ボツ原稿 試作Ⅰ

 元々のプロットとアドリブが分かりやすい、よく分からないテストケースが出来てしまった。
 とりあえず、新作予定の話の第一原稿を晒してみます。
 ここから色々と変えていく予定です。 

<第一原稿>

  序章

 彼、あるいは彼女に話しかけられたのはほんの偶然の出来事だった。
 その日のことはよく覚えている。俺が中学を卒業して数日後。中学生でもなく、高校生でもない、宙ぶらりんな時期の話だ。
 俺はその時、実験農場の畑のそばにある路地に座り込み、じっと地面を見つめていた。どれくらい地面を見つめていたか分からない。少なくとも、一時間や二時間ではないと思う。道ばたに荷物を下ろし、ひたすら地面を見続けていた。
 そんな折、不意に、ヤツが声をかけてきたのだ。
「キミは何をしてるんだい?」
 軽快な声。顔を上げると、そこには一人の少女が立っていた。
 一言で言えば美少女だった。
 年の頃は十歳前後だろうか。長い黒髪に、前髪を切りそろえた日本人形のようなお姫様カット。そして、日本人ではあり得ない白人独特の透き通るような白い肌。フリルの沢山ついたひらひらの洋服を着ていて、髪型は日本人形みたいなのに、服装は西洋人形のようだった。
 こんな美少女がなんで俺なんかに話しかけてるのだろう。あんまりじろじろ見るのも失礼なので目線を地面に戻し、呟く。
「石を見ている」
 そう、石。俺が見ているのは石だった。
「何それ? キミはクマグス・ミナカタかい?」
 美少女がたたみかけるように聞いてくる。なんだか男みたいなしゃべり方をする子だな。
クマグス・ミナカタこそ、意味が分からん」
「おや、日本人なのに知らないんだ。
 クマグス・ミナカタって言ったら著名なBiologeじゃないか」
 聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「ビオロゲ? なんだそりゃ」
生物学者、かな。日本語だと」
 だったら素直にそう言ってくれよ。いや、外国人らしいこの子にとっては日本語で表現する方が難しいのか。結構流暢に喋ってるから忘れそうになるけれど、彼女の顔つきは目鼻立ちがくっきりとした明らかな白人顔だ。
 と、彼女と目が合い、思わず目を逸らしてしまう。あんまりにも美少女なので顔を合わせるのもなんだか照れくさい。
「はん。悪いけど、俺は生物学者じゃなくて芸術家の卵なんだよ。アーティストって奴だ」
 と無理矢理横文字を使って対抗してみる。
「Artist? じゃあ、Artistのキミは何故石を見ていたのかな。分かるように教えて欲しい」
 俺は肩をすくめる。どうせこんなことを話しても変人と思われるだけだろう。そう思いながらも、いい嘘が思いつかなくて馬鹿正直に話してみる。
「この石はいい面構えをしている。飾るのにはいい石だろう」
 ひょい、と地面に落ちている石の一つを持ち上げる。
「この石が? どういうこと?」
 意外にこの話題に食いついてくる美少女。おい。
「ここが眼で、これが鼻。この全体で顔。さらに、ここが前足で、ここが後ろ足だとしたら……」
 俺の言葉に少女は目を見開き、歓声を上げる。
「ウサギだっ! すごい! ウサギに見えるっ!」
 わぁぁ、とまるで欲しいおもちゃをサンタクロースから貰った子供のように眼を輝かせる。
「へえ、分かるのか」
「いや、言われて初めて気づいたよ。よくこんなのに気づいたね。このウサギをずっと見てたの?」
 俺はまさか、と肩をすくめる。
「これは、鳥、これは、鯨、この小さいのは人間……」
 と、次々と指さす。
「え? え? え?」
 少女は訳も分からずに俺の指さす石を一つ一つ見ていく。
「いや、分かんないよ」
「――こいつは、ここを顔として考える」
 俺は石の一つ一つの見方を教えてやる。すると、少女は石がその動物に見える度にわぁ、と歓声を上げた。
「すごいね。じゃあもしかして、石だけじゃなくて他のものも色々と別のものにキミは見えてるのかい?」
 少女の質問に俺は肩をすくめた。そして、立ち上がり、周囲をくるりと見渡す。
 今日は天気がとてもいい。空には幾つかの雲が浮かび、遠くからは車の行き交う音がし、近くの雑木林からは小鳥たちの声。なんてことはない、田舎にはよくある光景。だが、それらをたとえば魑魅魍魎の行き交う地獄図に見立てることも出来るし、天使の舞い降りた聖域にも見ることが出来る。
 要は見方の問題だ。
「誰だって子供の頃は、たとえばあの雲がドーナツみたいだとか、手を挙げた人の看板が象に見えるとか、そんなことはよくあることだろ。
 俺に見える景色なんて、ただその程度のことだ。
 ラーメン屋で
 『とんこつラーメン』
 『いり卵ラーメン』
 『れんこん入れラーメン』
 てメニューが並んでたら、頭文字を読んだら『トイレ』に見えるとか、音楽を聴いてたら『抱きしめてー』の歌詞が『きしめーん』に聞こえるみたいになんでもないことだ。
 たいしたことじゃない」
 俺の訥々とした語りに、何故かその少女は不満そうだ。
「そうかな。僕にはそう言う経験があまりないんだ。だまし絵の類は本当に言われないと気づかない。石は石だし、音楽は歌詞通りに聞こえるし……キミが見えている世界はとても凄いものじゃないのかな」
