即決である。
 彼女はそうして十六年の人生を生きてきた。その軽薄浅慮さ故に数多くのトラブルに巻き込まれてきたが、彼女は特に気にしていない。いつの時代もこりない人間とはいるものである。
 しかし、だからといって、不測の事態に驚かないという訳ではない。
 目が覚めた時、冷たいコンクリートの床の上で縛られて寝転がされている状態に、彼女は大いに驚いた。
「えぇぇぇっ! ちょっ、なにこれっ?! どうなってるの?!」
 がばっ、と器用に跳ね起きた彼女の大声に周囲の少年少女達がびくりとする。彼らもまた遊奈と同様に縄で縛られ、そこら中に乱雑に寝転がされていた。その数二十人前後と言ったところか。皆、遊奈と同年代の中高生のようだった。薄暗くてはっきりと見えないが、転がされているのはなんだか特撮ドラマに出てきそうな廃ビルの一角っぽい。
「黙れ! 静かにしろ!」
 いかにもカタギじゃなさそうなサングラスに黒服の男が怒鳴る。普通の人間ならばその恫喝を聞いただけですくみ上がり、黙り込むだろう。
 けれど、遊奈は動転しているせいかまったく気にしなかった。
 ともかく、わめく。
「いやいやいや、おかしいでしょ。おかしいでしょ。おかしいでしょっ!
 ここどこなの? なんで私ここにいるのっ?! なんでみんな縛られてるの?
 だってほら、私ってば、普通の高校生で、別に金持ちの子供でもないし、モデルみたいな美人て訳でもないのに、なんでまた誘拐みたいなことになってるの? ありえない! 責任者は誰?! 今すぐ出てきて納得のいく説明をしてよぉぉぉぉぉっ!」
 縛られたままお尻のバウンドだけで器用にぴょっこんぴょっこんと跳ね回る遊奈。あまりにも元気すぎる遊奈に見張りをしていた八人の黒服達が顔を見合わせる。やがて、そのうちの一人が遊奈の前に立ち、懐から取り出した拳銃を突きつけた。
「ひいっ!」
 これにはさすがに遊奈も黙り込む。
「何でもかんでも説明されると思ったら大間違いだ。黙って、自分の運命を受け入れろ」
 黒服の言葉に遊奈は首を傾げる。
 自分の運命と言われても何が何だかさっぱりである。
 遊奈は目覚める前の自分の行動を思い返す。確か、友人に『みんなには内緒なんだけど、超能力を目覚めさせてくれる人がいるらしいから会いに行こう』と誘われたはずだ。普通ならそんな怪しい話についていくバカなどほとんどいないはずだが、遊奈はそのバカに分類される方だった。
 『なにそれ面白そうっ! 行く行くっ! 超行くっ!』ノリの良さに定評のある彼女は即断即決し、土曜日にその友人と一緒に《廃墟街》へ向かった。『みんなには絶対内緒だよ』という友人の言に従い、他の誰にも目的を告げず家を出ている。秘密のお出かけとか面白い、としか遊奈は考えてなかった。
 この街の半分は廃墟で出来ている。いや、正確には数年前に起きた大災害によって半分が廃墟になったのだ。誰もが予想しなかった大災害の傷跡は深く、未だに復旧の進んでない地区も多い。その未復旧地区を総称して《廃墟街》と呼ぶ。
 《廃墟街》はもちろん今も治安が悪く、犯罪の温床となっている。政府もその対策には頭を痛めているが、一向に改善しない。なので、遊奈は親から《廃墟街》へは近づくなと念を押されている。
 軽薄浅慮がウリの遊奈としても、そんな危険な場所へは普段は近づかない。
 しかしである。
 もしかしたら、超能力者になれるかもしれないのである。
 超能力者が増え始めている、という噂が世界中で流行初めて数年が経つ。世界各地で超能力者を目撃したという話がインターネット上で騒がれている。不思議とマスコミはそんなことを報道しないが、それが逆に若者達に信憑性を高めさせていた。
 色々な噂や憶測が流れ、その中の一つに超能力者を目覚めさせる方法が確立された、というものがある。もしかしたら、その秘密に近づけるかもしれない、と思ったら遊奈はいても立ってもいられなかったのである。
 正直なところ、超能力そのものにはさほど興味のない遊奈であったが、「不思議な噂」の真相を確かめたい、という好奇心が彼女の心を突き動かした。実に浅はかである。
 そんな世界中の誰もが知らない秘密にただの女子高生が近づける訳がない。どう考えても怪しい話だったのだが、彼女は子供のようにワクワクして怪しげな廃ビルに案内され、通された部屋で待っていたローブ姿の占い師のような人に着席を促され、出された飲み物を飲んで、いとも簡単にあっさりと意識を途絶えさせたのだ。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ!
