ルーデンス・ディグニティ 第一章

 昨日の続き。読めば分かるけど、引き算が出来てない。
 思いついた要素を書き直す度に付け足していくモノの、引き算がされてないのでバランスが非常に悪い。
 もっと削らないといけない。


第一章

『てめぇら二次元に入りたいかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!』
「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおっ!」」」」
 司会の言葉に会場中が呼応し、怒号が連鎖する。
『二次元で自分の好きキャラと一緒に生活したいかぁぁぁぁぁっ!』
「「「「ぉぉぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおううぅぅぅぅぅっ!」」」」
 会場の熱気はいつのまにやら最高潮に達し、意味不明の一体感が異様な空気を作り出す。
『ばっきゃろぉぉぉぉっ! そんなもん無理に決まってんだろっ!』
「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええぇぇぇぇぇ」」」」
 突如として掌を返す司会に観客は一斉にブーイングをあげた。
『常識で考えろ、常識で! 人間の意識の電脳化? 魂を解析してネットワークに転送? 感覚野の電子化で仮想世界へ意識を投入?
 できるかそんなもんっ! 少なくとも、後五十年はそんな時代こねぇぇよっ!』
「ざけんなーっ!」「夢壊すんじゃねー!」「科学なめんなーっ!」「自分が出来ないからって未来ぶちこわすんじゃねー!」「まずはその幻想をぶちこわすぞ、このハゲー!」「まったくだぞこのハゲー!」「そうだそうだハゲ!」「ハゲ!」「ハゲ!」「ハゲっ!」
『だぁぁぁ、てめぇぇら、うるせぇぇぇっ! これはスキンヘッドだ! ハゲじゃねぇよっ! ファッシュョォォォンだよっ! 剃ってんだよこのオタクどもがぁぁぁぁ! てめぇらがロン毛過ぎんだよ! むしろお前等が髪を切れっ! このスットコドッコイ共!』
『萩田さん、萩田さん、落ち着いて! 話ずれてますよ!』
 いつの間にやら観客と喧嘩し始める司会に対し、横にいた化粧は濃いもののそれなりに美人の助手が裾を引っ張り、司会進行を促す。
『おっとすいません、河林さん。
 でもまーなんだ、お前ら。もう分かってるだろ。二十一世紀にもなったけど、アニメみたいなサイバーパンクな世界は無理無理だってこと。いい加減夢を見るのを諦めろよ』
「うるせー!」「ひっこめー!」「日本人は夢見てなんぼじゃーい!」「ハゲぇぇ!」
 話は元に戻るかと思いきや、相変わらず観客を挑発する司会に私はげんなりした。
 日本はオタク文化が盛んで、二次元なフィクションが好きな人が多いとよく聞いていたけれど、これは想像以上だ。
 会場がブーイングに包まれる中、ようやく司会者が反撃を試みる。
『バッカヤロー! このオタンコナスどもがっ! 早とちりしやがって!
 もっと現実を見ろよ。俺たちが二次元に入るなんて無理。むーりむり。
 でもよ……だったら逆に考えるんだ。
 「二次元の方が現実(こつち)にくればいいんだ」と』
「なん……だと……」「そこに気づくとは」「やはり天才……」「その発想はなかったわ」「この男むちゃくちゃ言いおる」「つーか、二次元に行くより夢みてんじゃね?」「あれれ? もしかしてお台場に実物大ガンダム作ろうぜ系の話?」「散々煽ってこれかい」「いや、一理ある」「あるあるあ……ねぇよっ!」「だがちょっと待って欲しい。本当に不可能なのか?」「くくく……どうやら時代がやっと俺に追いついたか」「SF者にはすでに予測された未来よ」「お前が偉そうにすんな」
 司会も司会だが、観客も観客だ。示し合わせたように軽妙な返答が飛び交う。どれだけの偽客(サクラ)が仕込まれているのだろう。もし、これが偽客なしの盛り上がりだとしたらなかなか大したものだ。こんなにも無駄に鍛えられた観客達がこれほどいるのだから。
『ふっふっふっ……、どうやら会場の意見は半分に分かれてるようだなぁ。
 その手があったか、と言う意見と、んなもん無理に決まってんだろ、て意見。
 しかも、賛成派の奴らもほとんどが「実現するとしてもいつの話だよ」って顔をしてやがる。
 ところがどっこい! そんな諸君らの勝手な決めつけを打ち破るべく作られたのがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、こ の マ シ ン な の で す っ ! 』
 司会の言葉と共にステージの幕が開き、再び会場のボルテージがあがっていく。
 多くの人間が見守る中発表されたそのマシンは――大型のゴーグルだった。
 舞台のど真ん中へ台車に乗せられ、二つのゴーグルが持ってこられる。
『萩田さん……これは一体? この眼鏡がなんだって言うんです?』
 前振りとのギャップにアシスタントの女性が怪訝な顔をする。台本通りだとしたらなかなかの演技だ。とてもうさんくさいものを見る目をしている。外野からもそうだそうだとヤジが飛ぶ。だが、司会者はそんなヤジすらどこか心地よさそうに笑った。
『おっと、皆さんはご存じない?
 なんと、こちらのゴーグルはこう見えてパソコンなんですよ! パッソッコッンッ!
 遂に時代は携帯型(モバイル)PCから、装着型(ウェラブル)PCの時代へ! 夢のユビキタス時代の到来です!』
「うぉぉぉぉっ!」「きたきたきたぁぁぁ!」「そうそう、これを待ってたんだよ!」「ま、招待状見て知ってたけどなっ!」「新型ガジェットを触れる。こんなに嬉しいことはないっ!」「寝転びながらの作業がはかどるぜ!」「未来来てるなーマジ来てるなー」「ヘッドマウントディスプレイもここまで来たか、感慨深いぜ」
 司会者の絶叫と共に再び会場がヒートアップする。
『では、いよいよ、本題に入りましょう!
 本日のゲームイベントは他でもない、人類初のAR型MMORPGのクローズドベータテスト大会を開催しますっ!
 コンピュータの中の仮想ゲームでもない、現実のスポーツでもない、仮想と現実の融合した全く新しい形の拡張現実型MMORPG『サイバーサバイバー』!
 諸君にはそのプレイヤー――勇者となってこの世界を守って貰いますっ!』



