ルーデンス・ディグニティ 序章・第一章

 てな訳で、今書けてるところまで軽く公開。


ルーデンス・ディグニティ(仮)

序章 烈火の失恋

「お願いっ! あんたに惚れたのよっ! 付き合ってっ!」
 よく通る声が講堂に響き渡った。
 突然の告白にどよめきが広がる。
 今まさに一学期の終業式が終わり、後はホームルームさえこなせば夏休みと言うところ。浮き足だった生徒達が教室へ戻ろうとするその間際――その声は響き渡った。
 その中心に居るのは背筋をぴんっと伸ばした黒髪ポニーテールの少女だ。その堂々たる立ち姿は恋する乙女というよりは果たし状を突きつけにきた戦士のようだ。実際、その凛とした風貌は可愛い少女と言うよりは女顔のハンサムな少年にも見える。もし、女子の制服を着ていなければ男子と間違えられていたことだろう。
 一方、そんなハンサムな少女に対峙する相手――つまり彼女の告白相手はぱっとしない感じの男だった。いや、特徴ならある。その身の丈は百八十センチを超えており、周囲の生徒達よりも頭一つ高い。だが、その体の大きさのワリには周囲に対する威圧感、あるいは存在感というものが乏しい。動物園の隅でのんびりと暮らす象のような雰囲気を漂わせている。
 いや、これだけ大勢の視線にさらされてもなお平然とした顔をしている時点で彼もまた普通ではないのかもしれない。
「誰かと思えば、直情烈火さんじゃないか」
「翔烈火っ! ショウ・レッカよっ! 天を翔(かけ)る烈(はげ)しい火と書いてショウ・レッカよっ! 確かに私は直情的だけど名字までそんなダイレクトなものになった覚えはないわっ!」
 泰然自若な少年に対し、少女――レッカはその名の通り激しく責め立てる。
「そういやそんな名前だったか。そんなレッカさんが何用で?」
「とぼけないでっ! 聞こえてたでしょ? あんたのこと愛してるって言ってんのっ!」
 レッカの言葉と共に、周囲でヒューッと言う冷やかしと歓声があがる。他人の恋愛ごとに目がない女子達はあまりにも直裁的なレッカの言動にやや引き気味らしい。嘲笑と揶揄の言葉が講堂に広がっていく。
 だが、それでもレッカは一歩も退かない。
「人が愛を語ることの何がおかしいのっ?! 応援するつもりがないなら、外野は黙ってなさい」
 凛としたレッカの言葉が響き渡り、講堂に奇妙な静寂が訪れる。あまりにも堂々たる彼女のその振る舞いを誰も笑うことが出来なかった。
「まるで宝塚だな。格好いいよ、あんた。そんなあんたがなんで俺なんかを?」
「人を好きになるのに大した理由はない、そうでしょ?
 そんなことより、あなたの答えを聞かせて欲しいわ。粟井友重くん」
 名前を呼ばれ、その爺むさい態度にふさわしく古くさい名前の少年――トモシゲはため息をついた。だが、ため息をつきつつも、少年の顔には笑みが浮かんでいる。
「実にすがすがしい答えだ。俺はあんたのそういう思い切りのいいところは嫌いじゃない」
 あまりにもできすぎた――それこそ彼の言う通り舞台のような告白劇に会場の温度は否応なしに高まった。トモシゲの言葉にレッカも張り詰めていた空気をふっと弛め、柔らかな笑みを浮かべる。
「ありがとう。私もあなたのそう言う心の広いところを愛してる」
 つかの間、二人の視線がぶつかり合う。
 二人を取り囲む多くの生徒達はその様子を固唾を飲んで見守った。きっと、自分たちはこの学校の伝説に残るような告白劇に立ち会っている――そんな予感と、期待が会場の空気を満たす。
 が。
「返事はノーだ」
 トモシゲの放った一言が会場にいたすべての人間を凍り付かせた。
 先刻までの雰囲気を裏切るトモシゲの言葉にしばしの沈黙が会場を支配する。もしかすれば、今のは自分の聞き間違いではなかったか、あるいは、聞き間違いであってくれと願いながら会場は二人の次の言葉を待つ。
 その空気を代弁するかのように、再びレッカが口を開いた。
「ごめん、もう一度――」
「ごめんなさい」
 レッカの言葉を遮り、トモシゲがぺこりと頭を下げた。
「…………ど、どうし――」
 ――どうして? だって今あなた私のそういうところ好きだって言ってくれたじゃない?
 レッカが言い切るよりも早く、またしてもトモシゲが応える。
「恋愛とかそういうの苦手なんだ。するつもりはない」
 血相を変えるレッカとは対照的にトモシゲの顔は告白された時から変わらず静かで穏やかだった。
 レッカは想定してない事態に頭が真っ白になる。
 すべてが夢なのだと思った。
 すべては嘘であり、間違いなのだと思った。
 しかし、幾ら瞬きしようとも、世界は変わりなく、ただそこにある。
 おかしい。何もかもおかしい。
 視界が歪む。
 目頭が熱い。
 ああそうか。
 ――私は泣いているのか。
 トモシゲをにらみつけ、歯を食いしばりながら涙を流すレッカの姿に周囲の人間は何も言えなかった。その代わり、刺すような視線がトモシゲに集中する。
 ――おい、なんとかしろよ。テメーが振った女だろ。
 そんな理不尽な非難の視線が次々とトモシゲへと突き刺さっていく。
 象のごとく泰然としていたトモシゲもさすがに居心地が悪そうな顔をした。しかし、幾ら爺臭いと言っても所詮はただの高校生。上手い言葉が出てくる訳もない。ただただ気まずい時間が過ぎていく。
 そんな中、レッカはようやく言葉を振り絞る。
「とも……」
「ん?」
「その……とも……まずは友達から」
 砕け散った心をかき集め、どうにか絞り出した彼女の精一杯の言葉。
 しかし、事もあろうに彼女の想い人はぷっ、と吹き出した。
「何言ってんだ。俺達もう友達だろ?」
 そんな彼の一言にレッカの中で何かが切れた。

「 こ の ニ ブ チ ン が ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ っ ! 」

 渾身の叫び。
 愛と悲しみの絶叫と共にレッカは駆けだした。その後どうやって家に帰ったかは覚えていない。
 ただ、確かなことは――一学期最後の終業式、翔烈火の恋は見事に砕け散ったと言うことだ。