 思い出した! 私超能力者になりに来たんだったっ!
 え? なになに? じゃあここにいるみんなも同じ目的?
 この縛られてるのはあれ? なにかの儀式? こう、縛られた状態で精神を統一すればきっと何か不思議な力に目覚めるとかとか、なんかそんな感じ? そうなの? どう? うなんでしょ? でも、こんな縛られただけだと、目覚めるって言ってもこう、別のことに目覚めそうじゃない? いやいや、私そんな趣味ないんですよ、本当に。私はこう、もっとノーマルな趣味でいいんです。いや、でも、超能力とか不思議な力に目覚めるにはまずSMに目覚めるしかないって言うんだったら、仕方ないのかもしれないかなぁって」
「…………」
 黒服は黙って手にした拳銃を遊奈の額に当てた。冷たい金属の感触が彼女の額に伝わる。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ、ちょっちょっちょっちょっとぉぉぉぉ、ストッォォォォォプッ!
 はいっ、分かりました! 黙ります、はい、黙りますよぉぉっ! 黙ればいいんですよね?
 はいはいはいはいはいはい、もう喋るのをやめますよ。全然静かになりますなります。ほら、もう質問とかしませんから、ちゃんと静かにしずかぁぁにになりますから、ね? ね? ね? だから、そんな物騒なものしまいましょーよっ!
 大事なのはラブあぁぁんどピィィィィスですって!
 物理的に平和的に即物的にガンガンドンドンバシバシに仲良くフレンドリーにいきましょうよぉぉぉぉ! 私がっ! ちゃんっと! 喋らずにいま――」
「…………おい、こいつに猿ぐつわ」
「了解っす」
 言葉が通じないと判断した黒服リーダーの声に、黒服部下が従い、遊奈に猿ぐつわをてきぱきと噛ませた。
「え? ちょっと! なんで! 私がなにか悪いことをモガモガモガモガモガ……」
 猿ぐつわをされてなおもモガモガと何か言い募る遊奈を見て黒服達は軽く戦慄を覚えた。
「世の中には本当にイケヌマなヤツって居るんだな」
「言葉が通じないってヤツは恐ろしいぜ」
「……っていうか、こいつは本当に商品になるのか?」
 カタギでなさそうな黒服達が恐れる姿はなかなか奇妙な光景だった。周囲にいた同じく縄で縛られた少年達も同感で、遊奈のとんでもなさに一様に眉をひそめ、ひそひそと隣の子と囁きあう。場の空気が明らかに弛緩していた。
「馬鹿野郎、私語を慎め。ガキ共もだ」
「す、すいやせん」
 リーダー格の言葉に黒服達も顔を引き締め、ひそひそと隣と話していた少年達も黙り込む。が、それでもまだ納得のいかない遊奈は猿ぐつわをされながらもモゴモゴと猛抗議をしつつ、びったんびったんと跳ね回っていた。
 おかげで場の空気が締まらないどころか遊奈の存在のせいでしらけていくのを黒服リーダーは感じた。これは非常にマズい傾向である。
「どうしたんだい?」
 黒服リーダーの予感に応えるように、朗らかな声が薄暗い部屋に響いた。
 現れたのは髪の毛ぼさぼさの今まさに起きましたと言う雰囲気満載の優男。場違いにも程があるのだが、黒服たちは一様に押し黙り、弛緩していた空気が一気に引き締まるのを感じた。
「――いえ、特に問題はありません。あなたは奥で引き続きお休みいただければ」
 誰も喋らないので仕方なく、代表して黒服リーダーが報告する。すると、寝起き男はにへらっといかにもだらけた笑みを浮かべた。
「――嘘はいけないな」
「ぐぁぁぁっ」
 黒服リーダーの苦悶の声が部屋に響く。黒服リーダーの体は浮いていた。それはまるで、不可視の手に首を掴まれ、持ち上げられたかのように。黒服リーダーは必死で自らの首を掴み、もがく。
「嘘はいけないよ。
 嘘は大っ嫌いなんだ。
 何があったか正直に話してくれないと、僕はもう騙されるのとかうんざりなんだ。
 どんな些細なことでもね」
 のんびりと語る優男だが、眼は座っている。だかなによりも部屋にいた者達が黙り込んだのはその優男の目が緑色の光を発していたことだった。
 ――超能力者だっ! 本物のっ!