「……と、言われてみたけれど。
 よく考えると何をすればいいのかさっぱり分かんないわね」
 私は腕を組み嘆息する。裏路地でいきなりトモシゲに敗北した後、私は大通りに戻っていた。
 端的に言えば、トモシゲに勝つためにこのゲームを彼より早くクリアするか、クリアする前に彼を倒さなければならない。が、彼に即座に負けた上に、見失ってしまったので今すべきはクリアを目指してゲームを進行させることだ。が、どうすればゲームが進行するのかよく分からない。
「呆れた。そんなのでよくあんな啖呵を切ったね」
「うるさいわね。そんなもんノリよ……ってなんであんたついてきてるのよっ!」
 背後からの言葉に思わず叫び声をあげる。
 そこにいたのは絶世の女装美少年ことミラン・フォン・ガートランドだ。さっき裏路地で別れたはずなのにどうしてここにいるのか。
 ――というか、私に気付かれずにどうやって尾行を?
 透明化したトモシゲの気配だって察知できるこの私の剣術家センサーをこの少年はどうやってくぐり抜けたというのか。それとも、もしかして私の剣術家スキルは凡骨(ポンコツ)だとでも。
「何故って……ふふ、それは勿論、その方が面白いからだよっ!」
 子供らしい、得意満面な笑みを浮かべるミラン。それだけで周囲で歓声があがる。
「キャー何あの子」「ガイジンの美少女よ!」「ヤッバ」「マジカワイイ」「ヤバナイ?」「おい、白人の幼女やで」「いや、幼女言うにはデカいやろ」「童女やろ」「かわええ」
 思わず辺りを見回すといつの間にか黒山の人だかりが出来ていた。当然だろう。日本の地方都市のど真ん中にいきなりこんなフリルドレス着た白人の(見た目は)美少女が出現したのだ、目立たないはすがない。
 私は即座に息を吸い、声を張り上げた。
「 か い さ ん っ ! み ん な 離 れ て く だ さ い っ ! 」
 びりびりと空気が震え、取り囲んでいた群衆が耳を押さえてしゃがみ込む。一拍の間を置いて全員の視線が私に集中するが、それらすべてをにらみ返す。
「私は彼とお話があります。無関係な人は立ち退いてください」
 途端、ミーハーな群衆は蜘蛛の子を散らすように去っていった。
「……うわぁ、すごいね。ゲームに関係なく《叫声》(ラウドボイス)スキル使えるとか。音響兵器みたい」
 耳がキンキンするよ、と顔をしかめつつミラン
「まあ、これでも剣術道場で師範代もしてたからね。マイクいらずよ」
 ちらりと周囲を見るとさすがに露骨に取り囲んでは来ないが、私の大声にもめげず、遠巻きにミランを見てくる人は相変わらずいるようだった。まあ十メートル以上離れているのなら邪魔にならないだろう。
「まあいいわ。とりあえず、このまま立ち話をしてたら人を集めるし……歩いて話しましょう」
「おや、はしたないね。まあいいよ。ティータイムにはまだ早い」
 そう言いながら私達は連れだって大通りを歩き出す。遠巻きについてくる人達もいるが、これ以上は何を言っても無駄そうなので無視することにする。
「で、もう一度聞くけど、どうして私についてきたの? トモシゲと一緒に行動するんじゃなかったの?」
「日本語で言うところの、ミトドケニン、て奴だよ。なんだかニンジャみたいでかっこいいだろう? キミがトモシゲにふさわしいかボクが見ててあげよう、てことさ」
 人差し指を立て、教え子をたしなめるように語るミラン。小さい子が背伸びしているようで実に可愛い仕草だ。思わず自分の恋敵であることも忘れてしまいそうになる。
 ――相変わらずずるい見た目してるわね。
 とはいえ、和んでばかりはいられない。これってどう考えても。
「……子守を押しつけられたわね」
 ミランは一緒に行動するには余りにも目立ちすぎる存在だ。トモシゲがPKや闇討ちを主体としてこのゲームをプレイするのであれば実に邪魔な存在だ。故にトモシゲはミランをこっちに寄越したのだろう。
「ふふふ、逆だよ。ボクがキミのところに来たのはハンデだよ。トモシゲの相棒にして親友のこのボクがコンビを組めばキミの勝ち目はなくなるじゃないか。
 まあ、元からトモシゲが負ける訳はないけどね!」
 ミランの言葉に私は顔をしかめる。なんという自信だろうか。
 ――羨ましい。そこまでトモシゲを信頼できるなんて。
 本来であれば、恋人、というか恋人候補の私がそのポジションにつきたいのに。色々とこの子はずるい。
「まあいいわ。邪魔しないでよね」
「もちろん。むしろ、未熟者であるキミをこのボクが助けてあげよう」
 邪気のない笑みになんとなしに、尾行に気付かなかった理由に思い至った。彼の行動には少なくとも悪意はなく、むしろよかれと思って行動している。私に対する敵意・害意がないために彼の尾行に気づけなかった……そう言うことなのだろう。
「ほんと、生意気な子ね」
 けれども、ミランの可愛らしい見た目はそんな言動が気にならず、むしろ愛嬌に見えてくるのだから色々と卑怯だ。
「何を言ってるんだい? そもそもキミがボクに勝てる要素がどれだけあると思っているんだい?」
「え?」
 思わぬ言葉に私は虚を突かれる。
「まず、見た目の可愛さ」
「ぐっ……」
 確かに男勝りで、それこそ胸が膨らんでなければ男と間違えられる私と、絶世の美少女な見た目のミランでは比べるまでもなく、女としてはミランの方が可愛いと言える。黙っていれば妖精みたいに幻想的な雰囲気すら漂わせるミランにがさつな私が見た目の勝負で勝つのは難しい。
「頭脳、学歴」
「…………ぐむむむ」
 実のところ、こう見えて彼は天才少年で弱冠十歳にして博士号を持ち、現在も大学院に籍を持つ天才児である。現役女子高生の私と、院生のミラン、学歴も知性も彼に分がある。
「血統、家格、資産……」
「……………………っ」
 彼はドイツ貴族の末裔であり、莫大な資産も備えている。ドイツの貴族制は既になくなって久しいけれども、フォン・ガートランド家は由緒ある家柄であることにかわりはない。
 私だって《現代のサムライ》の二つ名を持つ《自称人間国宝》の祖父を持ち、家もそれなりに裕福であるものの、ミランの家とは比べるべくもない。
「私の方がその、胸だってあるし、女だし、剣は強いし……」
「なるほど。女であることくらいしかアドバンテージがない訳だ」
 私は押し黙るしかなかった。
 おかしい。女であると言うだけで普通なら男友達に勝てるはずなのに、なにがどうなっているのか、不思議と勝てる要素が見あたらない。というか、「私の方が女だし」て負け惜しみにしか聞こえないっ! 世の中おかしいっ!
「……一応確認すると、彼は同性愛者じゃないのよね?」
「そうだね。彼は性倒錯者(Erotopath)ではないよ。ボクとトモシゲの関係は実に清い友情さ」
 意味深に笑みを浮かべられ、ちょっと不安になってくる。
 ――ていうか、エロトパス、て初めて聞く言葉なんだけど。セクシャルなサイコパスみたいな意味かしら。
 でも、ここで質問してしまうとまた小馬鹿にされそうだから後でネットで検索することにする。
「なんにしても、キミとトモシゲでは実力が違いすぎる。公平を期すために多少は手伝ってあげるよ」
「…………分かった」
 色々と言いたいことはあるが、ここはぐっとこらえよう。どのみちゲームを進めればいいのかちょっと途方に暮れていたところだ。今は例え敵の言葉であろうと素直に受け入れるしかない。
「じゃあ、どうすればいいか教えて頂戴」
「うん、そうやって簡単に頭を下げられるのはキミの利点だね」
 私の言葉に満足しミランは大きく頷く。
「では、現状を整理しようか」
 と、一指し指を立てて楽しげに語るミラン。これは彼の癖らしい。
「このゲームのシナリオは実に簡単だ。
 異世界《サイバーワールド》とこの世界を繋ぐ《扉》(ゲート)が発見された。それにより、異世界から大量のモンスターがやってくるようになった。このままでは世界のバランスが崩れてしまうかも知れない。
 けれども、ボクたち現実世界の住民はそのままではモンスター達を見ることも出来れば触れることも出来ない。
 そこで異世界の皇巫女(すめらみこ)は使者を放った。ボクたちプレイヤーはその使者と契約することによって《サイバーパワー》を手に入れ、異世界のモンスターと戦う力を手に入れる」
 ミランは言葉を締めると共に人差し指と中指を伸ばした拳をくるりと振るう。それを合図に彼の肩に忍者のカッコウをしたリスが現れる。あれが彼の契約した使者なのだろう。トモシゲと同じタイプだ。よく見ると私が契約したサムライペンギンと違い、身体全体に黄色いオーラを帯びている。私よりレベルが高い……と言うことなのだろうか。
「で、ゲームのシナリオとしては二つの目的が用意されている。
 一つは言うまでもなくこの世界に侵攻してきたモンスター達の駆除だね。彼らを排除してこの世界から追い出す、シナリオ上必然の流れだ。向こうの世界の権力者の巫女が同族殺しをオススメするなんて不思議と思ったけど、ボク達がこの世界で彼らを倒しても殺すことにはならず、元の世界に帰すだけみたいだね」
 ミランが喋る横でリス忍者はボリボリボリボリとどこからともなく取り出したドングリを食べていた。何もすることがないアイドリング中はずっと食べてるらしい。なんとなくそっちの方が気になってしまった。
「そして、もう一つが《扉》(ゲート)の破壊だ。サイバーワールドとこの世界を繋ぐゲートを破壊しない限り、モンスター達は無限にやってくる。見つけた敵を片っ端から倒してもきりがない。
 ゲートはこの街のどこかに出現している。それを探しだし、破壊する。それがこのゲームのクリア条件。それを探す手がかりを持つのが、ボク達の契約した使者、と言う訳だね」 ミランの説明に私は頷く。ゲーム開始前にチュートリアルで聞いた内容と同じだ。とはいえ、情報を整理してくれているのでゲームのチュートリアルより分かりやすい。
「ただし、これにはタイムリミットがある。ゲートが出現してから五時間経つとこの世界と異世界とのリンクが完全なものとなり、モンスター達の流入を止められなくなる。しかもモンスターの出現範囲もこの街だけでなく、世界中にモンスターが溢れることになるらしい。
 よって、ゲート出現から五時間後、つまり十八時までにゲートを破壊するのがこのゲームというか、今回のベータテスト大会における最終目標、てこと。
 それまでにどれだけ敵を倒したか、ゲームのクリアに貢献したか、クエストをどれだけこなしたか……これらによってプレイヤーはスコアがつけられ、ゲーム終了時にランキングがつけられる予定らしいね。その順位によって景品も貰えるとか」
「つまりトモシゲに勝つつもりなら、トモシゲよりもゲームを進行させるか、ゲームクリアされる前にPK等の手段で倒してリタイアさせるか、ということね」
 私の言葉にミランは苦笑する。
「言っておくけどトモシゲはゲームをクリアするつもりだよ。彼に勝つつもりなら彼より先にゲームをクリアしないとね。ちなみに、メインシナリオの進行度はプレイヤー全員で共通だ。誰か一人がゲームをクリアしたらその時点でゲームは終了する」
 言いながら、ミランは肩に乗っているリス忍者をつんつんとつつく。
「という訳で、プレイヤーはモンスターを倒しつつ、この街のどこかにあるゲートを破壊しないといけない。その手がかりを持つのがこの子だ」
 実際には触れてないはずなのだが、リス忍者はミランの指に反応し、ぶるぶると震える。こうしてみると本当のペットみたいだ。
「ゲートに近づいたり、シナリオ上重要な場所に近づくと彼らがその場所を示してくれる。とはいえ、その感知能力は契約したプレイヤー――《勇者》(ブレイヴ)のレベルに依存する。だから、ボク達はモンスター達を倒してレベル上げをしつつ、この街を歩き回り、イベントが発生する場所を探すべきなのさ」
「なるほど。ともかく敵を倒しつつ、街を歩き回ればいいのね」
「うん、そう言うこと」
 ――最初からそこだけ言ってくれればよかったのに。
 ミランに限らず、何故か頭のいい人はみんな一からすべて説明したがる癖がある気がする。昔、別の友人にどうしてそう言うことをするのか聞いたことがあるが、聞き手がどこまで理解してるか分からないので、話してる途中でいちいち説明し直すよりは、結局一から説明した方が早い、という経験則らしいけれど、どうせなら大事な結論だけ聞きたかった。
「……まあいいわ。でも、一つ質問があるんだけど」
 脳内の雑念を振り払いつつ、私は訊ねる。
「なんだい? ボクで分かることなら幾らでも説明しよう」
 相変わらず自信満々なミラン。そんな彼へ私はとある事実を突きつける。
「――倒すべき敵、いないんだけど」