第一章

「だーかーらーさーっ! もー何も信じられない。あり得ないあり得ない。意味分からない。何もかもおかしい。だってさだってさ。彼あんなに優しかったんだよ。私ってさ、ほら、帰国子女でさ、性格もきついし、自分で言うのもあれだけど色んな意味で男勝りだし、おかげで女子には好かれても男子には嫌われたり敬遠されたりさ、でもねでもね、そんな中でも、彼って私に対して普通に接してくれたし、ちょっとした会話の中でこっそり勇気出して『粟井くんと居ると楽しいよ』って言ったら彼も普通に『ああ、俺もあんたと居たら楽しい』って返してくれたし、授業中にふとした時に視線があった時に手振ってみたら振り返してくりたりとかさ、もうさ、絶対私たち両想いと思った訳、もう、絶対。なのになのに……どうしてなんでまた、今までのあの会話は嘘だった訳? 彼女いないかって訊いたらいないって言ってたし、それでも、それでも百歩……ひゃぁぁぁぁぁ歩譲っていきなり恋人からスタートは辛いっていうのなら友達からスタートでいいじゃない? っていうか、あんな大舞台で、みんなの前でフラれた私の気持ちも考えて欲しい。いっそあそこで私の顔を立てて嘘でもいいからうんって言ってくれればいいのに、それでなくても、じゃあ友達から始めましょう、て泣きながら必死で言葉を振り絞ったって言うのに……なによあの顔っ! ヘラヘラ笑いながら、『何言ってんだお前。俺達元々友達じゃん』っておいおいこらこらぁぁっ! それってあれ? 私たちは一生友達のままってこと? その言い方だとまるで私絶対友達止まりみたいじゃないっ! ないっ! ないっ! 足りてないっ! デリカシーが足りてないっ! あんな鈍い感性でよくもまあ芸術家の卵とか言ってられるわねあのスカタンッッッッッッ!」
 のべつ幕なく失恋を愚痴るレッカに対し、二人の友人は顔を見合わせた。
 高校生活最初の夏休み。その初日――すなわち、レッカが失恋をした次の日である。
 せっかくの夏休みを満喫すべく綿密に立てられた計画に沿ってレッカは電車で移動中だった。
 本来であれば、昨日の告白の成功について興奮と共に友人達と語らう場だったのだが、玉砕してしまった結果、この有様である。号泣するレッカと、その対面に座る二人の友人がなだめるという、実に悲しい夏休みのスタートだ。
「えーっと、レッカもなんのかんので乙女だったのね」
 おずおずと言葉を発したのは眼鏡をかけた生真面目そうな少女――佐脇涼夏(リヨウカ)だ。どちらかと言えば優等生タイプの彼女もレッカと同じくきつい言葉を吐く方ではあるが、泣き叫ぶ親友を前にして今回ばかりは当たり障りのないコメントである。
「いや、むしろ惚れ方も男の子っぽいというか、この場合、粟井くんの女子力の高さにびびるって。授業中に手を振り返すとかどこのモテ美少女?」
 と、気軽なコメントを放つのは涼夏の隣に座るボーイッシュな少女――石居(いしずえ)風花(ふうか)である。涼夏・風花の二人はレッカの日本での初めての友人であり、親友だ。帰国子女であり、その性格もあって周りとの軋轢の絶えなかったレッカを裏から表から支えてくれた気のおけない仲である。彼女たちからは助けて貰ってるのは自分たちの方だ、とよく言われるが、レッカからすれば彼女ら親友達には助けて貰ってばかりだ。今もこうして失恋を慰めて貰ってるのだから。
「だいたい、なんでまたあんな大勢の前で告白したの? せめて一対一で誰も見てないところでの告白なら傷も浅かったでしょうに」
「……だってまさかフラれると思ってなかったもの。
 だったらこう、みんなの前でばぁっと告白して、カップル成立して、みんなの拍手の中で抱き合ってキスするのが感動的でいいじゃない」
「はっはっはっー、そう言うところアメリカンだね、レッカは。ていうか、日本でそれやったらハリウッド映画の見過ぎって言われるよ」
「んむぅ……まあ、普通の日本人より沢山ハリウッド映画見てるとは思うけど」
 レッカの発言にそう言う意味じゃないって、と涼夏はツッコミを入れる。が、レッカとしてはじゃあどういう意味なのか分からない。
「そもそも、私は無理だな、大勢の前でキスするとか。たとえ相手が好きな人でもそんな状況でキスするってなったら恥ずかしすぎて死んでしまうわ」
「そんなこと言ってたら結婚式で死んでしまうよ?」
「んーと、まあ、結婚式は別よ、別。あそこは非日常な空間だし」
「それを言ったら私が告白した場所も終業式が終わった直後っていう非日常の空間じゃない?」
「う……まあ、それはそうなんだけど」
 レッカの容赦ないツッコミに涼夏は返答できなくなる。涼夏としては大勢の前でキスできるできないに明確な基準があるらしかったが、レッカにはさっぱり分からなかった。
「まあまあ、いいじゃん、別に。そこは個人の好みだってば」
「じゃ、風花はどうなの?」
「……んー、あたいはやってみないと分かんないかなぁ? 普段なら恥ずかしいとは思うけど、その時の雰囲気次第じゃ、自分からやっちゃうかも?」
 楽天家らしい風花の言葉に涼夏は信じられない、とずり落ちていた眼鏡の位置を人差し指で修正する。
「そんな雰囲気に流されて、だなんて。風花ったらデキちゃった婚するタイプじゃないの。よくないわ」
「そう言えば、風花ってボーイフレンドいたよね? 幼なじみの子が」
「え? あー、あいつは別に彼氏でもなんでもないよ。姉弟みたいなもん。昔っから一緒にいるから恋愛感情はわかないかなぁ」
 風花の言葉に涼夏は眼鏡を光らせる。
「でも、雰囲気がよかったら、やっちゃうんでしょ?」
「んー、まあ、そうかもしれないけど――ぶっちゃけ仲良くなりすぎてるからねぇ。これ以上仲良くなって恋するとか想像できないなぁ」
「好きになりすぎて逆に好きになれない? 私には想像できない。はっ、まさか粟井くんも私のことを好きになりすぎて……っ?!」
「いや、レッカはただ単に女として見られてないだけだと思う」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」
「こらぁっ! 風花っ! 変に蒸し返さないっ!」
 再び号泣し始めたレッカをなだめつつ、涼夏が怒鳴る。これにはお調子者の風花も頭を下げて謝る。
「ごめんごめん。とりあえずあんな鈍感男のことなんて忘れて――」
「ダメっ!」
 突如として顔を上げたレッカに二人は驚く。涙をぬぐい、拳を握りしめ、レッカは決意と共に告げる。
「一度断られたからって何だって言うの? そんなことで私の愛してるって気持ちは変わらないっ!」
「未練タラタラってこと?」
「違うっ! 私はまだ戦う。今度は彼の方から好きだって言わせてみせるっ!」
「「おおおー」」「男前だぁー」「ストーカーにならなければいいけど」
 友人二人の拍手に迎えられ、レッカは決意を新たにする。
 ――少なくとも彼はまだ私を友達だと言ってくれた。嫌われた訳じゃない。これから幾らでもアプローチするチャンスはある……はず。
「そっかー、レッカってばやる気だね。じゃあもし夏休み中にでも粟井くんと会ったら――」
 風花の言葉にレッカは腕を組み、ふっ、と笑みを浮かべる。
「その場で告白してみせるわっ! ……って何メールしてるのよ?」
 話の途中でいきなり携帯電話(ケータイ)を弄りだした風花に非難の視線を送るレッカ。
「ごめんごめん。でもまぁ、そこまで言うなら――再戦のチャンスだよ、ほら」
 と風花はレッカのいる座席の後ろを指し示した。
 風花の指につられ、レッカは振り向く。そこに居たのは――。
「おう、誰かと思えば逆上烈火さんじゃないか」
 今まさに話題に上っていた時の人――粟井友重その人だった。
「ぎぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!」
 突然の事態に仰天したレッカは周りの乗客の目も省みず叫び声をあげた。愛しい人を前にしての喜びの声というよりは怪獣にでも出会ったかのような悲鳴である。
「うわっ、うるさっ! びっくりするだろうが」
「びびびびっ、びっくりしたのはこっちの方よぉぉぉぉぉぉっ!
 っていうか、違う、そうじゃなくて、えっと!
 ああそうそう、誰がギャクジョウ・レッカよっ!
 ショウ・レッカ! まあちょっと怒りっぽいところあるけどそんな四六時中怒ってそうな名前じゃないわ」
 と、そこでレッカは我に返る。こんないつものやりとりをしている場合ではない。そう、ここで会ったが百年目。
 ――予定より早いけど、今ここで決着をつける!
 その時、レッカの脳裏に閃くものがあった。日本人は英語に弱いと聞く。ならば、日本語では断ることも出来た彼も英語には負けてしまうのでは? と。その考えの正しさを検証するよりも早く、気がつけば彼女の口は動いていた。
「I Love you!」
「Thank you, but we just be a friend」
「Oh my god!」
 即座に切り替えされ、レッカは悲鳴と共に頭を抱えてその場にうずくまった。
「うわー、バッサリいっちゃった」「おぉ、本場のオーマイゴッド聞けたわ」
 涼夏と風花が思い思いの感想を口にする。
「うぅ……日本人の弱点を突いたのに」
「アイラブユーって中学生英語ですらないだろ。帰国子女の発言じゃねえ」
 トモシゲは苦笑いし、ため息をつく。
「うぅぅぅ」
「告白ならまたの機会にしてくれ。少なくとも、今日は芽がないぞ」
 かなり不本意だが、レッカとしても策がない以上引き下がらざるを得ない。
「あっはっはっはっ。これが昨日言ってたトモシゲに告白した子かい? ……トモシゲは相変わらず面白い女の子に好かれるね」
「そうそう、この子よ。いやー、ミーちゃんにも見せたかったな、あの盛大に振るシーン」
 聞こえてきた見知らぬ二つの声にレッカははたと顔を上げる。どうやらトモシゲは一人ではなく連れが居るらしい。トモシゲの後ろに立つ二人の少女を見てレッカは息を飲んだ。
 日本語に絶世の美女と言う言葉があるけれど、もし絶世の美少女という言葉があればまさに彼女の事を指すのだろう。歳の程は十歳くらいだろうか。艶のある長い黒髪に透き通るような白い肌、宝石のように澄んだ蒼い眼。モスグリーンのフリルドレスに身を包むその姿はまるで物語に出てくる妖精のように幻想的で現実離れしている。そんな少女がトモシゲの長身の後ろで上品に微笑んでいる。
 そして、更にその後ろに居るのは絶世の美少女たる白人の少女とはこれまた対照的な美人だった。話からすればレッカと同じ学校の生徒なのだろう。童顔で体は小柄だというのに胸や尻など出るべきところが出まくった――なんというか肉欲的な、やたら色気のある少女だった。いわゆるトランジスタグラマーである。前述の白人少女が幻想的な妖精のような可愛さだとすれば、こちらの少女は水着のグラビアなどに載ってそうな少女だ。
