ルーデンス×ディグニティ 序章・第一章

 色々ととっちらかってるけど、あげ。
 なんていうか、練り込みが足りない。
 ぶっちゃけ「掴み」としては失敗してると言わざるをえない。
 書き直したい……でも時間がない……。


ルーデンス×ディグニティ

序章

 俺って、世間的に言えばヒモなんだよね。
 と、これだけ伝えても分からないだろうから、まずは自己紹介をしよう。
 俺の名は粟井友重。十六歳の男子高校生だ。
 バイトなんかは一切してないから、収入はない。おかげで、学費や生活費の全てを同居人に頼っている。
 ここだけを聞けば、そんなのは当たり前でヒモにあたらないと言われるかもしれない。まあ確かに、日本に住んでる多くの十六歳は親や保護者に類する人間に生活支援を受けて生きてる。だから別にバイトとか働いてなくても非難されることは少ないだろう。
 ところがどっこい、俺の同居人は別に俺の親族でもないし、保護者でもない。血縁的に、あるいは法的にも全くの赤の他人だ。
 古風に言えば、俺の身分は食客ってヤツだ。
 今風に言えば、居候――が一番正しいかな。
 自分の現状を振り返って、一番近似値が高いと思うのはドラえもんだ。
 日本を代表するかの偉大な漫画家藤子・F・不二雄先生の作品にはドラえもんハットリくんオバケのQ太郎など、色んな居候キャラが存在する。あいつらは働く訳でもないし、家事をそれほど積極的に手伝う訳でもなく、ただ主人公の少年の家に居候している。
 まさに、俺の立場はあいつらと同じだ。違うとすれば学校に通ってるのが子供の方ではなく、居候キャラである俺の方であることくらいだろう。
 なんにしても、俺は十歳の子供の家に居候している。しかも、衣食住の全てをこの子供に賄って貰っているって訳だ。これは比喩でも何でもない。何故ならこの子の両親は去年他界し、その莫大な財産をその十歳児が引き継いでいる。俺はその莫大な財産の一部――それこそ十歳児のポケットマネーに生かされているのだ。
 十歳児のヒモとして生活しているとは、我ながらかなりの情けない話だ。とはいえ、こちらも中学卒業と同時に親に勘当されて路頭に迷ってたんでね。他に選択肢はなかった。いや、もう少し考えれば児童相談所や区役所などに訴えれば別の違った道があったかもしれない。けど、親に勘当された当時はさすがの俺も気が動転してそこまで考えが及ばなかった。
 おいおい今時、十五歳の子供を勘当する家なんてねーよ、て思うかもしれない。けどまあ、勘当されてしまったものは仕方ない。今となっちゃ、粛々とそれを受け入れるしかない。なにせ、理由が理由だ。
 俺は呪われてしまったのだから。
 俺のような呪われた人間はそれこそ死んでしまった方がいい、そう思った時もある。しかし、結局俺は生きることを選んだ。こんな俺でも、必要とする人間がいると知ったからだ。
 かくて俺は自分を拾った金持ちの十歳児と共に生きることを選んだ。
 ただ一つ断っておきたいのは、今の生活も何の代償を支払わずに享受している訳ではないと言うことだ。鶏鳴狗盗の故事の通り、食客とは雇い主の為に生かされている。
 俺がこの洋館に住まう条件はただ一つ。
 かの十歳児の遊び相手をすることだ。

「さぁ、ゲームをしよう。
 何をおいてもゲームだよ。
 人の命は短い。
 時の流れは留まることを知らず、ボク達を押し流す。
 それらのすべてに愉悦と涙と笑顔を捧げるために。
 これからの日々のすべてを、
 キミとボクで、
 遊んで、遊んで、遊び尽くそう」

 ああそうだ。
 俺は、あの子と遊ぶために生きている。
 命尽きるその時まで、俺はあの子と遊び続けるのだ。

第一章

粟井くんってロリコンなの?」
 突然の言葉に俺は訳が分からず、片付けをしていた手を止める。
 放課後の美術室。
 運動部の連中のやたらうるさい叫び声や音楽室からの不協和音などが遠くから聞こえる。
 美術部の活動として絵を描いていたのだが、今日はどうにも調子がよくない。また、この後約束があったのでそろそろ帰らないといけない。そんな事情があったので俺は作業を切り上げて帰る準備をしていた。
 その矢先、教室の隅で漫画を読んでいた不真面目な美術部の先輩――和無(わなし)梨子(なしこ)に声をかけられた、という次第である。
「……いや、違いますけど?」
 思わず素の返事を返してしまう。何かの冗談なのだろうか。それならもっと気の利いた返事をすべきだが、あまりにも虚を突かれたので面白くない返事をしてしまう。
「えっ? そうなんだっ! ごめーん」
 何故か先輩は意外そうに驚き、謝ってくる。和無梨子――通称ナシナシ先輩はくりくりとした大きな目が特徴的な童顔と、それに似合わぬやたら成長したわがままボディによって男子生徒からの人気が非常に高い美少女だ。ショートカットの髪の毛がやや赤みがかっており、良くも悪くも目立つ人といえる。自分のかわいさを自覚し、かわいい自分なら何言っても許される、と思ってるらしい。なんつーかまあ、色々と厄介な人だ。
「いやいや、ちょっとちょっと! 先輩の中で俺はどういう扱いなんですかっ?!」
「じゃあさ、おっぱい星人なのかな?」
 俺の問いかけを無視し、たわわに実った胸を自分で掴みつつ、先輩が訊いてくる。
 脈絡もない質問に俺は目を白黒させる。
「えっと……質問の意味が分かりません」
「……あれー? 違った? あー、じゃあアレだ、年上とかお姉さんが好きなのかな?」
 わざわざ自分の口でうっふーん、とか子供っぽいこと言いながらグラビア写真みたいな胸の谷間を強調するようなポーズを取るナシナシ先輩。顔はともかく、小柄ながらも肉体は女として完全に成長しちゃってるナシナシ先輩がとるとやたらめったら扇情的だ。健全な男子高校生として頬を赤らめつつ、それでも俺は首を横に振った。
「だから、意味が分かりませんて。何がしたいんですか?」
 俺の言葉に先輩が「がーんっ」て口で言って後ろによろけた。
「あ、あれー? おっかしいなー。どこで間違えたかなー」
 唇に人差し指を当ててやたら、おかしーなおかしーなと首を傾げ続ける先輩に俺はどうしていいか分からず黙り込む。なんていうか、俺からすれば先輩こそが間違いだらけに見えるが。
「じゃあ、粟井くんって私のどこが好きなの?」
 至極当然、と言った調子で聞いてくる先輩の言葉に俺は一瞬考え込んだが、すぐに結論を出す。
「いや、別に先輩のことこれといって好きではないですよ」
 先輩は自他共に認める学園でも指折りの美少女の一人である。ファンもすごく多い。が、俺からすればただの不真面目な先輩くらいの認識だ。
「えぇぇっ!」
 俺の発言に先輩は元々大きな目を更に大きく見開き、後ろにたたらを踏む。なかなかリアクションの大きな人である。
「じゃあなんで、美術部なんかにいるの?」
「そりゃもちろん美術をするためですよ。もしかして、美術部を自分のファンクラブかなんかだと思ってたんですか?」
「うん」
 躊躇無く頷きやがった。すごいなこの人。
「いやだって、おかしいのは、粟井くんの方だよ!