 侵略者(モンスター)達の来訪は唐突だ。
 まるで綿菓子のように、中空からポンッと湧き出る。ポップアップという表現がふさわしい出現。こうして現れた可愛らしいぬいぐるみのようなポリゴンで作られた仮想のモンスター達は楽しげにこの世界を歩き回る。
 だが、そんな彼らの異世界の旅は長くても三十秒に満たない。
 何故ならば出現後、すぐに四方八方から幾つもの仮想の弾丸が降り注ぎ、あっという間にポリゴンの欠片となって消滅してしまうからだ。
「うっし、経験値ゲット!」「なんだよこれ、敵弱すぎんだろ」「あ、あっちにも現れたぞ」「撃て撃て!」「しゃぁぁぁ! こいつ経験値美味しいっ!」「だぁぁ、出遅れた!」「敵はどこだ! 敵のポップ探せ!」「おい、車道をなんか歩いてんぞ」「狙い撃つぜ!」
 街のあちこちで勝ち鬨の声や、敵を求める勇者達の声が聞こえる。
 薄緑色の空の下、彼らは血眼になって敵を探し、街を徘徊する。見ようによっては彼らの方こそが化け物(モンスター)と言えなくもなかった。
 そもそも何故私が一カ所に留まらずに歩き回っていたか。
 答えは簡単、このように大通りではどこもかしこもモンスターが出現と同時に殺されてしまっているからだ。これでは戦うべき相手がおらず、レベルを上げられない。そうなると物語を進めることも出来ない。
「んー、そうだね。どうやらプレイヤーの数に対して、出てくるモンスターの数が少なすぎるみたい」
 小首を傾げるミラン。さらさらと艶のある黒髪が揺れ、妙な色気を誘う。まだ二次性徴も来てないはずなのに恐ろしい少年だ。いや、来てないからこその色気か。
 ――いや、別にこの子にみとれてる場合じゃないって。
「こんな状況でどうやってレベルを上げろ、て言うの?」
「そんなの、言うまでもないだろう? モンスターがいる場所へ移動すればいいんだよ。
 例えばさっきみたいなバックストリートとかね」
 確かに先ほどの裏路地はモンスターが沢山溢れてた。人気の少ない場所ではプレイヤーという天敵がいないためにモンスター達が跳梁跋扈し放題と言う訳か。あの時視界に入るモンスターを片っ端から倒すだけでレベルが二から九まで一気に上がっている。レベルを上げるだけなら人気のない場所へ行くべきだろう。――が。
「ダメよ。人気のない場所はPKされる可能性があるわ」
 ゲーム開始時にトモシゲが行ったように、だ。それに、こんな金持ちのお坊ちゃまを連れて裏路地を歩くのはゲームに関係なく危険すぎる。私一人ならいざ知らず、ミランを連れて歩くのはゲーム的にも現実的にもリスクが高い。
「トモシゲがPKに回ったのもこの状況(シチユエーシヨン)を予想してたのかもね」
「……そこまで予想して行動できるものなの?」
「トモシゲならそれくらいするさ」
 私の疑念をミランはさらっと流す。彼の中ではトモシゲとはかなり絶対的な存在らしい。
 ――確かに彼は抜け目のない男だけど、そこまでかしら。
「ボクの意見に不満があるようだね」
「いや、なんていうか、トモシゲのことを本当に持ち上げるな、て」
 私の反応にミランはきょとんとする。
「むしろ、ボクの方こそ不思議だ。キミの中のトモシゲってどんなイメージなんだい?
 仮にも自分の惚れた男なのだろう?」
 逆に質問を返されてしまった。もっとも、私の中での彼のイメージは非常に明快なのですぐに返答出来る。
「昼行灯ね」
「……ヒルアンドン? なんだいそれは? 何語?」
 さすがの天才児もこの慣用句は知らなかったらしい。まあ、日本人でも知ってる人は少ない言葉なので仕方のないことだけれど。
「行灯は提灯……まあ灯りのことね。ライト。昼間についてる灯りのこと――つまり、いてもいなくてもいいような存在よ」
 私の言葉にミランは目を丸くした。ずるいことに驚いた顔もミランはとてもかわいい。
「え? ……その言葉がトモシゲの本質(コア)をついてるかは別として、キミはよくもそんな男に惚れたね。そっちの方にびっくりするよ」
 ――そんなこと言われても、トモシゲはそんなイメージだし。
 私はこれまで学校での彼しか知らなかった。そして学校での彼はまるで目立たない、存在感のない男だった。身体はあんなに大きいのに、不思議と存在感が小さく、クラスの何人かにトモシゲに聞いても「うちにそんな奴いたっけ?」と言われてしまうような影の薄さ。けれども――。
「分かってないわね。灯り、て言うのは、闇夜に輝くのよ」
 ミランは目をぱちくりとし、やがて得心したのかにんまりと頷く。
「なるほど。面白い考え方をするね。
 でも、トモシゲがそんな非常時にこそ輝くみたいな奴だと、どうして見抜けたのかな?」
「なんとなく」
 私のぼんやりとした言葉がお気に召さなかったのかミランは眉をひそめる。
「日本人はそういう、はっきりしない言葉が好きだね。抽象的、というか……もっとはっきりとした答えはないの?」
 彼の言いたいことは分かる。私だってアメリカ育ちなので、物事ははっきりしているべきだと思う。――とはいえ。
「ごめん、こればっかりは感覚的な、なんという女の勘みたいなものよ。
 一緒に学校で勉強したり友達づきあいしてて、なんとなく感じたのよ。彼は違うんだって。
 どう言えばいいのかしら?
 彼は私を抜き身の刀みたい、と言ったことがあるけれど、だとすれば学校にいた時の彼は鞘に収まった刀、て感じよ。なんとなく感じたのよ。彼はすごいポテンシャルがあるんじゃないか、てね」
 そして、その予感は正しかった。彼は私の前でその能力を十全に使いこなし、力で勝るこの私を技で打ち破った。
 剣士としては悔しい限りだけれども、同時に嬉しかった。ああ本当に彼はすごい人間だったのだと分かったから。ああいうのを惚れ直したというのだろう。
「ふぅん? まあ、好きか嫌いかなんてエモーショナルなものだし、そんなものかな」
 女の勘、という解答はこの天才少年を満足させるには至らないものだったらしい。感情豊かな彼にしては薄い反応だ。
「ご不満?」
「いいや……ボクの時と似てるかな、てね」
 遠くを見るような目で彼は語る。
「ボクは彼と会った時――本当にすごい人間に出会ったと思ったんだ。世の中にこんなスゴイ人間がいたんだ、とね。だから彼を拾った」
 ――ん? 拾った?
 なんだか不穏なワードが聞こえた気がする。
「あの、それってどういう――」
 その意味を問いただそうと口を開こうとした時――それを遮るような怒声が大通りに響き渡った。
「おい君たち、今の横殴りじゃないか!」「横殴り? なにそれ?」「ここの狩り場は私達が先に来てたんだぞ! 他人が攻撃中のモンスターを攻撃するのはマナー違反だ!」
「ははーん。馬鹿じゃないですかね」「なんだとっ!」
 大声のした方向へ視線を向けると四人くらいの大学生くらいの少年と七人くらいの三〇代くらいと思われる社会人達が口論をしていた。大の大人が縄張り争いをしてるらしい。
 横殴り、という単語は初めて聞くけれど、察するにあの社会人が倒そうとしていたモンスターを大学生達が獲物を横取りした、と言うことなのだろう。
「おやおや? なかなか面白いことになってるね」
 子供らしい好奇心と共にミランが目を輝かせる。
「どうかしら。ああいうのは、日本人的には痛々しい、て言うはずよ」
 ひげの生えたオジサンが子供と本気でゲームの内容で喧嘩してるのだ。世間体を考えればなかなか痛々しいものがある。
「バカだなぁ。ゲームに真剣なのは美点だろう? どんなことにでも本気になれるって言うのは素晴らしいじゃないか」
 意外なミランの言葉。