「――あっれぇ? もしかして一緒にいるのは和無(わなし)梨子(なしこ)先輩じゃあ……」
 風花の驚いた顔に涼夏が知ってるの? と訊ねる。
「学校中のイケメンを食い荒らしてる、って噂で女生徒の間ではかなり評判の悪い先輩ね」
 涼夏達の会話を聞いてレッカは目を剥く。
「ちょっ、え、どういうとこ? 私というものがありながらそんな両手に花で現れるとか……」
「別にお前というものを持った覚えはないぞ」
 トモシゲはため息をつき、背後の二人を指し示す。
「こっちは……まあなんていうか説明は難しいが俺の世話になってる親友、ミラン・ガートランドだ。こう見えて男だ。勘違いするなよ」
「えっ? その子女装少年なの?」ガタッ「涼夏、落ち着いて」
 目の前の絶世の美少女が実は男だと聞いて何故か目を輝かせた涼夏が立ちあがる。風花は苦笑と共に涼夏を座らせた。
 ――涼夏ってそういう趣味だったのね。
 友人の意外な趣味に驚きつつも、レッカは改めて紹介されたフリルドレス姿の美少年――ミランを見つめる。それは女のレッカから見ても、特に普段から男っぽいハンサムな女と揶揄されるレッカからすれば羨ましいくらいに少女っぽい。
「……どうみても女の子にしか見えないんだけど? 本当に男の子なの?」
「ふふふ、あんまり見つめないで欲しいな。恥ずかしいよ、お姉さん」
 口調そのものは男口調なものの、トモシゲの背に恥ずかしげに隠れるその姿は年相応の品のよいお嬢様にしか見えない。いや、その雰囲気も相まってお伽の国からやってきたお姫様といってもいい。
「……一応男だ。ま、信じるか信じないかは任せる。大事な親友をまさか裸にひん剥いてお前達に差し出す訳にはいかないからな」
「え? 駄目なの?」「涼夏、よだれよだれ。優等生眼鏡キャラが壊れてるよ」
 なにやら過剰反応している涼夏の方をちらりと見てトモシゲは苦々しげな顔をしたが、風花に視線で促され、引き続き、隣にいる先輩を指し示す。
「で、こっちはお前等も知っての通り、赤髪淫乱ロリ巨乳天然ビッチ巫女先輩こと和無梨子先輩だ。悪意を込めてナシナシ先輩と呼ぶがいい」
「ちょっとちょっとぉっ! なによその説明っ!」
 トモシゲの言葉につられて梨子先輩の髪をよく見ると基本黒髪だが、やや赤みがかっていた。日本人離れしたその体格からするともしかしたら外国の血が混じっているのかもしれない。
「正直に言うと関わるだけで様々なデメリットが発生するし、出会った時から『今ここでこの人を殺した方が世の中ためだ』と思ったくらいだ。今更遅いと思うけど、この人と関わる時は注意してくれ。何か頼んでもすぐに裏切るし、よく分からん嘘をつくからな」
「こーらー! ともちークンっ! なんでミーちゃんに比べて私の説明がそんなに悪意に満ちてるの? 私のこと嫌いなの?」
「まあ、好き嫌いで言うと最近は確実に嫌いゲージが貯まってる所です」
「えーっ! ともちークンのいけずぅ!」
 梨子先輩はトモシゲの左腕を掴んで揺さぶるが、体格差もあってトモシゲはびくともしない。とはいえ、口では邪険に扱いつつも、相手してあげてる辺り仲のよい姉弟のように見える。
「……えっと、つまり、その、粟井くんとナシナシ先輩はどういう関係なんです?」
 色々と展開についていけず、頭が痛くなってくるが、ともかく気になることを聞いてみる。
「えっと、大人の関係を要求したら、勘弁してください、ただの友達でいてください、て断られた関係かなー?」
 なにやら二人の間には色々あったらしい。でも、最終的にレッカと同じく振られたようだ。
「って……私と同じポジションっ?! どういうことなのっ?!」
「同じじゃないぞ。この先輩は肉体関係のみ求めて来るという高校生としてあるまじき爛れた関係を要求してきたからな」
「ひどーい! 私はただ友達以上恋人未満のセックスフレンドになろうとしただけなのにー」
「セックスフレンドっ!」
「だから、先輩は友達以上恋人未満の使い方間違ってますって」
 顔を真っ赤にしたりするレッカや何故か勝ち誇った顔してる梨子先輩を前にしてトモシゲは深々とため息をついた。どうにも苦労人気質らしい。
「意外とトモシゲも人気だね。でも、キミ達がどう頑張っても、トモシゲはボクのものだけど」
 さらりと爆弾発言をするミラン
「えぇっ! 粟井くんってそっちの趣味を持ってたの? つ、つまりはホモなの?」
「どっちの趣味かは知らないが、ホモじゃねーよ」
 何故かレッカ以上に鼻息の荒い涼夏が目を輝かせて訊ねる。トモシゲはぱたぱたと手を振ってそれを否定。が、レッカとしてはなにも安心できない。
 なぜならば、トモシゲの傍らにいるこのミランという少年があまりにも美しすぎるからだ。もし、ミランが本当に男だったとしても構わない、という人間は世の中に大勢いるだろう。異性愛者を同性愛に引き込みかねない危険な美しさがこの少年にはある。
「キミ達は知らないだろうけれど、トモシゲの住む家も、食べるものも、着るものも、全部ボクが提供してるんだよ。これをもってトモシゲがボクのものだって言っても嘘じゃないだろ?」
 自信たっぷりなミランの言葉。
「それ……本当のことなの?」
「……恥ずかしながら事実だよ。俺はこいつに飼われてる。
 こちとら親に勘当された身でね。このお金持ちのお坊ちゃんのポケットマネーで生かされてる情けない男なんだよ」
 レッカの視線は思わず梨子先輩へと向かう。梨子先輩はその視線にあっさり頷き大仰に語る。
「うん。ともちークンのパトロンがミーちゃんだね。まあ、ともちークンの心は私のものだけどっ!」
「どさくさに紛れて変な嘘つかないでください。俺が先輩に売り渡したものは薄っぺらい友情以外に何もありませんよ」
「えー! いいじゃない! 体の関係がダメなら心と魂だけちょうだーいちょうだーい!」
「魂を要求とかどこの悪魔ですかあなたは」
 なにはともあれ、今の会話で分かったことは、トモシゲはミランという美少年の家で居候みたいに世話になっており、梨子先輩はトモシゲに言い寄ってるけど邪険にされてるということだ。レッカは邪険にされてない分だけ、まだ先輩よりはマシな扱いを受けてると言える。
 想い人でありながら、学校以外の私生活を知らなかったが、そのプライベートは想像を絶するものらしい。親に勘当され、美しい金持ちの少年に養われ、学校でも有名なビッチな先輩に付きまとわれてるとか、波瀾万丈にも程がある。
「でも、親に勘当されるなんて一体何が――」
「おっと、そこは俺のプライベートな問題だ。安っぽい同情もいらない」
 明確な拒絶。残念ながら今のレッカではこれ以上彼の心には立ち入らせてくれないらしい。
「――分かった。粟井くんが話したくなったら話して。私もこれ以上聞かない」
「ありがとな。お前のそういうサバサバしたところは助かる」
 ハンサムな美少女の面目躍如、と言ったところか。
 ――でもこれじゃ、私の扱いは本当に男友達と同レベルよね。
 忸怩たる思いだが、現状ではこれ以上の踏み込みは無理そうだ。残念ながら機会を待つしかない。幸いにして、告白失敗のせいで関係がギクシャクせず、前と同水準の仲に回復できたので、それだけでもよしとするしかない。
「じゃあ改めて、私は翔烈火。で、こっちの二人が私の友達の佐脇涼夏と石居風花。粟井くんの同級生よ。よろしくね」
 そう言ってミランに手を伸ばす。するとミランもトモシゲの背から前に出てきてレッカの手を握り返した。ひどく小さく、とても柔らかい手。見た目以上に彼は妖精のようだった。
「ど、どうも! レッカと大親友の涼夏です! すごくよろしくお願いしますっ!」
「……あっと、この二人の友人の風花よ。ま、よろしくね」
 友人二人もかわるがわるミランと握手していく。特に涼夏の握手は念入りなもので、今日は手を洗わない、とか聞こえた気がするが、友情のために忘れておく。
「あれ? 私のことは無視?」
「すいません。ナシナシ先輩とは親交を深める予定はありません」
「ひどいっ?! ともちークンが態度悪いせいで、他の後輩も私の扱いが悪くっ?!」
「どうせ、女子生徒みんなから嫌われてるし、今更じゃないですか」
「いやいや、私だって女友達いるしっ! 少ないかもしれないけどっ!」
 トモシゲの言葉に梨子先輩は胸の前で両の手を握るブリッ子ポーズで文句を垂れるが、トモシゲはまるで意に介さない。必要以上に相手しないのが正しい対応らしい。
「……で、粟井くんの家庭事情はちょっと垣間見えたけどなんでこの電車に乗ってるの?」
 思い出したように涼夏の疑問。それに応えたのはトモシゲではなく、風花だ。
「そりゃ、あたいらと目的地が同じだからよ」
 夏休みに遠出してゲーム大会に出よう、なんてことを言い出したのは風花だ。一学期の半ば――六月の初め頃に風花はそんなことを言い出してレッカと涼夏に夏休みの予定を開けさせた。なんでも、とあるツテで招待状が三枚手に入ったから――と言っていたが。
「なんたって、ゲーム大会の招待状くれたの粟井くんだしね」
「ふふん、正確にはボクがトモシゲにあげた招待状、だ。後ゲーム大会じゃなくて、クローズドベータテスト、だね」
 トモシゲの隣でミランが不敵に笑う。ミランが余った招待状をトモシゲに配るように言い、その相手が風花と言うことだったらしい。
「えっ、なんで私じゃなくて風花が?」
「そりゃ、あたいが抜け目ないからだねぇ」
 ニヤニヤと笑う風花だが、レッカとしてはどうにも納得できない。ボーイッシュな風花は社交性が高く、男女ともに友人が多い。今回も上手く立ち回ったと言うことなのだろう。六月頃はまだレッカがトモシゲ相手に恋心を自覚すらしてなかったと思うが――その頃から画策していたとすれば本当に抜け目のない友人である。
「ていうか、クローズドベータテストって……どんなゲームなの?」
 先ほどから質問しっぱなしの涼夏。すると、梨子先輩が怪しげな笑みを浮かべた。
「ふっふっふっ、それは着いてからのお楽しみ。せいぜい楽しみにすることね」
「いや、先輩も知らないですよね?」
「えーっ! なんでレッちゃんが知ってるのっ!?」
「いえ、なんとなく」
 梨子先輩の扱いについてレッカもなんとなく理解してきた。
「ともちークンが酷い扱いするから他の子も真似するじゃない。バカバカー!」
 ポコポコとトモシゲを叩く梨子先輩は実に可愛らしい。人を虐めるのはよくないことだと思うが、なるほど先輩はいじめたくなるタイプの人間のようである。
「それで、結局なんのゲームなの?」
 質問をはぐらかされていた涼夏が改めて問う。それに対し、ミランがふっと笑みを浮かべた。
「それはね――」



