とりあえず、改稿分。序章・一章

 とりあえず、九月に改稿した序章から一章の分を公開。



ルーデンス・ディグニティ

序章

「あなたのことを愛してるっ!」
 己が存在のすべてを賭け、私は言葉を投げ放った。
 空気が張りつめ、世界が硬質化するのを幻視する。
 私は死地にいた。
 即ち――惚れた相手への告白である。
 この為に今日はいつも以上に早起きをし、真剣と同じ重さの木刀を千回素振りをし、道場の裏にある井戸水で禊ぎもした。両親の仏前へ合掌し、勝利も祈願した。下着も新調したものを用意した。いつものポニーテールもお気に入りのリボンでまとめた。
 万全の体勢。
 タイミングも完璧だ。
 一学期最終日――終業式の終わった直後。全校生徒が教室へ帰ろうと席を立った瞬間。
 不意を突き、隣のクラスにいる彼の目の前に立ちふさがり、衆人環視の中私は自らの想いを相手に叩き付けたのである。
 私の熱い視線と、全校生徒達の戸惑いの視線が突き刺さる中――しかし相手は驚くべき事に平然としていた。
 この期に及んで、彼は自然体だった。
 大きな少年である。身長は一八〇センチを超える大男――にも関わらず彼には威圧感というものがまるでない。存在感もなければ、華もない。ひいき目で見ても体が大きいだけの地味で凡庸な少年にしか見えない。
 だというのに――彼は静かに苦笑し、呟いた。
「これじゃ、愛の告白というより、果たし合いだな」
 教室で軽口を叩く時とまるで変わらぬ自然体ぶり。その泰然とした態度には底知れぬ器の深さが感じられる。周囲の人間はこんな大勢の前で告白した私にばかり気を取られているが、なによりもまず彼の事を気にするべきだ、と思う。
「なんでこの俺を? あんたみたいな美人とは釣り合わない――」
「理由なんて知らないわ」
 彼の言葉を遮り、私は相手を見据える。
 好きになった理由? そんなものは幾らでもある。幾らでも告げることは出来る。だが、それが何になるだろうか。経緯なんてどうでもいい。
「大事なのはただ一つ!
 この私――翔烈火(シヨウ・レツカ)があなた――粟井(あわい)友重(ともしげ)に惚れている!
 ただその事実だけでしょう?
 それ以上に何が必要っていうの?」
 言い切る私に相手――粟井くんもふっ、と笑みをこぼす。
「男前だな。あんたのそう言うところは嫌いじゃない」
「ありがとう」
 私も釣られて笑みを返す。
 男前だ、とか男勝りだとか呼ばれることはあまり好きではなかった。けれど、彼に言われるのならば心地よい。お礼だって素直に言える。
「で、あんたが俺に惚れてくれたのはありがたいけど、それがどうしたんだ?」
「へ?」
 粟井くんの言葉に思わずきょとんとする。
「俺は当たり前の事を、当たり前の言葉で言っているだけだぞ?」
 問われて今までの会話を反芻する。何か落ち度があったのか?
 ――…………そう言うこと?
 一つの答えに辿り着き、思わず顔が真っ赤になるのを自覚する。
 ――ああもう、それくらい察してよっ!
 それとも、わざわざ口に出させたいのだろうか。私はいつの間にか俯いていた顔を上げ、再び彼の顔を見据える。
「私、翔烈火は粟井友重へ真剣なる交際を申し込みますっ!
 どうか、この私の恋人になっていただきたい!」
 私は恋をしたのだ。
 彼に。この目の前に立つ、粟井友重という男に。
 彼の為ならば何を差し出してもかまわない。
 天地神明に誓い、彼のすべてを受け入れる覚悟がある。
 決意を込めた視線を受け、粟井くんは無表情だった。
 どれぐらいの時間が経っただろうか。
 それは五分かも知れないし、一瞬のことかも知れない。だが、私にとっては永遠のように長い時間だった。
 幾ばくかの間をおいて――ふっ、と彼は笑った。
「俺を好きになってくれてありがとう」
 粟井くんの言葉に周囲でおおう、とどよめきが起こる。それまで固唾をのんで見守っていた群衆が来たるべきその瞬間に向けて期待を高まらせていく。
 すべてはハッピーエンドへと向かうと信じられた。
 願いは叶えられるのだと確信した。
 来(きた)るべき幸せの予感で胸が一杯になりそうだった。
 これから私は幸せなキスをして終わるのだと思った。
 いや、終わるのではない。
 始まるのだ。
 私と彼の、恋が。
 だが。
 だが。
 ……だが。