 今年の一年生の男子部員は八人いるけど、そのうち七人は全員私にメロメロなんだよ!
 一人だけ私が好きじゃないとか常識で考えておかしいよ! 異常だよ!」
「いやいやそんな、みんながやってるから自分もそうしなきゃみたいな日本人独特の同調圧力を強要されても困りますよ」
「いやだって、ほら、ほら、私のこの肉体を見てどう思う?」
 と再び何かグラビアモデルっぽいポーズを取る先輩。今度は頭の後ろで腕を組み、上半身を仰け反らせ、やはり胸を強調させるようなポーズだ。
「えーと、うーん、そうですねぇ、トランジスターグラマーだと思います」
「……なにそれ?」
「自分で調べてください」
 俺の言葉にさっとスマートフォンを取り出す先輩。
「よーし、ちょっと待っててね。音声入力をオンにして……とらんじすたーぐらまぁ、と。よし、検索」
 スマホに向かって必死で話しかけながら検索する先輩。やがて、解答に辿り着いたのか、どれどれと神妙な顔つきで文章を読み進めていく。
ロリ巨乳のことじゃんっ! なんで、わざわざそんな難しい英語で誤魔化すの? ロリ巨乳って言えばいいじゃんっ! 粟井くんおかしいよっ!」
「若い娘がロリ巨乳ロリ巨乳と叫ばないでください。はしたない」
 というか、先輩はロリ巨乳って言葉を知ってるんですね。いや、先輩のハーレムの連中からいつも言われてるのかもしれない。女性にそんなことを言うのはセクハラだと俺は思っていたが、違うのだろうか。女の人って分からない。
 いや、そもそも別にトランジスターグラマーは小柄で体つきのよい女性を表す言葉であって、必ずしも童顔とかロリ巨乳って意味はないはずなんだけど。
「でもだったら、なおさらおかしいよ。ロリ巨乳って日本人ならみんな大好きな体型じゃないっ! そんな私を好きにならないとか、粟井くんはホモなの? ホモでしょ? ホモだったのね!」
「三段活用で勝手に人をホモにしないでください。セクハラで訴えますよ」
「え、男の人は女の人にセクハラで訴えれないでしょ? その場合は逆セクハラでしょ?」
「……じゃあ、それでいいです。逆セクハラで」
 ――変なところで細かい人だな。
 なんにせよ、埒があかない。普段の俺ならこのよく分からない冗談に付き合ってあげるところだが、俺にはこの後約束があるので早く帰らなければならない。
 俺はため息をつき、ともかく話を切り上げようとする。
「和無先輩の言いたいことも分からないでもないですが……」
「それだ」
「え?」
 びししっ、とこちらの鼻先に人差し指を突きつけてくる先輩。
 ――マナー違反ですよ、先輩。
「駄目だよ。そんな他人行儀じゃ。私のことは親しみを込めて梨子って呼ばないと」
「いや、そんな先輩をいきなり下の名前で呼び捨て出来るほど親しいつもりはないですが」
 そもそも俺は先輩がハーレム達といちゃいちゃしてるのを尻目に黙々と真面目に絵を描いたり粘土作ってたりしてたクチで、先輩のハーレム達と一緒にされても困る。
「だーめ。私のことを名字で呼んでいいのは私の敵と味方だけだよ!」
「それって全員名字で呼んでいいですよね?」
「……あれ、ホントだ? おかしーな、元ネタはなんかもっと格好いい台詞だったと思ったけど」
 たぶん、ネット上でなにか格好いい台詞を見かけたので真似したのだろう。でも、うろ覚えだったので、決まってない。全然格好良くない。
「んー……ともかく名字で呼ぶの禁止! 分かった! 副部長命令よっ!」
「はぁ……分かりました」
 なんだかよく分からないけれど、ともかくファミリーネームを禁止されてしまった。
 ――年上の女性を下の名前で呼ぶのはなかなか思春期の男子としては勇気がいるのだが。
 しかし、ここで恥ずかしがっては相手の思うつぼ。それならば、と反撃を試みる。
「じゃあ、梨子先輩は俺のことなんて呼ぶんですか?」
 俺の言葉に先輩はきょとんとする。
「えーと、君の下の名前って友重くんだっけ? なんだか古くさい名前だねー、親しみを込めて呼びにくい」
 酷い。この人さらっと、人の名前を否定しやがったよ。まあ、古くさいけど。悪かったですね、うちの親は柳生四天王が好きだったんですよ。先輩は知らないと思うけど。
「よし、ここは一つ愛情を込めて『ともちー』クン、と呼んであげよう」
 うわぁ、恥ずかしい。なんでまた女の子みたいな呼び方されないといけないのか。
「……まあもう、この際なんて呼んでもいいでけど、それでどうするつもりなんです?」
 ――俺としてはとっとと帰りたいんですけど。
 軽くイライラし始めた俺とは対照的に、提案をあっさり受け入れたのに気をよくしたのか、えへへ、とはにかむ先輩。頬を赤らめつつ、上目遣いにおねだりしてくる。
「それじゃ……キス、しよっか」
「お断りします」
「……なんでっ?!」
 ――なんでも何も展開がおかしすぎる。この人の頭の中はどうなってんだ。
 とはいえ、ちょっとドキッとしたのは秘密である。見た目がいいから突飛な行動をしても心臓を鷲づかみにしてくる美少女と言う存在は反則だと思う。
「こんなにかわいい子に迫られて断るとか、礼儀を通り越してマナー違反だよ!」
 ――たぶん、礼儀とマナーってだいたい一緒の意味だと思いますけど。
「んもう、そこに座りなさい!」
「俺は最初から椅子に座ってますが……」
「いいから、床に正座っ!」
 よく分からないが、鬼気迫る先輩の態度に俺は仕方なく、床の上で正座する。放課後の美術室で美人の先輩に床で正座させられるとか、どういうシチュエーションなんだこれ。
「いい? ともちークンはそうやっていつもいつも真面目に美術に取り組んで……部活というものをはき違えてるよ! ここは全国大会目指したり、インターハイ目指したりするようなところじゃなくて、みんなで仲良く和気藹々と楽しむところなんだよ!