「勿論、私もゲームに本気になることを馬鹿にしないわ。どんなことでも、熱くなれるのなら肯定すべきだわ」
 似たような人種ならアメリカでも沢山見てきた。どんなことであれ、本気で物事に当たる人間を非難するのはいいこととは言い難い。
 ――第一、そんなことを言えば私も同じ穴のムジナだしね。
 そもそもこのゲームの参加者は私の見る限り、ほとんど二十代から三十代の青少年ばかりだ。大人が真剣にゲームをしてるなんて今更の話だし、同じゲームに参加している私がとやかく言えるものでもない。
「けど、それもケースバイケース。あの詰め寄り方は見苦しさの方が目立つわ」
 潔さが足りない。少なくとも私はそう思う。
「あんな調子だとロスなら殴り合いの喧嘩に発展する所ね」
「ネット上のゲームならよくあることさ。場合によってはゲーム外での曝し合い罵り合いに発展するものだけど……」
「でも、片方は冷静みたいだし、丸く収まるかな?」
 しかし、私の感想を裏切るように若いグループのリーダー格は相手を小馬鹿にした様子で口を開く。
「うっせーなー! 全ては効率が優先される! そっちがちまちま攻撃して全然倒せてないから助けてあげたの。あんたらがチンタラチンタラチンタラチンタラララララに攻撃しててずぇんぜん敵を倒せてないから、俺が助けてあげたんですアンダスタン? つーか、あんたらが敵を殺さないから次の敵が沸かないでしょ? 効率悪いでしょ? ゲームは全部効率! 最効率に動くのが当然! この議論すら非効率的! ここで終了! おっさんは隅で狩ってらー」
 効率優先くんの余りの独善振りに社会人グループは言葉を失った。が、それでもなんとか数秒で立ち直り、口を開く。
「君達はどこの学校の人間だ。どんな教育を受けてる?」「ガッコー関係ないでしょ? あんまりうるさいとネットに晒すよ。効率的に」「ネットに晒すとかマナー違反だっ!」「マナーマナー言うなら相手の素性探る方がマナー違反すぐるわー。マジ勘弁だわー」
 前言撤回。どっちもあまり冷静ではないし、理性的でもない。
 言い合ってるうちに周りに別のモンスターが沸き、それを他のプレイヤーが倒す。それに社会人達が「こら、ここは私達の狩り場だぞ!」と声を荒げ、事態は悪化していく。
「止めに行かないのかい?」
 争いを眺めていた私にミランが問いかける。
「え? なんで?」
「そんな顔をしてるよ」
 ――そんなに分かりやすい顔をしてたかしら?
 例え相手が天才少年とはいえ、こんな小さな子に見透かされるなんてちょっと恥ずかしい。
「……止めに行きたいけれど、難しいわね」
「おや、どうして?」
 いつもの私ならば真っ先に向かって仲裁に走るところだが相手が悪い。
「私が女だから、かしら」
 男勝りと言われようとも私はやっぱり女子高生だ。大の大人達の言い争いに介入すれば火に油を注ぐようなものだ。年下の女の子に窘められるというのは彼らの自尊心を逆撫でし、余計に意固地にすることだろう。
 ――そういうことを教えてくれたのはトモシゲだっけ。
 以前、学校で上級生同士の喧嘩に割って入ったことがある。こちらは理論立てて正論を述べて相手を説得しようとしたのに上級生達は一向に納得せずむしろ私に怒鳴るばかり。そこへトモシゲが先生を呼び、私の手を引いてその場から連れ出したのである。物陰から見ていると、後から来た先生が私と同じことを上級生達に諭し、彼らは素直に引き下がった。
 非常に納得のいかない話だったが、トモシゲは男とはそう言う生き物だ、と私に教えてくれた。
「お前は剣道をやってるらしいが、もし小学生に負けたら素直に引き下がれるか?」
「……だとしても大人げないでしょ? 自制して引き下がるべきよ」
「それがお前の大好きなお爺様の前だとしたら? 冷静にいられるか?」
「なるほど」
 やはり納得はしがたいけれど、理解は出来る話だった。似たようなことはアメリカでも何度も経験したことがある。言われてみれば思い当たる節は幾らでもあった。トモシゲの指摘は私がこれまで疑問に思っていたことの一つの回答と言えるだろう。
「なんていうか、西部劇のカウボーイみたい。女の前で見栄ばっかり張って」
「大概の男はカウボーイみたいなもんだ」
 女の私からするとやはり納得しがたい感覚だけれど、分からないでもないのは確かだ。とはいえ、女の前と言うだけで好きな人を前にしたような行動をとるとは。男は女なら誰でもいいのだろうか。
「……ま、お前は顔がいいからな。格好つけたくもなるだろう」
 予想外な言葉に一瞬頭が真っ白になる。が、それでもなんとか自制心を総動員し、言い返す。
「トモシゲも、私の前では格好つけてる?」
「想像に任せる」
 ――思えばあの時初めて彼と手を繋いだのよね。
 想い人のことをつい思い出し、顔がにやけてしまう。が。
「だからっ、横殴りやめろって言ってるじゃないかっ!」
「非効率的すぎるっ! ゲームの中にまで変な大人ルール押しつけるとかやめろよ! あんたらは俺らの親か先生かっ!」
 街に響く罵声で甘い思い出から現実に引き戻される。色々とはた迷惑だ。関わっていなくても近くで喧嘩されるだけで気分が悪い。
 ――仕方ない。ダメ元で仲裁に行こう。
「結局止めに行くのかい?」
「ええ、やっぱり捨ておけないわ」
 無計画に面倒ごとに首を突っ込むのはやめろ、とトモシゲに散々言われてきたけれど、やはり放っておけない。きっとトモシゲならば上手く収める方法を考えるのだろうが、私はただ真正面から突撃するのみだ。
「女だからやめておく、て言ってなかったっけ? ジチョーするんだろう?」
「まーそうなんだけど……そうしたいのはやまやまだけど、やっぱり放っておけない」
 ――それはきっとサムライらしくない。
 そう、祖父に叩き込まれてきたのだから。
「――まあ困っても最悪の場合、どっちかの手首をひねって痛めつければ大体引き下がるしね」
「キミは実に野蛮だね」
「あら、知らないのかしら? 子供の喧嘩は拳骨で解決するものよ。子供と同レベルの喧嘩をしてるなら、子供の喧嘩と同レベルの対処でいいのよ」
 ――これも祖父の持論だけど。
 なんにせよ、方針は固まった後は実行に移すのみだ。
「ちょっと――」
 と私が喧嘩するグループに声をかけようとした瞬間――社会人グループのリーダー格の頭部を仮想の弾丸が貫いた。
「え?」
 呆然と立ち尽くす男達。当然だろう。普通の人間ならこんな場面に出くわしたらついていけないだろう。だが、私は幸か不幸か狙撃を目撃した瞬間、考えるより先に身体が反応していた。即座にミランの体を引き寄せ、近くの電柱へ身を隠す。
「伏せて!」
 警告をするも、彼らは目を白黒させ、その場から動かない。見ているうちに幾つもの弾丸が彼らに降り注ぎ、天使の輪っかと《DEAD》の文字が彼らの頭上に躍り出た。
「う、うわぁぁぁ、PKだぁぁぁぁ」「逃げるのが効率的だー」「えすけーぷっ!」
 なおも動けない社会人グループを尻目に先ほどまで怒鳴っていた若者グループは蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出した。周囲にいた別のプレイヤー達もようやく事態の重さに気付いたのか近くの物陰に逃げ込んでいく。
 後に残されたのは先ほど怒鳴り込んでいた社会人グループ達だけだ。
「え、ちょ、いきなりPKとかマナー違反じゃないか」「ひどい」「一体どこの奴らだ」
 なんてことを言ってる間に七人いた社会人達へ次々と仮想の弾丸が降り注ぎ、彼らのパーティは全滅した。
 かくて、ほのぼのとした狩り場は殺伐とした戦場へと変貌することとなる。