「悪いな。俺に恋人は必要ない」

第一章

 普通とは何だろうか。
 多くの日本人は普通であることを望む。
 特別であることに憧れながらも、特別な存在を恐れるところがある。
 私は――この私、翔烈火は普通ではないし、普通たり得ない。
 まず、生まれが違う。
 両親は共に日本人だが、私が生まれたのはアメリカ合衆国だ。
 家族が違う。
 両親は物心つく前に事故で死に、家族は祖父一人だ。
 育ちが違う。
 幼少より「民族のサラダボウル」と呼ばれるカリフォルニア州で様々な人種に混じって生活してきた。国籍は日本だが、ロスの市民権がある。
 家が違う。
 祖父は「現代のサムライ」と呼ばれる剣術家だ。若い頃にアメリカへ渡り、ロサンゼルス郊外で剣道場を開き、数多くの人種に「サムライダマシイ」を教えた。孫である私自身もその「サムライ」の後継者とみなされている。
 更に言えば、そもそも女の子に『烈火』と言う名前は普通じゃない。
 もう何年も付き合ってきた名前なので今となっては愛着もあるが、しかしもう少しかわいげのある名前でもよかったのではないか、と思わないでもない。
 なんにしても。
 何もかもが普通じゃない。
 だから、私には分からない。
 日本のみんなが言う「普通」と言うものが。
 そして、だからこそ思う。

 「普通」になんてなれないのだと。

 生まれも育ちも、日本人のスタンダードとは違うのだ。
 何もかもが、違うのだ。
 そんな私が大病を患った祖父と共に日本へ帰国し、日本の高校に入学した。
 日本の高校に入ったのなら、日本人の高校生らしくしなさい、と多くの人が言う。
 郷に入っては郷に従え、と言うことくらいは分かる。
 けれども、私は普通の生き方など出来ない。
 私はきっと異端(イリーガル)な存在で、普通とは違う異端な生き方をせざるを得ない。
 そんな覚悟を持って生きていた。
 それを打ち砕く少年が現れる前までは。



『てめぇら二次元に入りたいかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおっ!」」」」
 司会の言葉に会場中が呼応し、怒号が連鎖する。
『二次元で自分の好きキャラと一緒に生活したいかぁぁぁぁぁっ!』
「「「「ぉぉぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおううぅぅぅぅぅっ!」」」」
 会場の熱気はいつのまにやら最高潮に達し、意味不明の一体感が異様な空気を作り出す。
『ばっきゃろぉぉぉぉっ! そんなもん無理に決まってんだろっ!』
「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええぇぇぇぇぇ」」」」
 突如として掌を返す司会に観客は一斉にブーイングをあげた。
『常識で考えろ、常識で! 人間の意識の電脳化? 魂を解析してネットワークに転送? 感覚野の電子化で仮想世界へ意識を投入?
 できるかそんなもんっ! 少なくとも、後五十年はそんな時代こねぇぇよっ!』
「ざけんなーっ!」「夢壊すんじゃねー!」「科学なめんなーっ!」「自分が出来ないからって未来ぶちこわすんじゃねー!」「まずはその幻想をぶちこわすぞ、このハゲー!」「まったくだぞこのハゲー!」「そうだそうだハゲ!」「ハゲ!」「ハゲ!」「ハゲっ!」
『だぁぁぁ、てめぇぇら、うるせぇぇぇっ! これはスキンヘッドだ! ハゲじゃねぇよっ! ファッシュョォォォンだよっ! 剃ってんだよこのオタクどもがぁぁぁぁ! てめぇらがロン毛過ぎんだよ! むしろお前等が髪を切れっ! このスットコドッコイ共!』
『萩田さん、萩田さん、落ち着いて! 話ずれてますよ!』
 いつの間にやら観客と喧嘩し始める司会に対し、横にいた化粧は濃いもののそれなりに美人の助手が裾を引っ張り、司会進行を促す。
『おっとすいません、河林さん。
 でもまーなんだ、お前ら。もう分かってるだろ。二十一世紀にもなったけど、アニメみたいなサイバーパンクな世界は無理無理だってこと。いい加減夢を見るのを諦めろよ』
「うるせー!」「ひっこめー!」「日本人は夢見てなんぼじゃーい!」「ハゲぇぇ!」
 話は元に戻るかと思いきや、相変わらず観客を挑発する司会に私はげんなりした。
 日本はオタク文化が盛んで、二次元なフィクションが好きな人が多いとよく聞いていたけれど、これは想像以上だ。
 このよく分からない熱気についていけず、私は色々と置いてけぼりにされていた。
『バッカヤロー! このオタンコナスどもがっ! 早とちりしやがって!
 もっと現実を見ろよ。俺たちが二次元に入るなんて無理。むーりむーり。
 でもよ……だったら逆に考えるんだ。
 「二次元の方が現実(こつち)にくればいいんだ」と』
「なん……だと……」「そこに気づくとは」「やはり天才……」「その発想はなかったわ」「この男むちゃくちゃ言いおる」「つーか、二次元に行くより夢みてんじゃね?」「あれれ? もしかしてお台場に実物大ガンダム作ろうぜ系の話?」「散々煽ってこれかい」「いや、一理ある」「あるあるあ……ねぇよっ!」「だがちょっと待って欲しい。本当に不可能なのか?」「くくく……どうやら時代がやっと俺に追いついたか」「SF者にはすでに予測された未来よ」「お前が偉そうにすんな」
 司会も司会だが、観客も観客だ。示し合わせたように軽妙な返答が飛び交う。どれだけの偽客(サクラ)が仕込まれているのだろう。もし、これが偽客なしの盛り上がりだとしたらなかなか大したものだ。こんなにも無駄に鍛えられた観客達がこれほどいるのだから。
『ふっふっふっ……、どうやら会場の意見は半分に分かれてるようだなぁ。
 その手があったか、と言う意見と、んなもん無理に決まってんだろ、て意見。
 しかも、賛成派の奴らもほとんどが「実現するとしてもいつの話だよ」って顔をしてる。
 ところがどっこい! そんな諸君らの勝手な決めつけを打ち破るべく作られたのがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、こ の マ シ ン な の で す っ ! 』
 司会の言葉と共にステージの幕が開き、再び会場のボルテージがあがっていく。
 会場のノリについていけなかった私もようやく何が来るのかと目を見張る。
 多くの人間が見守る中発表されたそのマシンは――大型のゴーグルだった。
 会場のそこかしこで「よっしゃぁぁぁぁ」とか「きたぁぁぁぁあ」とかノリノリの歓声が溢れかえる。
 しかしながら、この私、翔烈火は――そんな会場の熱気にまったく同調できなかった。
 ただただ冷めた目でステージと、観客を見つめる。
 ――ああ、なんで私ここにいるんだろう?
 浮かび上がる当然の疑問。
 三百人以上収容できる大ホールでイベントは大盛り上がり。賑やかなことこの上ない。
 それでも――こんなにも人に囲まれているのに、私はこんなにも一人だ。
 そして、自然と浮かび上がってくる一つの気持ち。
 ――あーあ、トモシゲに会いたいな。
 彼は今どこにいるのだろう?
 いや、そもそもこんな所にいるのだろうか。
 ――もしかしたら、あんな電話を信じた私が馬鹿なのかもしれない。