 そんな一人だけ黙々と絵を描いてるとか、青春の無駄遣いだよ! 副部長として見過ごせないよ! もっとみんなと仲良くしないと!」
 やや突っ込みどころがあるが、意外と正論な先輩の言葉に俺はやや驚いた。どうやら美術部でやや浮いてる俺を心配してくれていたらしい。何故か先輩のハーレムの一員に加えようとするのも、先輩なりに他の部員と同列にするための手段ということか。絶対に間違ってると思うけど、先輩なりの思いやりなのだろう。
「だから私とセックスフレンドにならないとっ!」
「なんでですかっ?!」
 俺は思わず突っ込んだ。飛躍しすぎだろう。
「え? 思春期の男の子達ってみんな、こう、かわいい女の子と《友達以上恋人未満》になりたがるもんじゃないの?」
「……古きよき日本の淡い恋を表す《友達以上恋人未満》をそんな色欲にまみれた外来語で穢さないでくれません?」
 思わず語気を強めて先輩を睨む俺。
「え? でも、セックスフレンドって友達以上の関係だよね?」
「まあ、そうとも言えますね」
「でもでも、体だけの関係だから、恋人未満だよね?」
「……まあ、そう……言えるかもしれませんね」
「じゃ、《友達以上恋人未満》はセックスフレンドであってるじゃん!」
 俺は思わず額に手を当てて、黙り込んだ。この馬鹿な先輩をどうやって説得すればいいのやら。
「えーと、どっちかというと、セックスフレンドは《友達以下恋人未満》じゃないですかね?」
「フレンドなのに?」
「どっちかというと、セックスオンリーフレンドですよ、あれは。
 ん? ……ていうか、もしかして美術部員の男子って全員……」
「私と寝てるよ。えへっ!」
 ――なんだよこのロリ巨乳ビッチ先輩。昨今の若者の性の乱れの象徴のような人だな。怒るどころか呆れるしかない。
「よし、じゃあ俺この部活やめます」
「なんでっ?!」
「音楽性の違いです」
「美術部なのにっ?!」
「知らなかったんですか? プレステやWiiが今でもファミコンと呼ばれたり、CDとかDVD扱ってるところがレコード店と呼ばれたりするように、これは慣用句なんですよ。美術の分野でも、演劇の分野でも、小説とかの分野でも、一つのチームが互いの主義主張によって分かれることを《音楽性の違いで別れる》って言うんです」
「へー、そうだったんだ。ともちークンは物知りだね」
「嘘ですけど」
「嘘ですかっ?!」
 なんでこんなに簡単に騙されるんだこの人は。
「バカバカバカバカっ! もう、なんでそんな訳分からない嘘つくの?! そんなに私のことが嫌いなのっ?!」
 ポカポカポカポカと俺の胸を叩いてくる先輩。抗議のつもりなんだろうけど、力が入ってないのか、もともと非力なのかよく分からないけど全然痛くない。
「いや、おちょくると面白いな、て。こうして話してみると結構先輩のこと好きになってきましたよ」
「歪んでるよ! 愛がっ!」
「友情の歪んでる先輩に言われたくないですね」
 俺は先輩の体を引きはがし、まあまあ、と落ち着かせる。
「なんにしても、部員全員と仲良く穴兄弟になるつもりはありませんよ」
穴兄弟?」
 きょとんとする先輩。どうやら、この言葉は知らなかったらしい。
 ――また説明するのは面倒だ。
「意味は後で俺以外の男共に聞いてください。つーか、先輩みたいな美人がそんな安売りしないでくださいよ。色々とがっかりです」
「安売りじゃないよっ! みんなそれぞれいいところあって、私は好きだよ!」
 ――色々と敷居低いな。少なくとも、日本人の感覚じゃない。なんだろうか、この人は共産主義者なのだろうか。それとも、宇宙人なのだろうか。
 なんにしても、俺とは文化が違う。いや、うん、確かに先輩の体は官能的でそそるものはあるんだけど。少なくとも、中学までの俺だったら一も二もなくとっとと抱きついていたのだろうが――、今はそういう色恋沙汰とは距離を置きたいところだ。おかげで中学時代は酷い目に遭ったし。とはいえ――。
「……ちなみに、先輩から見て俺の魅力はなんですか?」
 一応聞いてみる。
「そんなの簡単だよ。床から立ち上がってみてよ」
 やけに自信満々に言う先輩に従い、立ち上がる。やっと正座から解き放たれたが、おかげで先輩の顔が一気に下の方まで下がる。これはこれで会話しにくい。
 先輩は、立ち上がった俺を見上げながら、えへん、とその自慢の大きな胸を張り出した。
「ほら、身長一八〇センチ以上あるでしょ?」
 俺は首を傾げた。自分の顔から四〇センチ下にある先輩の顔を見下ろし、訊ねる。
「……で?」
「で? じゃないでしょ! 男の子で、身長が一八〇センチ以上もあったらそれだけで魅力的だよ! 後はどうでもいいよ!」
 ――先輩にとって、俺は背が高いだけの男ですか。
 本当に極端というか、よく分からないけどすごく偏った人だ。昆虫とかで角が大きいとか体が大きいとかがそのままセックスアピールになるのと同じだ。ちょっと傷ついた。あくまでほんのちょっとだけど。ほんとに、ちょっとだけ。
 俺はなんだか色々とどうでもよくなり、そそくさと荷物をまとめ、鞄を担いだ。
「……まあいいや。ともかく疲れたので俺帰ります。退部は身長を褒めてくれたことに免じてやめてあげますから」
 先輩の頭をぽんぽんと叩きつつ、俺は横を通り過ぎようとする。叩きながら、この人の頭は実に叩きやすい位置にあるな、とかどうでもいいことを思った。
「ちょーっと、ダメダメダメ! 話は終わってないよ!」
 鞄を担いで帰ろうとする俺に対し、美術室の扉で両手を大の字に広げて通せんぼする先輩。
「えー? この背が高いくらいしか取り柄のないこの俺になんの用なんです?」
「そうやってすぐに他人と距離を取ろうとするのはともちークンの駄目な所だよ!」
 ――いや、今のは完全に先輩のせいだと言いたい。
「そういう先輩は他人との距離の詰め方を完全に間違えてます」
「これでも、私は神社の娘なんだよ! 巫女さんなんだよ! たぶんキミよりも沢山の人に接してきてるつもりだよ!」
 ――この人はロリ巨乳ビッチ巫女先輩だったのか。多重属性過ぎる。
 どこの神社だろう。祀ってる神によってはホントにセックスで対話しようぜ、な神様もいるのが八百万の神の恐ろしいところ。よく勘違いされることだけど、別に巫女は処女でなくてもいいからなぁ。
「しかし、巫女ってわりには先輩の髪って赤いですね。それって染めてるんですか?」
「あ、これ? これは地毛。遺伝だよ。ひいひいおじいちゃんがアメリカからの帰化日本人だから。トミー・ワーナーって名前で、すんごい髪の赤い人だったらしいよ」
 なるほど、「ワーナー」が帰化して『和無』になったのか。先輩が日本人離れした体型をしてるのも白人の血が十六分の一混じってるからかもしれない。いや、そこまで薄まってたらあんまり関係ないか。いや、こう言うのを隔世遺伝と言うのかもしれない。
「はいはい、なるほど。前々からの疑問がちょっと解決しました。いやーよかった。
 ――というところで帰ります」
「コラコラコラッ! 駄目だってばっ! んもうっ!」
 その場のノリで横を通り過ぎようとする俺を再び通せんぼする先輩。
「今日中にもっとともちークンと親密にならないと、副部長としての示しがつかない!」
「個人的には結構親密になったつもりですが」
 お家の由来とか、巫女さんだとか、色々と先輩のことはよく知ったし、この三ヶ月で一番仲良くなったと思う。
「……もしかして、俺を落とせるか部の女の子達と賭けてません?」
 俺の言葉に先輩は眉をぴくん、とさせ、目をそらす。
「そんな……ことは……ない、よ」
「嘘をつくならもっと上手くついてください」
 ――バレバレすぎて騙されてあげる気にもならないですよ。
 なんというか、今まではほっといても男がほいほいついてきたのだろう。だから、男を落とす方法とかが全然分かってない感じだ。いや、ここまでのやたら幼稚な言動や仕草はなかなか小動物的なかわいさがあって、普通の男なら一発で落ちててもおかしくはない。というか、中学までの俺なら完全に落とされてただろう。
 ――悪いですね、先輩。先輩はぶっちゃけかわいいと思いますが……なんといいますか、今はそういうのいいんですよ。とりあえず帰りたいんですよ。
 心の中でわびを入れつつ、俺はため息をつく。果たしてどうやってこの先輩を言いくるめたものか。ここは一つ、本当のことを告げよう。
「……実は言ってなかったけど今日は先約があるんです。親交を深めるのはまた今度にしてくれませんか?」
「用事って何?」
「……家主に今日は早く帰れって言われてます。俺は寮住まいじゃなくて、知り合いの家に居候してる身なんですよ。居候の身としては家主の言うことは聞かなければ」
「そんなのいいじゃない。健全な男子にとって、目の前のこのかわくてエロい女の子と大家さんのどっちが大事だと思ってるの?」
「悪いですが、俺にとっては家主の方が大事です」
 ――もう自分でエロと言い出したな、この人。エロがあれば男はなんでも言うこと聞くと思いすぎだ。……まあ、あながち間違いと言い切れないのだけれど。
「えー! ともちークンの甲斐性なしっ!」
 ――いい加減帰らせてもらえませんかね、ホント。
 だが、俺が口を開くよりも早く、先輩は自らの大きな胸の前でぱんっ、と手を叩く。
「よし、じゃあゲームだ! ゲームで勝負しよう!」
「……ゲーム?」
 思わず先輩の発した言葉に俺はつい反応してしまう。
「どうしたの? 怖いよ、顔が」
 先輩の言葉に俺はハッとして顔を押さえた。先輩はしてやったりと言わんばかりに得意げな顔をしている。そうか、すべてはこの為の伏線か。
「いいね。さっきは身長だけって言ったけど、そうして真面目な顔をしてるととってもイケメンだよ。いつものスカした顔よりずっといい」
 俺と仲良くなるというのもたぶん本当の目的なのだろうが、それはついでなのだろう。あくまでも本命は――。
 ――俺にゲームをさせることかっ!