tekechin>>ここらは俺達のパーティが陣取った。仲間以外は全員殺す。イヤなら出て行け。

 メッセージウインドウが視界の隅にひょこりと浮かび上がる。発言者の周囲三十メートルへ送られるオープンチャットだ。
 宣告と共に無差別の銃撃が大通りを行き交うプレイヤーを襲う。
 私は電柱の裏に身を潜めつつ、チャットの主を見た。
 大通りの真ん中にある歩道橋の上に先ほどとは別の大学生くらいの茶髪の少年達が十人ほど固まっている。全員、真夏だというのに黒い服に身を包んでいた。
 黒服のPK集団は歩道橋の上から目につくものならモンスターもプレイヤーも関係なく次々と攻撃しているようだった。無論、他のプレイヤー達も手をこまねいている訳ではなく、歩道橋へ向けて反撃を行っている。が、統制の取れてないプレイヤー達のまばらな銃撃は抜群のチームワークを持つPK達に各個撃破されていく。
「畜生あいつ等、陣地を形成して殲滅戦とか!」「さてはあいつらFPSプレイヤーだな」「汚ねえ。PKで邪魔な奴ら排除とか。狩り場はみんなのものだろ」「絶対ぶっ殺す」
 各所で怨嗟の声があがるものの、誰もPK集団を止められないようだった。
 なお、先ほど真っ先に潰された社会人グループはゲームのサポートセンターに電話しているようだが――。
「だからっ! あいつら不意打ちでこっちをPKしたんですよ。とっととアカウント停止(アカバン)させてください! え? このゲームはPK禁止じゃない? 説明会でも説明してた? ああもう、これだから海外の運営は! PK機能なんて日本じゃ流行らんし、ベータテストくらいノンビリプレイさせろや! それをテストするのがベータテスト? 意味分からんことぬかすな! お客様のニーズ考えんかいっ! とっととGM連れてこいやっ!
 世界を救うための勇者がなんで身内でつぶし合いせなあかんねん。常識で考えろや!」
 どうにも折り合いがつかないらしい。聞こえてくる会話から鑑みるに、この状況は運営としては問題ないということか。
 ――MMORPGで一番警戒するべきはPK、て友人も言ってたし当然のことなのかしら。
 今回のゲームに参加するに辺り、ロスの友人からメールで受けたアドバイスを思い出す。決められたAIでしか動かないモンスターなんかよりもよっぽど人間の方が怖い、とのことだ。
 ――このゲームはPKの効率悪いはずなのに、よくやるわ。
 他のゲームだとPKをしたらプレイヤーの所持品を奪ったりできるそうだが、このゲームにはそれがない。倒す倒さないに関わらず、プレイヤーにダメージを与えたらそれだけで経験値がマイナス五%される。更に、プレイヤーを殺すとマイナス二〇%だ。しかもこれには限界がなく、例えばプレイヤーを十人殺せば経験値はマイナス二五〇%される。かのように人を殺せば殺すほどレベルが上がりにくくなるのだ。
 とはいえ、今回のクローズドベータテストは経験値が通常の五倍入るようになっている、と説明会で言ってたのでそれは余りデメリットにはならないのかもしれない。たとえ経験値マイナスのペナルティを受けたとしても、狩り場から人を追い出し、安定してモンスターを狩る環境を作ることの方がいい、とPK達は判断したのだろう。
 実際、大通りにいるプレイヤーの数はごっそりと減った。大多数のプレイヤーは経験値稼ぎにならないPKとの小競り合いよりも別の場所でモンスターを狩ることを選択したようだ。ここに残っているのは物見高い人間とPKが許せない反骨精神の高い連中なのだろう。
 ――いや、更にもう一グループいる。
「ああ、畜生……こんなところでゲームオーバーだなんて」「せっかく楽しみにしていたのに」「最悪だ。モンスターに負けるならいざ知らず、PKとか」「まだ何も楽しめてないのに」「俺さぁ、この日の為にわざわざ北海道から来たのに……ここまでとか」
 PK達にやられた敗北者達。
 彼らは目に涙を浮かべ、どうしようもない己の不幸を呪っていた。先ほどから運営に電話をかけている社会人達と違い、誰かを恨む気力すら残っていないらしい。
「…………」
 彼らはきっと、男に目のくらんだ私と違い、純粋にこのゲームを楽しもうとしていた人達なのだろう。学生と違って金があるとはいえ、社会人である彼らが時間をやりくりするには相当の苦労があったことが容易に伺える。
 それを、彼らは踏みにじったのだ。
「おやおや、これは穏やかじゃないね。彼らもなかなか思い切ったことをする」
 ミランは相変わらず邪気のない笑みを浮かべ、この状況を楽しんでいた。お貴族様は下々の者達が幾らやられようとも興味がないらしい。
「さて、キミはどうするんだい?」
 ミランの問いに、私はただ簡潔に呟く。
「……叩きつぶす」
「え?」
 ――行こう。
 ぽかんとするミランを無視し、決意と共に私は前へ踏み出した。
 ――ゲームのことはよく分からないが。
 電柱の影から飛び出て、一直線に歩道橋へと向かう。
 ――彼らは正しいと思えない。潰すっ!
 姿をさらした途端、幾つもの仮想の弾丸が飛んでくる。それらを全て一刀のもとに斬り伏せ、ただ前へ走った。動く人間に当てられる人間は少ないようで、斬り落とすのは容易い。
 ――いけるっ!
 私は放たれた矢であり、抜き身の剣だった。
 向かい来る弾丸を弾き、ただただ前へとひた走る。
 歩道橋の入り口である階段に辿り着き、姿勢を低くして更に上へ。階段部分は側面に壁があるため屈んで走れば攻撃は前面からに絞られる。
 ――だから、前からの攻撃だけを警戒すればいい。
 案の定、階上から手だけを露出して撃ってくるが、まともに射線が通っているのはごく僅かで、避けるまでもない。あっという間に階段の上に辿り着いた。
 そのまま曲がり角に隠れていたPKの一人を斬り伏せ、歩道橋の階上部分に立つ。
 途端、真正面から幾つもの弾丸が迫り来るのが見えた。
 ――さすがに無理っ!
 私は側面に跳び、反対側の階段部分に身を隠す。
「……ふう」
 幾つかはかすったが、大したダメージではなかった。
 ――やっぱり、ダメージ量は仮想剣の方が大きいわね。
 今のところ、仮想の弾丸は数発当たった程度では死なない。が、仮想剣は相手に一撃を当てればほぼ即死だ。チュートリアルでは心臓や頭部への攻撃には即死ボーナスがあると説明があったが、それさえ防げば剣にアドバンテージがある。
 ――もっとも、ダメージ以上に射程距離というアドバンテージを向こうは持ってるんだけど。
 私は顔を出して相手の様子を見ようとし、先ほど斬り捨てた黒服――プレイヤーネーム《tekechin》に見られていることに気付く。
「……なんです?」
 頭上に《DEAD》マークと天使の輪っかの浮かぶ相手に見つめられ、私は思わず質問する。
「あ、僕のことは気にしないで下さい」
 と黒服は応えたが、右手がやたらと早く中空を叩いていた。まるでパソコンのキーボードを打つような――。
 ――しまった、偵察兵! よく考えたらtekechinってさっきのチャットの主じゃない!
 慌てて顔出しを取りやめる。一拍遅れて顔を出そうとした場所を幾つかの仮想の弾丸が通過した。あのまま顔を出していたらやられていたかもしれない。
 ――プレイヤーキャラとして《死亡》した後も、チャットで敵の情報を渡せるのね。
 おかげでこちらの行動は筒抜けという訳だ。現実の戦争なら死体が敵の情報を逐一伝えてくることはない。ゲームならではの手法と言えよう。しかも、防ぐ手段がない。
 ――殴って気絶させる訳にもいかないし、難しいわね。
 ゲームルールにも《リアルファイト禁止》と書かれており、PKは禁止しないが、物理的な暴力による私闘は禁止されている。ゲームの結果が気に入らなくてもとっ組み合いの喧嘩はするな、ということだ。これでは偵察を防ぎようがない。
 こうしている間にも私の前にいる死体くんは仮想キーボードをせっせと叩いて仲間と情報を交換している。
 歩道橋へ向けての散発的な銃撃は行われているが、どれも決定打に欠けていた。むしろ「あの女、銃弾たたき落としたぞ!」「化け物か!」「正面から突っ込むとか頭おかしい」みたいな私への感想が多いように感じる。
 ――ああもう、私のことをとやかく言う前にとっとこいつらへ攻撃しなさいよ!
 やはり他者はアテにならない。敵の数は残り九人。敵までの距離はおおよそ十メートル。急所への攻撃さえ防げば斬り込みには成功するだろう。そこを上手くやれるか。
 ――やってみせるっ!
 決断すると同時に間髪いれず敵地へと踏み込む。ともかく突撃あるのみだ。
 しかし、踏み込みと同時に私の見込みが甘かったと思い知らされる。
 ――移動してるっ!
 先ほどまで歩道橋の真ん中にいた敵パーティは私の居る階段側とは反対側の端へ――私から見れば奥の方へ移動していた。おかげで敵パーティのいる場所まで直線で二十メートルの距離が開いている。遮蔽物のない一直線の通路。これは遠距離武器が圧倒的に有利だ。
 ――ええい、ままよっ!
 迷う暇すら惜しんで駆ける。向かい来る仮想の弾丸を右手に持つ仮想剣で斬り捨てながらともかく前へ、前へ、前へっ!
 七つの弾丸を打ち落とし、二つの弾丸が手足を貫く。当然、体の痛みはないが、ライフポイントが減っていく。急所は守ったので致命的(クリティカル)ダメージは防いだが、まだ敵までの距離は十五メートルはある。
 ――ダメだ、このままじゃ、敵へ一太刀も浴びせられない。何か、何か手はないかっ!
 今更仮想銃に切り替える訳にはいかない。かといって、剣では攻撃可能距離は短いし、何かを投げる訳にはいかない。
 ――考えろ、私に、私に出来ることをっ!
 極限にまで脳を働かせ答えを求め――そして一つの解を得る。
――「すごいね。ゲームじゃないのに……スキル使えるなんて」――
 思い出すと共に私は大きく息を吸った。