『キミはまだトモシゲのことが好きなのかい?』
 その電話がかかってきたのは夏休み最初の夜――すなわち粟井友重にフラレた日の夜だった。
 あの後どうやって家に帰ったのか余り記憶がない。
 気がつけば終業式は終わり、ホームルームも終わり、家のベッドに倒れ込み――そして泣いた。泣きに泣いた。そのうちに昼は夜となり、食事も食べず、ただ疲れ果てて泥のように眠った。
 そんな折、かかってきたのがこの電話だ。
 番号は非通知で相手は分からない。声も聞いたことがない知らない声だ。
 言葉自体は不躾で実に偉そうなものだが――不思議と不快感はなかった。むしろ、気品すら感じさせる、不思議な声。自然と相手と会話がしたくなる。
「当たり前よ」
 だから、私は素直にそれを告げた。
 名乗りもせずに、いきなり失恋をえぐってくるこの質問に私は答えた。
 相手に好きではない、と言われたくらいで失われるほど私の気持ちは弱くない。
『不思議だね。どうしてそこまでトモシゲのことを?』
「知らないわよ、そんなの」
『理由もなく好きになったのかい?』
「理由なんかなくても人は好きになれるものよ」
 相手の好きな部分は幾らでも列挙できる。けれども、どれが決定打かなんて分からない。きっかけはあったのかも知れないが、今となっては彼という存在そのものが好きだ。本当の理由など分からない。
『キミはトモシゲのことを何も知らない』
 自分の方が彼の事をよく知っている、と言わんばかりの声。私の無知を糾弾しようというのだろうか。だとしたら見当違いも甚だしい。
「そうよ。これから知っていくつもりだったわ」
 私が粟井友重について知っていることは実に少ない。毎日顔を合わせていたけれども、学校での彼しか知らない。寡黙で、体が大きい割に存在感がなく、教室の隅にいる置物のような――昼行灯のような彼。
 ――でも、彼はそれだけの男じゃない。
「彼は底知れない何かを秘めている」
『それが理由じゃないのかい?』
「順番が逆よ。好きになってから――彼が実は何かを秘めていると気付いたのよ」
 別に、彼がただの平凡な男でもかまわない。好きになった男には秘密があった。ただそれだけのこと。好きだと言うことに「何故?」を持ち込むのはナンセンスだ。
『面白い。キミは実に面白いね』
「当たり前の事を、当たり前の言葉で言っているだけよ」
 電話の向こうで声の主がくすりと笑うのが聞こえた。何かおかしいことを言っただろうか?
『その言葉。トモシゲの口癖じゃないか。本当にキミはトモシゲのことが好きみたいだね』
 思わず口を閉じ、顔が赤くなるのを感じた。
 ――嘘? いつの間に?
 まったくの不意打ちだった。別にわざと真似した訳じゃない。無意識に彼の言葉を流用していた。予想外の指摘になんだか顔がやたらめったら真っ赤になる。
 電話主の言う通り、私は彼の影響を自分が思っていた以上に受けていたようだ。
『いいだろう。
 ゲームをしよう。ボクと、キミとで、だ』
「どういうこと? 話が見えないんだけれど。
 そもそも、あなたは誰なの?」
 今更の質問。けれども、相手は気にせず話を進めていく。
『ルールは簡単。トモシゲに勝つこと。ただそれだけ。シンプルでいいだろう?』
「勝つって何で? どういうこと? 何をすれば勝ちなの?」
 疑問だらけの私に相手は何も答えない。
『七月の最終土曜日、予定を開けておくといい。招待状を送ろう』
「意味が分からない」
『キミの知らないトモシゲがそこにいる』
 思わず息を飲んだ。
 そんなことを言われては、気にせざるをえない。
 返事をする前に向こうが一方的に告げてくる。
『招待状は送る。来るかどうかはキミの自由だ』