 先輩は驚くほど可愛らしくにこやかに誘いをかけてくる。
「ねえ、ともちークン。私とゲームをしようよ。それくらい、いいでしょ?」



「お断りします」
 俺の硬い声に対し、先輩はあくまで呑気に言い寄ってくる。
「えー! なんでなんでー! いいじゃないそれくらい!」
「俺が一身上の都合によりゲームをしないってこと、先輩だって知ってるでしょ?」
 俺は先輩を睨みつけるものの、先輩はまったく物怖じしない。
「うん。聞いた。
 なんていうか、びっくりしたよ。本当にキミは――普通じゃない」
 ――そりゃそうでしょうよ。
 俺はありとあらゆるゲームをしないと周りに公言している。それはプライベートなことだけでなく、学業などにおいても同じだ。体育の授業や、あらゆる学校行事などにおいて俺はゲームに関わることに参加しない。どうしてもと言われたら不戦敗扱いにしてもらう。
 何人かの先生はそんな俺を快く思ってないらしい。しかし、入学前に『他者とゲーム形式で競うことの一切を拒否する』旨を申告し、了承を貰った上で入学しているのだ。許可を得て入学しているのだから文句を言われる筋合いはない。
 どんなゲームに対しても拒絶を行う俺に対し、当然のことながら数多くの生徒が疑問や否定的な感情を持っている。ただゲームをしないだけなら目立つ事じゃないかもしれないが、教師に圧力をかけてまで拒否するなんてただ事ではない。
 こんな俺なので、学校で目立つのは当然で、回りからは浮くし、他人との距離も開く。当たり前の事だ。周囲ではかたくなにゲームを拒否する俺を見て、『粟井がゲームをしたら世界が滅びる』とか『封印された魔物が復活する』とか様々な憶測・流言が飛び交ったりしている。
 ――我ながら今までよく学校生活を送れたものだ。
 とはいえ、人間とは慣れる生き物で、三ヶ月も我慢すれば俺にちょっかいをかけようという人間はほとんど居なくなり、「あれはああいう生き物だ」と放置する人間が大多数を占めていた。
 ――それを、このタイミングでこのおっぱいオバケな先輩に絡まれるとはね。
「別に、ゲームをしないからといって仲良くなれない訳ないでしょう?」
「何事も度を過ぎると上手く行かないものだよ」
 ――色んなものが度を過ぎてる先輩に言われたくない。
「いいじゃないですか。一人くらい、ゲームをしない人間がいたって」
 だが、先輩は諦めない。
「これは私の個人的な予想だけれど――死んだお兄さんが関係してるのかな?」
 俺は見開き、息を飲む。
「お、その顔は図星かな?」
 俺は、ただただ静かに先輩を睨んだ。
粟井キング――《覚醒の獣》(アウェイキング)と呼ばれたゲームの天才。あらゆるゲーム大会で優勝し続けた神童。
 それがキミのお兄さんでいいんだよね?」
「困りましたね。ウチの兄のネーミングセンスの無さがこんなところで足を引っ張るとは」
 ――なんだよ、粟井キングって。そのまんますぎるだろ。
 ゲーム大会には本名じゃなくてニックネームなどを登録して参加することが出来るものがある。おかげでゲーム大会の優勝者の名前が顔文字や変なものだったりするのは日常茶飯事だ。勿論本名をもじった名前を使うのもごく一般的だが、それでも粟井キングは安直すぎる。
「兄の名前を知ってるとか、先輩はゲーマーだったんですか?」
「ネットニュースで見かけたことがあったの。『有名ゲーマー粟井キング、暁に死す』ってね」
「いや、暁は嘘でしょう」
 ――残念ながら兄が死んだのは深夜でしたよ。
 思わずツッコミを入れつつ、兄の死亡記事が新聞にも載っていたことを思い出す。確か新聞の方には本名も載っていたはずだ。だとすれば、俺の素性を調べることは決して難しくない。むしろ、遅すぎた方、と言えるかもしれない。
「キミは兄の死がトラウマになっている。だから、ゲームをするとなんらかの発作を起こす。それらの事情があるから学校側もキミにゲームを無理強いできない、て感じ?」
 俺は静かに肩をすくめた。
「先輩にしては頭を使った解答ですね」
「ちょっと、それどういう意味? あ、でもその様子だと違うみたいだね」
 ――しまった、そう言うことにしておけばよかったか。
 先輩の勘違い推理に乗っかり、「だから、俺はゲームできません」と言う方がまだ信憑性がある。本当の理由に比べればよっぽどそっちの方がもっともらしい。
「ちなみに、もしそうだとしたらどうだったんです?」
「トラウマ克服のためにどんな発作が起きようとも強制的にずぅぅとゲームさせようかと」
「ひどいっ! メチャクチャ鬼畜じゃないですか」
 ――マジで極端すぎるだろ、この人。精神病の友達が居たらこの人の突き上げがひどくて自殺してしまうぞ。
「うーん、じゃあますますキミがゲームを拒否る理由が分かんないなー。トラウマが原因じゃないとなると、あとは何だろう?」
「先輩は知らなくていいことです。
 俺はゲームをしない。ただ、それだけのこと。ゲームをしなくったって友達は出来るし恋人も出来る。結婚だって出来るでしょう。
 それを他人である先輩がとやかく言う必要はありません」
 再三の拒絶を繰り返す俺に、先輩は目を細める。
「あー、そんなこと言うんだ?」
 途端、先輩のまとう空気が変わるのを感じた。それまでのおちゃらけた雰囲気が凍り付き、頑なな何かを発するのを俺は感じた。
 ――何か、先輩の神経に障るようなことを言ったか?