「あ あ あ あ あ あ あ あ あ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ っ !」

 咆哮。
 裂帛の気合いを込めて、ただ吼えるっ!
 びりびりと空気が震え、自らの耳すら痛めながら、前へ。ひたすらに、前へ。
「うわっ」「なんだっ」「うるせぇ」「ちょっ」「声でけぇっ?!」
 正面にいた敵パーティは耳を押さえ、慌てふためく。
 ――攻撃がやんだ!
 相手が我に返った時、既に距離は詰め終えていた。
 最前列の二人を一刀のもとに斬り伏せ、絶命させる。
 二発の弾丸が身体を貫通するも、更に返す刀で更に後ろの二人へ横一閃。
 ――後五人っ! このまま突っ切る!
 だが、次の瞬間、体を刺し貫かれるような鋭い感覚が――剣のイメージが脳裏を突き抜けた。
 ――殺気っ?!
 刺すような気配に本能的に後ろへ飛び退いた。遅れて私の元いた場所を仮想の刃が通過する。
「外したか――意味不明(イミフ)だわ」
 《死亡》した四人を押しのけて背の低い黒服の少年が前へ出て来た。同士討ちを避けるためか、後ろの仲間は私に撃ってこない。
「たった一人で斬り込んでくるとか、なんつー、狂戦士(バーサーカー)だよ。イミフ。
 おまけにスタン効果付きの《咆哮》(ラウドボイス)とか、ゲームみたいな奴だな。まったくイミフだ」
 剣を下段に構えつつ、軽口を叩く少年。垂れ目なのに言葉遣いの通り目つきが悪い。プレイヤーネームは《エッグイーター》。身長は私より十センチほど低いのでおそらく155センチ前後か。
 ――こいつ、強い。
 剣道の経験者だろうか。トモシゲと違って構えに隙が少なく見える。
 油断できる相手ではない。
 ――地力はたぶん、私の方が上。五本打ちあえば、四本は私が勝つ。
 ゲームのことはよく知らないが、剣の実力なら分かる。八割方倒せる相手だ。けれど、実戦では何が起きるか分からない。五回に一回の敗北が最初に来るかもしれない。
 そして何より、これは剣道や剣術の戦いではなく、あくまでゲームの戦いだ。トモシゲと戦った時のように何か隠し球があるかもしれない。。
 ――全く、なんて戦場(いくさば)なの。
 血がたぎるとはまさにこのこと。未知の敵を前に剣士としての血が騒ぐ。
「何がおかしいんだよ、テメー」
 エッグイーターが目と口を尖らせ、私を糾弾する。
 ――そうか。私、笑ってたのか。
 自分でも気付いてなかった。
 ――ダメね。当初の目的を忘れちゃ。
 私は戦いを楽しむ為にここに来た訳ではないのだ。
「あなたの蛮行、ここで断ち切らせて貰う」
「蛮行? ゲームの世界でくだらないこと言うんじゃねーよ。マジでイミフだわ」
 口端が歪につり上がり、いかにも悪党らしい笑みを浮かべる初心者殺し(エツグイーター)。
「カマトトぶってんじゃねーぞ。
 テメーは俺が気に入らないからぶちのめしたいだけだろ? 言い訳すんな」
 ――たとえそうだとしても女の子がそんなこと口にする訳ないじゃない。
「あなたは物事をシンプルに考えすぎね」
「賢(かしこ)ぶるな。テメーからは同類の臭いがするぜ」
 私は剣を構え、相手を睨む。残念ながら口ではエッグイーターに勝てそうにない。
「じゃあシンプルに、剣で決着をつけましょう」
 問答は無用。
 息を吐き、剣気を高める。体を引き絞り、いつでも踏み出せるよう相手を睨んだ。エッグイーターも私の気配に触発されたか軽口をやめ、下段の剣をやや右へずらす。
 ――私の突撃を流してカウンターを狙うつもり?
 懐に入られれば小柄なエッグイーターに有利だ。それとも、トモシゲのように何か隠し玉を持っているのか。私の乏しいゲーム経験では予測がつかない。
 ――構わない。確かなる剣を以て、未知を押し斬るっ!
 私が決断と共に足を踏み出そうとしたまさにその時――。

《ソードモード》

 エッグイーターの背後で突如として長身の少年が出現した。
 ――嘘っ! トモシゲ?! なんでこのタイミングでっ!
 突然の事態に私の足が止まる。
 集中力が時間の流れを引き延ばし、出現した少年――トモシゲの動きを捉える。彼はエッグイーターと後続の黒服パーティのちょうど中間点に現れていた。おそらく例の《隠密》という姿を透明化するスキルで乱入してきたのだろう。
 姿を現したのは――間違いなく仮想剣を呼び出すため。透明化状態では攻撃できないから!
「…………え?」
 黒服の一人が思わず間抜けな声をあげる。
 誰もが動けない中、ただ一人トモシゲだけは容赦なく仮想剣を振るい、エッグイーターを背後から突き刺した。
 エッグイーターは愕然とした顔で自らの腹部を貫く仮想の刃を見た。
 一拍遅れて彼の頭上に《DEAD》マークと天使の輪っかが浮かび上がり、彼の《死亡》が決定づけられる。
 私は――。
 ――誰を攻撃すればいい? これはトモシゲの私への助太刀? いや、そもそも、トモシゲは敵で、むしろ私とエッグイーターとの戦いに水を差した訳で……。でも――。
 逡巡する私と違い、エッグイーターの停滞は一瞬だった。すぐさま彼は我に返り、仲間へ叫ぶ。
「――――俺ごと撃てっ!」
 エッグイーターは振り返ることすらせず的確に仲間へ指示を出した。驚嘆すべき判断力。だが、トモシゲはその上を行く。
 まるで通せんぼでもするように指をぴったりとくっつけた左掌を掲げた。