 かくて私はとある地方都市にあるゲームイベント会場にいる、と言う訳だ。
 ――粟井友重の真の姿はオタクだ、とでも言いたいのかしら。
 それとも凄腕のプログラマーかエンジニアでこのゲームの制作者なのか。
 なんにしても、私の場違い感は酷かった。やたらと周囲から視線を感じる。参加者の多くは二十代から三十代の大学生か社会人の男性がほとんどで、女性の参加者は二割いるかどうか、というところ。十代も全く見あたらない。早くも帰りたい気持ちで一杯だ。
 ――でも、このどこかにトモシゲがいるはず。
 想い人の何かが分かるというのだ。それだけで、この意味の分からないイベントに参加する価値はある。
 ゲームの説明会は大盛況のうちに終わった。参加者達は誰もが興奮して今から始まるゲームについて拍手と歓声を送っている。曰く、『二次元を三次元に持ってくる』技術を使った新しい、新感覚で次世代で革新的で実験的で世界初なゲームらしい。話を聞く限り、確かに聞いたことのないようなゲームだけれどゲームに詳しくない私はそれほど興味を引かれなかった。
 ――そんなことよりも彼はどこ?
 説明会が終わり、参加者達はぞろぞろと会場から出て行く。
 そんな中、彼の姿はないかと視線を巡らせるが、なかなか見つからない。
 これだけの人数の中で一人の人間を捜すのは困難を極める。彼は図体はでかいけれども不思議と存在感に欠ける存在だ。おかげでただでさえ困難な捜索の難易度は更にあがる。
 ――せっかくここまで来たのに、彼と会えないなんてっ!
 しかし、天は私に味方してくれたらしい。
「やっぱりおったか! 《アウェイク》っ!」
 よく通る関西弁が通路に響き渡る。私は二階通路に居たのだが、一階ロビーと吹き抜けになっており、その様子がよく見えた。
 一階のロビーのど真ん中で、一人の少女が体の大きな少年相手に声を張り上げている。
 ――トモシゲだっ!
 思わず顔がほころぶ。終業式の日から約十日振りくらいだろうか。我ながら安っぽいと思いつつも彼を見つけたと言うだけで胸がいっぱいになる。
 ――でも、これはどういう状況なの?
 既視感のある光景だった。ただし、あの時私は傍観者ではなく、トモシゲに声を張りあげる当事者だったのだが。
 対するトモシゲはやはりあの時と同じく自然体だった。
「《フェスタ》か。久しぶりじゃないか。元気にしていたか?」
 怒鳴られたというのに笑みすら浮かべて相手の頭を撫でてやるトモシゲ。
「えへへ、久しぶりやな……って違(ちや)うっ! 子ども扱いすんなやっ! 年下の癖にっ!」
 頭を撫でられ一瞬弛緩した顔をしていた少女――フェスタが手を振り払い、顔を真っ赤にして再び叫ぶ。
 ――え? あれで私よりも年上? 
 フェスタと呼ばれた少女は非常に小柄で顔つきも体つきも子どもっぽい。どう見てもせいぜい中学生くらいだ。合衆国(ステイツ)なら小学生と間違われてもおかしくない。他人のことは言えないが、服装はボーイッシュで女らしさはあまり感じられない。けれど、そこが可愛らしく、体の大きなトモシゲと並べば年の離れた妹のように見える。
「それは悪かった。じゃあゲームの準備があるので行く。またな」
「こらこらこらっ! どんだけアタシの扱い悪いねんっ! 業(ごう)沸くわ!」
 その場で地団駄を踏み、癇癪を起こすフェスタ。年上なのに実にこらえ性がない。トモシゲに言いように手に取られている。……人のことは言えないけれど。
 ――《業が沸く》は関西弁で腹が立つ、だったかしら? しっかし、フェスタ、て言う割にどう見ても日本人ね。トモシゲもアウェイクと呼ばれてるし……あだ名か何かかしら。あるいはハンドルネーム?
 粟井だから《アウェイク》とはなかなか安直なハンドルネームだ。
 ――でも、一つ彼の知らないことを知れたわ。
 引き締めた顔が再びほころぶ。
 だが、笑みを浮かべた私とは対照的に周囲では緊張した声があがった。
「おいおい、あの関西弁のちびっ子が《フェスタ》なのか?」「マジかよ? あのトッププレイヤーのかっ!」「あんな暴力プレイするヤツが、こんな可愛い子だったとは」「俺ファンになりそう」「っていうか……相手の方の《アウェイク》って誰だ?」「知らない名だな」「いや……あの、《アウェイク》じゃないのか?」「……まさか。奴が噂の?」「無敗の――アウェイク?」「……どうなってんだこの大会? 色々やべぇぞ」
 最初は《フェスタ》について盛り上がっていた周囲の声が、いつの間にか《アウェイク》と呼ばれたトモシゲに怯えるように黙り込んでいく。