 突然の変化に戸惑う俺を無視し、先輩は突如として俺の手を取り、強引に自らの豊満な胸を鷲づかみさせた。
「……なっ?!」
 重量のある胸を支えるためか、想像とは裏腹に、意外と固めのブラの感触が俺の手に走った。混乱する理性をよそにその感触を味わおうと掌に神経が集中される。そもそも、先輩の制服はサイズが合ってないのか、胸元がやたらパンパンに膨れあがっており、とても窮屈そうだった。シャツの第三ボタンが今にも弾け飛びそうだったのだ。そのワリに先輩のオーバーリアクションでアニメみたいに乳揺れが起きてないな、と思っていたのだが――なるほど胸が痛まないようにある程度固めのブラをしていたのか。
 ――じゃなくて、なんでそんなことをっ!
 突然の事態に俺は混乱し、正常な思考が働かない。むしろ、ブラの固さを考察して現実逃避を開始する始末。
 そんな俺を無視して、更に先輩は俺の胸ぐらを掴み、強引に引っ張った。姿勢が崩れ、俺の長身が前屈みになる。そのまま先輩は俺の上半身を引き寄せ、俺の唇を強引に奪った。
「…………っ?!」
 唇の中に先輩の柔らかな舌が入り込んできた。ますます俺の頭は混乱するばかり。その隙に先輩は俺の体を引っ張り、窓際の壁に背中を当てた。
 他人から見れば俺が先輩の胸を鷲づかみにした後、そのまま壁に押し倒したように見えるだろう。恐ろしいほど流れるようなスムーズな動作だった。
 ――『誘い受け』ならぬ、『誘い攻め』みたいなことをっ!
 俺が戸惑う間にも口の中を先輩の舌が艶めかしくも激しく侵略し、快楽によって蹂躙していく。言いしれぬ悦楽に俺の意識は埋め尽くされ、先輩のぬくもりが離れたところでようやく自分が先輩に襲われていたのだと思い出した。
 どれだけの時間が経ったのだろう。それは十秒にも満たなかったかもしれないし、一分以上かかっていたかもしれない。だが、思考停止した俺にはそれを判別することなどできない。
 気がつけば、先輩の体から離され、そのぬくもりがなくなったことでようやく意識が戻った。
「……ふっふっふっ、どう? これで私の事を赤の他人なんて言えないでしょっ!」
 唇を拭い、胸を張り、腰に手を当て、狩りを終えた野獣のような野太い笑みを浮かべる先輩。なんとまあ攻撃的な笑みだろう。笑顔とは元来攻撃的なものだと読んだことがあるが、今の先輩の顔を見ればまさにそうなのだと実感できた。こんな形で知りたくはなかったが。
「…………そんなことの為に?」
「当然。私は仲間外れにされるのが大っ嫌いなのよ」
 おそらくは、先輩にとって、キスした男、あるいは乳を揉んだ男なんて幾らでもいて、今更それが一人や二人増えたところで問題はないのだろう。
 けれど、ああ、確かに俺の心へ先輩の存在は半ば強制的に深く深くすり込まれてしまった。これで先輩をただの赤の他人だなんて認識するのは不可能に近い。
「無茶苦茶過ぎるっ!」
「えー、なにそれ。キミは私とキスするの嫌だった?」
「それは……ありがとうございます」
「素直でよろしい」
 思わず頭を下げた俺に得意満面な笑みを浮かべる先輩。悔しいことに、健全な男子としては先輩みたいな美人にキスされて、おまけに胸まで揉ませて貰って嬉しくない訳がない。とはいえ――。
「でも、無茶苦茶過ぎますっ!」
 ムードもへったくれもない。
「えー。私はただ、自分の美貌を最大限に活かしてるだけだって」
 そして、先輩は笑う。ただの微笑みに見えるが、俺には既に得体の知れない何かに見えてきた。
「私はこうやって自由なほどきれいになれるの。
 色んな人を見てきたけど、やっぱり自分らしく生きてる人が一番格好いいし、可愛いと思うの。
 で、そんな私の勘が告げている。キミは、ゲームをする時が一番格好いい。
 ゲーマーなら、ゲーマーらしく、ゲームをするべきだね。
 ていうか、ここまでしたんだし、私とゲームくらいしてもいいよね? むしろするべきだよね?」
「いやー、俺、実はゲームしたら死ぬ体質でして」
「だったら、ゲームして死ねばいいじゃない。
 ゲームをしないゲーマーに価値はないって。
 それだったら、一瞬だけでもいいから輝いて死ぬべきだよ」
 ――輝いて死ね、とかこの人マジで狂ってる。俺の爆弾発言になんで躊躇なくぶった切れてんだ。おかしいだろ。
「……って、ええっ! ゲームしたら死ぬの?!」
 後ろに飛び退くというわざとらしいくらいのオーバーリアクションで驚く先輩。
 ――と、ようやく気付いたか。
 先輩の反応に俺はため息をついた。が。
「でも、やることは変わらないね」
 ――なんだとっ!
「刀は人の生き血を啜らないといけないし、銃は人を撃ち抜かないと意味がないでしょ?
 ついでに言えば、核兵器も爆発しないと価値がないと思う。
 だから、キミもここでゲームをして死ぬべきじゃないかな」
 ――どんだけ危険思想なんだよこの人。
 フィクション作品などにおいて恐ろしい敵と出会った時、「こいつはここで殺しておかねばならない」なんて言うシーンが出てくることがある。そう言うシーンに出くわす度に、この平和な日本で生まれ育った俺は「いや、殺すなんてやりすぎだ。生きていればきっといつか分かり合えることもあるだろう」なんて楽観的なことをいつも思っていた。
 ――だが、この女は違う。この女はヤバい。
 世の中のためには、どんな手を使ってでも今ここで殺しておくべきじゃなかろうか。そのうち、一国の宰相を誘惑して、核ミサイルを撃たせかねない。
 大体からして、俺と仲良くなるっていう第一目標はどうしたのか。俺が死んでもいいって、本末転倒すぎる。いや、違うか。
 この人自身は気付いてないかもしれないが、この人の本質は「他人の本性がみたい」とかそんなものなのだろう。そして、相手の本質を見極めるなら、仲良くなるのが一番。なおかつ相手が男ならば、寝てしまうのが手っ取り早い、というところか。目的のためには本当に手段を選ばないとか質(たち)が悪い。
 ――悪い意味で、好奇心の塊だな。
 きっと先輩は、スポーツ漫画でよくある「次にスポーツしたら死ぬ」みたいな病弱キャラがいたら強引にスポーツさせるのだろう。
「んーでも、ゲームをしたら死ぬってありえなくない? そんなのおかしいでしょ?
 ともちークンてば、この私とゲームしたくないからって嘘ついてるね?」
 ――さすがに信じないか。
 この人、頭の回転は早くない。どころか、むしろ遅いくらいだ。でも、けっしてバカじゃない。時間をかければ真実に辿り着く。今ここで口先だけで丸め込んだとしても、問題を先延ばしにするだけだ。
 ――いや、先延ばしでもいいだろう。
 とは思うものの、この先輩を野放しにするのは実に危険だ。どのみちもう約束の時間には間に合わない。むしろ、すごく癪だが、向こうの言う通り、ここは目の前の先輩をどうにかするほうが大事に思えてきた。
 ――だがどうする?