 心の中で遊奈は叫んだ。跳ね回るのを忘れて遊奈はその光景に目を奪われる。
 目が緑の光を発し、不可思議な力を操る――それはまさに今、世界中で噂されている超能力者そのものである。
 ――本当にいたんだ! 嘘じゃなかった! すごい! 目が本当にキラキラ光りまくってる!
 優男とは別の意味で目をキラキラと輝かせた遊奈をよそに、黒服リーダーはどさりと地面に落とされる。
「説明してごらん? ほら、早く」
 優男に促され、黒服リーダーは喉の痛みを我慢しつつ、答える。
「そこの……女が、暴れ……まして、うるさ……いので猿ぐ……つわを……」
 黒服リーダーの途切れ途切れの言葉を理解した優男は一人だけ猿ぐつわさせられている遊奈に視線を向ける。
「僕は嘘をつかれることが嫌いだ。
 それが一番嫌いだ。
 でも、その次に嫌いなのはギャーギャーとうるさくわめく女だ」
「モガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガモガッ!」
 優男に睨まれ、即座に「いやいや全然マジで本当に私はまったくもってこれっぽっちもうるさい女なんかじゃないんですってばほんとのほんとに、ええもう、びっくりするほど静かな私ですってば!」と言うことを必死で説明しようとしたが、優男の視線はびっくりするほど冷たかった。
「……いいよ、この子は殺して」
 優男の言葉に黒服の一人が懐から銃を取り出した。カチャリ、と遊奈に銃が向けられる。遊奈は縛られたままゴロゴロと横に転がって逃げようとした。が、優男の目が光り、ぴたり、と場所を固定させられる。
 ――死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! 今度こそ! 本当に! 誰かいないの? 誰か誰か誰か! なんでもいい! 誰でもいい! 助けてよ! お願いだから! こんなのってないよ! あんまりだよ! 助けて!
 周囲に目を向けるが、同じ立場で囚われの少年少女達は皆目を背けている。誰も彼女を助けようとしない。黒服達は勿論彼女を助けようとはしないし、優男はただ笑っている。叫び声も上げられないし、誰も助けに来ない。完全にアウトだ。
 ――そんなっ! あの大災害すら生き残ったのに! こんなところで! こんな簡単に! まだ私色んなこと出来てないのに! 誰か助けてよ! お願いよ! 誰でもいいから! なんでもするから! どんなことでもするから! 
 かつてないほどに遊奈の脳が高速回転し、テレパシーでも出ないものかと強烈に念じ、助けを求める。それこそ考えすぎて周りの時間がゆっくり感じてきそうな錯覚を覚えかけたその時――。
ぱぁっん
 間の抜けた破裂音が廃ビルに響いた。



 部屋にいた全員が音のした方へ視線を向ける。すると、そこにはとても目つきの悪い少年が壁に背もたれて座っていた。中学生くらいの小柄な体に、鋭い三白眼を不機嫌にとがらせクッチャクッチャとガムを噛んでいる。無論、他の少年達と同じく縄で縛られたままだ。彼の視線は天井を向いており、まるで目の前の光景を気にしてないようだった。
「…………おい、お前」
 黒服の一人が声をかける。が、少年はまったく意に介してないようで、クッチャクッチャとガムを噛み続ける。遊奈を殺そうとした黒服も気勢を削がれ、銃を構えたまま引き金を引けないでいた。
「……早く、殺しなよ」
 優男の言葉に黒服は我に返る。が、その行為を遮るように、目つきの悪い少年が天井に視線を向けたまま、ぽつりと呟いた。
「星が見えないな、この場所は」
 不機嫌をこれでもか、とアピールしながら、険呑な声をあげる少年に黒服達は戸惑った。他の縛られた子供達と違い、少年はまるで黒服達を気にせず、まるでこの部屋の主かのように振る舞う。
 少年はガムを吐き捨て、ため息をついた。
「まったく、今日は流星群が見れるはずだったんだ。それがこの様だよ。まったくもって許し難いな」
 少年はすくり、と立ち上がる。彼を縛っていたはずの縄は何故か千切れ、地面に落ちていた。どうやったのか、断面は焼き切られた跡が見受けられる。
「第一、俺は浪人生だぞ? てめぇら、クソどもと違って暇じゃないんだ。
 勉強しないといけないんだ。なのに、こんなクソみたいな場所に連れてきやがって。
 この代償は高くつくぞ。
 分かってんのか? あぁん?」
 両手にポケットに手を突っ込み、少年はついにはガンを飛ばし始めた。もうこれでは浪人生と言うよりはただのゴロツキである。
 ――え、あんなに小さいのに私より年上?