 ――何? どういうことなの? まるでトモシゲのことを怖がっているみたい。
 周囲の反応にまるでついていけない。トモシゲ――《アウェイク》って一体何者なの?
「……ありゃりゃ、あんたの名前が出た瞬間、みんな黙り込んじゃったで、この外道」
「知るか。俺はただ、勝つためにベストを尽くすだけだ」
 いつも通りのトモシゲの言葉に、フェスタは呆れた顔をする。
「よー言うわ。あんたのやっとーことえげつないで?」
「勝つために力を尽くす。当たり前のこと当たり前にやっているだけだ」
 彼はそう言ってため息をつき、フェスタを見据えた。
「で、用件はなんだ? 手短にお願いする。俺もゲームの準備に行きたい」
 トモシゲの言葉にフェスタはびしぃっと指を突きつける。
「あんたの常勝無敗もここまでやっ! 今日こそは絶対にアタシが泣かしたるっ!」
「そうか頑張れ」
 気合いを入れる彼女とは対照的にトモシゲは冷静にフェスタの肩をぽんぽんと叩く。そのままこの場を足早に立ち去ろうとし、思いっきり脛にケリを入れられた。
「子供扱いすんなっつっとーやろーっ!」
「…………っぅ!」
 トモシゲは声にならない悲鳴をあげ、その場にうずくまった。
 ――ああ、なんてこと!
 私はトモシゲの元へ駆けつけようと人混みを掻き分けるが、野次馬達はみんな立ち止まってこの騒動を見ており、なかなか前へ進めない。
 と、そこへ耳障りな笑い声が聞こえてきた。
「げっ、この下品な笑い声は?!」
「あらあらあら……誰かと思ったら、フェスタのお嬢ちゃんじゃない」
 声と共に野次馬達の群れがモーゼの奇蹟のごとく二つに分かれた。
 現れたのはフェスタと同じくらい小柄で童顔なものの、対照的に胸や尻の大きく突き出たグラビアアイドルみたいな美少女だった。外国人の血が混じってるのか長い黒髪はやや赤みがかっている。
 思わず私は言葉を失う。相手は私の知っている人間だった。
 現れた少女を見てトモシゲもため息をついた。足の痛みがようやく引いたのか、顔をしかめつつも、いつもの落ち着いた調子で立ちあがる。
「おや、淫乱赤髪ロリ巨乳ビッチ巫女先輩じゃないですか。先輩も来てたんですか?」
「ともちークンひどいぃっ! お姉ちゃん、キミのことをそんな風に育てた覚えはないわ」「先輩に育てられた覚えは一度としてありませんよ」
 頬を膨らませて文句を言う先輩に対し、トモシゲはあくまで冷静だった。
 トモシゲが淫乱ロリ巨乳ビッチ巫女先輩と呼んだ彼女は校内でも有名な美少女だった。
 その名を和無(わなし)梨子(なしこ)と言い、幼さを残した愛らしい童顔と、神社の娘とは思えないフェロモン全開のむちむちのボディで、見た目だけなら本当に校内でも一・二位を争う美少女だ。それは女の私でも認めざるを得ない。
 しかし、その性格は最悪で、トモシゲが淫乱ビッチと言った通り、気に入った男がいれば彼女持ちの男だろうと強引に誘惑するような女だ。その見た目から男子生徒からは憧れの存在でありながら、女子生徒からは忌み嫌われている。
 ――なんであの女とトモシゲが?
 トモシゲは自分が惚れているというひいき目で見ても見た目は地味な男だ。少なくとも、噂通り面喰いな先輩が気にするような存在ではないはず。しかしながら、ビッチ先輩は両手で腕を組み、胸を強調するような格好(ポーズ)をしつつ、明らかにトモシゲに色目を使っている。
 ――ああもう、訳が分からないっ!
 思わず頭を抱えたくなる。
 なんにしても、彼女が登場しただけで周りの空気が再び一変した。簡単に言うと、みんな鼻の下を伸ばし、デレデレした顔になっていた。
 ――まったく男って奴らは。
 そんな中で、トモシゲだけは足の痛みに顔をしかめつつも、いつも通りの落ち着いた様子だった。幸いなことに、まだビッチ先輩の毒牙にかかっていないらしい。
「ちっ、ウザい奴が来たわ」
「フェスタちゃんも酷いわねぇ。
 そんなんだから、いつまで経ってもともちークンに勝てないし、幼児体型のままなのよ」
 赤みがかった長い髪をクルクルと弄りながら笑う先輩。
「うっさいっ! 体型は関係ないやろっ!」
「そもそも、先輩が威張る理由はまったくないですよね」
「そうねぇ。でも、フェスタちゃんが私のともちークンに勝てないことも、私の体型に勝てないのも事実なんだけどねぇ!」
 冷静にツッコミを入れるトモシゲ達に対し、ビッチ先輩は実にマイペースだった。なんだかよく分からないけれども、周囲の男達も「圧倒的な戦力差だ」「でかい」「勝負は火を見るよりも明らかだな」とビッチ先輩の体に視線を注ぎつつ頷いている。