 今ここで殺すべきだ、と直感で感じたとしても、俺は平和な日本で生まれ育ったただの学生だ。よし殺そう、なんて決意もできないし、決意したところで殺人を本当に実行するなんて無理だ。第一、先輩が幾ら危険思想を持っていようとまだ何も悪いことはしてない。どんな危険思想の持ち主でも犯罪を犯さない限りは悪魔崇拝だろうがなんだろうが許されるのが自由思想の国日本だ。たぶん。
 ――待て待て、落ち着け。話が逸れてる。自分の目的を見失うな。
 整理しよう。俺の一番大事なことは、ゲームをしないこと。だが、それを邪魔する先輩がいるということ。そして――。
 不意に、にらみ合う俺達の間を華々しい音楽が流れる。おおよそ放課後の学校には似つかわしくないアップテンポな曲だ。似合わないのも当然だろう。それはロールプレイングゲームの戦闘シーンのBGMなのだから。
「……ケータイ鳴ってるよ?」
 先輩が俺のカバンを見ながら言う。だが、この状況で先輩を無視して電話に出れるほど俺は図太くない。だから早急に着信音を止めるべきだが、カバンの中にあるスマートフォンを取り出していいものか。
「…………」
「早く取りなよ。それくらい待つから」
 雰囲気ぶちこわしだから早く取れ、と先輩の目が語っている。俺はこれ幸いとカバンからスマートフォンを取り出した。
「ていうか、学校ではマナーモードにしないと駄目だよ?」
「どうせ俺のケータイはなかなか鳴らないから関係ない……と思ってたんですよ」
 だが、もしそんな俺に電話をかけてくる相手がいるとしたら一人しかいない。
 ――助かった。
 まさに天の配剤と言えよう。俺にとって、この電話は行き詰まった現状を打破する為の救いの手に思えた。
 ――俺一人なら無理でもあいつの力を借りれば――。
 俺は一縷の望みをかけ、先輩に背を向けて電話に出た。
「もしもし?」



『やあ、トモシゲ? 今どこにいる?』
 幼く、しかし聞く者全てを虜にする艶やかな声。
 声そのものは十歳児らしい高い音なのに、その語り口は年を経た賢人のそれだ。それらに得体の知れない色気が混じり合い、不思議な艶やかさを醸し出している。
 だが、この得体の知れない声の主こそが、俺の主人にして、友にして、相棒なのだ。
「悪い、まだ学校だ?」
 約束の時間までにはまだ時間はある。が、約束の時間までに帰宅するつもりならとっくに学校は出ていなければならない。つまりは――。
『――なにかあったのかい?』
「察しがよくて助かる。ちょっと――学校の先輩に話しかけられてな」
 ちらりと先輩の方を見て言葉を選ぶ。まさか、本人の目の前でキチガイ女に絡まれて困ってるなんて言える訳がない。
『そんなのは断ってとっとと家に帰ればいいのに――もしかしてゲームを挑まれてる?』
「そういうこと。俺はゲームをする訳にはいかない。
 だが、先輩はどうもあきらめが悪くてな」
 弱り切った俺の声があまりにもおかしかったのかくすくすと電話の向こうで笑い声がする。
『その様子だと、その先輩は女かな?』
「どういう意味だ?」
『キミは強面の不良にだって一歩も引かない癖に、女性に弱いところがある』
「そんなことは――」
 ない、とは言いづらいか。だが、高校に入って三ヶ月、似たようなことは何度もあったし、その度に断ってきた。別に女だから断りづらいなんてことはない。あくまでこの目の前の先輩が特別なだけだ。
「今はそんな話はどうでもいい」
『そうだね』
 そして、間が空く。ほんの一呼吸の後、相棒は結論を下した。
『……ゲーム、してもいいんじゃない?』
 相棒の言葉に俺は耳を疑った。こいつは何を言ってるのか。俺の事情を知らない訳ではないのに。
「分かってるだろ? 俺は――出来ない」
『いつかこんな日が来るのは分かっていた。それが予想よりも早かった。それだけのことだよ。いつまでも逃げる訳にはいかない』
 相棒の言うことは分かる。俺だって永遠にゲームを拒否し続けることは出来ないと承知していた。いつの日か戦いに赴かなければならないことだって分かっている。だが――。
「そんなことしたら――」
『――キミにお勧めされたマンガ、昨日読んだよ。そこにはこんな台詞があった。
 「勝てばよかろうなのだ」ってね』
「悪役の台詞じゃねーか」
 だが、言いたいことは分かる。俺が今更卑怯だとか言えた立場ではない。今の俺はどんなことがあっても、勝たなければならない立場にある。
 そう、俺はゲームをするだけなら問題はない。だが、もし負けた時は――。
「――この電話が今生(こんじよう)の別れとなる可能性がある」
『ふふふ……今更何を。ボクがキミの勝利を疑ったことはないよ』
 相棒の言葉に俺はなんと応えるべきか、分からなかった。俺はそれほど大した人間じゃない。けれども――。
 ――こいつの期待だけは何があったって、応えたい。
『約束の時間に間に合わないのは仕方ない。
 でも、出来るだけ早く帰ってきて欲しい。
 ボクはいつまでもキミの帰りを待っている』
「…………」
 俺が応えるべき言葉はこうなると一つだけだ。
「分かった。待ってろ。すぐに帰ってやる」
 通話を終え、俺は振り返った。戸惑いなどない、迷いなどない、あるのはただ、鋼鉄の意志のみ。
「……一段とイケメンになったね。いいよいいよ、とてもいい。ゾクゾクする」
 俺に睨まれたにも関わらず、淫乱ロリ巨乳ビッチ巫女先輩は嬉しそうに言った。
「ところで、根性の別れって何? 努力して私と別れようってこと?」
「…………気にしないでください。どうでもいいことです」
 気が向いたら後で教えてあげよう。気が向けば、の話だが。
「……ところで、仮に先輩と俺がゲームしたとして、俺には何もメリットがないんですけど」
「お、やる気だね。そこのところは考えてるよ」
 先輩は自慢の大きな胸に手を当てて、歌うように言う。
「負けた方は勝った人の言うことをなんでも一つだけきく、てのはどう?」
 何故か知らないが、先輩は自信満々だった。こんなにも頭のいい提案をするなんて自分はなんて出来る女なのだろう、褒めて褒めて、と言わんばかりだ。先輩のお尻で犬の尻尾がぱたぱたと揺れ動くのを幻視したような気がした。
「じゃあ、死ね、て言われたら死ぬんですか?」
 小学生みたいな俺の言い分に先輩はまさか、と首を振る。
「子供じゃないんだからそこはジョーシキで考えて!