「だとしても、偽物だ。本当は、お前が見ている世界が正しいだろ。石を見て動物を見いだしたり、この風景を見てレオナルド・ダヴィンチの『最後の晩餐』が思い浮かんだりしても、それは気のせいだ」
 俺の言葉に少女はなんだって、と声を挙げる。
「ちょっと待って。どうやったらこの風景から『最後の晩餐』が見えるんだ? 教えてくれよ」
 ぎょっとした顔で少女が俺の服の裾をつかみ、引っ張る。
 ああうるさいなぁ。子供はこれだから、めんどうだ。いや、俺もまだ十五歳で、世間からすればまだまだ子供なのだが。『最後の晩餐』は中世の天才芸術家であるレオナルド・ダヴィンチが描いた名画で、イエス・キリストが死刑を受ける前夜、弟子達と食事するシーンを描いたものだ。テーブルを前に十数人の男達が座り、食事している絵だ。有名な絵なので彼女も知っているらしい。ならば話が早い。
 俺は都市部へ目を向ける。
 俺たちがいる場所は畑に一本の道路が通った田園風景だが、数キロ先にはこの島の中心である開発都市が広がっている。最先端の技術で作られたビルが建ち並び、ある種未来都市のようにも見える。
 その立ち並ぶビル群を指さし、俺は言う。
「あそこに見える幹線道路がテーブルだ。それで、あの赤と青で作られたビルがイエス・キリスト。そこを中心にして、立ち並ぶビル達はそれぞれ人間の形に見えてこないか。それとか、幹線道路の近くにある小高いビルはテーブルに並ぶパンとか、食べ物に見えたりして……」
 と、俺が指さしていく。俺の言葉と共に、彼女の中の視界が新しい視点を得て激しく変わっていくのが外から見ても分かった。
 数々のビルが、イエス・キリストを取り囲む使徒達に、幹線道路がテーブルに、そして数分後には彼女の視界には見慣れた都市群が聖者を取り囲む弟子達の晩餐会が広がった……はずだ。
 俺の見えている通りそのままは不可能だけれど、限りなく近い世界は見せてあげられたと思う。
「……………………」
 少女はただただ黙りこんでいた。目の前の光景に圧倒され、ただただ見入る。
「……僕はね、芸術とかよく分からないんだ」
 やがて少女はぽつりと呟いた。
「教授に見せられて、色々と名画と呼ばれるものを沢山見たりしてきたけど、そのすごさがよく分からない。もちろん、最後の晩餐も写真で見たことあるけど、それでもそれのどこがいいのか僕にはよく分からなかった。
 きっと、そういうセンスがないんだと思う」
 え、その年でそんなに芸術作品見てるのか。すごいな。いや、きっと育ちが良いのだろう。ガイジンなのに日本語ペラペラだし、着ている服もよくよく見ればとてもいい生地を使ってるのが分かる。明らかに高級品だ。
 育ちがよくて、高い教養もある。俺よりも凄いものなんて沢山見てるであろう。そんな少女が、何故か大したことのないはずのこの俺を見て戦慄している。
「でも、分かるよ。キミのその感覚は、普通じゃない」
「妄想が激しい、てか。よく言われるよ。頭がおかしいんじゃないかとか」
 肩をすくめる俺。だが、彼女は声を荒げて叫ぶ。
「違うっ! そうじゃない!」
 彼女はうぅ、と苦虫を潰したような顔をして俺を見つめてくる。
「ああ、困った。どうしたことだろう。この僕がこんな簡単なことを説明できないだなんて。この僕の頭脳は一体どうしてしまったんだ」
 戸惑いながら、両手で頭を抱え、必死で言葉を探す美少女。人の悩んでいる姿なんてうっとうしいものだと思っていたが、見た目というのはよほど大事らしく、必死でわたわたと言葉を探すこの少女はとても可愛かった。
「そうだ。キミは芸術家の卵と言ったね。何か作品はあるのかい?」
 その言葉に俺は言葉を詰まらせる。
 自分から芸術家の卵なんて大きく出てしまったものの、俺はまだ十五才のひよっこで、コンクールにかすったこともない凡人だ。運動も勉強も大して出来ない、芸術の点数がちょっといいだけの、その程度の素人だ。人に見せられるような作品なんて持ってない。
 かといって、せっかくこんな可愛い子が俺の事を褒めてくれているのだ。何も見せない訳にもいけないだろう。だが、それでなにか見せて失望されるのも怖い。
 ――まあいいか。
 無駄な虚勢を張っても仕方ない。
「ちょっと待ってくれ」
 俺は地面に置いていたカバンから一つの包みを取り出す。
「……それは?」
 俺は何も言わず、包んでいた布をとき、中にあった粘土細工をあらわにした。手のひら大の小さな人間の頭部だ。それは写実的ではなく、漫画みたいにデフォルメされた少女の顔。いや、漫画みたいに、というか友人に頼まれて作った漫画のキャラクターの顔である。作りかけなので、髪の毛のない、つるっぱげのマネキン状態だ。
 それを、彼女に差し出す。
「知り合いにこういうのが好きな奴がいてな。フィギュア作ってくれって言われてそのたたき台としてこんなのを作ってる」
 俺の言葉に、しかし彼女は何も反応せず、ただじっと頭部を見つめている。その表情はあまりにも真剣で、言葉をかけることすらためらわれた。
 さすがに失望したのだろうか。どんな芸術作品が出てくるかと思ったら、できの悪い同人フィギュアの作りかけを見せられてがっかりしているのかもしれない。
 やがて、彼女はぽつりと呟いた。