『てめぇら二次元に入りたいかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおっ!」」」」
 司会の言葉に会場中が呼応し、怒号が連鎖する。
『二次元で自分の好きキャラと一緒に生活したいかぁぁぁぁぁっ!』
「「「「ぉぉぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおううぅぅぅぅぅっ!」」」」
 会場の熱気はいつのまにやら最高潮に達し、意味不明の一体感が異様な空気を作り出す。
『ばっきゃろぉぉぉぉっ! そんなもん無理に決まってんだろっ!』
「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええぇぇぇぇぇ」」」」
 突如として掌を返す司会に観客は一斉にブーイングをあげる。
『常識で考えろ、常識で! 人間の意識の電脳化? 魂を解析してネットワークに転送? 感覚野の電子化で仮想世界へ意識を投入?
 できるかそんなもんっ! 少なくとも、後五十年はそんな時代こねぇぇよっ!』
「ざけんなーっ!」「夢壊すんじゃねー!」「科学なめんなーっ!」「自分が出来ないからって未来ぶちこわすんじゃねー!」「まずはその幻想をぶちこわすぞ、このハゲー!」「まったくだぞこのハゲー!」「そうだそうだハゲっ!」「ハゲっ!」「ハゲっ!」「ハゲっ!」
『だぁぁぁ、てめぇぇら、うるせぇぇぇっ! これはスキンヘッドだ! ハゲじゃねぇよっ! ファッシュョンだよっ! 剃ってんだよこのオタクどもがぁぁぁぁ! てめぇらがロン毛過ぎんだよ! むしろお前等が髪を切れっ! このスットコドッコイ共!』
『萩田さん、萩田さん、落ち着いて! 話ずれてますよ!』
 いつの間にやら観客と喧嘩し始める司会に対し、横にいた化粧は濃いもののそれなりに美人の助手が裾を引っ張り、司会進行を促す。
『おっとすいません、河林さん。
 でもまーなんだ、お前ら。もう分かってるだろ。二十一世紀にもなったけど、攻殻機動隊みたいなサイバーパンクな世界は無理無理だってこと。いい加減夢を見るのを諦めろよ』
「うるせー!」「ひっこめー!」「日本人は夢見てなんぼじゃーい!」「ハゲぇぇ!」
 話は元に戻るかと思いきや、相変わらず観客を挑発する司会にレッカはげんなりした。日本はオタク文化が盛んで、二次元なフィクションが好きな人が多いとよく聞いていたがレッカの想像以上である。このよく分からない熱気についていけず、レッカは置いてけぼりにされていた。
 ちらりと隣の席を見るとこのベータテストに誘った張本人である風花と目があった。と同時に苦笑いをかわす。彼女もついていけないらしい。日本人ならみんなそうと言う訳ではないらしい。
 が、風花が指で隣を指し示し、つられて視線をずらすと周囲の観客に混じって司会に罵声を浴びせる涼夏の姿があった。優等生タイプでこういうゲームとかには無縁そうなのに恐ろしい適応っぷりである。ここに来る途上のミランに対する態度を見るに彼女はやはりオタクだったのだろう。ちなみに、トモシゲ達は別行動だ。ミラン用にVIP席が用意されてるらしい。
 レッカが友人の意外な一面に驚いているうちにも話は進む。
『バッカヤロー! このオタンコナスどもがっ! 早とちりしやがって!
 もっと現実を見ろよ。俺たちが二次元に入るなんて無理。むーりむーり。
 でもよ……だったら逆に考えるんだ。
 「二次元の方が現実(こつち)にくればいいんだ」と』
「なん……だと……」「そこに気づくとは」「やはり天才……」「その発想はなかったわ」「この男むちゃくちゃ言いおる」「つーか、二次元に行くより夢みてんじゃね?」「あれれ? もしかしてお台場に実物大ガンダム作ろうぜ系の話?」「散々煽ってこれかい」「いや、一理ある」「あるあるあ……ねぇよっ!」「だがちょっと待って欲しい。本当に不可能なのか?」
 司会も司会だが、観客も観客である。示し合わせたようにノリがいい。どれだけの偽客(サクラ)が仕込まれているのだろう。もし、これが偽客なしの盛り上がりだとしたらなかなか大したものである。無駄に鍛えられた観客達だ。
『ふっふっふっ……、どうやら会場の意見は半分に分かれてるようだなぁ。
 その手があったか、と言う意見と、んなもん無理に決まってんだろ、て意見。
 しかも、賛成派の奴らもほとんどが「実現するとしてもいつの話だよ」って顔をしてる。
 ところがどっこい! そんな諸君らの勝手な決めつけを打ち破るべく作られたのがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、こ の マ シ ン な の で す っ ! 』
 司会の言葉と共にステージの幕が開き、再び会場のボルテージがあがっていく。
 会場のノリについていけなかったレッカも何が来るのかと目を見張る。
 多くの人間が見守る中発表されたそのマシンは――大型のゴーグルだった。