 立ちあがったので背の低さが思いの外際だった少年に遊奈は場違いな感想を抱く。無論、そんなどうでもいいことに気を払ったのは遊奈だけで、黒服達は一様に拳銃を取り出し、態度の悪い浪人生に銃を向けた。縛っていたはずの縄が外されているのだ。この少年はただの浪人生なはずがない。
 もはや、黒服達も優男も遊奈に気を払う余裕はなくなっていた。
 ――あれ? もしかしてあの人……私を助けてくれた?
 遊奈が眼をぱちくりさせている間にも事態は進行していく。もはやこの場の主役は彼女ではなく、目つきの悪い浪人生と優男となっていた。
「――分かってないのはそっちの方だよ。この銃が見えないのかい?」
 目つきの悪い少年は右足をたぁん、と地面に叩き付け、挑発する。
「話を聞けよ、雑魚どもが。
 俺は、お前らのせいで大事で貴重な時間を潰されたんだ。謝罪の言葉の一つでも出せよ」
 あまりにも理不尽な少年の物言いに優男は怒りを通り越して呆れた顔をした。
 とはいえ、許すつもりはないらしい。
「うるさいのは嫌いだと言ってるだろう」
 優男はそう言って黒服達に目配せをする。おそらくは殺してもいい、という意思表示。
 だが、目つきの悪い少年は動じない。
 構わず、ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、床を力一杯踏みつけた。
たぁぁんっ
 コンクリートの乾いた音が響く。
 途端、信じられないことが起きた。
 黒服達の持っていた拳銃がまるでロケットで打ち上げられたかのように天井へと飛び上がったのである。それどころか、おそらく隠し持っていたのであろう優男の拳銃も優男の胸元から飛び出し、天井へと打ち上げられてしまった。
 打ち上げられた拳銃は天井に凄まじい勢いで激突した後、まるで下から押さえつけられているかの如く天井に張り付いたまま落ちてこない。
「…………っ!」「…………そんなっ!」「……おい、どういうことだ!」「うそだろ」
 黒服達が拳銃の居なくなった自分の手を見て愕然とする。あり得ない光景である。誰しも、拳銃がひとりでに天井へ打ち上げられるなど予想もしないはずである。
「で? 拳銃がなんだって?」
 相変わらず目つきの悪い少年が肩をすくめ、優男をあざ笑う。
「……馬鹿な、こいつ目が光らないのに超能力を使いやがった」
 黒服の一人がそう呟くと、少年は無言で床を踏み叩いた。呟いた黒服は凄まじい勢いで打ち上げられ、天井に激突し、どさり、と地面に落ちる。地面に倒れた黒服は気絶したのかぴくりとも動かなくなった。
「超能力だと? そんなぽっと出のくだらない力と一緒にすんじゃねーよ。
 俺のはもっと歴史ある力だっつーの」
 少年は悪態をつき、片耳に小指を突っ込んで気怠げに言う。
「で? お前等どうすんのよ?