「やれやれ、その言葉は聞き捨てならないね」

 先輩のフェロモンが充満していた空間を断ち切るように澄んだ声が入ってくる。
 ――あれ? この声、聞いたことがある。
 私がきょとんとしている間に再び人混みが割れた。現れたのは――とても美しい存在だった。思わず言葉を失う。
 言うなれば絶世の美少女とでも言うべきか。年の頃はおそらく十歳ほど。美しい黒髪と宝石のような蒼い瞳、そして雪のように白い肌を持ち、ほっそりとした体をモスグリーンのフリルドレスで包んだ可憐にして気品に溢れる白人のお姫様だった。
 ビッチ先輩とは正反対の、この世の者とは思えない幻想的な美しさをその身に纏わせ、ゆっくりとトモシゲ達へ歩み寄っていく。その後ろを従者らしき白人のメイドが続いた。
 彼女が歩く度、ビッチ先輩によって汚染されていた空気が浄化されていく気がした。
「彼はボクのものだよ」
 くすくすと上品に笑うその少女の言葉に言い争っていたビッチ先輩とフェスタが押し黙った。
 ――え? 否定しないの? どうして黙り込むの?
 トモシゲですら否定の言葉を吐かず、黙っている。
 そこで不意に脳裏に記憶が蘇る。
――『キミはまだトモシゲのことが好きなのかい?』――
 間違いない。あの時の電話の声だ。電話越しだったから気付かなかったけれど――なんて澄んだ声なのだろうか。聞いてるだけで癒され、聞く者すべてが従いたくなるような圧倒的な言霊を感じる。
「ずるーい。いいじゃない。ともちークンを少しくらい私に分けてくれてもっ!」
 ――やっぱりトモシゲがあの子のものなのは確定なの?
 むしろ、あんな高慢そうな先輩が年下のあの子におねだりしてる? なんだかよく分からないけれど力の序列を感じる。そして、その中心に居るのは間違いなく、トモシゲだ。顔をしかめつつ、蹴られた脛をさすっている彼を中心にこの三人は対峙してる。
「ふふふ、いつも言っているだろう?
 彼を手に入れたければ――彼をゲームで打ち負かす事だ」
 微笑みながら、彼はトモシゲの側に立つ。まるでそこが自分の居場所なのだと言わんばかりに。
 そして、彼に上目遣いで尋ねる。
「そうだろう?」
「……勝手に言ってろ」
 トモシゲは肯定も否定せず、ただ肩をすくめる。謎のお姫様はその回答に満足し、ちらりと目線をあげた。
 目が合った。
 透きとおるような蒼い瞳から放たれる視線が二階にいる私の全身を撃ち抜いた――そんな錯覚が頭をよぎる。
『ゲームをしよう。ボクと、キミとで、だ』
 脳裏に蘇る、あの夜の電話。
 視線で私たちは数多くの会話を交わした――そんな気がした。
 しかしそれも一瞬のこと。すぐに彼女は目線をビッチ先輩達へ戻す。
「まあ、彼が負けることはないと思うけどね。
 彼は和製マンチキンだもの。変なプライドのあるキミ達では無理だろう」
 ――トモシゲってそんなに強いの?
 あまりにも自信たっぷりな言葉に違和感を覚える。先ほどフェスタも彼の事を常勝無敗と言っていた。未だかつて、彼は負けたことがない、と言うことなのか。
 そこで不意に気付く。
 ――トモシゲに勝つことが、彼をものにすると言うことなら、フェスタもトモシゲを狙ってる?
 あのお姫様が現れてからフェスタは気まずそうに黙り込んでいる。彼女たちの間に一体何があったというのか。
 あるいは、もしかしたら他にもトモシゲを狙っている人間はいるのかもしれない。
 だが、誰も彼に勝ったことがない――ということなのか。
 私は戦慄した。
 粟井友重とは一体どういう存在なのだろう。
 本当の彼を知るはずが、ますます分からなくなってくる。
 二階にいる私を尻目に一階にいるトモシゲ達の会話は進んでいく。私の知らない所で、トモシゲの物語が進んでいく。置いてけぼりだ。
 けれども、私はトモシゲを諦めるつもりなど毛頭ない。
 ――いいわ。やってやろうじゃない。燃えてきた。
 どういう訳だか、彼の愛を手に入れるには数多くの障害があるらしい。
 ――でも、障害があるほど、愛は燃え上がるってものよっ!
 あのお姫様には感謝しよう。一度は消えかかっていた私の心に火をつけてくれたのだから。
 決意を新たにする私をよそに、彼女は語る。
「さあ、ゲームをしよう。
 そう、ゲームだ。
 人の命は戯れるためにある。
 つまらない人生を、生きるためだけの人生を戯れをもって彩ろう。
 楽しい楽しい、ゲームの始まりだ」