 クローズドテストの説明が終わり、ぞろぞろと参加者達が会場から出てくる。公表ではその数二百五十人だとか。それだけの人間がこのイベントに参加しているというのはそれだけこのゲームへの期待が高いのだろう。
「――そっか、AR技術なのね。その手があったとは……日本も捨てたものじゃないわね。日本最高ね。オタクやっててよかったわ」
 先ほどから涼夏は感動の嵐に包まれており、うんうん、と一人で嬉しそうに頷いている。
「そっか、涼夏ってオタクだったんだ」
 何気ないレッカの一言に涼夏ははっとする。
「あっ、いや、その、違うのよ。オタクって言うのはその……うちの姉弟が」
「涼夏って一人っ子じゃん」
「その、生き別れの姉弟が」
 風花の指摘に目を逸らす涼夏。その言い訳もひどくぎこちない。
「別にオタクなこと隠すことないじゃない。アメリカにもそう言う子結構居たよ」
「ホント? ひかない? 嫌いにならない? 大丈夫?」
 笑顔で応えるレッカに対し、涼夏の方はかなり必死だった。どうやら以前にオタクがバレて友人関係が壊れたことがあるらしく、オタクであることを出すのはつらいらしい。
「大丈夫大丈夫。私たち友達でしょ? ね、風花も気にしないよね?」
「う、うんまあ……」
「ちょっと、風花ぁぁぁぁぁっ! 目が泳いでるじゃないっ!」
「冗談冗談。大丈夫だって、あたいもこんなゲームのクローズドテストに応募するくらいにはオタクっぽいところあるし」
 視線を泳がせる演技をやめた風花に涼夏はほっと胸をなで下ろす。レッカには預かり知らない過去のトラウマがあるらしい。
「あ、でも学校のみんなには内緒よ」
「え? なん――」
「いいからっ! 絶対に絶対に内緒よ。分かった?」
「イ、イエス、マイフレンド」
 涼夏の剣幕に押され、レッカは友人の秘密を共有することとなった。オタク先進国の日本なのに、オタクであることを秘密にしなければならないとはなかなか不思議な国である。涼夏曰く、自分がオタクであることは結婚相手にだって秘密にしなければならないことらしい。
「で、でも……このゴーグルすごいよね。日本は面白いガジェットをよく思いつくと思う」
 レッカは話題を逸らし、自分達のかけているゴーグル――正確にはヘッドセットを指さす。
 今、レッカの視界上では右上に日付と時刻が浮かんでいるのが見えている。更には視界の真ん中の涼夏は体全体が緑の枠線で覆われ、『佐脇涼夏/国籍:日本/年齢:16歳/性別:女』と言う文字が浮かんで表示されているのだ。勿論、実際にそんな文字が中空に浮かんでいるのではなく、レッカがつけているゴーグルで表示されているのだ。
 これにはAR技術――『拡張現実』という技術が使われているらしい。言ってしまえば、現実世界にデジタルデータを重ね書き、あるいは上書きする技術。予め指定した座標や物にデータを登録しておき、所定の機器を使ってその座標や物を見ると登録されていたデータが見れる、と言うものだ。今、涼夏の名前や年齢を見たように。
 その仕組みは詳しく分からないが、見えている文字はまさに中空に浮かび、存在しているように見える。ただ単にゴーグルに表示されてるとは思えないほどの臨場感、存在感があった。だというのにゴーグルを外すと見えなくなってしまうという不思議さ。技術の進歩とはすごいものだなあ、と感心するばかりだ。
「なんていうか、ドラゴンボールであったスカウターみたいなものよね。復刻版で読んだことあるけどまさにあんな感じ」
「私としてはペルソナ4の眼鏡かなぁ。ま、アレは科学じゃなくてオカルトだけど」
 周囲の人に視線を向けると、ほとんどの人が『非公開』と書かれて名前が見れないが、幾人かは公開設定にしているのか、顔を見ただけで名前や性別を識別できる。なお、非公開設定にしているにも関わらず涼夏の名前がレッカから見えるのはスマートフォンから同期したアドレス帳に登録されているからだ。逆に言えば、アドレス帳に登録されていれば、ニックネームなどを表示させる事も可能とのことだ。
 会場から出てきた多くの人がこのゴーグルをしていた。製品名は仮称で『幻衣眼』というらしい。ゴーグルは大型で、眼鏡の上からでもかけられ、実際涼夏も自前の眼鏡の上から幻衣眼を被っている。片耳にはイヤホンがついており、それで通信も可能だ。
 先ほどの会場での説明によれば、この幻衣眼は携帯型(モバイル)PCたるスマートフォンの流れの次を行く次世代型の装着型(ウェラブル)PCであり、パソコンは持ち歩く物ではなく、身につける物になったのだ、とかなんとか。そして、この『身につけるパソコン』を持ってすれば、オタク達の夢の一つである、二次元の住人をこちらに呼び寄せられる、と言うのである。
「まあ、まずはやってみますか」
 ゲームの説明会の会場から離れた場所にある喫茶店に腰を据えたレッカ達はようやくゲームの起動を試すことにした。
 先ほどの会場で説明されたのは幻衣眼の基本的な使い方と、簡単なルールだけだ。ベータテストは説明会が終わった一時間後に開始、それまでに参加者達は思い思いの場所で幻衣眼の中にインストールされているゲームを起動しておくこと、起動したらチュートリアルが始まるのでそれをやっておくこと……などなど。
 ゲームの戦場はこの街そのもので、街から出たら失格。この街に二次元からの敵がやってくるのでそれを倒し、最終的にどこかに開かれた二次元と現実世界を繋ぐ門を閉じればゲームは終了とのことだ。現実世界でRPGごっこ、と言う訳である。街興しも兼ねてるのだろう。ゲームの参加者はこの街での物品の購入が十パーセントオフになったり、色々と特典が付くらしい。よく見れば街の至る所で『新感覚ゲームのベータテスト開始! 連動キャンペーン実施中』と言う張り紙が貼られていた。
 このように大まかなルールは先ほどの会場で聞かされているが、肝心のゲームのストーリーはまだである。一応、大筋は来る前にミランにある程度聞いていたが、それが正しいかを確かめるためにもゲームを起動しなければならない。
 人差し指と中指の二本を立てた状態で右手をくるりと一回転させる。するとレッカを取り囲むように球状のアイコンが中空に浮かび上がった。RPGのメニュー画面のようである。
 その中から『アプリ』のアイコンを二本指で触れる。実際には存在しないので何も感触はないが、中空に浮かぶアイコンは変化し、『電話』『インターネット』『アドレス帳』などのアプリアイコンが現れる。その中から『ゲーム「サイバー・サバイバー」』を選択。
 すると、大音響と共にファンファーレが鳴り響き、レッカは慌てて片耳のイヤホンを取り外した。ほぼ同時に涼夏と風花も顔をしかめ、イヤホンを外す。他人のメニューアイコンは見えないが、同じところでやられたらしい。
「音量設定どこだっけ?」
「えーと、ヘッドセットの左にプラスマイナスのボタンがあるはず」
「ああもう、ゲームの音量くらい使いやすい設定にデフォルトでしてくれればいいのに」
「さっそくテスター報告しないと」
 そんなことを言い合いながら音量調節をし、再度取りかかる。ふと気になってレッカだけ周囲を見ると、同じく幻衣眼を装備した人達があちらこちらで見えないアイコンや見えないキーボードを触ったりしてゲームを進めているらしかった。その様はまるで集団で夢遊病にかかった人達がありもしない幻覚と会話しているようでなかなかシュールな絵面である。
 かつては携帯電話や携帯ゲーム機を熱心に遊ぶ様はかなり奇妙な光景だと言われていたが、今の日本ではよくある光景であり、珍しいものではないという。海外でも、俯いてタブレットPCを弄る人なんて珍しくない。いずれはこのAR眼鏡も普及してみんながみんな何もない場所で手をふらふらさせるのが普通になるのだろうか。レッカにはなかなか想像出来ない光景だった。
 それはともかく、ゲームを開始すると中空にぽんっ、とメッセージウインドウが現れ、相棒キャラを選んでください、と出る。デフォルメされた幾つかの動物のアイコンが表示され、端っこには課金アイテムの欄があった。試しに押してみると未実装ではあるが、本サービス開始時にはパートナー契約している会社のマンガやアニメのキャラクター等を相棒として選べるようになる予定です、とメッセージが出てくる。
 レッカは再び通常メニューに戻り、眼前にふよふよと浮かぶ幾つかのアイコンを見ていく。そこでふっと、目に入ったのが隻眼のイワトビペンギンのアイコンだった。サムライペンギンと書かれている。選ぶと掌大の緑の円陣が中空に浮き上がり、その中からデフォルメされた隻眼のイワトビペンギンが現れた。ポリゴンぽさを感じさせず、むしろぬいぐるみっぽい質感を感じる。背中には大太刀を背負い、渋いボイスで話しかけてきた。
主上の招きに応じ、馳せ参じました』
 着ぐるみ体型だというのに刀を脇に置き、器用に中空で片膝を着くサムライペンギンはなかなかキュートで実にレッカ好みだった。意外とドスの利いた声もミスマッチで実にいい。もっとも、このレッカの趣味はなかなか友人達には理解されないのだが。
「まあ、ありがとう」
『さっそくで恐れ多いのですが、お願いが御座います。某(それがし)に名を頂きたく』
 ぽこんっ、と名前入力ウインドウが表示される。レッカはしばらく考えた後、目の前に現れた画板みたいなウインドウに指先で『酉次郎』と入力した。
『某の名は『トリジロウ』でよろしいでしょうか?』
 サムライペンギンの言葉と共に『※漢字の場合は読み仮名を指定できます』と出てくる。開発者が日本人なのか、なかなか親切な設計だ。隣にマイクのアイコンがあり、押した。
「あなたの名前はユウジロウよ」
 すると、サムライペンギンがぺこりと頭を下げつつ、答えた。
『ありがとうございます。某の名は「アナタノナマエハユウジロウヨ」でよろしいですね?』
 レッカは思わず渋い顔をした。話した言葉全てが入力されてしまったらしい。「いいえ」ボタンを押し、改めてマイク入力で『ユウジロウ』と言う。今度はちゃんと認識されたらしく、サムライペンギンがユウジロウの名を認識する。音声認識技術はまだまだ改良の余地がありそうだ。
『ありがたき幸せ。この酉次郎、身命を賭して翔烈火様に仕えさせて頂きます』
 サムライペンギン――酉次郎は改めて深々と頭を下げた。その足下に『酉次郎をOSのデフォルトOSアバターに設定しますか? ※「幻衣眼のシステム管理OSのアバターにできます。推奨設定です』と出る。説明文の意味は分かりづらいが、iPhoneのSiriみたいな物だろうと思い、レッカは「はい」のボタンを押した。
『仰せつかった大役、見事果たさせて貰います』
「よろしくね」
 ははっ、と酉次郎は再び頭を下げた。小気味のよい忠臣キャラらしい。
 しかし、開発者は歴史とか時代劇に詳しくないのだろうか。米国育ちなものの、厳格な祖父に育てられ、祖父が日本から取り寄せた時代小説やドラマの時代劇を見て育ったレッカとしては言葉遣いに違和感がある。まあ、ゲームだし、そんなものかもしれない。
『では、ゲームのプロローグを開始します。よろしいでしょうか?』
 「はい・いいえ」の選択肢が出てくるのではい、を押す。すると酉次郎の姿が消え、ムービーウインドウが出現する。幾つかのメーカーロゴの後、『サイバー・サバイバー』のゲームタイトルが出現し、どこかの通路を一つの影が走る映像になる。その影はどうやら酉次郎のようだった。全身傷だらけの手負いの状態でその背後を「追え! 逃すな!」と叫ぶ別の影。酉次郎は満身創痍ながらも、最後には南極一刀流奥義とかいう謎の剣技によって追っ手を撃破し、通路の先にあった謎の穴へ飛びこんだ。
 途端、ムービーウインドウが閉じ、中空からどさり、と死体同然のサムライペンギンが落ちてきた。
「うわっ……」
 予想外の展開に小さく声を漏らした。いきなりこんな血まみれのぬいぐるみが落ちてきたら誰でもびっくりする。追っ手は先ほどの決死の攻撃によって全滅しているからか現れたのは酉次郎だけらしい。目の前で死にかけのペンギンがやたらゼーハーぜーハー言ったままなかなか進まないのでちょん、とつついてみるとキィィィンという効果音と共に光が溢れる。
『こ、この波動は……』
 サムライペンギンは驚きの声を挙げながらレッカを見た。
『今の波動――間違いない。……これは希望が見えてきた』
 サムライペンギンは額の血を拭い、レッカに向き直る。
『某はこことは違う異世界――サイバーワールドからやってきた酉次郎と申します。突然で申し訳ないのですが、あなた様のお力をお借りしたい』
 聞き逃し対策なのか酉次郎の少し下にはメッセージウインドウにて発言内容が表示される。クリックすると発言が次へ進んだ。
『実は、我らの住むサイバーワールドにこの現実世界へ侵攻しようと企む輩が居るのです。その野望を阻止しようと我らの同胞も必死で動いておりましたが、尽力敵わず侵攻軍によってサイバーワールドと現実世界を繋ぐ門が開かれるのは時間の問題。
 しかし、残念ながら現実世界の方々は通常我ら異世界の民サイバリアンに触れることもかないませぬ。このままでは一方的な侵略を許すことになるでしょう。
 ですが、まだ希望はあります。人間界の中には我らサイバリアンと波長の近い特別な力を持つ方々がいるのです。そう、あなた様――レッカ様のように。
 その特殊な力を持つ人間と、我らサイバリアンが契約することによって、サイバリアンと戦える力を持つ戦士――『電脳勇者』(サイバー・ブレイヴ)になることが出来るのです。
 某が見たところ、レッカ様にはその資格があります。奴らを押さえ込むのは某のような穏健派にはもはや手に負えませぬ。
 勝手なお願いと分かっておりますが、どうか、某と契約し、『電脳勇者』(サイバー・ブレイヴ)となり、共に戦っていただきたい』
 長台詞ではあったが、内容は大体理解した。異世界から侵略者が攻めてくるので、それに対抗するためには異世界の民と契約して特別な戦士になる必要がある、ということらしい。
 レッカの目の前には再び『世界を守る為に戦う』『戦うなんて真っ平ごめんだ』の二択が現れている。ここで断っても話が進まないので「戦う」を選択する。
 すると、酉次郎は刀を脇に置き、深々と頭を下げた。
『かたじけのうございます。では、某と契約を』
 と、手というか、ペンギンの羽根を差し出してくる。触れてくださいのメッセージが出たので手を重ねるとまばゆい光が溢れ、それと共に酉次郎の傷が全て癒え、凛々しい刀を持ったイワトビペンギンの姿へと戻る。
『レッカ様と契約したことにより、我が力も戻りました。ありがとうございます』
 理屈はよく分からないけれど、傷も全快したらしい。なんとも都合のよい話だけど、いいことだ。ゲーム開始時の相棒キャラ選択に続いて二回目の契約になるが、ゲーム的にはこちらが本契約なのだろう。そこは気にしないことにした。
『さて、奴らがこの地へやってくるのはおおよそ一時間後。それまでに戦い方を御指南します。
 準備が出来たら某に話しかけてくだされ。訓練(チユートリアル)を開始いたします』
 酉次郎はそう言うと直立不動で黙り込んだ。どうやら物語のプロローグが終了したらしい。隣の二人を見るともう説明を聞き終わってるらしく、レッカの方を見ていた。
「二人とも早いね。私は今やっと終わったところ」
「あー、あたいはめんどくさそうな説明はほとんど飛ばしちゃった」
「私は文章読み終わったら喋ってる途中でもスキップする派だから」
 どうやら真面目に説明を聞いていたのはレッカだけだったらしい。まあ、涼夏は音声こそ最後まで聞いてないものの、メッセージウインドウはちゃんと読んでるので内容は把握してるし大丈夫だろう。
「なんか、魔法少女もののアニメみたいな設定よね」
 涼夏の何気ない一言にレッカ達も同意する。
「そうだね。私見たことないけどプリキュアってこんな感じなんだっけ? 魔法の国からやってきたユーノくんって子が『ボクと契約してフレイムヘイズになってよ』って言うんだっけ?」
「違う違う。確か現実世界に召喚されたルキアって女の子と主従契約を結ぶことによって主人公はサーヴァントっていう強力な戦士になれるんだよ。決め台詞は確か『問おう、汝が私のガンダムか』とかそんな感じだったと――ってあれ? 涼夏すっごい怖い顔してるね?」
 この手の話をよく知らない二人の話はオタクとして造詣の深い涼夏にとってどうにも看過できないものらしい。
「……いや、にわか知識というかなんというか。でも、逆に考えるとそこまでごちゃ混ぜになってるのが凄いわね。どうやったらそうなるのか。百歩譲って帰国子女のレッカはよく知らないとしても日本育ちの風花はもっときっちり知ってても良さそうなのに」
 話しているうちに怒りよりも呆れが、呆れよりも不思議が勝ったらしい。涼夏はしきりに首を傾げる。どうやら詳しい人間からすると今の会話はすごく変らしい。
「んー、でも一般人の女子高生の会話ってこんなものなのかしら」
「え? 涼夏って一般人じゃないの? 王侯貴族だったりするの?」
 思わず発した質問に涼夏は顔をしかめた。
「いや、まあ、なんて説明すればいいのかしら。オタクとそうでない人を分ける時によく『オタクと一般人』て区切るのよ」
「変なの。まるでオタクが特別なエリートみたいな区別ね」
 涼夏としては何一つとしておかしくない表現らしいが、レッカとしては妙な違和感があった。
「まあまあ。そんな話後でいいじゃん。それよりはまず目の前のゲームじゃない?」
「そんなこと言いながらシナリオを読み飛ばした癖に」
「え? ゲームのシナリオなんてどうでもいいでじゃん」
 お気楽な風花の発言にレッカは耳を疑う。
「だってこれ、分類としてはMMORPGらしいし。適当に戦闘が面白くって、みんなとワイワイできるなら、シナリオなんてどうでもいいよ。他のネトゲでも、あたいはシナリオ部分は全部読み飛ばしてるし」
「んーまー、風花みたいな考え方も珍しくないけどね。私は好きじゃないな、そういうの」
 ネットゲームに疎いレッカからすればよく分からないが、そう言うものらしい。
「よし、まずはパーティ組んでおきましょ。チュートリアル一緒に進められるか分からないけど」
 涼夏がそう言いながら右手を中空で動かす。すると、メッセージウインドウと共に酉次郎から『フレンドリストにいる涼夏様からパーティ申請が来ております』と告げられる。はい、と答えると涼夏のパーティに加入されたことが知らされた。レッカを待つ間に一通りの使い方をヘルプを見て覚えたらしい。どうやら涼夏はゲーマーとしても経験が豊富のようだ。
「ヘルプによるとチュートリアルには三十分もかからないらしいし、今のうちに食事済ませましょう」
「そうね」
 ゲーム開始――つまり、酉次郎の言う異世界の侵略者なりテロリストが人間界に攻めてくるのが一時間後。チュートリアルに三十分かかるとしても、食事をする余裕くらいはある。
「どう? 優勝できそう?」
 喫茶店のカウンターへ向かいつつ、風花が意地の悪い笑みを浮かべながら聞いてきた。始まったばかりで分かる訳がない。けれども――。
「やるからには全力を。出来る出来ないはこの際考えない」
「相変わらず、オットコ前だねぇ」
 いつも通り楽しそうに笑う風花。まあ他人の色恋沙汰を面白がるのはどこの国の女子も共通だけれど、その場その場のノリを楽しむ風花は実に人生が楽しそうだ、と改めて思った。
 レッカが喫茶店の外へ目を向けると、嫌になるほど晴れた空が見えた。この街のどこかでトモシゲもまたゲームの準備をしているのだろう。
 あんな約束をしてよかったのか、と思わずレッカは自問自答する。だが、そんなの今更としか言いようがない。過ぎてしまったことは仕方ない。ともかく全力でことに当たるだけだ。不安がないと言えば嘘になるが、楽しみだ、という気持ちも強い。
 いつだって、目の前のことに全力で取り組んできた。今回もただそうするだけのこと。それが成功するとは限らないが、少なくとも悔いが残りにくいのは確かなのだから。