《シールドモード》

 途端に左手を中心にトモシゲの巨体を覆う巨大な青白い半透明の仮想盾が出現する。
 生き残りの黒服達が放った仮想の弾丸はすべてその盾に触れると同時に消滅した。
「なっ……盾だと?」「そんなのあったのか?」「チュートリアルでなかったぞ!」「つーか、《隠密》(ハイド)して後ろから攻撃とかずりぃ!」「不意打ちとか、ひでぇ」「卑怯者め!」
 口々にあがる罵声を彼は涼しい顔で受け流し、飄々と言い放つ。
チュートリアルにはなくてもマニュアルには載ってたぞ。
 サイバーシールドは誰でも使える標準スキルだ」
 言われて私は指をぴったりと合わせた左手を突き出した。途端に自分の身体と同じ大きさの仮想の盾が出現する。
 ――ホントだ。私にも使えた。
「効果は飛び道具の防御。欠点は前面しか防げないことと、仮想剣を防げないことだ」
 飛び道具とは仮想銃のことだろう。誰でも射撃武器の攻撃は仮想盾さえあれば防げることになる。
「え、それじゃ――」
 ――私が強引に突撃したの全部無駄じゃないっ!
 いちいち弾丸を仮想剣で斬り落とさなくてもこの仮想盾を展開して近づけばよかったのだ。そうとも知らずに突っ走った私がバカみたいだ。いや、それ以上に、この陣地形成そのものが無意味になり――。
「話題逸らしてんじゃねーぞ!」
 エッグイーターの言葉に私はハッとする。そうだ。初めて見るシールドスキルに気を取られてたけど、本題はそこじゃない。
 ――いつも通り、トモシゲの話題逸らしに引っかかってしまったっ!
 私は顔を真っ赤にしつつ、声を荒げた。
「なんでっ?! 今、私はこいつと戦って……っ!」
 そうだ。私がこのエッグイーターと戦ってるのに何故彼はわざわざ乱入してきたのか。いい感じの決闘ムードだったのに。そっちの方が問題だ。
「最悪のタイミングで横合いから思いっきり殴りつける。不意打ちの基本だ」
 トモシゲは悪びれもせず言ってのける。
「そんなこと聞いてないっ!」
 ――なんで不意打ちなんかしたのよっ! それくらい分かってる癖に!
「うるせー、お前ら俺の頭の上でイミフにいちゃついてんじゃねー!」
 私とトモシゲの間にいるエッグイーターががなり立てる。そうだ、背が低いから視界から外していたけど私達の間にはまだエッグイーターがいる。既にゲーム的には《死亡》しているのだが。
「わざわざ自分から盾の弱点を言うとかイミフだ。てめぇら、剣に装備を切り替えろ!」
 エッグイーターの言葉に生き残った四人が次々に剣へと切り替える。そう、たった今彼は仮想剣の攻撃は防げないと言った。それが嘘でなければ多勢に無勢。
 前には黒服の生き残り四人、後ろには剣を構えた私という挟み撃ち状態だ。
 ――そう、私はあなたの敵なのよ。そんな、私に背中を向けて勝てるつもり?
 間にエッグイーターがいるとは言え、その気になれば彼を押しのけて攻撃することは容易い。むしろ、今が彼を倒す好機といえる。
「くっそ、俺のチーム半壊じゃねーか。しかもシールドスキルのせいで陣地形成そのものが無駄だって分かったし、踏んだり蹴ったりだ」
「その勇気は買う。俺は嫌いじゃないぞ」
「イミフなこと言うな。俺はテメーみたいなスカした野郎が大っ嫌いだ。
 絶対に生きて返さねぇ」
 そう言ってエッグイーターは手を広げ、私とトモシゲの間を塞ぐ。どうやらトモシゲと私はチームだと思われたらしい。歩道橋の通路は狭い。大人が二人同時に通れるぐらいのスペースしかないため、エッグイーターが横に手を広げるだけで塞ぐのは簡単だ。
「テメーら、絶対こいつを仕留めろよ。四対一で負けるとかありえん」
 確かに、この状況はどう考えてもトモシゲが不利。今ここで透明化したとしても、通路は物理的に前後をふさがれており、逃げ場がない。黒服達は前衛二人が剣を構え、後衛二人が銃を構えていた。これを突破するのは難しいだろう。
「――なら、この一撃で覆そう」
 宣言と共に彼の右手が横一閃に振るわれる。
 次の瞬間、気がつけば黒服の四人の頭上に天使の輪っかが出現していた。
 ――なっ! そんなっ! 剣が…………伸びたっ!
「剣がバラバラにっ!」「げぇ! ガリアンソード!」「蛇尾丸かっ!」「レヴァンティンのシュランゲフォルムじゃねーかっ!」「そんなスキルあったのか!」
 戦いを外で見守っていた他のプレイヤー達が驚嘆の声をあげる。
 トモシゲが仮想剣を振るった瞬間、その刃は幾つにも分割され、伸びた後、鞭のようにしなり、トモシゲの展開した盾を貫通し、通路にいた黒服達四人すべてをなぎ払っていた。
 驚く私達を尻目にトモシゲの蛇腹に伸びた刃は彼の手元へ戻っていき、やがて一つの剣の形へ戻る。何から何まで想像外の出来事だ。
 ――そんな、映画で似たような武器見たことあるけど……無茶苦茶すぎるっ!
 剣の刃が分割され鞭状になるなんて強度の問題で現実的じゃない。普通なら武器として使い物にならない。
 言葉を失う周囲を尻目にトモシゲはくるりと身体の向きを私とエッグイーターの方へ向ける。間にいるのは背の低いエッグイーターなので自然と私とトモシゲの目が合う。
「二次元世界のものを現実世界に持ってくる……これはそう言うゲームだ」
 私の思考を思考を読んだのか笑みを浮かべながら彼は呟く。姿の透明化に、鞭状に伸びる剣――なるほど、確かにアニメやゲームみたいなことを彼はことごとく現実で実行している。
「……それも標準スキルなの?」
「これは企業秘密だ」
 しれっと言い放つトモシゲ。するとその間にいたエッグイーターがその場をジャンプして無理矢理視界に入ってきた。
「だから、俺の頭上でイチャついてんじゃねー! なんなんだよお前ら!」
 顔を真っ赤にして怒るエッグイーター。それを見てトモシゲはため息をしつつ、右手の剣を解除し、中空に逆三角形を描く。
 ――しまった! あのジェスチャーは確かっ!
 私が反応するよりも早く彼の身体が再び透明化する。《隠密》スキルの発動。
 すぐさま私はゴーグルPCを脱いだ。どうすればいいか分からないが、少なくともこれで彼を逃がすことはない。
 目の前には既にトモシゲが居た。エッグイーターの横をとっくに通り過ぎていたらしい。意外に素早い。
 ――でも、背後に回られる前に間に合った!
 ギリギリのタイミング。
 と、そこでトモシゲの腕と胴体の隙間からちらりと見えたエッグイーターと目が合い、私は自らの失策を悟った。
 ――しまった! こいつにヒントを与えたっ!
「お前らもゴーグルを外せ!」
 私の行動を見たエッグイーターがゴーグルを外して逃亡途中のトモシゲを捉える。それで彼は《隠密》のからくりに気付いたらしい。意外に飲み込みが早い。
「そんなのありかよ!
 アッタマ来た! ゲームなんてカンケーねー! ここでボッコにするっ!」
 ――なっ! リアルファイト禁止のルールなのにっ!
 気持ちは分かる。戦ってる最中に突然乱入され、未知の攻撃であっさりとやられ――さぞ納得がいかないことだろう。剣術の試合でも判定に納得がいかずに場外乱闘をしようとする輩も居ない訳ではない。
 ――だからって、ルール破りを許す訳にはいけないっ!
 躊躇はなかった。暴力に対して暴力で返すのは決していいこととは言えないが、私がやらなければトモシゲがやられてしまう。だったら――。
 ――まとめて私が成敗してくれるっ!
 私は横を通り過ぎようとしているトモシゲを無視し、エッグイーター達へ向き直ろうとする。
 ――相手は素人とは言え、素手で五人の男を相手取る……無謀は承知! それでもやってやるっ!
 私の行動を見たトモシゲは――苦笑しながら自らの喉を突(つつ)きつつ、そのまま私の横を走り抜けていった。
 ――喉……そうかっ!
 私は息を一杯に吸い、腹から声を出す。

「 止 ま り な さ い っ ! 」

 私の声が大通りに響き渡り、黒服達が耳を押さえて崩れ落ちる。
「なんつー大声」「これはもはや兵器」「ダメだ、耳がぐわんぐわんする」「0歳児かよ」
 けれど、止まったのは四人だけだった。
 垂れ目を険しく尖らせたエッグイーターが耳を押さえながら私の横を通り過ぎる。
 ――しまった!
「同じ手を二度も喰うかよっ!」
 すぐさま振り向きエッグイーターを追う。けれども、想像以上の俊足を持って彼は私を引き離した。そのまま彼はトモシゲとの距離を詰めていく。
 トモシゲが歩道橋の階段を降りきった時、エッグイーターは手を伸ばせば届きそうな距離にまで肉薄する。
 しかし、そこまでだった。
 トモシゲが歩道橋を降りきった時、図ったかのようにトモシゲの隣の車道に一台のレンタカーが止まり、扉が開けられる。
「――お待たせしました」
「完璧だ、メイド長」
 トモシゲはそんなことを言いながら車に飛び乗った。エッグイーターの手は間一髪、彼に届かず、トモシゲを乗せた車は無情にもこの場から走り去ってしまう。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!
 くっそ、イミフ!
 なんだコレ!
 あいつ、逃走手段に車を用意してやがったのか! イミフっ!
 しかも、美人のメイドさんが運転してたぞ! イミフ過ぎるっ!
 なんなんだあいつは一体っ! イミフ過ぎる!」
 エッグイーターは茶髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜながら魂の叫びをあげる。
 ――それはこっちの台詞よ。
 まさかの逃走手段に私も何も言えず、立ち尽くす。
 そんな呆然とする私達プレイヤーを尻目に、トモシゲを載せたレンタカーは悠々と大通りを離れていった。