「……すごい」
「え?」
 予想外の呟きに、間抜けな声を返してしまう。
「これは……すごいものだよ」
 少女の言葉に思わず首を横に振る。
「おいおい何が凄いんだよ。ただの美少女フィギュアの頭部だぞ?」
 俺の言葉に彼女はフィギュアから目を逸らし、俺の顔を見上げてくる。
「……分からない。この人形の頭の何がすごいのか、僕には分からないんだ。
 悔しい。僕には芸術的なセンスはない。
 でも、分かる。この人形の顔は、他の人形とは違う何かがある。
 ああ、どうしてだろう。僕はこんなにも感動しているのに、それを言葉にすることができない!
 でも、これだけは言える。
 この、ミラン・ガートランドの名において認めよう! キミは天才だ!」
 出会った時の落ち着きはどこへ言ったのか、興奮して彼女は告げてくる。
 俺は思わず呟いた。
「え? ミラン、……て、お前男だったの?」
 俺の言葉に少女(?)――ミランは首を横に振る。
「そんなの今はどうだっていいじゃないか」
「いや、よくねぇよ。お前どっから見ても女じゃねーか」
 え、ちょっと待ってくれよ。いかに年下とはいえ、ちょっと可愛い子に話しかけられて軽くときめいていた俺の心を返せよこのクソガキがっ! なんなのこいつ? なに俺に話しかけてんの?
 俺の動揺を受けてか、今度はミランが落ち着きを取り戻し、口元に人差し指を立てて、静かに、というジェスチャーをしてくる。それがまた妙にかわいくて、俺は思わず黙り込んでしまう。
「落ち着いて。
 実は、僕はガートランド家という貴族の跡取りなんだ。けれど、父には女児しか生まれなくてね。仕方なく、末っ子の僕を男として育てたんだ。
 日本ではこうして本来の女の子の格好をしてるけど、ドイツに帰ったらまた男装をしないといけないんだ」
「……マジで?」
 おいおい、そんな漫画みたいな話ありかよ。現代にそんな風習を残した貴族がいるだなんてヨーロッパは違うな。
「……さて、どうかな? キミは嘘だと思う? ホントだと思う?」
 悪戯っぽい小悪魔のような笑みを浮かべるミラン
「んだよ、どっちだよ? バカにしてんのか?」
 俺の言葉にミランはまさか、と笑う。
「試してるんだよ。キミは芸術家なんだろう。僕が男か女か分からないのかい?」
「さっきも言ったが俺は別の見方をするのが得意なだけだ。本当はどうかなんて俺には分からん」
 憮然とする俺に、ミランはいっそうくすりと笑う。
「なら、確かめてみるかい? 見た目で分からないのなら、触ってみればいい」
 スカートの裾をわずかに持ち上げ、挑発してくる。
 おいおいどうしろってんだこれ。相手が男なら別にいい。気持ち悪いけど、少なくとも犯罪にはならないだろう。だが、相手がもし、女だったら。俺はロリコン犯罪者として刑務所行きになるかもしれない。
 思わず辺りを見回す。相変わらず、広がっているのは田園風景だ。他に人の眼はない。だが、農場の防犯対策に至るところにカメラが置かれているはずだ。下手なことは出来ない。いや、そもそも前提がおかしい。
「……別に、お前が男でも女でもどうだっていい」
 そう、これは特に重要なことじゃない。なんでもない、どうでもいい話なのだ。
「お前が男だとしても、女だとしても、お前が可愛いことにはなんら変わりないんだからな」
 考えるだけ無駄だ。俺は一つのものが色んなものに見えたりする。人間をただ男だの女だの規定するのは流儀に反する。
「おや、それは誘ってるのかい?」
 スカートの裾をひらひらと揺らしながらミランが聞いてくる。
「誘ってるのはどう見てもお前だろ」
「実を言うと、僕はキミに惚れたんだ」
 ストレートな物言いに俺は思わず黙り込む。おいおいなんだこれ。反則だろう。そんな可愛いなりしてなんで上目遣いで俺を見てんだよ。
「悪いが、俺はホモでもなければ、ショタコンでもない」
「じゃあ、ロリコンなのかい?」
「そんなつもりはないな。
 あえて言えば、『十年早え』ってヤツだ」
 いい加減、こいつと話してると色々と心臓に悪い。とっとと切り上げよう。
「おや、じゃあ十年後の僕なら大丈夫なのかな?」
「どうだろうな。白人て、劣化が激しいからな」
「酷い! 人種差別だ! ……なんてね。
 キミのためなら十年後も綺麗なままでいてあげよう」
 ――こう言う時どういう顔すればいいんだろうな。
 俺はただのガキンチョなのにな。彫刻とか図画工作は得意だけど受験教科の成績は悪いというそれこそ、学歴社会で言えば底辺もいいところのダメ人間なのにどうしてこんなに評価されてるのだろう。普段とのギャップに俺がついていけない。
「じゃあ、一つお願いがある」
 ミランはスカートの裾から手を離し、胸に手を当てて、言う。
「なんだよ?」
「えーと、そう言えばキミの名前は?」
粟井友重だ」
 俺の言葉にトモシゲ、トモシゲ、とミランはその名前を反芻する。なんだかくすぐったい。
「じゃあ、トモシゲ。改めてお願いしよう。
 僕をモデルにした人形を作ってくれないかな?」
 そんなことをして何になるのか。意味が分からない。
「報酬は?」
「その人形が完成するまでに――僕が、キミの才能の凄さを証明しよう。
 この、ミラン・ガートランドの名にかけてね」