「そうだね。一番近いのはデジモンアドベンチャーってアニメかな。ボクが生まれる前の古典アニメだけど、知ってる?」
 ミランの言葉に知ってると答えたのは涼夏だけだった。ゲーム会場へ向かう途上の電車の中、レッカ達がゲームの内容を聞いている時のことである。涼夏曰く、デジタルモンスターは可愛い男の子が沢山出てきて、その子供達が選ばれし子供と呼ばれ、異世界デジタルワールドにいるデジタルモンスターと絆を深め、人間界とデジタルワールドの両方を救うために色々な困難に立ち向かう話なんだとか。
「なにやら表現に偏りがある気がするけど大まかに言えばそんな話だね。異世界のキャラクターと仲間になり、悪い敵を倒す、てオーソドックスなシナリオだね。
 で普通のMMORPGなら終わりが設定されてなくて延々と拡張され続ける世界を旅したりするけど、今回は明確なクリア条件があるらしい。それがベータテストなのにゲーム大会と言われる理由さ。招待状によれば、最初に世界を救った人が優勝、みたいなことが書いてたね」
「世界を救ったら優勝って……なんか変な言い方。人助け、て早い者勝ちとか勝負するものじゃないと思うんだけど」
 レッカの言葉にミランは「まあゲームだしね。どうせ最初にラスボス倒した者勝ち、てことだろうけど」と投げやりに答えた。
「でも、そこは気にしなくてもいいよ。どうせ優勝するのはボクのトモシゲだから」
 ミランの何気なく放った一言にレッカ達はぎょっとする。トモシゲと梨子先輩が動じてないところを見るとそこは既定事項らしい。
「え? それって……もしかして八百長ってこと?」
 涼夏の言葉にミランは静かに顔を横に振る。
「ボクのトモシゲが負けるはずがない。ただそれだけのことだよ」
 天使のような笑顔で応えるミランに対し、トモシゲは何も言わず仏頂面で席に座っている。相も変わらず否定しないところを見ると勝つつもりなのだろう。まるで祭りの射的で父や兄にぬいぐるみをねだる少女のようだ。
 そこでふっと、一つの考えがレッカの中に浮かぶ。
「……こういう事を聞いていいか分からないけど、ミランくんの両親はどうしてるの?」
 トモシゲの目がすっと細められる。
「お前、時々鋭いな」
 トモシゲがちらりとミランを見るとミランは頷いて答える。
「去年事故で死んだよ。運がなかったんだ」
 そっけない言葉だったけれど、その言葉の裏には「でも、今はトモシゲがいるから寂しくないよ」と聞こえてくる気がした。十歳の子供と言えば生意気盛りだろうが、それでも親が死んで辛くないはずがない。それがこんなにも天真爛漫に笑っている。親に勘当されたトモシゲを拾い、自分の屋敷に住まわせているのはただの金持ちの道楽という訳ではない、ということだ。
「そっか、ごめんね」
「謝ることなんて何もないよ。ただの事実だからね」
 過去に何があったかは分からないけれど、二人の間には強い絆があるらしい。そこへ立ち入るのは非常に困難に思えた。だからといって、レッカが自分の中にある気持ちを諦める理由にはならないが。
 ――子連れの離婚経験者(バツイチ)の男性を口説くつもりでアタックしないといけないか。ハードルあがったなあ。でも、粟井くんの年齢離れした落ち着きとか包容力の理由が分かった気がする。
 なんにしても、トモシゲと付き合おうと思うのなら、ミランという存在は決して無視する訳にはいかない。ならば、レッカの取れる手は限られる。
「――残念だけど、粟井くんが優勝することは出来ない」
 突然の宣言に場の空気が固まった。涼夏と風花は目をぱちくりさせ、トモシゲは表情を変えず、梨子先輩はまた面白そうなことが始まった、と目を輝かせている。ミランも梨子先輩と同じく楽しげに質問をする。
「どうして?」
「私が勝つからよ」
 一方的な勝利宣言。
 ミランは――ただ笑った。だが、その雰囲気は先ほどまでとは一変している。悪戯っぽくも無垢な妖精のごとき無邪気さを振りまいていたミランのその顔は、まるで姿の変わらぬまま千年の時を経た吸血鬼のような底知れない妖艶さを醸し出していた。その笑顔は余りにも大人びていて、それでいて――攻撃的だ。
「無理だね。これでもボクは人を見る目があるつもりだ」
「根拠は?」
「プレイヤーとしての資質さ。お姉さんは、スポーツマンタイプだろ? それじゃ、和製マンチキンなトモシゲにとてもじゃないけど勝てそうにない」
「和製マンチキン?」
 梨子先輩が聞き慣れない言葉に首を傾げる。話の流れを中断させないためか、トモシゲが横合いから「意味は後で自分で検索してください」と押しとどめた。
「簡単に言えば、キミはtrue victorで、トモシゲはreal winnerと言うことさ」
 とどのつまり、トモシゲは『勝負で負けても試合に勝つタイプ』であり、レッカは『試合で負けても勝負で勝つ』タイプと言いたいらしい。
 それが本当かどうかはともかくとして、確かにレッカは勝負の結果よりもその過程の内容そのものを重視する傾向にある。争いごとがあれば、互いの実力を最大限に活かしてぶつかり合い、正々堂々と相手を打ち破るのを是とするだろう。だが、トモシゲはそうではないらしい。結果がすべてで、その内容の是非を問わない――ということか。
 一緒に住んでるトモシゲについて知っているのは当然のことだろうが、初対面のレッカに対してそこまで見抜くとは、確かに人の見る目があるのかもしれない。あるいは、レッカが誰から見ても分かりやすすぎるだけかもしれないが。
「それでも――勝負ってのはやってみないと分からないものよ」
 レッカはミランを真正面から見据え、言い放つ。
「私が勝負に勝ったら、また粟井くんに告白するけどいい?」
「――別に、勝っても負けても好きにすればいいよ。そこは個人の自由さ。ボクが関わる訳でなし。むしろ――」
 ミランは上目遣いにレッカを覗き込んでくる。その美しさに女であるレッカも思わずドキリとする。無論、ミランは男なのだから、性別上当たり前の話だが、ミランの場合、少女としての美しさが女性以上に出ているのでややこしい。
「こういう場合『私が勝ったらトモシゲと付き合ってもいい?』と言うべきじゃないのかい? アメリカ帰りにしては随分控えめな発言だね」
 レッカがアメリカ帰りだと説明した覚えはない。とどのつまり、トモシゲからある程度こちらのプロフィールを聞いているのだろう。なら変にあれこれと説明する必要はない。
「そんなこと約束しても粟井くんは承知してくれないでしょ?」
「やっぱり、キミはスポーツマンタイプだね。トモシゲなら、どんな無茶なことだろうと、勝ちさえすれば『約束は約束だろう?』と言ってくるよ」
「……うわーい、ともちークンてばチョー外道っ!」
「はいはい、外道で悪かったですね」
 何故か後ろでチャチャを入れてくる梨子先輩をなだめるトモシゲ。だが、否定はしないらしい。正直、レッカの知る学校でのトモシゲのイメージとは異なるが、勝負事になると人が変わるのかも知れない。
 ――それはそれで、彼の新しい一面が見れていいかも。
 どのみち、トモシゲとは知り合って三ヶ月も経つが、ほぼ毎日会うと言っても、学校での数時間程度である。彼のその多くを知る訳でない。そして、今日、彼の一般的な尺度で言えば衝撃的なプライベートを教えて貰ったが、レッカの気持ちは揺らいでいない。
「付け加えると――勝負に負けたらキミの恋人になってあげて欲しい、とボクが頼めばトモシゲは受け入れてくれるよ」
「別に。これは粟井くんを介しているけど、実質的には私と君の問題よ。
 私は、君と遊ぼうって言ってるの」
 すると、ミランはにぃ、と笑みを深めた。
「いいね。面白い。気に入ったよ。
 ああ、そうだ。ゲームをしよう。これは、キミとボクのゲームだ。
 ルールは簡単、今日これから行われるゲームでトモシゲがゲームの優勝者になるか、キミが優勝するか。賞品はトモシゲへの告白チャンス」
 他の人間が優勝することなど一切考慮してない、正直賭けとして成立しているかも怪しい勝負。だが、レッカにはそれでよかった。ここまで来て今更そんな恥ずかしいことは言い出せない。
「それでいいわ」
「ちょっとちょっと、レッちゃんが負けたらどうするの? ミーちゃんは何か貰うの?」
 いつの間にかレッカと話を進めるミランに梨子先輩が待ったをかける。
「別に。ボクは必要なものはなんでも持っている。ボクが彼女から取り上げるものはないよ」
 実に「持てる者」らしい貴族的な発言。常ならば嫌みったらしいものとなりやすい言葉だが、ミランの持つ歳不相応の気品と絶世の美少女と言わんばかりの美しさがむしろ神託のごとき聖性を感じさせた。この世の者ならざるその雰囲気に周りの誰もが飲まれたが、それでもレッカはいち早く立ち直り、笑顔で応えた。
「ありがとう。あなたに神の祝福のあらんことを」
 レッカが手を伸ばし握手を求めるとミランもそれに応じる。
 二度目の握手。
 触れた手は年相応に小さく女性のレッカが羨ましくなるほどすべすべの肌だった。それでも、よくよく集中すると、握った手から伝わる僅かな硬さがミランが少女ではなく、少年であろう事を伝えてくる。言葉で言われていても、あまり実感のわかなかった事実がレッカの中で現実味を帯びる。
 そうして握手し合う二人の横で、賭けの対象にされているトモシゲはやれやれと静かに息を吐いた。