 言っておくが、一人たりとも逃がす気はねぇぞ? 応援を呼ぶなら今だぜ?」
 部屋を張り詰めた沈黙が支配する。
 打ち破ったのは優男だった。
「そうか聞いたことがある。政府の対超能力者機関に不思議な力を使う目つきの悪い子供がいるってね」
「そうか? その話は初耳だな、おい。
 帰ったら情報漏洩で上司と喧嘩確定だわ」
 すっとぼける少年に対し、優男は険しい顔で告げる。
「政府の狗とはね。選ばれた力があるのに、権力の飼い犬に成り下がるなんて」
「別に飼い慣らされた覚えはないし、俺の力は選ばれたものでもない。
 俺の力を超能力なんてちんけなものと一緒にするんじゃない」
 ふっ、と耳をほじくっていた小指に息を抜きかけ少年は優男に向き直る。そして、右手の人差し指をのばし、頭上へ掲げた。
「俺の力は――宇宙に行くための力だ」
 何故か誇らしげに語る少年に優男は不快感を露わにする。寝ぼけたような半目が見開かれ、少年を睨んだ。
「宇宙? そんな所に行って何になるんだい? 宇宙なんて大嫌いだ」
「……まあ、この街の住人ならそう言うか」
 少年はため息をつく。
「当たり前だろう。この街が、この場所が何故こんな廃墟になったのか。
 ……知らない訳ないだろう?」
 どうやら優男の地雷を踏んでしまったらしい。それまで、「うるさいのが嫌い」だとか「嘘が嫌い」だとかつまらい理由で怒りを漏らしていた優男が本気で怒りを露わにしている。まあ、それも仕方のないことだろう。なにせこの街は――。
「――隕石の墜ちた街。
 世界でも類を見ない記録上初の大都市直上型隕石衝突災害の起きた場所。
 まあ、宇宙が嫌いになる気持ちも分からんでもないな」
 そう、かつてこの街には隕石が落ちたのだ。直径二十メートル級の隕石が落下し、街の半分は廃墟となった。
 普段自分が住んでる街に隕石が降ってくるなど誰が考えようか。
 アニメや漫画などのフィクションならいざ知らず、実際に隕石によって街が崩壊するなんて想像もしないことだ。しかし、地球の長い歴史を考えれば決してありえない話ではない。
「けど、だからといって、違法のクスリを売っていい理由にはならんな。
 ちまたで噂の超能力覚醒剤《ゲイト》を売りさばいてるのはてめぇらだろ?
 子供相手にこすい商売しやがって。
 俺は自分の不幸を理由にして悪事を働く野郎は大っ嫌いなんだよ」
 少年は元々鋭い目を更に尖らせる。
「偶然だね。僕もキミみたいな夢見がちな少年は大嫌いだ」
 優男の言葉を合図に、それまで黙って見ていた黒服達が一斉に少年への距離を詰める。武器がなくとも多勢に無勢。黒服の残り人数は七人。一人か二人天井に打ち上げられても、残りが少年を押さえつければおしまい――それが黒服達の狙いなのだろう。
 しかし――。
「――甘めぇよ」
 少年の力は最初に複数の拳銃を打ち上げたことからも分かる通り、複数のターゲットを指定することも可能。故に、少年にとって迎撃も容易だった。
 少年は足を振り上げ、床へとたたき込もうとして――地面に足が届かない。よく見れば少年の体は床から数センチ浮き上がっていた。
「タネが割れた手品に未来はないよ」
 優男が眼を緑に輝かせて語る。その間にも黒服達は少年へと距離を詰める。
「しまっ――なんていうと思ったか?」
 少年は胸の前で両手を叩いた。
ぱぁぁんっ
 響き渡る一拍子の音が七人の黒服達を打ち上げ、天井に叩き付ける。いくつかの悲鳴と共に黒服達は地面に落下し、再度悲鳴を上げた。何人かは気絶せず意識があるようだが、激痛で動けないようだった。
「でも、君はもう僕の射程圏内だ」
 いつの間にか優男は数メートル少年の側へ移動していた。
 それと共に少年の高度が上がり、首が絞められる。最初に少年の首を絞めなかったのは射程の問題だったらしい。少年は苦悶の表情を浮かべながらも、再び両手を鳴らそうとするが、不可視の力が少年の両腕を拘束する。
「残念だったね。足は地面に届かない。両手も使えない。
 宇宙を夢見たまま、この世からさよならだ!」
 優男は目から漏れ出る緑光を更に強めながら笑う。優男の勝利は確定したかに見えた。
 が。
たぁぁんっ
 少年の両足がぶつかり、部屋に靴の衝突音が響く。
 次の瞬間、天井に優男が打ち上げられ、激突音と落下音が響き渡り、勝敗は決した。
「バーカ、ツメが甘めーんだよ」
 少年は地面に着地しつつ、毒づく。遅れてそれまで天井に張り付いていた拳銃達も次々と地面に落ちた。
「さてと……」
 首をさすりつつ、少年は周囲を見回した。途端、それまで傍観していた囚われの少年達が一斉に視線を逸す。当然だろう。いくら彼らを捕らえた敵を倒してくれたとはいえ、謎の超常の力を使い、戦うところを見せたのだ。感謝の念よりも恐怖が先行してもおかしくはない。
 少年にとってそれは見慣れた光景だった。なので、すぐに気を取り直し、落下した拳銃を回収し、囚われていた子供達の縄を外しつつ、黒服達を縛り上げた。
 そして、最後にこの部屋で唯一猿ぐつわをされた少女――遊奈の元へ向かう。
「……たく、お前のせいでせっかくの潜入計画が台無しだ」
 愚痴りつつ、遊奈の猿ぐつわを外してやる少年。少なくとも、遊奈を見捨てていれば計画は成功していたはずだ。なのに、彼女を助けた辺り、見た目は凶悪な面をしているが、根はいい人間らしい。
 ――いいえ、きっといい人なんだわ! そうに違いないって!