 抜けるような青い空が広がっていた。
 私は人気のない公園のベンチで静かに座り、その時を待つ。
 いよいよゲームが始まる。
 前人未踏の、誰も見たことのないゲームが。
 ――て、説明会で聞かされただけだけど。
 とはいえ、もはやこのゲームは私にとって他人事ではない。
 トモシゲへ近づくためのもっとも重要な手がかりの一つなのだ。全身全霊をもって取りかからなければならないだろう。
 私はトモシゲの人生にとってあまりにも部外者だ。しかし、そんなもの、これから関わればいいだけのこと。彼が私の所に来ないなら、彼の元へ押しかけるしかない。
 ――大丈夫。説明会の内容も覚えてる。チュートリアルもやった。
 誰もやったことのないゲーム。
 それなら、条件はみんな同じはずだ。
 だったらゲーム初心者である私でも遊べるはず。むしろ、ルールだけを見れば、インドア派のゲーマー達よりも、剣術などをやっている私の方が有利に違いない。
「……そろそろ時間ね」
 私は説明会で渡されていたゴーグル型PCを装着した。
 装着と共に自動的に電源が入り、中空に《starting...》の文字が踊る。
 ただのゴーグルに見えたそれは携帯(モバイル)型PCならぬ、装着型(ウェラブル)PCだったのだ。
 私の周囲を掌サイズのイワトビペンギンがふわふわと浮かび、現在時刻の表示とゲーム開始まであと一分のカウントダウンが開始される。
 そして、カウントダウンがゼロになると同時に私と契約した相棒のイワトビペンギンが叫び出す。日本刀を背にした隻眼でいぶし銀のペンギンだ。彼の頭上にメッセージウインドウが表示され、彼の叫びが映る。
《レッカ様っ! ついに来ました! 強大な力が結集し、強引にこの世界へ割って入ろうとしておりますっ!》
 遅れて世界が瞬く。
 真っ白に染まった視界に思わず目を閉じ――思い直してすぐさま目を開き直した。
 そして、言葉を失う。
 世界の全てが一変していた。
 まず目につくのは薄緑色の空。見慣れた青の色が変色し、決定的に何かが変わったのだと分かる。そして、その空を半透明の巨大な空中戦艦が二隻浮いていた。いいや、戦艦だけではない。
 私は視線を空から地面に下げ、辺りを見回す。私が先ほどまでいたのは無人の公園であったはずだ。
 しかし、今は見たこともないポリゴンで出来たモンスター達がそこかしこを闊歩している。いいや、公園だけじゃない。空も、道路も、どこもかしこもへんてこなモンスターがうろついている。
 だが、道行く人は誰もそれに気付かない。それもそのはず――この異世界からの来訪者達は私が今装着しているゴーグル型PCでしか視ることが出来ないのだ。
《ついに我が故郷サイバーワールドとこの現実世界を繋ぐゲートが開かれてしまった!
 この世界を侵略すべく五神帝の放った者どもが大挙して押し寄せております。
 一刻も早くこの街のどこかにあるゲートを見つけ出し、破壊せねばこの現実世界はサイバーワールドの住民に支配されてしまいますっ!》
 隻眼のサムライペンギンが私の側で慌てふためき現状を説明する。
《この世界を救うため、共に戦いましょう!
 ゲートがこの世界に安定化するまでおそらく後五時間。それまでにこの街のどこかにあるゲートを探し出し、破壊しましょう!》
 ペンギンの背後にゲームのタイトルである『サイバーサバイバー』のロゴが浮かび上がり――ゲームスタートの文字が躍った。
 ――なるほど、これが二次元を三次元に持ってくる技術か。
 ポリゴンで出来た魑魅魍魎が闊歩する街並みに、私はかつて巨匠スティーブン・スピルバーグの作った映画『Who Framed Roger Rabbit』を思い出していた。それはアニメキャラと人間が共存する街トゥーン・タウンを描いた映画だ。
 私の生まれ育ったカリフォルニア州にはハリウッドがある。そのせいか、祖父は映画フリークで昔からよく色んな映画を見せられてきた。かの映画は私が生まれる前に作られたものだけれど――スピルバーグ監督の描いた世界がようやく現実に追いついた気がした。
 ――正確には拡張現実(オーグメンテツド・リアリティ)技術――略してAR技術だっけ?
 とどのつまり、現実をパソコンとかによって拡張する技術らしい。その技術により、私にはゲームのキャラ達が現実の街を闊歩する様が見える。なんという不思議な光景だろうか。
 ゴーグルの表面に映し出されているだけのはずなのに――技術の進歩なのか、確かな実在感がある。相棒のサムライペンギンも生きているようにしか見えない。けれど、手を伸ばしたら彼の体をあっさりと貫通する。サムライペンギンはその体を貫かれたまま平然とした顔で《何かご用ですか?》とメッセージウインドウを出す。
「………………」
 試しに装着しているゴーグルをずらすと、そこにはさっきまでと同じ青い空と人気の少ない寂れた地方都市の風景が広がっている。ゴーグルを戻すとやはりそこにはモンスター達の闊歩する賑やかな街の姿が見えた。