「さーて、そろそろね」
 午後十二時五十五分。すなわち、ゲーム開始五分前。
 チュートリアルはすべて終わらせた。敵との戦い方も分かったし、ゲームの仕組みも大体把握した。後はゲームが開始するのを待つのみである。
 レッカ達は街の中でも人通りの少ない公園に陣取っていた。このゲーム大会は街興しの側面も強いため、街の中心部では多くの店が商魂をむき出しに声出しを行っている。このゲームのウリは現実を仮想で塗りつぶすことなのに商店街や歓楽街の「いらっしゃいらっしゃいらっしゃいらっしゃぁぁぁい」という大声などがせっかくの仮想を現実で塗りつぶしてる感じがしたからだ。
 また近場に他のプレイヤーがいない方がいい、と涼夏が強く主張したことも要因の一つである。ネットゲームにおいては人が多い場所だと狩り場の取り合いが発生し、ゲームを円滑に進めなくなる、ということらしい。レッカもネットゲームをしたことがない訳ではないが、以前にプレイした時は上級者の友人が戦いやすい場所へ常に連れて行ってくれていたのでそう言うことは知らなかった。ゲームにも色々と作法がある、というのが涼夏の弁である。
「……なんか、色々と巻き込んでご免ね」
 不意についてでた言葉に涼夏と風花が怪訝な顔をする。意味が伝わらなかったらしい。
「だって、夏休みの最初に楽しくゲームするつもりが粟井くんと優勝争いすることになったし」
「ああそんなこと? 別に、いいんじゃない?」
「そうそう。どうせゲームするなら一番を目指すものでしょ?」
 二人の答えはどちらも気負いのない、自然なものだった。少なくとも、日本人に多い、相手に気を遣った社交辞令ではない。レッカにはそう感じた。
「むしろ、優勝を目指すってことは――本気でこのゲームを楽しもう、てことじゃない。それってただゲームするよりずっといい事じゃない? むしろ、燃えるわっ! あのノッポがどんだけ強いか知らないけど、あの生意気で可愛いドイツ美少年の鼻をあかしてやりましょう!」
 意外にも涼夏が一番乗り気のようだった。今日は色々と彼女の意外な一面を知る日である。
「ありがとう。なら、もう遠慮しない。私たちで勝とう」
 レッカの力強い言葉に風花がぐっ、と親指を突き立て、涼夏が眼鏡を光らせ無駄に不敵な笑みを浮かべた。涼夏の挙動がいちいち気になるけど士気が高いのはいいことである。
『まもなくゲーム開始一分前です。他の人の通行の邪魔になったり、迷惑にならないよう、ご注意ください。また、なるべく屋内よりは屋外の方がよりゲームを楽しめると思われます』
 システムメッセージが視界の上部に流れる。現実世界に文字が浮かび上がるのもこの一時間で慣れた。人間とは実に適応能力の高い生き物だ、と我ながら思う。
 そして、その時は来た。
『レッカ様っ! おおなんというっ! 感じますかっ! このサイバーパワーの高鳴りを! 巨大な力がうねりを挙げ、この世界への扉をこじ開けようとしています』
 酉次郎が声を挙げ、空を見上げた。つられて空を見上げると先ほどまでの晴れやかな空に突如として暗雲が立ちこめ、周囲が暗くなる。
ジジジジ……ジジジジ……
 なにかのこすれるようなノイズ。
 周囲の光景がぐんにゃりと歪むのを感じた。空が、雲が、ビルが、公園が、友が、大地が――何もかもが歪み、うねり、狂っていく。見ている風景がこんなにもおかしくなっているというのに体には何も圧力も振動も感じないという不思議な感覚の中――レッカは見た。
 巨大な何かが空より飛来するのを。歪んだ風景の中、巨大な光が空を突き破り、世界の歪みが一瞬にして元に戻る。途端、音のない爆発が街の中心部で発生し、世界が光に包まれ、視界のすべてが白で埋め尽くされる。
 そんな中、レッカの眼前にうっすらと美しい少女の幻影が浮かび上がった。
『世界を――』
 それをかき消すように老人の幻影が浮かぶ。
『傲慢と言われようと、我らの安寧のために――』
 さらに青年の姿が浮かび上がる。
『新天地がある。それを目指すことが何故いけないっ!』
 さらに別の女性の幻影。
『わかり合えるなど、それはただの幻想』
      『幻想から生まれ出た我らが何を――』
  『行きて帰りたる。それ以上を望むは――』
          『破壊だ! 破壊しかない! この悲しみが――』
     『生まれる。新しい。選択が世界を――』
『どぉぉぉぉぉぉして分からないっっっっっ!』
『――だったのだっ!』
                  『ぁぁあ……苦しい苦しい苦しい』
『どのような結論であろうと』
『時は来た』『刻は来た』『ときはきた』『トキハキタ』『刻が』『時が』『ときが』『トキガ』『来た』『きた』『来た』『キタ』『タ』『た』『た』『ta』『――』『――――』
 様々な人物が次々と現れては霧散を繰り返し、声と映像の洪水がレッカの意識を飲み込んでいく。
 そうして――再び世界が真っ白になり、遅れて視界が正常に戻った。
 そこにあったのは異世界だった。
 レッカは息を飲み、周囲を見渡した。
 人通りの少ない寂れた地方都市――その片隅にいたはずの自分達。
 だが、今レッカ達がいるその場所は、先ほどまでとはまるで違う別の世界に思えた。
 いや、正確には元の世界だと同じだと分かる。何故ならばビルがあるし、空はあるし、建物や公園の遊具の配置もまったく一緒だ。先ほどの位置からレッカは一歩も動いていないというのがはっきりと分かる。
 しかし、やはり世界は一変していた。
 空は薄緑色に染まり、見たこともない巨大な飛行船が浮かんでいる。そして街を形成するビル群には見たこともない鈍色の蔦が這い回っている。まるで金属で出来た植物のようだ。もしかしたら本当に金属生命体なのかもしれない。その金属の蔦は地面にも及んでおり、コンクリートで出来た人間の世界を埋め尽くさんばかりに浸食している。
 その様変わりした世界の中、見たことのないぬいぐるみの様なポリゴンの鳥や獣が浮遊していた。こんなにも世界は変わってしまったにも関わらず、幻衣眼をつけてない一般の人々はまったく世界の変化に気づかず、普通に仕事をしたり街を歩いていた。
 世界の異常に自分だけが気づいている不思議な感覚。
『レッカ様。――やはりサイバーワールドとのゲートが開かれてしまったようです。サイバーワールドの住民と共に、多くのサイバー粒子が入り込み、現実世界の様相すら一変させてしまったようです。
 ですが、幸いなことにサイバーワールドにいる我らが主上――サイバー皇巫女(すめらみこ)様の力によりサイバーワールドからの浸食の影響はこの都市だけに留まっているようです。さすがの皇巫女様も結界を維持できるのはもって後五時間というところでしょう。
 それまでにどこかに開いたゲートを閉じるために戦いましょう!』
 呆然としているレッカの横でサムライペンギンこと酉次郎がペラペラと説明台詞を吐いてくる。それを聞いて「ああ、これはゲームなんだ」と現実に引き戻され、ほっと安心した。軽く幻衣眼をずらすとやはりそこには先ほどまで見慣れた普通の地方都市の風景が広がっていた。ポリゴンでできたモンスターなんてどこにも飛んでない。
 しかし再び幻衣眼をつけるとやはりそこには異世界に浸食された世界がリアルに見て取ることができた。ゲームだと分かっていても、あまりにも臨場感があるためにどちらが本当の世界か自信がなくなってきそうになる。
 ――これって、本当は世紀の大発明なんじゃないかしら。
 そんなことをレッカは思った。だがいつまでも呆然している訳にはいかない。
 なんにせよ、レッカはこのゲームを、異世界に浸食された現実世界を救うために戦い、クリアしなければならないのである。誰よりも早く、だ。
「涼夏! 風花! 大丈夫?」
 レッカの呼びかけに二人は我に返り、視線を街からレッカへ向けてくる。あまりにも凄すぎて逆にゲームに集中できなくなってる辺り、この派手なオープニングは失敗じゃないか、と密かに思う。いや、制作者としてはゲームを進めることよりもこうやって異世界が現実世界にやってくるという驚きを感じて欲しい、という想いの方がメインなのかもしれないが。
「う、うん。なんとか。あたいびっくりだよ」
「そうそう。色んなゲームに慣れてるからそうそうのことでは驚かない、てつもりだったけど……これは別格だね」
 二人は幻衣眼を外したり着けたりを繰り返し、幻衣眼を外した方が本物の世界であると確認する。そうでもしないと戸惑うくらいの臨場感があるからだ。
「うん。それは私も同感。出来ればこの変な世界をほのぼのと見て回っていたいけど――」
 そこでレッカは右手をすっと胸の前に持ち上げ、握り拳から親指を立て、人差し指と中指を伸ばして拳銃のジェスチャーをする。
《シュートモード》
 幻衣眼から合成音声が発せられ、レッカの突き出した指先が赤く光る。その赤く光る――拳銃のジェスチャーに沿えば銃口に当たる部分を近くで浮遊しているポリゴンのモンスターへ向けた。
「発射(ファイア)っ!」
 レッカの言葉と共に指先から赤い光弾が発射された。光弾はモンスターの体を打ち貫き、モンスターはバラバラに砕け散るエフェクトと共に姿を消す。
「ぐずぐずしていられない――狩りを始めましょう」
 ファンファーレと共に視界の隅に表示されている自分と友人達のプレイヤーレベルが三になる。パーティを組んでいるので均等に経験値が入ったらしい。今回のベータテストに合わせて経験値は通常の六倍となっており、スピーディにレベルがあがるとのことだったが、確かにこれならすぐにレベルがあがりそうだ。
「そうね。まずはレベル上げ。で、ある程度レベルを確保したらこの街のどこかにあるというゲートの情報を集めましょう」
 涼夏もそう言いながら腕で拳銃のジェスチャーをし、仮想の銃――サイバーガンを装備する。このゲームは予め決められたジェスチャーをすると仮想の武器を装備して戦えるようになるのだ。
「同士討ちに気をつけてね。このゲームはパーティ組んでても味方の攻撃は当たったらダメージが入るから」
 あえてリアル感を出すためか、普通のゲームによくある味方には攻撃が無効になる、というセーフティな設定がない。それどころか、自傷すら可能だ。故に、味方の支援をする時は誤射に注意しなければならない。下手をすれば味方の弾やて手元が狂って自分を撃ってゲームオーバーになりかねないのだ。
「よし、じゃあ狩りを開始――」
 と、気合いの言葉を入れようとしたところで悲鳴が起きた。
 近い。しかも、一度ではない。何度も連続で聞こえてくる。
 レッカの中で何か言いしれぬ予感がした。
 思わずレッカは悲鳴の聞こえる方へ走り出す。二人が制止する声が聞こえるが、構わず走った。今ここでこの声を無視するはどうにも危険だ――そんな気がするのだ。
 そして、レッカは見た。直ぐそこの路地で五人の社会人か大学生らしき青年達が愕然としながらその場に座り込んでいる。そしてその奥ではこの暑さの中黒いコートを着た長身の男の手から伸びる緑色の光を放つ仮想の剣がリーダー格らしき青年の胸を刺し貫いていた。
 青年達の頭上にはすべて《DEAD!》という文字と共に天使の輪のようなものが浮かんでいた。どうやら全員ライフポイントがゼロになってゲームオーバーらしい。
 黒いコートの男は仮想の剣を青年から引き抜くとレッカへ視線を向けた。
 悪い予感は的中していた。
「なるほど――どうやらあんたは本気で優勝するつもりなのね」
 ゲーム開始と共にプレイヤーキルを開始していたのはレッカのよく知る人物――トモシゲその人だった。