<自己分析>

 元々のプロットは、
1.石を見てるトモシゲにミランが「キミはクマグス・ミナカタかい?」と話しかける
2.トモシゲが石を別の視点から捉えることを示す
3.ミランがトモシゲに興味を覚える
4.トモシゲがミランの名前を聞いて「お前男なのか?」「さあどっちかな」と言い合う。
5.ミランがトモシゲに「気に入ったから、僕と遊ぼう」「ゲームをしよう」と言う。
 これが今回のメインプロット。
 だが、2まで書いた時、3へ映る時にキャラクターが暴走している。
 「誰だって子供の頃は、〜たいしたことじゃない」といきなりトモシゲが俺は普通だ、とムキになって言い出す。
 それに逆にミランが食いついて、トモシゲは予定外の行動に出て街が『最後の晩餐』に見えると言い出して、ミランがトモシゲに完全に惚れてしまう。
 で、ミランが自分の名前を名乗ったところで最初のプロットに軌道修正……したと思ったら「実を言うと、僕はキミに惚れたんだ」から流れがおかしくなって、ゲームとか関係ない流れになってる。
 結果的に「誰だって子供の頃は、〜たいしたことじゃない」から後の部分は全部アドリブ。ノリで書いてしまってる。
 ここで哲学さんには4つの選択肢がある。
 1.元のプロットに合わせた物語として書き直す。
 2.アドリブで書いた部分をメインに据えてもう一度書き直す。
 3.このまま書き続ける。
 4.一から考え直す。
 さーて、どうしたものかな。

<そんな訳で>

 いつも書きながら考えてるせいで物語がどこに行くかよく分からない哲学さんです。
 もうここ数日の哲学さんの日記を読んでた人なら分かると思うのですが、書いてる話が当初の予定とは違う方向性へ向かってて、元に戻す方がいいのか、このまま突っ切るべきか、自分でもよく分かりません。
 今回はキャラクターから先に考えて、本当にストーリーはゼロで考えてますからね。
 なんていうか、なんでか知らないけど、この二人の物語は先が読めないのです。
 むむう、とりあえず考えます。