 第一、目の前にこんなエロい先輩がいるんだよ? やることは一つじゃない?」
 ――先輩の言うジョーシキって奴が分かりませんよ。
 俺の常識からしたら、ゲームで負けたらエッチさせろみたいな命令は非常識なんだが。むしろ、そんなことを言えば真っ先に女性陣に嫌われると思う。しかし、この先輩に限ってはそれ以外の答えがあるの? と言わんばかりで頭が痛くなる。
 先輩からすれば、俺との勝負に勝っても負けてもエロ・ENDと言う訳だ。
 ――やっぱり俺が戦うメリットないじゃないか。
 予想に反して渋面な俺を見て、先輩は慌てて付け足す。
「あ、でも勘違いしないで。私が勝ってもセクハラな要求はしないよ? キミはしてもいいけど」
「え? ホントですか?」
 あまりにも意外な解答だ。
「私が勝ったら――キミの部屋につれてってね。……あはっ(はあと)」
 ――たぶん、男の部屋にあがりこみさえすれば後はなし崩しに、という判断だろう。
 なんというか、高校生の思考じゃない。それとも、これがリア充という奴なのか。いや、そんな訳ない……はず。
 この分だと、「もう付きまとわないでください」とか言っても無理そうだ。
「……で、ゲームの内容は?」
「よくぞ聞いてくれました。
 じゃーん、これっ! 『スピード』っ!」
 先輩がスカートのポケットから取り出したのはトランプの箱だった。
 『スピード』。その名の通り、自分の手札をいかに無くすか、のスピードを競うゲームだ。トランプゲームの中では異例なことに、瞬発力や反射神経の問われる机上の格闘技――のようなものだ。日本人の高校生なら、中学か小学校の時に遠足や修学旅行などで友人達と遊んだり、遊んでるのを横目でみたりした人間は多いだろう。比較的ポピュラーで、悪く言えば新鮮味のないゲームだ。
「ね、これなら単純でいいでしょ?」
 先輩曰く、八切りや同数出し、などのローカルルールはなしで、ジョーカーも除外だし、お手つきのペナルティなしの、ベーシックルールでいくらしい。
 純粋な運の要素の強いジャンケンよりは数倍マシだが――なんというか、肩すかしな気分だ。ここまで引っ張っておいて、いざ行うゲームがただのトランプというのはなんとなく華がないように思えた。
 ――いや、油断はするな。
 どんなゲームであれ、俺にとっては特別にしかならないのだから。
「分かりました。じゃあ俺が勝ったら先輩は今日は俺に付きまとわないでください。俺はとっとと一人で帰ります」
 トランプの箱を先輩の手から取り上げ、カードを取り出した。プラスチック製のトランプで、何度か使った跡があるが、見たところ細工されてる様子はない。
 真剣にカードを検分していると先輩が驚いた顔をしてこちらを見てた。
「どうしました?」
「…………本当に遊んでくれるんだ」
 俺はため息をついた。
「ゲームしたかったんじゃないんですか?」
 近くの机の前に俺は移動し、二枚のジョーカーを抜いた。対面の席に先輩も移動する。
「あれだけ誘惑してもやらなかった癖にさっきの電話一本で乗り気になるなんて……相手は誰だったの?」
 ――別に乗り気になった訳ではないですよ。
 俺はトランプを赤と黒のマークに色分けしつつ、答える。
「……先輩が知る必要はありませんよ」
 俺は先輩に黒いマークでまとめた手札を渡し、自分は赤いマークでまとめた手札を手に取った。
「ふーん……まあいいわ、そのうち白状させてあげる」
 ――ほんと、気になったことはなんでも知らないと気が済まないらしい。秘密を持つ人間にとっては先輩ほど嫌な人間はおるまい。
「ていうかさ、トランプで遊ぼう、て言ってイカサマチェックする人初めて見た」
 と珍獣でも見るような先輩の目。仕方がないことだけれど、俺と先輩の温度差が大きいようだ。
「……俺とゲームするに当たって、一つ注意事項を言っておきます」
 手にしたカードを素早くシャッフルする。俺の切り方(シヤツフル)を見て先輩がおおっ、と驚く。
「なにその切り方……。やっぱりともちークンてばただ者じゃないね」
 ごくりと唾を飲みながら、先輩も手にした手札をシャッフルする。先輩の切り方は一般的なヒンズーシャッフル――通称カルタ切りと言ってカードを前後にシャッフルするやり方だ。一方、俺がやったのはカードを右から左へスライドさせながら切るオーバーハンドシャッフル。ヨーロピアンシャッフルとも言われる、名前の通り欧米ではメジャーな切り方だ。別に特別な切り方じゃない。せいぜい珍しいだけだ。
「――このゲームの結果、何が起きたとしても、後悔しないでください」
 漠然とした俺の言葉に先輩は眉をひそめる。
「どういう意味?」
「何が起きても、先輩のせいじゃありません。誰が悪い訳でもない。それを言いたかっただけです」
 突拍子もないことを真剣に語る俺に先輩はうなり声を漏らす。俺が真剣なのは伝わったようだが、大雑把すぎる内容をとらえ切れてないようだ。当然だろう、俺も説明不足が過ぎる。
 ――すいませんね。詳しく教えることはできないんですよ。
「たとえばの話です。
 もし、本当に俺が死んだとしても、先輩のせいじゃないから気にしないでください、と言う意味です」
「それ、本気で言ってる?」
 俺は――笑った。
「もしも、の話ですよ。気にしないでください」
 会話しながら、俺はオーバーハンドシャッフルを繰り返し、切り終わった手札をテーブルの上に置いた。
「それよりも、勝った方の言うことを聞く、て約束、守ってくださいね」
 俺の言葉に先輩は自慢の胸をどーんと叩き、アピールする。
「もっちろん!
 神聖なる勝負で白黒つける! それに従う! シンプルでいいじゃない!
 神に誓って約束は守るよ! 巫女だからね!」
 先輩も自分でシャッフルした手札をテーブルに置き、俺が切ったものと交換する。互いに手にした手札をカットした後、机の上に四枚の場札を並べた。これでゲームの準備は完了だ。後は「せーのっ!」で台札を真ん中に置けばゲームはスタートする。
 俺からあんな脅し文句を聞かされてもなおゲームをする、と断言できる辺り、やはりこの人は普通じゃない。人のことは言えないが。
 ――今はそんなこと気にするな。
 ここまで来たら、後は目の前の戦いに集中するだけだ。後のことなんて考える余裕などない。全力で事に当たるのみ。
 手札の一番上をつまみ、机の上を睨む。神経を研ぎ澄ませ、静かにその時を待つ。
 先輩が息を吸い込むのを感じた。
 ちらりと目を向けると口を開く途中の先輩と目が合う。
 先輩は笑った。実に楽しそうに。まるでこれからピクニックにでも行くかのように。その笑顔に釣られ、俺も思わず笑った。
 ことここに来て、すれ違い合っていた俺と先輩の心がやっと繋がった気がした。
 永遠にも近い一瞬。引き延ばされた時間で繋がり合った俺と先輩の魂の熱量がぶつかり合い、火花が飛び散るのを幻視した。
 その火花に吸い寄せられるように先輩の口からかけ声が放たれる。
「せーのっ!」
 互いの手にしたカードが勢いよく机の真ん中に叩きつけられる。
 かくて、戦いの火ぶたは切って落とされた。



「すっごーい! 本当にあれがともちークンの下宿先? アニメに出てくる洋館みたい! 殺人事件とか起きそうっ!」
 歓声を上げる先輩とは裏腹に、俺の気分は最悪だった。
 夕暮れの田舎道を歩く俺達の前方には小高い丘があり、その中程に古風な洋館が見えた。補修はされているものの、壁面の幾つかには崩れているところや蔦の張っているところもあり、長い時を経た建物であると感じさせる。先輩の言う通り、ミステリー小説なんかで密室殺人でも起きそうな館と言えた。
「いいなぁ。こんな素敵な館に私も住みたいなぁ。あ、でも、名探偵と一緒はごめんだけど!」
「…………」
「いやー、よかったよかった。ともちークンとゲームした甲斐があったよ。こんな家にお呼ばれするなんて。私の勝利のおかげだねっ!」
「いやいや、先輩は勝ってないでしょ。そこは間違えないでください」
 先輩の放った暴言に思わず反応する。
「あれー? そうだっけ?」
「そうですよ。戦いにもならなかったじゃないですか」
 そう。結論から言えば、先輩とのゲームは時間の無駄だった。ひどいもんだ。
 ゲームそのものは俺の圧勝だった。いや、この場合は先輩の惨敗と言うべきか。
 あれほど積極的に自分からゲームをしようといい、ゲーム内容も自分からスピードを指定しておきながら先輩は大して強くなかった。むしろ、弱かったと言っていい。カードの運びも拙かったし、判断も遅かった。ゲームはあっさりと終わり、俺はことなきを得た。
 が、問題はその後だ。
 ゲーム終了後に先輩が言い放ったのは「私って胸が大きいから自分の手元よく見えないいもんっ!」と言うひどい言い訳だった。
 ――おいおいおい、なんだよそれぇぇぇぇぇぇ! あんだけ引っ張っておいてそれかよっ! 一人真剣に悩んでた俺はなんだったんだよっ! ふざけんなよっ! 俺の時間を返せっ!