 ――そういえば、町おこしの為にこの街全体がゲームの舞台になったとか言ってたっけ? モンスターが居る方が賑やかで楽しそうに見えるのは色々と皮肉ね。
 なんにしても、私はこのゲームでトモシゲに勝たなければならない。
 説明会とチュートリアルの内容を私は思い出す。
 ゲームの舞台はこの街すべて。
 制限時間は五時間。
 ストーリーは単純。
 二次元にある異世界――サイバーワールドの住人がある日偶然、現実世界への扉を発見し、その中の過激派がこの現実世界を侵略することを決定した。それに反対したサイバーワールドの穏健派は現実世界で人間と共に戦う『使者』を派遣。ゲームのプレイヤーはその使者と契約を交わすことによって、サイバーワールドの住人と戦う力――サイバーパワーを持つ勇者――『サイバーブレイブ』となって戦うのだ。
 ――色々と、『サイバー』を付けすぎよ。
 とにもかくにも、私はこのイワトビペンギンと協力してこのモンスター達を倒し、ゲートを閉じねばならないのだ。分かりやすいゲームだと思う。
 ただ、問題があるとすれば、そのゲートを閉じるのが早い者勝ちになっている点か。優勝者には景品が貰えるらしいが、「誰が一番早く世界を救えるか」を競うと言うのは何か間違っている気がする。本当に世界を救う気があるなら誰が一番かなんて考える必要はないはずだ。
 ――まあ、私はトモシゲに勝つためにもゲートを閉じないとダメだけど。
「……ま、色々考えても仕方ない。ともかくやらなきゃ」
 私は右手を親指を突き立てた握り拳――いわゆるサムズアップの形にする。
《ソードモード》
 途端、効果音と共に半透明の仮想の剣が私の手の中に出現した。
「わ、ちゃんと出た」
 チュートリアルでも一度試しているが、『何もない空間から自分の手のうちに剣が出現する』というのはなかなかファンタジーで面白い。手を開くと出現した剣は消失する。
 面白くなってグーパー、グーパーと繰り返すと剣が出たり入ったりした。多少のタイムラグがあるが、システムは正常に動いている。
ガンモード》
 今度はサムズアップの状態から人差し指と中指を伸ばして、手を拳銃の形にする。すると、今度は半透明の仮想の銃が掌の中に出現する。サイバーソードとサイバーガン。この二つの武器を使い、モンスターを倒すのだ。
 再び手をパーにすると仮想の銃は消える。
「さてと。まずは適当なモンスターを倒してレベル上げかしら」
 このゲームには低レベル保護機能があり、レベル十五までなら死亡せず、五分間《戦闘不能》状態になり、経験値が入らなくなるだけで済む。低レベルの間にゲームに慣れ、ある程度レベルがあがったらクリア条件の《ゲート》を探す為に歩き回ろう。
 そんな訳で早速手頃なモンスターを倒そうと剣を振りかぶった瞬間――野太い悲鳴があがった。
 考えるより先に足が動く。
 ――近いっ!
 ゴーグルをつけたまま駆け出す。悲鳴が起きたのは曲がり角の向こうだ。走る間、数々のモンスターとぶつかるが、いずれも襲ってこず、透きとおるのみ。幸いこの周囲のモンスターは自分から攻撃をしてくる先制型(アクティヴ)モンスターではないらしい。
 ――えらくノンビリした侵略者ね。
 そんな場違いなことを考えつつも、曲がり角を曲がる。
 そこでは、七人の人間がいた。二十代後半とおぼしき六人の青年達と一人の少年。
 青年達のうち四人の頭上に《DEAD》の文字と共に天使の輪っかが浮かんでいた。そして私の見ている前で、仮想の剣を振るった少年により、更に二人の青年の頭上に天使の輪っかが浮かんだ。
 腰を抜かしたのか青年のうち三人ほどは地面にへたり込んでいる。
 殺人現場に居合わせたのだ――と一瞬錯覚する。
 ――いや、これはゲームよ。
 頭上に《DEAD》の文字が浮かんでいるが、本当に死んでいる訳でなく、ライフポイントがゼロになって、ゲーム的に死んでいるだけだ。とはいえ、これによって彼らはこのゲームから退場だろう。
 少年の目線が路地にやってきた私に向かう。
「……久しぶりだな。来ていたのか」
 私の登場は彼にとって予想外だったらしい。
 視線を合わせるとゴーグルPCが彼の名前を中空に映し出す。
 真っ赤な文字で《Awake000》。
 だが、そんな機械に頼るまでもなく私は彼の名を知っている。
 粟井友重。
 私の大切な想い人だ。


つづく


 てな訳で改稿分です。
 第一章長さを半分にしました。
 前だと、アニメに例えれば第一話でゲームスタートで終わるところを、AパートのCM前くらいでゲームスタートするような変更。
 ともかく、ゲームが始まるまでの過程を短くして削りました。
 かつ、主人公の友達二人をリストラ。特にキャラクターが回ってなかったので。
 代わりに新キャラ、合法ロリを投入。合法ロリ、て言っても例えば某ラノベの「小萌」先生よりは見た目年上だけど。外見年齢は中学生くらいですからね。でも、一歩間違えれば小学校六年生でランドセル背負ってる年齢でもある。
 でも、この子の扱いで二章を何度も書き直してるんだよねぇ。
 ま、そんな感じで明日に続く。