つづく


 レッカの友達である風花のキャラが弱いなぁ。
 シナリオとしては

・レッカ(女主人公)がトモシゲ(男主人公)に告白するも失敗
 ↓
・友人とゲーム大会に出かけたらばったり遭遇
 ↓
・なんやかんやあって、どっちが優勝するか勝負に
 ↓
・ゲーム大会(というか新型ネットゲームのクローズドベータテスト)へ参加
 ↓
・よーし頑張るぞー、と気合いを入れてたらトモシゲ(男主人公)が速攻でPKを開始してた

 て流れですね。ラストの話を区切る場所は何度も書き直してて、「なんでトモシゲが強いのか?」とか、「何故レッカが勝てると踏んだのかの根拠」とか、「このARネットゲームの基本ルール」についての詳しい説明とか入れようとしたけど、テンポの問題で次回へ後回しにすることに。
 ゲームが開始して現実世界が異世界で塗りつぶされたシーンで切ってもよかったんだけど、「ゲーム始まったと思ったらいきなりPK(プレイヤーキル)が行われてた!」という引きで終わりたかったのでこの形に。

 あーでも情景描写が足りないなぁ。特に電車で移動してる時の描写なんてほとんどない。
 プロローグの告白シーンと、ゲームの説明会の時以外は風景描写が一切ない辺り色々とダメだなぁ。
 そんなこと思いつつ、次の章へ進む。
 よかったら感想とかください(笑)