 と俺が脳内で怒り狂ったのは言うまでもない。……それを素直に表に出さない辺り、俺は人間ができすぎてるというか、駄目な所だ。
 さらに続く先輩の行動も実にひどいものだった。なんと、駄々をこね始めたのである。「ずるいずるいずるいぃぃっ! 私はゲームの素人なんだから手加減してくれていいいじゃないっ! 大人げないよっ! もう一回! もう一回!」と叫びながらバンバンと机を叩き始める始末。
 ――幼児化して可愛さアピールをしようとか、あんたの方がずるいだろ。なんやねん、それ、大人げないのはどう見てもあんたの方だろ。ぼてくりまわすぞ。マジで。ホンマに。
 脳内では様々な暴言が猛り狂ったがそれでも俺はぐっとこらえた。我慢した。
 その上で、俺は言葉を尽くして先輩の説得を試みたが、一切聞き入れられなかった。最後には「もういいから、ともかくこの可愛い私を家に連れてってよ、それくらいいいじゃない、けちんぼ!」と本末転倒なことを言い出す始末。
 結局俺は相棒に電話して相談し、「面白そうだから家に連れてきなよ」という家主の了承を得て先輩をここまで連れてきた、と言う顛末である。
 勝負の神聖さもへったくれもない。本当にこの人はなんなのだろうか。神への誓いについても触れてみたが、返ってきた解答は「私は可愛い巫女だから神様も許してくれる」と言う自己愛に満ちたものだった。
 まあ、最終的に根負けしてる俺が言えた義理ではないが、神様もこのビッチ巫女を甘やかしすぎだ。まあ、神がいれば、の話だけれど。
 思えば、前提条件が間違っていたのだ。先輩は俺にゲームをさせることが目的で、ゲームの勝敗そのものは気にしてなかったのだろう。いや、むしろ最初から勝つつもりなんてなくて、勝敗に関係なく、駄々をこねて言うことを聞かせるつもりだったに違いない。
 やはり、最初から――先輩に関わった時点から俺の負けだったと言わざるを得ない。
 ――『試合に勝って勝負に負けた』ってのはこういうことを言うんだな。
 戦術的勝利を手に入れても、戦略的には先輩に敗北したとしか言いようがない。とはいえ、俺としても最悪の事態は免れたのだが。
「そう言えば、結局何も起きなかったね」
 先輩が思い出したように言う。
「……何も起きなかったならそれでいいじゃないですか」
「でも、ゲームする前に、色々と言ってたよね?」
 俺はため息をついた。脳裏で相棒の言葉が木霊する。
――「『勝てばよかろうなのだ』ってね」――
 この言葉は二重の意味で正しかった。俺はゲームで勝利を得れればそれでよかった。最終的に先輩のわがままに屈したとしても。逆に、先輩はゲームの勝敗なんてどうでもよかったのだ。自分のわがままさえ通れば。
「もし、あの時俺が負けていたら――」
「――負けてたら?」
 脳裏に浮かぶのは兄の最期の姿。あれほど強かった兄が、格ゲーだろうが、パズルゲームだろうが、ゲームと名のつくものならば絶対に負けなかった兄の最期。
 兄は――。
「どうしたの?」
 いつのまにか先輩は俺の前に回り込み、見上げるように顔をのぞき込んでいた。身長差のせいで、どうしても先輩は俺を見上げる形になるのだが、それが妙に可愛い。
 ――こんな時までブリッ子アピールか。いや、考え過ぎか。
 どうにも兄のことを思い出すと思考が空転する。俺は頭を振り、思考を立て直す。
「……なんでもありません。早く行きましょう」
 相棒も首を長くして待っていることだろう。俺は話を切り上げ、田舎道を先導する。
「ふーん……まあいいわ。キミの化けの皮、そのうちはがしてあげる」
 背後からかすかに聞こえた先輩の声に背筋が凍るのを自覚した。
 ――やはり、どう考えてもこの人は今ここで殺すべきだな。
 この人に関わっても俺にとってはなんの得もない。むしろ、将来への禍根にしかならない。だというのに、俺は今この危険人物を自分の住まいへと案内しているという矛盾。
 現代の日本に生きる高校生は、どれだけ嫌な先輩が学校にいたとしても、どれだけ付きまとわれたとしても、殺すなんて選択肢はない。しかも相手が女だけに、男である俺が先に手をあげる訳にもいかない。男同士ならまだ殴り合いで解決した可能性があったものを。
 ――俺はこの人をどうにかしなければならない。だが、どうすればいい?
 迷いながら俺は洋館へと続く道を歩く。
 この出会いがもたらすものが何を意味するかを知らぬままに。



つづく


 結局の所、何があれかって、『ゲームをしたら死ぬかもしれない(?)少年』と『その相棒の男の娘』の話を書こうとしたら、小手調べに出した脇役ビッチを書くのが楽しくなって方向性を見失った感じ?
 主人公を書くより、ぶっちゃけ、赤髪淫乱ロリ巨乳ビッチ巫女先輩を動かす方が楽しい。この人はどう考えても悪で、むしろ、絶対悪の側のポジションだけれど!
 なんかもう、梨子先輩を主人公にして書き直すべき、と脳内で声が聞こえるくらいー。
 とはいえ、今更そんな書き直す時間がないので、こう、うまく主人公と梨子さんの両方のよさを出す感じに話を盛り上げたいのだけれど、ここからそういう風に切り返すのは難しいなぁ。
 でも、頑張らないとなぁ。
 何という、週間連載で後付設定に悩む感じ。
 残り一ヶ月、頑張れ、哲学さん。
 この非常に扱いにくいヒロインをなんとかするんだ!