 そう思ったので即座に遊奈は感謝の気持ちを表した。
「ありがとうありがとうありがとうっ! すごくすごく助かった! あなたは命の恩人だわっ! 見た目は酷いのにいい人ね! しかも強いし!
 ていうか、今の力何? 超能力じゃないってどういうこと? 普通の人間にあんな力ないでしょ? 宇宙と何か関係あるの? 宇宙人なの? 宇宙からエネルギー貰ったりしてるの? そんな力があるのに何で超能力者になる方法を探しに……って政府のお狗さまなんだっけ? ワンワンなの? ワンワンなのね? ワンワンは結構好きよ? 私が小学校の時の話なんだけどさ――」
 猿ぐつわを外した途端、立て板に水の如く凄まじい勢いでしゃべり出した挙げ句思いっきり話を脱線し始めた遊奈に少年は頭がくらくらするのを覚えた。あの黒服が猿ぐつわをかけたのは正解だったと思い直す。が、今更猿ぐつわをかけ直すのも忍びないのでぐっと堪えて我慢した。
「悪いがお前の思い出話に付き合ってられねーよ」
 少年はため息をついて首を横に振る。せっかく感謝をしたのに何故か嫌そうな顔をされて遊奈はショックを受けた。そこでようやく遊奈も自分が喋りすぎたのかも知れない、とあまりにも遅い反省をする。
「じゃあさじゃあさ! これだけ教えて頂戴!
 あなたの名前は? あなたは何者なの?」
 遊奈の問いに、少年は苦笑しつつ、答えた。
「俺の名は新城法助。時代遅れの魔法使いさ」
「魔法使い! すごい! そんなのが本当にいるんだ!」
「……疑わないんだな」
 キラキラと眼を輝かせる遊奈に少年――法助は戸惑いの表情を浮かべる。
「勿論! 命の恩人の言うことだもの! 信じるわ!」
 にひっ、と笑い、彼女は縛られた芋虫のような体勢のまま叫ぶ。
「じゃっ、惚れたので結婚してくださいっ!」
 場の空気が一気に沈んだ。
「………………………………はぁ?」
 あまりにも訳の分からない物言いに法助はその言葉の意味を掴みかねる。
 だが、遊奈は本気だった。
「だから、好きです。結婚してください」
 比良井遊奈は軽率な少女である。
 どうやら彼女には過去や未来という概念がすっぽりと抜け落ちているらしい。
 後先のことなど考えず、常にその場のノリで即断即決である。
 でも、常に本気で生きている少女だった。
「……断る」
 法助は呆れながらもこの変な少女の申し入れを断った。当然の反応である。
「じゃあ断ることをお断りしますっ!」
「知るか」
「いーえ! 絶対絶対ダメ! これは運命よっ! きっと! そう、私の人生はあなたに会うために会ったんだわ! そうに違いない! 私は確信したの! そう、だって私の勘て当たることもあれば当たらないこともあったりするもの! きっと大丈夫よ!」
 べらべらと戯言のマシンガントークを開始する遊奈に法助は肩をすくめる。
「……やーべぇー、なんか厄介なヤツに絡まれた」



 軽率にして猪突猛進の権化のような少女――比良井遊奈。
 魔法使いを名乗る謎の少年――新城法助。
 この二人の出会いが数奇な運命の始まりだった。



 微妙に筆が乗ってない。

 話としては、政府の対超能力者エージェントである法助が《隕石の墜ちた街》へ赴き、そこで「超能力覚醒剤《ゲイト》」をばらまいてる組織を追う話。
 そこで、超絶軽率ヒロイン比良井遊奈と出会って、まあ色々としっちゃかめっちゃかする話。




 ヒロインの出会いと世界観の説明が上手く混じり合ってない。
 おかげで視点が分散している。
 これは余りいい傾向とは言えない。
 そして、比良井遊奈が読者に好かれるよりはウザがられる系のヒロインである。
 こ、この子はウザ可愛いですよ! と思うけど難しいかなぁ。
 ていうか、本当はもう一イベントを序章に詰め込む予定だったんだけど、長くなったのでカット。
 うーん、もう少し練らないとなぁ。