「いやあ、キミは思った以上に脳筋なんだね」
 くすくすと笑いつつもミランは優雅にコーヒーを啜る。その仕草は実に様になっており、彼の周囲だけ映画の一シーンのような華やかさを感じさせる。対面に座る私は意味が分からず顔をしかめる。
「ノーキン?」
「おっと日本語なのにキミは知らないのかい? まあゲームの専門用語らしいしそういうものかな?」
 私の反応にミランはやや大げさな反応を見せる。ともすればわざとらしさを感じさせるような仕草だが、そんな素振りを一切感じさせない。
「脳みそ筋肉――とどのつまり、何でもかんでも力押しで解決しようとするパワーバカのこと、てトモシゲに教わったよ」
 人差し指を立てて、自慢げに知識を披露するミラン。さすがにこの仕草はわざとらしい。天才少年たる彼にとって人に知識を披露することは決して珍しいことではないはずだけれど。
 ――ボクの方がトモシゲのことをよく知ってるよ、というアピールなのかしら。
 けれども、そんなこと以上に、彼の語った言葉の意味に私は顔を大いに引きつらせる。「パワーバカって……そこまで私も単純じゃないわよ」
「あんな猛突撃(チヤージ)をしておきながらキミは何を言ってるんだい?」
 今度は本当に訳が分からない、と言った純粋な疑問の視線が飛んでくる。邪気のない視線が非常に痛い。
「……た、たまたまよ。たまたま。私は何でもかんでも力押しで解決なんてしないわ」
 私はコーヒーをすすりつつ、誤魔化した。慌てて飲んだせいかズズズッと音が鳴ってしまう。それがまた更に私の顔を赤くした。これではどっちが子供か分からない。
 私達は大通りでの戦いの後、近くの喫茶店に移動していた。
 あれだけの激戦を繰り広げた為、私の集中力が持続しなかったのである。そんな私を見かねたのかミランの方から提案してきたのだ。建物の中はゲームエリア外なのでPKの心配もないのである。
 ちなみにここの支払いはミランである。
 ――うぅぅ、まさか十歳児に奢られるなんて。
 幾ら金持ち相手とはいえ、恥ずかしい。けれども、戦いに疲れた私は休養の誘惑に耐えきれず受け入れてしまった。そんな自分が色々と情けない。
 そうして、喫茶店でコーヒーを飲んで一息ついたところでかけられた言葉が先ほどの脳筋認定と言う訳だ。
「……そんなことより、あのメイドはあんたの部下でしょ?」
 トモシゲが逃げ去った際に車を運転していたのはメイドだという。普通の日本人でメイドなんて使役している人間なんてまずいない。まっさきに疑われるべきは目の前で呑気にコーヒーを啜る女装お坊ちゃまだろう。
「おや、さすがのキミでもそこまでは頭が回るんだね」
「馬鹿にしないで。どういうつもりよ? メイドとか車を使うの卑怯じゃない?」
「どうして? ルールで禁止されてるの?」
 言葉を返され、逆に言葉に詰まる。勢い余って問い詰めてしまったが、確かに禁止されてる訳ではない……はずだ。
「で、でも……自分の力で戦わないと」
「なら、参加者は全員服を脱いで裸で戦わないとね。自分が持っているもの全てを使うのが禁止だって言うのなら」
「そんな極端なこと言ってないでしょ?」
 むすっとする私を見てくすくすとミランが笑う。
 ――ああもう、完全に掌の上で転がされてる。
「トモシゲは和製マンチキンだからね。キミのような《秩序にして善》(ローフルグツド)な人間とは対極に位置する。行いだけで見れば彼は《秩序にして悪》(ローフルイーヴル)だもの」
「???」
 ミランの言ってる意味が分からず、私は渋面になる。
 ――難しい言葉を使えば賢そうに見える、ていうのは日本人特有の傾向だと思ってたけど、この子もそうなのかしら。
 いいや、自分だけに通じる言葉を使いたがるのはどちらかというとギーク気質かもしれない。
マンチキン――元々はオズの魔法使いに出てくる種族の名だ。自分勝手な種族なんだけど、それにちなんでTRPGというゲーム分野でスラングとして用いられることもある」
「どういう意味なの?」
「多くの場合、自分のプレイヤーキャラクターが有利になるよう、周囲に自分のワガママを押し通す迷惑プレイヤーのことを指し示すね」
「最悪じゃないっ!」
 そして、私が見てる限り、トモシゲのプレイスタイルは確かにそれを否定できない。他のプレイヤーが遊んでいるところへ積極的に邪魔しに行っているのだから。
「とはいえ、それはアメリカでの定義さ。日本に輸入された際にちょっと意味合いが変わったんだよ」
 結論を急ぎすぎだよ、とミランはたしなめてくる。仕方ないので私は押し黙った。
「結構色々なパターンがあるのだけれど――多くの場合は『ルールの範囲内で自分のキャラクターを最大限に強くすることを目的とするプレイヤー』のことだね。
 つまり、アメリカとは違い、ルール至上主義なんだ。アメリカだと多少のルール違反を気にしない人が多かったりするんだけど、日本はルールを頑なに破ろうとしないんだ。
 だから、和製マンチ、あるいは和マンチ、なんて呼ばれる人達はルールに精通した人間として肯定的に受け入れられることも多い。
 もっとも、中には目的のためにゲームバランスの崩壊すら顧みず、ともかくルールの穴をついてくるタイプのプレイヤーもいるけどね」
 ミランの言葉に私は複雑な顔をする。
「それって、なんだかカタギには手を出さない、みたいなこと言ってるヤクザみたいね」
「なにそれ? ボクにはその例えの意味が分からない」
 さすがの天才児も日本のヤクザについてはよく知らないらしい。まあ精通してたらそれはそれでびっくりなんだけど。
「なんにしても、トモシゲはルールの範囲内で最大限に好き勝手する、て解釈でいいの?」
「まあ、そう言うことだね。《真なる中立》(トゥルーニユートラル)たるボクとしては面白ければどうでもいいんだけど」
 相変わらず専門用語を弄するミラン
 ――まあ、ミランとしてはトモシゲのプレイスタイルに対して何も否定することがない、てことは分かったけど。
「どうだい? トモシゲのことは嫌いになったかい?」
 問われて私は困った。
 確かにトモシゲの所行は私の好みとは言い難い。私にはそんな無法者(アウトロー)に振る舞うことは出来ないし、そう言う人間は好きではない。
 ――いや、あくまでルールは守るから無法者とは違うのよね。
 どちらかと言えば、法の悪用者というべきか。なんにしても、私の好みからは外れる。
 ――なのに。
「彼のことは気になる。どうしてそんなことをするのか。
 彼はきっと強い人よ。そんなことしなくたって、戦えるはず」
 不思議と嫌いにはならない。むしろ、自分の中で疑問が増すばかりだ。
 ――こういうのを惚れた弱み、ていうのかしら。
「……分かってないね。それじゃ、トモシゲは無敗ではいられない」
「……?」
 ミランの言葉に私は目を瞬かせる。
 ――無敗ではいられない?
 つまり、いつか負ける、と言うことだ。それは当たり前のこと。
 そう言えば確かにミランに会った時、トモシゲは無敗のゲーマーであると教えられた。
「……それって公式戦の無敗記録が破られるとか?」
 よくよく考えれば無敗のゲーマーとは厳密にはどういう定義なのか確認していなかった。それくらい強い、という意味だと漠然と思ってたけど――。
「どうやらキミはトモシゲの強さを見間違えてるね。いや、《見誤る》ていうのが正しいんだっけ? 日本語は難しいね」
 言うが早いかミランは人差し指と中指の二本指をのばし、メニューを呼び出した。設定を変えたのか本来は使用者にしか見えないはずのメニューアイコンが私にも見えた。拳大のメニューアイコンは彼の周囲に浮き上がり、ゆっくりと回転する。ミランはそれを器用に操り、中から《ブラウザ》のメニューを呼び出し、指で弾いた。
 途端、A4サイズのウインドウが私の前に現れる。
「え? なに?」
 私が呆然としていると、ミランは新しいウインドウを呼び出しては私に投げつけてきた。あっという間に幾つものウインドウ画面が私の周囲を取り囲み、衛星の如く周回する不思議な状態になる。
 ――ゴーグルPCにはこういう使い方もあるのね。
 よくよく考えれば、このゴーグルはPCなのだからスマートフォンなどと同じくインターネットを閲覧するくらい出来るのだ。
 ――サイバーパンク系のSF映画みたいな光景が現実のものになるなんて。 
 改めて現実離れした光景に私は目を奪われる。
「見とれるのもいいけれど、ウインドウの中身も見てくれないかな?」
 呆然としていた私へミランが注意を促す。慌てて私は渡されたブラウザ画面のそれぞれに目を通した。どうやらそれらはネットゲームなどのランキングのようだった。ジャンルは様々で、格闘アクションゲームもあれば、MMORPG、シミュレーションゲームトレーディングカードゲーム、トランプなどのテーブルゲーム……等と様々なジャンルのゲームのランキングが表示されていた。ゲームと名のつくモノを片っ端から集めたようなそれらは当然上位陣の顔ぶれもバラバラで、本当にゲームということ以外の共通点がない。
「……これが? トモシゲのハンドルネームもないみたいだけど?」
 本名はおろかトモシゲがネット上で名乗ってると教えられた「awake00」という名前もない。これでは渡された意味が分からない。
「まあ見ててごらん」
 ミランはそう言いながら二本指で画面を操作した。途端、すべてのウインドウの表示が一斉に下の方へとスクロールしていく。
「…………これは?!」
 表示された画面に私は息を飲む。MMORPG、格闘アクションゲーム、トランプ、将棋、パズルゲーム、ありとあらゆるジャンルのゲームにトモシゲは挑戦しているようだった。どれもすべて七〇勝から九〇勝を記録している。
 いや、それだけなら驚くべきことではない。先ほど見た上位陣のトップランカーたちはみんな千勝とか、数百勝とか、幾つもの勝ち星をあげている。だが、その代わりトップランカー達はそれに比して負け数も多い。勝率が七割を超えていたとしても、数百回も負けを記録している。
 けれども、トモシゲは違った。
「……一度も、負けてない」
 頬を冷や汗が流れるのを自覚する。
 勝負は時の運。戦いには絶対はなく、常に変動するモノだ。
 どんな強者であれ、いつかは負けるはずだ。
 だというのに――。
「そうだ。トモシゲは負けない」
 ミランは笑みを深め、告げてくる。
 ミランの言う通り、どの分野においてもトモシゲは引き分けはあっても敗北は一つもない。執念すら感じさせるほどに、勝ちに固執している。
 ――たかだか、ゲームにそこまで?
 いいや、これきっと彼の一面にしか過ぎない。おそらくは――。
「ゲームだけじゃない」
 私の頭の中を読むように、ミランは言葉を繋いでくる。
「あらゆる《勝負事》において、トモシゲが負けたところをボクは見たことがない」
「…………っ!」
 戦慄する。そんなことがありえるのだろうか。
「トモシゲはどんな手を使ってでも勝とうとする。
 そして、ここまで負けずに来た。
 そんな彼に、キミは勝てると言うのかい?」

つづく


 てな訳で色々とバランスの悪い第一章。
 でもこれ以上こねくり回しても先に進まないので次へ向かうことにする。
 駄目なループだぜい。